伝わる説明はデフォルメの似顔絵を描くのに似ている《週刊READING LIFE Vol.191 比喩》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2022/10/31/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
教え方が上手な人には共通点がある。具体例を示してくれたり、分かりやすい喩えを使って説明してくれる。具体例や喩えがあるとイメージがとてもしやすい。
以前私が姿勢改善でお世話になった女性トレーナーの説明はとても分かりやすかった。「ヒップリフト」というトレーニングを教えてもらった時のことだ。「ヒップリフト」とは仰向けに寝て両膝を立て、ゆっくりとお尻を持ち上げるトレーニングだ。
「そのトレーニングならやったことある」と、私はひょいっとお尻を上げた。形はいい感じだ。
「いや、お尻を上げたらいいっていうもんじゃないのよ。ちゃんと胸骨が下がってないと意味がないの。1回おろして」
そう言われて私はお尻をおろす。
「胸骨ってどの骨?」
私がそう思っていると、彼女はとても分かりやすい喩えを使って指示を出してくれた。
「はい、まず鎖骨をニカッと笑わせて。そうすると肩甲骨が下がるでしょ。その状態で、体の奥にネクタイをしていると思って。そうしたら、息を吐きながらそのネクタイを持ってグーっと下に引っ張るイメージをしてみて」
言われた通りにイメージをしていると、勝手にお尻が浮き上がった。そしてそのままお尻を上げると、さっきとは全然筋肉への効きが違う。
「ものすごく分かりやすいんだけど、なんでネクタイなの?」と聞くと、「胸骨って形がネクタイに似ているなと思ったから」と言って、骨格標本を見せてくれた。見ると、確かにネクタイに似ていた。すごい観察力だと思った。
彼女はもともと、自分自身が体を上手く動かせずに、ケガや不調に悩まされてきた過去がある。それを克服するために自身で色々と試しながら、「これはこういうことなのかな?」と体に関する専門用語を分かりやすい言葉に置き換えていったという。
中国語の発音矯正の先生も、いつもとても分かりやすい喩えを使って私に教えてくれる。
「ウ」とか「オ」など、同じように聞こえる音でも、日本語と中国語とでは口の形や舌の位置が違う。発音の本などを見ると、図解付きで説明してあるけれど、私は図だけではなかなか理解できなかった。
なかなか上手くできないでいると、先生が
「アツアツのたこ焼きを口に入れた時、どんな風になる?」
とヒントをくれた。
アツアツのたこ焼きを口に入れたイメージをしてみる。できるだけ接触面積を少なくしたいから舌を思い切り下げて、口の中の空間が縦に大きくなる。そのまま発音すると、今までとは違う音が出た。
「それそれ、今のその形を覚えておいて」
それ以来、私は理屈ではなくイメージで正しい「型」を自分にインストールすることができた。
昔スキーを習った時も似たようなことがあった。「重心をどうのこうの」と言われても上手く回れなかった私に、先生は「体をくの字になるようにしてみて」と言ってくれた。すると途端に、滑らかにターンができるようになったことがあった。それ以降は、ターンをするたびに「くの字、くの字」と思って体を動かした。先生がいなくても上手くターンができる。つまり、何度でも簡単に再現ができるようになったのだ。
その後、友人家族と一緒にスキーに出かけた。友人の子どもが上手くターンができずにいたので、「くの字に体を曲げるようにするといいよ」と声をかけてみた。すると、それまでターンできずに転んでばかりいた子どもが、クルッと滑らかにターンした。
中国語の発音でもそうだ。自分ができるようになっただけでなく、自分が教わった通りのことを自分の生徒に伝えると、その人もできるようになった。自分が伝える側に立った時、分かりやすい喩えが持つ「再現性」は、伝えやすさにもつながっていたのだ。
こうした教え方の上手な人たちは、「何が伝わればいいのか」「相手は何ができたらいいのか」を第一に考えてくれている。そして、自分のできている状態をよく観察していると思う。その状態とよく似た状態を探し、言葉にする。抽象的な言葉ではなく、具体的で身近にある「見える言葉」に置き換えてくれる。「見える言葉」だからイメージがしやすい。だから伝わるのだ。
私自身も工場で環境対策の仕事をしていた時には、見学にやってきた人たちや子どもたちに、工場のことをどう説明したら分かってもらえるだろうかと、いつも頭を悩ませた。
例えば「1年間に使った水の量は100万トン」と言っても、規模が大きすぎてイメージが湧かない。そこで、家庭で1人が1日に使う水の量を調べてみる。年度によってバラツキはあるが、だいたい1人200~300リットルの水を使うというデータが分かる。そこから換算すると、100万トンという水量は、約1万人が年間に使用した水量に相当することが示せる。そうすれば何となく規模感だけは伝わる。
