さくらんぼの魔力《週刊READING LIFE Vol.186 本業と副業》
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2022/09/19/公開
記事:佐藤知子(READINGLIFE編集部ライターズ倶楽部)
さくらんぼの産地にとって、6月初旬から7月中旬までの約1か月半は、地域全体が勝負の時に入る。まるでオリンピックのように、みんなのボルテージが上がる期間だ。
私の生まれ育った市と今住んでいる市は、どちらもさくらんぼが沢山採れるところだ。専業、兼業農家以外にも、会社員や公務員の人でも大抵の家でさくらんぼを育てている。
農家の人にとって、さくらんぼは大きな収入源であるし、県民として最も身近な果物だから、とても大切にされている。
私の実家でも、父がいた頃は畑に古い木が何本かあった。でも他界してからは、近所の人に畑を貸していて、さくらんぼも作ってもらっている。甥が生まれた時に、別の畑に記念樹として兄夫婦が植えた3本が、今実をつけている。やはり特別な木として選ばれたのだった。
この時期のさくらんぼの大変さは地域全体から伝わるし、見たり聞いたりしての情報がたくさん入ってくる。
朝4時ともなると、夜明けとともに動き出して、摘み取り作業を行う。さくらんぼは柔らかい果物なので、すぐに傷んでしまうからなるべく陽に当てたり触ったりしない方がいい。収穫したらすぐに選別作業に入り、贈答用やバラのパック詰めに分けられる。私も手伝ったことがあるが、これには熟練の技がいる。昨日今日練習しただけではなかなかきれいに並べることはできない。軸は下にして、赤い実だけが上になるようにそっと素早く詰めこむ。宝石のように美しく一番良く見えるように、お客さんに喜ばれるようにと願いが込められる。
仕上がると、決められた時間に選果場や宅急便の集荷場に持って行く必要がある。だが、一気に集まるから混雑してしまうようだ。万が一遅れでもしたら、鮮度は下がる一方なので、これまでの努力が無駄になってしまう。気を抜けない仕事が続く。
作業に当たるのは、畑の持ち主、家族、親戚、友人、アルバイト、近所の人たちが主だ。
この時期だけ召集され、「今年も会ったね」「元気だった?」と再会を喜び合う。
期間中仲間となり、つながりが深まっていく。主婦、お父さん、お母さん、おじいさん、おばあさんなどのいろいろな顔を持つ人たちだが、やがて年代を越えて〇〇さん、△△さんのお付き合いになっていく。この土地の文化であり営みとも言える。
だが、慢性的な人手不足の問題もあり、県は今年6月、さくらんぼの収穫時期の労働力を確保するために、収穫や出荷作業での県職員のアルバイトを認めた。もちろん、通常は副業禁止だが、観光などの関連産業が多く公共性が高い為、という理由で県知事が認めたそうだ。ほかの分野で働く機会を得られるということは、視野が広がり面白いと思うし、皆で大切に県の特産品を守っていくという取り組みは、気持ちをひとつにしていくことと思う。
すでに多くの人は、本来の仕事の前に朝仕事をしてから出勤したり、畑に行く家族の分の朝食や夕食の準備を担ったりしている。最盛期には有給休暇をとるなどして手伝う人もいて、さくらんぼ中心の生活を送っているのが実情だ。
さくらんぼがこの地で広まったのは、霜、梅雨、台風の被害が少ないことと、盆地の地形が合っていたため、と言われている。とは言え、梅雨の時期には雨は沢山降るし、せっかく実ったさくらんぼが割れるという被害に合うこともある。雨が当たらないようにビニールハウスを建てたりと、さくらんぼを守るために危険を伴う作業も多い。
美味しい実をつけるまでの道のりは遠い。冬の間に木や脚立にのぼりながら剪定作業を行い、2月頃からは芽欠きという、実を大きくするための間引き作業が行われる。雪の寒さの残る中、とても根気のいる作業だそうだ。春には、色づきを良くするための葉つみが行われる。ようやく6月の収穫時期を迎えるまでには相当の作業過程を経ている。
そのためだろうか、収穫時期には例年脚立や高所作業車から転落し、重傷を負う人がいる。ニュースで流れる度に、疲れが蓄積しているのではなかろうか、とその大変さを共感し、皆胸を痛めて分かち合うのだ。
さくらんぼの収穫作業と言ってもいろいろある。さくらんぼの木は3m位あるので、下の方の実を収穫する人、脚立を使う人に分かれる。特に上の方の高い所の収穫は大変で、暑さと戦いながら行うことになる。
畑に出る人だけでなく、小屋やテントの中で作業する人もいる。
まずは箱を作らなければならない。専用の箱を折るのも、相当な数になる。これがないと始まらないから重要な仕事だ。
収穫されたさくらんぼを詰める人は朝から晩まで椅子に座りっぱなしで、もくもくと取組んでいる。足が浮腫んでくるそうで、これも大変な重労働になっている。
「みんな忙しくしているんだもの、できることは手伝わなくっちゃ」
知り合いの90歳代のおばあさんが言っていた。
商店の80歳代後半のおばあさんは、「まだ私を頼って、今年も宅急便お願いすると頼みに来てくれるお客さんがいるのがうれしくてね。話をするといろいろ情報も入ってくるし、若い人とやり取りするのも楽しくて。がんばらなくちゃと気持ちが張っているよ」と笑顔で語ってくれた。
高齢者の方々と一緒に働いたことのある人たちは、「年配の人たちは長年の経験があるから、作業は早くて上手なのだ」と、そんな風に尊敬していた。染みついて離れない技がある。高齢者は大事な地域の担い手となっている。これがこの土地の文化であり、営みだと思う。
不思議なことに、さくらんぼの期間は、病院や個人の医院はとても空いている。
いつもなら、おじいちゃん、おばあちゃんの寄り合いみたいになっているのに。
「さくらんぼの時期だからねぇ」「そうだ、そうだ」
誰もが納得する。みんな働きに行っていて忙しいのだ。
高齢者の通いのデイサービスでも、「手伝いがあるから」と休む人が増える。代わりに泊まりのショートステイは3か月前から予約が始まると同時に、即満床となる。家族は朝早くから夜までさくらんぼにかかりきりになるので、この時期介護が必要な方がショートステイを利用できないと困ったことになってしまう。そのため空いているところを探し、他市町村の施設まで足を伸ばすことも良くある。この辺りでは当たり前のことなのに、県外の人に話した時にとても驚かれた。
普段の生活では、多くの高齢者は一見静かに暮らしているように見える(本業)が、本当はものすごい力をもっていて、特にこのさくらんぼの時期は一層地域を、若い人を支えてくれているのだなと感じる(副業)。
それとも本業と副業は逆なのだろうか。
ものすごい力を秘めながら、地域や若い人を支えているのが本業で、静かに穏やかに暮らす姿は副業なのかも知れない。
□ライターズプロフィール
佐藤知子(READINGLIFE編集部ライターズ倶楽部)
山形県在住。ライティング・ゼミ2月コースに参加、7月よりライターズ倶楽部へ
書くことで、自分の考えをわかりやすく人に伝えられるように、日々奮闘中。
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
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