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週刊READING LIFE vol.190

もっと早くやれば良かった「今さらながら日本の歴史をざっくり知ろう作戦」顛末記《週刊READING LIFE Vol.190 自分だけの本の読み方》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/10/24/公開
記事:西條みね子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「例のやつ、まだ続けてるの??」
「ウン。今、織田信長が、弟を始末しようとしてるとこ!」
 
姉の問いかけに、私はエヘン、と胸を張って答えた。
「小説で日本の歴史を古代から近代まで通して読んでみる」という試みを始めて、はや2年経つ。目的はただ一つ、「日本の歴史の流れを、も少し、ちゃんと知る!」である。紆余曲折を経て、物語で辿ることによって、長年の歴史への苦手意識が、ついに払拭されつつあるのだ。
 
 
記憶にある限り、小学6年生で歴史を習い始めた頃から、なぜか歴史が不得手であった。
もともと和歌や浮世絵、日本建築など、日本文化的なものが好きで、日本の歴史に興味はあった。「日本人として自国の歴史くらい知っておきたい」という、多くの人が抱くであろう気持ちも、当然、それなりに持っていた。
が、どうも歴史の教科書に書いてあることが、サッパリ覚えられないのである。一体何がどうなってこうなったのか、一つ一つの出来事が繋がらない。何とかの戦いやら何とかの制度やらはもちろん、人の名前すらロクに頭に入ってこなかった。年号に至ってはハナから諦め、面白い語呂合わせを探す方向に走った。ちなみに当時の1番の気に入りは「納豆ネバネバ平城京(710)」である。
苦手ながらも「得意になりたい」という思いはなぜか強く、あろうことか、高3の春、大学入試の「社会」の科目に、日本史を選択するという暴挙に出た。そもそも私は理系で、社会はセンター試験(今でいう大学共通テスト)しか要らないのである。理系の人間は、覚える量の多い日本史や世界史はあまり取らず、地理を選択するのがセオリーだ。「切羽詰まれば学ぼうとするかも」という自分を追い込む作戦に出た結果、高3の冬に「もはやどこからわからないかもわからない」という最終形態に達し、受験直前に「現代社会」を叩き込む羽目になったことは、今は懐かしい思い出である。
ともあれ、興味はあるし、わかるようになりたいという思いはあるものの、どうにもお近づきになれないポジションにいるのが歴史という科目だったのである。
 
きっかけは、本棚の整理中に見つけた一冊の本だった。田辺聖子さんの「むかし・あけぼの」という本で、清少納言の書いた「枕草子」を小説仕立てにしたものである。
私はなぜか枕草子が好きで、高校の古文の教科書で出会ってから、お気に入りの一つになっていた。有名な「春はあけぼの」の段など、いくつかの段はソラで暗唱できるほどである。「むかし・あけぼの」は、大学時代、たまたま文学部の友人が貸してくれたものだ。清少納言が成人してから中宮定子に仕える日々が物語として書かれており、大変面白かった。その後、枕草子の現代語訳を読んでみたとき、思った以上に「むかし・あけぼの」が枕草子に忠実に書かれていることに感心し、自分でも購入して何度も読み返していたのである。
それが、本棚から出てきたのだ。
「あー、これ、久しぶりに読もうかなぁ」
パラパラとめくりながら、ふと、気がついた。
この本が好きで、何度も読んでいるため、この時代のことにピンポイントでやたら詳しいのである。時代、と書いたが期間的には10年ほどのことであり、歴史的にはごくごく一瞬だ。一条天皇が即位して中宮定子が嫁ぎ、亡くなるまでであり、平安時代のスポットライトともいうべき藤原道長の全盛期にすら到達しない、短い短い期間だ。
が、詳しいのである。歴史の教科書に絶対に載らないようなマニアックな人の名前もちゃんと、覚えている。
「コレって、もしかして、物語の形なら、すんなり頭に入るんじゃないか……?」
そういえば、歴史の人物が出てくる漫画を読むと、プチ知識程度にはわかることが増える。大河ドラマも、見た年のことはうすらぼんやりわかるではないか。歴史よくわからん、と言いながらも、部分部分では多少の知識にはなっているのである。そういえば、映画やドラマが好きな友人は、映画で色々詳しくなったと言っていた。うちの母など、ここ数年の韓国ドラマのおかげで韓国の歴史にやたら詳しくなった。私はドラマなどの映像よりも、文字で書かれた本の方が好きだ。自分の好きな本というデバイスで、物語として歴史を追えば、一通りのことが頭に入るのではないか……!
「よし。日本の歴史を、古い方から順に、物語で読んでみよう」
ポイントは、あれこれ時代を混ぜて読むのではなく、古い方から時系列に、なるだけ途切れないようにして読むことである。これまでも歴史小説は読んできたが、あまり興味のない時代や、人気がなくコンテンツになりにくい時代は抜け落ちており、ツギハギ感があった。穴あきの虫食いだから「なんだかよくわかってない」気持ちになるのだ。
「できるだけ、途切れないようにやってみよう。極力、切れ目が生まれないように」
こうして、私の「日本の歴史を、物語で、通して読んでみる」作戦が決行された。
 
