週刊READING LIFE vol.179

私は、娘で、息子で、あなたのこども《週刊READING LIFE Vol.179 「大好き」の伝え方》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/08/01/公開
記事:西条みね子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
盆暮とゴールデンウィークの年に3回、実家に帰ると、父と「朝の散歩」に行く。
 
住宅地をすり抜け、線路をくぐり抜け、土手を渡って、河川敷まで歩く。
川にすむ合鴨に餌をやり、草木の茂る高速道路わきの切り崩しを登ったり降りたりして、少し息を切らしながら戻る。
距離にして2キロ、6000歩ほどの道のりだ。
 
「そろそろ、筍が生えとるはずじゃで」
 
よしきた。3つはとって帰りたいね。重いのは持つよ。
 
「この川原の木は、野鳥の宝庫なんよ。こないだ市が切り倒そうとして、抗議した人がいて、取りやめになったよ」
 
それは良かった。お父さん野鳥好きだしね。
 
「会社に新しい人を入れたいんじゃが、どうもうまく取れなくての……」
 
わかってますよ、私は、あなたの娘で、息子ですから。
 
心の中でつぶやく。
 
散歩中の、私と父だけの2人の時間は、私は、娘であり、息子であり、仕事としての同士なのである。
最後の坂を、2人で息を切らして登りながら、考える。
 
ここに至るまで、四半世紀もの道のりがあった。
父と私のこの散歩は、私たちの関係の集大成のようなものだ。
きっと、これからも、私たちが続けられる限り、続いていくのだろう……。

 

 

 

父がどんな人かを一言で言うと、
「マイペースで頑固な、呑気もの」
である。
人好き、というより、人なつこさと鈍感さの中間のようなところがあり、田舎町に行くと、そのへんの商店や民家で、ひょいとトイレを借りられてしまうようなところがあった。
マイペースで人を気にせず、飄々としており、そういう意味では仕事仲間からも、「やや不思議」ポジションに置かれていたようであった。
仕事で絡みのあった、母の兄である叔父は、父が親戚筋だと知った人から、こう言われたそうだ。
 
「あの人、面白いね。麻雀してると、そのうち、ぐーぐー寝始めるんだけど(父は酒に弱い)、順番が来てゆり起こされると、『オ、オオ、オゥ』とか言ってやおら目を覚まして、ロンであがってくんだよ」
 
子供心に「わかるナァ」と思った。
父には、なんかよくわからないが、煙にまいてしまうというか、父独特の術を使って物ごとを乗り切るようなところがあった。
 
家族で行楽地に行った時、大混雑の中でも、いつも、どこかしら、駐車できるところを見つけ出してきたものである。おそらく、正規の駐車場ではないが、停めても問題なさそうと(父基準で)判断されるところを、見つけ出してきていたのだと思う。
 
父は、釣りや自然が好きで、子供の頃にはよく、山や渓流釣りのお供をした。
アオダイショウ(ヘビ)が田んぼのあぜ道を通過しているところに遭遇し、私が釣り竿の先で、ちょんちょん、と尻尾を突いていた、という話はいまだに父の好きな話だ。
 
食まわりのお供をするのも、大概、私だった。
いつだか、父がどこかから錦鯉を貰ってきたことがあった。飼うのではない。食べる用である。母や姉が気持ち悪いと言って食べなかったなか、うまい、うまい、と食べたのは私と父であった。
 
三姉妹の中で最も自然児、行ってみたがりで食いしん坊の私は、ようするに、好みの面で、父と気があったのである。
 
今でいうちょっとした「人たらし」的な能力で、それなりに人付き合いのあった父であったが、母は、父のマイペースぶりに、勘弁、と思うことも多々あったようだった。
 
父は決して、ちゃらんぽらんというわけではなく、実はかなり論理的なのだが、困ったことに、その論理は「世間基準」ではなく、「父基準」なのである。
つまり「マイペースで、物おじしない、呑気もの」基準なのだ。
父のなかでは理屈が通っており、あながち間違ってもないのだが、いかんせん、「多分、これくらいなら大丈夫だろう」のラインが、世間標準と比較して、かなりギリなのである。
 
子供心に、電車に乗りすごしたり、何かを忘れたり、何かがなくなったり、なんらかの困ったことがたびたび発生していた記憶である。
 
いつかの夏、あろうことが宿をとらずに家族で海水浴に出かけ、案の定、お盆の時期に空いている宿もなく、夜も更けてから探し回ったことがあった。
結果、素泊まりで、とんでもなくオンボロの民宿に泊まる羽目になった。
当時の私たちは「そんなもんだ」と思って過ごしていたのだから、今思えば呑気な家族であった。
 
