週刊READING LIFE vol.186

副業の流儀 〜その副業はカッコ良いか?非難轟々か?《週刊READING LIFE Vol.186 本業と副業》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2022/09/19/公開
記事:西條みね子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
おや、と、私は顔をあげた。
言葉のトーンに、微妙に非難めいたニュアンスが含まれているのを感じたのだ。
 
一緒に仕事をしている二十代後半の女の子と、雑談をしている時だった。話題は、彼女の上司にあたる男性の副業についてだった。普段は割とおっとりとし、落ち着いている人だと思っていた彼が、実はイベント企画や、輸入品のネット販売、果てはガールズバーの経営など、聞く限り華やかなラインナップの副業を数多く手がけている、という話だった。
「え! Xさんって、そんな副業やってたの!」
1年前に部署を移動してきて、あまりXさんのことを知らなかった私は、そんな面白い話があったのか、と声のトーンをやや上げて食いついた。
「そうなんですよ。結構、いろいろやってて」
微妙なニュアンスを感じたのは、この時だった。
ん? と思いつつ、言葉を継ぐ。
「でもさ、そんなにやってたら、大変そうだよね。時間のやりくりとか、どうしてるんだろね」
「そうなんですよ! 副業やるんだったら、もっと、こっちの仕事しっかりやれよ! って感じです!!」
今度は、はっきり、非難の気持ちが含まれていた。
なるほど。副業の流儀に、反しているんだな。
流儀を忘れると、こうなるんだよなぁ、と心でうんうんとうなづく。副業がカッコ良いものになるのか、非難轟々ものになるのか、このあたりで分かれるんだろうなぁ……と、現場を目の当たりにした気分だった。
 
 
数年前に副業ブームが訪れてから、世の中には当たり前のように「副業」という言葉が溢れるようになった。一時期は書店に行くと、「副業」の文字が踊るハウツー本がずらりと並んでいたし、Web上のコンテンツやSNS上に出てくる広告も副業セミナーやら副業のコツやら何やらでいっぱいだった。今は当時よりは落ち着いたが、その分、実際に「副業をしている」という人は着実に増えているように思う。
 
私の会社は自由な社風であり、副業をしている人が、比較的、多い会社だと思う。
本格的な不動産経営をしている人もいれば、専門性を活かしたコンサルタントや委託業務を単発で受けている人、趣味が高じてその道関係のアルバイトをしている人など、内容ややり方もバリエーションに富んでいる。Youtubeやアフィリエイトサイトなどで小金を稼いでいる人も含めると、かなりの人が「副業」に関わっているはずだ。
あの人、実はこんなこともやってるらしいよ、と知ることは、その人の違う一面を感じられて、とても面白い。「木曜日のみ、知人の経営するバーで雇われ店長をしている」という話を聞けば、あー確かにそういうオシャレな感じ好きそう! と納得し、「お花が好きで、プリザーブドフラワーのアレンジメントをネット販売している」と聞くと、素敵だな、今度誰かにプレゼントを贈る時にお願いしようかな、と、ちょっとワクワクする。
話を聞くたびに、人にはいろんな一面があって、副業も多種多様なんだなァ、と感心していた。
 