始めてすぐにわかったことがある。
本選びの段階で、ちゃんと続けられるか否かを左右する分岐点に立っており、本の選び方にはポイントがあるということだ。
第一は、同じ人物や出来事を書いた本を読むのは、1冊のみにとどめておく、ということである。歴史小説の舞台に選ばれる人物は、有名な人であればあるほど、たくさんの作家により小説化されている。史実に基づいて書かれてはいるが、当然、創作の部分も多く、特に人物像は10人作家がいれば10通りの人物像が存在する。こないだ読んだ本では「生真面目だが、実直で誠実な老将軍」だった人が、次の本で「口うるさく、融通の効かない頑固大将」になっていたりすると、創作だとはわかっていてもそれなりに戸惑う。キャラ変が激しすぎて心がついていかず、脳内は大混乱だ。「作家さんそれぞれの人物像の違いを楽しむ」などは玄人の領域であり、歴史小説ビギナーはまずは1人の人物像を1つに留めておくのがよろしい。
 
第二に、物語以外の書籍を不用意に混ぜないことである。
作戦初期、欲を出して、新書などいわゆる「歴史について書かれた本」も何冊か織り交ぜてみた。が、読み始めて5分で寝落ちし、早々に破綻した。それもそのはずである。これらは名だたる研究家が、歴史的観点から人物や出来事を深掘りしたものだ。私の「枕草子」のように、よっぽど好きで興味のあるものならともかく、さほど興味のないことについて論じられたものを何百ページも読むのはビギナーにはかなりきつい。寝落ちした私は、夢の中でも「蘇我氏」の起源についての諸説を延々と読み解いており、うなされて目覚めた頭で朦朧と決意した。
「……今は、物語だけに、しよう」
 
第三は、自分の好みの小説を書く作家を、何人か見つけ出すことである。私の場合、「史実と創作の程よい塩梅」が重要であった。小説なんだからそりゃ基本は創作だろ、とは思うが、歴史小説というのは、史実にあることは相当に忠実に書かれている。本を読み終わった後に軽くググって確認してみると、ただの作中のワンエピソードだと思っていた出来事が、ちゃんと文書や伝承など何らかの根拠に基づいていたことがわかり、驚くことしきりだ。逆に言うと、現在のところ「史実に残っていない」とされている箇所は創作が入る。この創作部分の広げ具合に好みが出やすいのだ。例えば、物語をドラマチックに進めるために恋愛要素がしばしば挿入されるが、どの程度、そちら側に傾いているかは好みが分かれるところだ。私の場合、話の進行役として登場する歴史的には無名な町人たちの恋愛ドラマはなんとも思わないが、歴史に名が残っているレベルの人で「そことそこの組み合わせは、流石になくないか」と思うものが登場すると「その恋愛要素いらんだろ……」と、ちょっと萎える。小説なんだからその辺も含めて楽しめば良いのだが、この辺りは好みだから仕方ない。
逆に、好みに合う作家さんを見つけられると後は楽だ。大抵の作家は色んな時代の本を出しているので、イモづる式に今後読む本が見つけられるのである。
 
こうして、いくつかの失敗を経て、順調に、飛鳥時代から奈良時代、平安時代へと移り進んでいった。
物語に絞って読み進めるにあたり「読み方」も大事であった。
なにはともあれ、細かいことはあまり気にせず、流れを追うこと。そのためには努めて小説の世界にどっぷりと浸ることである。
読書中、うっかり「建武の新政」など知ったような用語が出てくると、お、これは! と、歴史の教科書モードがスイッチオンされるのだ。が、私は受験をするわけではない。覚えたウンチクをどこかに披露したいわけでもない。知りたいのは「なぜその新政が起こることになったのか?」「その結果、どうなったのか?」という歴史の大きな流れなのだ。細かいことを逐一気にしていては話に入り込めず、ましてや、覚えねば、と鼻息を荒くするなどもっての外なのである。
 