困ったことに、本人は失敗をあまり気にしていない。
 
失敗スレスレのラインを攻め、時折、いや、まあまあ頻繁に、ラインを超えて落下しているのを見てきた母は、名言を2つ残している。
 
「お父さんの大丈夫は、あてにならん」
 
「お父さんは、失敗から、学ばない……」
 
母からすると笑い事ではない事件が多発していたのだが、子供の私にとって、父は父であると同時に、良き相棒のような存在であった。

 

 

 

マイペースで呑気で頑固者の父は、51歳で会社員を辞めて起業した。これまでと全く畑違いの、住宅業界の仕事を始めたのである。
今でこそ、中高年の起業も珍しくないが、話は25年前である。当時は「脱サラ」という言葉が使われており、50歳を超えての起業はかなり珍しいものであった。
 
当時、高校生だった私には突然に思えたが、実は以前から考えていたのだと、社会人になるときに知った。
技術専門職として、会社ではそれなりの役割も務めていた父だったが、心のどこかで、自分は、組織ではないところで働いた方が良いのではないか、と考えていたらしい。20代の頃には、司法試験を受けたり、医学部に入りなおしたりしようか、と考えたこともあったようだ。
当時は60歳定年制だ。あと10年、企業で働くか、最後のチャレンジをするか、父は後者をとったのだ。
 
はじめの1年間は、収入こそないもの、平和であった。
 
起業はしたものの、手持ちのカードはゼロである。父は、車で10分の距離の地元の不動産屋さんで、見習いとして働かせてもらい始めた。
後年、どうやってその不動産屋さんで雇ってもらったのか、と聞いてみると、ナント、知り合いでも何でもなく、「不動産業を始めようと思っているのだが」と突撃訪問で相談をするうちに、「じゃあ、うちでしばらく働いてみるかね?」と言ってもらったらしい。
恐るべき人たらし力である。
 
「宅建の勉強もしとったけど、現場でどうやっとるかは、やっぱり、働いてみんとわからんからねぇ」
 
父はさらりと言った。
 
「よくあるのが、一戸建ての設計図が残って無くてね、どの排水溝がどの下水管に繋がっとるか、わからんのよ。そしたら、『ちょっと、牛乳買って来て下さい』って言われてね。
排水溝から牛乳流して、3つある下水管の出口を見てね。牛乳が出てきて、ここだ、ここだ、と。こういうの、現場の人じゃないと知らんしねぇ」
 
楽しそうに話す父を見ながら、不動産屋さんの従業員の中に違和感なくとけ込み、あれこれ質問しては、感心している父が目に浮かんだ。
周りがベテランばかりとか、年下年上いろんな人がいるとか、父にとっては関係ないのである。
 
2年目から、父は、不動産屋さん見習いと並行して自分の事業を始めた。が、しばらくして雲行きが怪しくなり始める。
引き受けた大きい目の事業が、上手くいかなくなってきたのだ。当初から存在していたリスクが拡大した。「父基準」ではギリにあたるものが、ラインを超えてしまったのである。
実施にあたり、母に相談せず進めていたこともあったらしい。父のマイペースさと頑固さが裏目に出たのだ。
不動産なのでリスクの額も大きい。「父基準」でものごとを進めた結果、事業は暗礁に乗り上げ、我が家は最大の危機に陥ったのである。
 
私自身も大変すぎて、この時期の記憶がおぼろだ。離れた土地で大学生をしていた私だったが、奨学金とバイトで食いつないでいた。
身近で困難を目の当たりにした母と妹は、その何倍もの心労だっただろう。いろいろと冗談ではすまされないことの連発だったはずだ。
しかし、この時、姉の発した一言は私の心に食い込んだ。
 
「それだけのものを、これまで、お父さんに背負わせていたってことよね」
 
……そうなのだ。
父は確かに、マイペースかもしれない。頑固者かも知れない。それが裏目に出たかも知れない。
私たち家族は、間違いなく父の人生の一部である。
が、父の人生は父の人生なのだ。父が、リスクを取ってまで実現したかった、父の人生なのだ。
 