「騒音の規制値は60デシベルで、工場の実際の測定値は50デシベルです」と伝えても、「規制値より低いんだな。ちゃんと規制を守っているんだな」のレベルでしか伝わらない。でも「60デシベルというのは、普通の会話と同じ位」「50デシベルは静かな事務所と同じ位」と、目安を付け加えてみたら、どれほどの静けさなのかがイメージできる。
数字は客観的だし、厳然たる「事実」ではあるのだけれど、イメージがしにくい。だから私は、「何か分かりやすいものに置き換えて比較できるようにしよう」と心がけていた。イメージできるよう「見える化」するために、比較対象となるものの数字を調べてはストックしていった。「薄さ」を喩えるならコピー紙の厚みや髪の太さ、「高さ」を喩えるなら建物1階分の高さや有名な建造物の高さ、「容積」なら25mプールや一般家庭の浴槽の容積などだ。
私は今年からラジオの仕事を始めたのだが、この「見える言葉」で伝えるということを一層意識する機会になった。ブログや取材記事は、写真も一緒に掲載することで、言葉で説明しなくてもイメージを伝えることはできるが、ラジオは言葉でしか伝えられない。しかも、こちらから一方的に話すので、「ちょっと待って。それって具体的にどういう感じなの?」と聞いてくれる人もいない。
取材で訪れた場所をラジオで紹介しようと思って、「地上22mの煙突があって」「光るどろだんごをつくるワークショップがあって」などとシナリオをつくっていた。でも、実物を見てきた私は分かっているけれど、22mの高さって伝わるのだろうか? 「どろだんご」と言っても、大きさは伝わるだろうか? そんな疑問が湧いてきた。
そこで、「地上22mの高さ、大体7階建てのビルと同じ位の高さの煙突があって」とか、「光るどろだんごをつくるワークショップがあります。このどろだんごの大きさは、テニスボールより一回り小さな感じのもので」のように、比較対象になるものを付け加えてみた。小さなことかもしれないが、喩えがあれば、リスナーの頭に映像として浮かびやすいと思う。声だけで伝える仕事を通じて、私は「言葉の見える化」の修行に取り組んでいるような気持ちだ。
今は巷に「伝え方」の本が溢れている。どの本も分かりやすい事例とともに、「こうしたらいい」というコツが書かれている。ただ、私は身の回りにいる「伝え方の上手い人」と接するたびに、「伝え方」というのは「単なるスキル」ではないということを感じている。本を読んだからできるとか、そういうものでもない。「喩え方事典」があるわけでもない。皆それぞれが、自分ができなかった時の経験から、工夫して言葉を自分自身で紡ぎ出しているのだ。
さらに、「何が伝わればよいのか」「何ができればよいのか」を徹底的に追求し、それ以外の情報は思い切りよく排除しているようにみえる。専門的な角度からみたら、少し違うなと思うことがあっても、相手にとって不要な情報ならばバッサリと捨てて、伝わって欲しいことを目立たせる。そういう感じがするのだ。まるで、デフォルメの似顔絵みたいだ。デフォルメの似顔絵は、その人の顔の特徴を大きく強調する。でも、ちゃんと「その人だ」と伝わる。
それができるようになるためには、特徴をとらえる観察力が必要だ。「特徴」とは、伝えたいことの「本質」だ。それは伝える相手によっても異なる。そして、その「特徴」を誰にでも分かりやすい言葉に置き換えていくのだ。
私は今、ものづくりの現場を取材している。取材では、部品の名前だったり、加工方法だったり、聞いたことのない言葉に出会うことがある。そのまま書いたのでは読者に伝わらない。そんな時は、自分なりに「こういうことだろうか?」と仮説を相手にぶつけてみたり、「何かに喩えるとしたら何がありますか?」「似たようなものはありますか?」と聞くようにしている。とにかく自分の頭の中にイメージが見えてくるまで聞こうと思っている。
取材先と読者を結ぶ「通訳」になったつもりで、言葉に対して敏感でいたいと思っている。
□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
愛知県出身。
国内及び海外電機メーカーで20年以上、技術者として勤務。2020年に独立後は、「専門的な内容を分かりやすく伝える」をモットーに、取材や執筆活動を行っている。現在WEB READING LIFEで「環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅」を連載中。天狼院メディアグランプリ42nd Season、44th Season、49th Season総合優勝。
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