このことは「メモを取るか否か」論にも関連する。
できれば同じ本を何度も読むのが理想だが、「通しで歴史をたどる」ということをやっている以上、1冊読み終わったらすぐに次の時代に行きたくなるものである。第一、日本の歴史は長く、私の生活時間は有限だ。あまりチンタラ進んでいたら、永遠に近代まで辿り着けなくなってしまう。一巡した後ならともかく、最初の1周目に何度も同じ本を読む余裕はない。
が、本と言うものは、読んでいる最中はよく覚えているが、読み終わってしまうと割と忘れてしまうものであり、1回読んだだけで頭の中に定着させることはなかなか難しい。せっかく読んだのに、次の本で
「あれ? このXX氏って、前の本で、何で朝廷側につくことにしたんだっけ……??」
と重要なことがわからなくなってしまうこともある。こうなると「もはやどこまで遡れば良いのかわからない」状態に陥ることが容易に想像でき、また頭から読み直す羽目になる、と想像しただけで気が遠くなった。それだけは絶対に、避けなければ……。
私の出した結論は、「メモは、取る」だ。
が、取るタイミングが重要なのである。「最低でも、1つの章が終わった後、もしくは1冊読み終わった後で取る」なのだ。逆に、絶対にやってはいけないのが「読みながら取る」である。物語の流れに浸れなくなってしまうのだ。不思議なもので、「メモを取ろう」と思って読むと、「メモを取るべきところはどこか」という視点で文章を見るようにる。次第にこまごましたことも逐一、メモを取り始め、もはや「読んでいる」というよりは「要点を抜き出している」に近い。結果「非常に細かく充実した要約文」が出来上がるが、読後感は何だかちっとも楽しくない。しかも、内容の方はあまり頭に入っていないという、なにが嬉しいのかサッパリわからない状態に陥るのであった。
「読書中のメモ、禁止!!!!」
読みながら取るメモを禁じた私だが、一つだけ例外を設けた。登場人物の家系図である。
歴史物語というのはいかんせん、登場人物が多い。兄弟だの親族だのがわらわらと登場し、名前が似通っている上に、元服してコロコロ名前が変わったりする。おまけに一夫多妻制で奥さんが複数いるものだから、これが1セットだけでなく同時多発的に発生するのだ。ここに家臣やら政敵やらが加わり、もはやてんやわんやである。読み終わった後に忘れるというレベルではなく、何なら読んでいる最中から誰が誰かよくわからなくなってしまう、それが歴史小説なのだ。
読書中の迷子を防ぐため、重要そうな人が出てきた時には家系図に追加する、を自分に課した。血縁関係だけでなく、一行メモを入れて、「これ誰だっけ?」を防止する道しるべとしたのである。
 
例)
後嵯峨天皇
└ 練子 平練基の娘
– 宗尊親王 鎌倉から時宗に厄介払いされる
– 惟康親王 宗尊と代わり3歳で鎌倉入り
└ 姞子 西園寺実兼の叔母
– 後深草天皇(→持明院統 北朝)両親に疎まれ退位を強要される
……
– 亀山天皇(→大覚寺統 南朝)兄を押しのけて即位
……
 
※└は婚姻、–は子供
 
このやり方は結果として大正解で、自分で作成した家系図を見れば、大体どのあたりのどういった話なのかが、概ねわかるのである。前読んだ本を思い出す時にも大いに役に立ち、メモを取るだけの価値はあったという結論に至ったのであった。
 
 
こうして、日常の傍ら、ちまちまと日本の歴史の駒を進め続けて、そろそろ2年が経つ。今は戦国時代に入り、日本史で最も有名な1人、織田信長が三河からのし上がっていっているところだ。もっとスピードをあげて読めば歩みも速いはずだが、他に読む本があったり仕事が忙しく間があいたりで早2年である。が、ちゃんと続けられているのだ。多少間があいても難なく再開できるのは、時系列で読み進んでいることと、家系図&メモがあるおかげで、過去からの蓄積を思い出せるようになっているからだ。試行錯誤の賜物である。
 
「それで、話の方はどうなの、面白い?」
姉の問いかけに、私はまた胸を張って答えた。
「ウン、面白い。ちゃんと流れが、わかるようになった。それにもう、絶対に、後白河天皇と後鳥羽天皇と後醍醐天皇がごっちゃになったりは、しないよ!」
 
後白河天皇は源氏と平氏の争いの渦中にいた人、後鳥羽天皇は鎌倉時代に北条義時に対抗した人、後醍醐天皇は足利尊氏との戦いに敗れた人である。
答えながら私はしみじみ、実感していた。
歴史の教科書はなぜ、覚えられなかったのか。それは単なる事実の羅列だけを歴史と捉えて、頭に入れようとしていたからだ。歴史は事実の連続ではあるが、その中にはたくさんの先祖たちの人生が詰まっている。生まれて育ち、喜んだり悲しんだり、志ざしたり企てたり、騙されたり絶望したり、それぞれの時代の人々の生き様が寄り集まって、一大スペクタクルになっているのだ。
そういった意味では、歴史の教科書よりも物語の方がリアルに近いのかもしれない。ともあれ、1人1人の物語を知ってからは、単純に「名前が後ナントカで似ている」という理由だけでごっちゃになることは、決してないのだ。
 
この調子で行くと、あと1年くらいで念願の近代にたどり着けそうである。
どんなことも、一度ざっくりでも知ることで、興味が湧き、日常の中でアンテナが立つようになるものだ。1年後、近代までたどり着いた私が触れる世界は、この試みを始める前とは、全く異なるものになっているはずだ。
その世界を想像してちょっと楽しい気持ちになりながら、読みかけの織田信長からしおりを抜くと、私はゆっくりと、続きを読み始めた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
西條みね子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

小学校時代に「永谷園」のふりかけに入っていた「浮世絵カード」を集め始め、渋い趣味の子供として子供時代を過ごす。
大人になってから日本趣味が加速。マンションの住宅をなんとか、日本建築に近づけられないか奮闘中。
趣味は盆栽。会社員です。

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2022-10-19 | Posted in 週刊READING LIFE vol.190

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