幸い、仕事を紹介してくれたり、何らかの援助をしてくれたりする人に助けられ、困難の末に危機を乗り越えることができた。ピンチ発生から7年後だった。
結局、危機を救ってくれたのは、父の周りにいた人達だった。
母は、
「XXさんには足を向けて寝られない」
と言う。
事業が暗礁に乗り上げたのも「父らしさ」からだったが、救ってくれたのも、また、「父らしさ」だったのだ。
 
その後、大儲けとは行かないが、暮らしていけるほどには事業は続き、昨年、めでたく25周年を迎えた。
77歳の父は、今日も元気に仕事をしている。70歳で引退する、と言っていたが、このままいくと80歳を超えても働きそうだ。
 
私はその間に、大学を卒業し、社会人になり、転職し、いつの間にか社会人20年目が近くなってきた。
20年の間に、私と父との関係は、親子というより、仕事人として、また人生を先に行くものと後から行くものとしてのそれに代わっていったように思う。
 
仕事人としての父らしさが見えるようになったのだ。
 
あるとき、東京の私の家に泊まりに来て、とある講習に行く、と言う。
何の講習か訪ねると、とある不動産業界特有のシステムツールの導入講習らしい。
父の世代は、ギリギリ、現役時代にWindows98が出たものの、使いこなしきらないうちに歳を重ねた世代だ。スマホが世間に浸透したのは、還暦を超えてからである。
人によってPCの使いこなし具合に差が出る世代であるが、総じて、その習得には苦労している世代である。
そんな父が、頑張ってシステムなど学んでいるのである。
「父基準」で「良い」と思えば、そこにハードルは存在しないのだ。
 
またあるときは、太陽光パネルの会社を熱心に調べていた。
よくよく聞くと、休耕田に太陽光パネルを配置して、地方にありあまっている土地を活用できないか、検討しているというのだ。
当時、父は、齢68歳。まさか70手前で、そんなチャレンジをしているとは……。
 
この時、静かに、「自分も、やりたいことは、なんでも、やろう」と改めて思ったのだった。

 

 

 

20年の間に、歳を取ったせいか早朝に目が覚めるようになり、父は朝、仕事をするようになった。それと同時に、朝の散歩が始まったのである。
 
私も数年前から、仕事をするのは朝が最強、ということに気がつき、朝型にシフトした。
 
「結局のところ、朝が、最も効率良いんだよね」
 
「そうそう、そうじゃそうじゃ」
 
散歩をしながら、そんな話をする。
こういう時は、私と父は、仕事人としての同士である。
 
「今度帰ってくるとき、日程が合ったらイカ釣りに行かんか。最近、XXさんたちと行く釣り舟屋が、なかなか良いんじゃ」
 
「オオ、行く行く。イカ良いね」
 
「最近、山は登っとるんか?」
 
「ウン。こないだは八ヶ岳まで行ったよ」
 
「良いのう。自分も、昔、大学生のときに兄貴と……」
 
こんな会話をしつつ、これはむしろ、父と息子の会話に近いなー、と心で笑ってしまう。
 
父も私もお酒が飲めないため、「酒を飲みかわす」には至らないが、姉と私と妹の三人のうち、自然児で、行きたがりで、ちょっと理屈っぽく、ようするに最も父に似ている私が、最も息子役がぴったりなのである。
 
マイペースで、呑気で、人に物怖じしない父。
行ってみたがり、やってみたがりの、好奇心旺盛な父。
一方で、根本的には理屈っぽく、自論でしか動かない、頑固な父。
自然が好きで、山登りと魚釣りが好きな父。
 
これまで乗り越えてきた困難を思うと、私と父の関係は、好きとか嫌いとか、そういうものでは言い表せない。
ただ、私たちは、きっと、これからもずっと、朝の散歩に出かける。
 
私は、娘になったり、息子になったり、同士になったりしながら、父との時間を紡いでいくのだと思う。
三人、娘がいるのだから、一人くらい、こういう変則的に男前な娘がいてもよいだろう。
 
いくつになっても、私は、娘で、息子で、あなたのこども。
 
ただ、寄り添い、共に散歩に行くことが、その証明なのである。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
西条みね子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

小学校時代に「永谷園」のふりかけに入っていた「浮世絵カード」を集め始め、渋い趣味の子供として子供時代を過ごす。
大人になってから日本趣味が加速。マンションの住宅をなんとか、日本建築に近づけられないか奮闘中。
趣味は盆栽。会社員です。

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2022-07-27 | Posted in 週刊READING LIFE vol.179

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