 
「もしや、これは、かなりカッコ良い副業なんではないか……?」
上司のYさんと会話をしている時だった。
その頃、いろんな副業の話を聞くうちに、どうやら、我が社の中にも、カッコ良い副業と、そうではない副業があるのではないかと、朧げに感じていた。
「カッコ良い副業」に気がついたのは、Yさんと雑談をしている時だ。彼は、その数週間前、うちの部署のある業務をバッサリ捨てて、撤退する、という大きな決断をしたところだった。
「あれ、よく決断しましたねー。というか、よく考えつきましたねぇ」
2人だけの打ち合わせで、この話を持ちかけた私に、Yさんはこう答えたのである。
「俺さ、あの仕事、無くしちゃって良いんじゃないか、って思いついたのって、実家の事業やってるときなんだよね」
Yさんの実家は、日用品の卸売業を営んでいる。数年前に両親が引退したのをきっかけに、うちの会社に勤めながら、実家の経営を同時並行で行なうという、なかなかにパワフルな副業をもつことになった。社風も、扱う商材も、従業員のタイプや年齢層も、インターネット業界であるうちの会社とは全く異なる。まさに異業種で2足の草鞋を履いているのである。
「卸売業だから、商品の在庫管理をしないといけないんだよね。で、月に1回、棚卸しをするんだけど、よくよく聞いたら、全従業員で丸一日かけてやってる、とか言うんだよ」
棚卸しというのは、月末や年末などに商品の在庫数をチェックし、帳簿上の在庫数と差異がないかを確認する作業だ。扱う商品数が多いと、それだけ労力もかかる。全従業員、といっても20名程度らしいが、総出で丸一日かかる、一大イベントになっていたらしい。
「で、俺、言ったの。『在庫管理、もうやめません??』って」
……その場の従業員が絶句したであろうことは、容易に想像がついた。物理的な商品を扱う以上、商品が帳簿どおりに存在しているかを確認することが、どれだけ大事なこととされているのかは、その業界に詳しくない私でもわかる。やめるとは何事か、と古参の従業員を始め、全員が血相を変えたらしい。
「でもさー、売上の規模はそれなりにあっても、日用品だからさ、1点1点は安いわけよ。なくなって青くなるような高級品とかじゃないの。それがさ、1個2個、数がズレたからってさ、たいしたことないわけよ。
逆に、商品の種類が多いから、全部、きっちりチェックすると丸1日かかるわけ。1ヶ月って営業日が20日しかないのに、そのうち1日を費やす方が、ずっともったいなくない? って思って」
確かに、一理ある。
その後、さすがに「在庫管理をやめる」は難しかったが、従業員との対話の結果、もっと少ない頻度で、やり方を簡略化して行うことに落ち着いたそうだ。
ポイントはここからである。
「それで、これ、業界は違うけど、うちの会社でも同じようなことってあるんじゃないかなーと思ってね。あたりまえだと思いすぎて気づかないけど、抜本的になくしても良いことって、結構、あるんだと思うんだよね」
Yさんは、さまざまな角度でうちの部署の事業を眺めた結果、件の業務の撤退判断を下した。
副業の経験が、本業にフィードバックされ、見事に活かされた結果だった。
 
Yさんいわく、副業の方にとっても、しばしば同じことが起きているのだという。家業の経営を考えるとき、うちの会社での経験を参考にしていることがとても多いそうだ。
「うちの家業みたいな小さな会社だと、あまり無駄に投資できないんだよね。けど、本業の方で使ったシステムツールとか、使い勝手やメリットもわかってるし、導入して家業の従業員たちがついて来れるか? とかも、かなり解像度高く想像できるから、おかげさまで失敗が少ないんだよ」
本業と副業の経験が、互いに相互作用し、それぞれで良い結果を生んでいるのである。
 
Yさんの話を聞きながら、私は、昨年同じグループに入った後輩のことを思い出していた。
Yさんの場合は、一つの身でビジネスを二つ行う、という、なかなかに骨太なことをやっているが、もっとライトな副業でも、同じようなことが発生しているように思ったのだ。
その後輩は、趣味のインテリアについて解説する動画をYoutubeで公開していたのだが、彼の動画作成スキルが超人的に高い、と評判になり、社内イベントで投影する動画を作成するチームに参画してもらったのだ。イベント当日、彼が監修した動画は、歴代のイベントの中でもトップクラスの出来であった。
イベントの動画を作りながら、何人かの社員は、彼に動画作成のコツを学ばせてもらっていた。彼自身も「社内イベントで使うような動画を作ったのは初めてだったから、勉強になった」と言っており、ここでも、本業と副業の相互作用でWin–Winの関係が生まれていたのだ。
 
仕事というのは、ある意味、経験によって学ぶところが大いにある。本業とは別個に副業をしていれば、学びの量は単純に増えるはずだ。仕事量が2倍なのだから当然だ。
副業から得た学びが本業に展開され、本業での学びをまた副業に持ち帰ってもらう。このサイクルが回っている副業こそ、見ていてなんともカッコ良いではないか……!
 
「副業の学びが本業に活かされるって、素晴らしいですね〜」
改めて感心し、Yさんに尊敬の気持ちをこめてそう伝える。
それにしても、Yさんが家業のことを話すのは珍しい。そう言うと、Yさんはサラリと言った。
「ま、家業は家業だからね。ここでの自分は、うちの会社の従業員だからね」
そうなのだ。
正直、私は、業務撤退の件をきっかけにYさんが話をしてくれるまでは、彼が家業を行なっていることは、スッカリ忘れていたのである。
何故なら、普段のYさんは全力で会社の仕事をしており、裏で副業、いや「もう一つの本業」と言っても良いほどにガッツリ家業を行なっていることが、一緒に働いている我々には一ミリも感じられないからだ。
 
本当にカッコ良い副業、とはこういうことなのではないだろうか。
周りの人間が、副業をしていることを忘れるほど、本業100%に見えるのだ。趣味の副業であれ、ビジネス寄りの副業であれ、副業をしていることはおくびにも感じられない。それは、本業を全力で行い、役割を果たし、十分に成果を出しているからに違いないのだ。
そして、この状態に、副業からの学びによる相乗効果が上乗せされることで100%以上の価値が生み出され、副業も含めて倍増しで絶賛されるのである。
 
 
対して、本業に隙が見えると、周囲の目は格段に厳しくなる。副業の存在がチラつくことで、非難はむしろ倍増するのだ。
冒頭の女の子の上司は、たくさんの副業で成果をあげられる実力は大したものであるはずだが、本業にゆるみが見えることで、副業が賞賛どころか、非難の対象になってしまっているのだ。
裏で毒づかれるくらいならまだ良い。正面きって、副業に専念しては? などと言われるパターンを目の当たりにしたことがある。
以前、あるゲームで世界ランクで上位にランクインするほどの実力がある社員がいた。普通なら、世界レベルの腕前を持っている、と聞くと「すごいね!」と賞賛の的になるはずだ。が、実際は、彼の品質の低い成果物や、大会やら何やらで休んだ日の尻拭いをする周囲からは非難轟々であった。
彼がゲームに専念する、と退職した時、担当マネージャーは「辞めてくれて本当に良かった。お互いそれがハッピーだ」とこっそり漏らした。
 
副業を選択すると言うことは、本業で1ミリも指を刺されるような状態を作れない、という覚悟を持って行う必要がある。それは時には、副業1本に専念することよりも難しいかもしれない。
副業の流儀、というものがあるとしたら、副業を言い訳にできないほど本業にしっかり向き合い、成果を出すこと。そして、本業と副業が互いに良い効果を生むようなサイクルを作り出すことではないだろうか。
 
「あー、これって、あれだな。なんか浮気の流儀に近いかも」
適切な例えかどうかは置いておいて、「浮気をするなら絶対にバレないようにやれ!」というやつと同じ気がした。本妻に怪しまれるようなら、浮気をする覚悟として全然ダメ、というアレである。仕事の浮気をしているようなもんだから、あながち遠い話でもない気がする。
昔の実業家や政治家といった実力者は、公式に「お妾さん」を囲っていたが、それは、本妻もお妾さんも養える財力が十分にある証拠でもあった。
養う実力も覚悟もないのに浮気をしてはダメなのである。
 
 
副業、と書いているが、副業の取引相手にとってみればこちらが本業である。
副業をするなら、昔の豪傑ばりに、どっちも完璧に養うからドンとこい!! くらいの覚悟でやらなければならないのだ。
それは時に大変かもしれない。泣き言を言えないかもしれない。
が、一つの人生の中で複数の仕事の顔を持ち、それぞれの顔で全力を尽くすことは、人生の密度を200%にも300%にも濃くすることと同義であり、それはそれは魅力的な生き方の一つであることは間違いないのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
西條みね子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

小学校時代に「永谷園」のふりかけに入っていた「浮世絵カード」を集め始め、渋い趣味の子供として子供時代を過ごす。
大人になってから日本趣味が加速。マンションの住宅をなんとか、日本建築に近づけられないか奮闘中。
趣味は盆栽。会社員です。

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2022-09-14 | Posted in 週刊READING LIFE vol.186

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