週刊READING LIFE vol.208

母のひな祭りには深い想いが実は隠されていた《週刊READING LIFE 通年テーマ「祭り」》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/3/13/公開
記事:飯髙裕子(READING LIFE変種部ライターズ俱楽部)
 
 
節分を過ぎると、ああ、そろそろお雛様を出す時期かなと記憶の引き出しから想いを引っ張り出す方もいるのではないだろうか。
 
私も毎年、この時期になると、あの優しい顔を一年ぶりに見たくなる一人である。
 
ひな祭りの由来は、諸説あるようだが、もともとは、女の子のお祭りというわけではなく、古代中国であった、川で身を清めるという風習と、日本の人型に穢れや災いを移して川や海に流すという風習が融合したものとされている。
 
その後、紙で作った人形に災いを移して川に流す流し雛の行事などが行われるようになったのが、ひな祭りの起源とされているようである。
子供のうちに亡くなる確率が今とは比べ物にならないくらい高かった昔にその穢れや災いを身代わりとして避けてくれるお雛様に人々は希望を託したのかもしれない。
 
時代と共に、人形作りの技術が発達し、それを川に流すのではなく鑑賞するという風習にだんだん変わっていって、現在のひな祭りのような形になったのである。
その意識は代々受け継がれ、現在でも、多くの家庭で、お雛様を飾っているのだろう。
 
私の母も、昔からお雛様を毎年飾っていた。
大きな段飾りではなく、箪笥の上に収まる人形ケースに入った可愛いお雛様であった。
転勤族の父と結婚した母は、私が生まれたときにその飾る手間や、転勤で壊れたりすることの危険性を考え、小さなお雛様にしたのかもしれなかった。
 
 
小さなケースにお内裏様も、三人官女や五人囃子まですべてが並ぶ華やかな平安の世界がそこにあった。
 
母は、几帳面な性格で、完璧主義者であったから、いつでも家の中はきちんと整理され、年中行事もそれぞれ欠かすことなく執り行われていた。
私たち家族が、何不自由なく生活することができていたのは、実に母のそういう日々の努力の賜物であったのだと思う。
けれど、私は母のことが少し苦手であった。
子供に対するしつけは厳しく、母の思うようにきちんとできていないと決まって怒られた。
それが怖くて、母の顔色をうかがうことを無意識にしてしまうようなところが私にはあった。
成長するにつれて納得できないことがあっても、自分の中にしまい込んでしまうようなことも少なくはなかった。
そのまま大人になって働き始め、結婚するという話になった時、母は想像はしていたもののやはり大反対だった。
いろいろ理由はあったのだろうけれど、自分の娘が選んだ人間を信じられないのかなと少し寂しい気持ちがしたのも事実であった。
取り付く島もない母の態度に仕方なく私は勝手に結婚の準備を進め、そのことには触れない日々を過ごす羽目になった。
 
それまで、たいていのことは母の言うとおりにしてきた私が初めてと言っていいくらいそれを聞かずに自分の意思を通したできごとであったかもしれない。
それ以上一緒にいたら、母を嫌いになりそうで怖かったという想いと、そこから逃げ出したかったという気持ちの両方だった。
それでも、最後は結婚式にも出席してくれた母に感謝もしていた。
結婚してからも、前と変わらず私たちは母と娘という関係に変わりはなかったのである。
 
孫が生まれると、とても可愛がって笑顔を見せる母であった。
自分の家族がとても大切な人なんだなと、私自身家庭を持ち、家族ができて何となくわかったような気持ちがしていた。
私の幸せを考えて反対していたのだろうかとふと思ったりもした。
 
離れた場所にいることで、逆に母の想いを少し考えられるようになったのかもしれないなと感じていた。
子供たちが小さい頃は、よく母のところにも訪れ一緒に過ごしていたけれど、だんだんみんな大人になり、まして近年のコロナの蔓延であまり会える機会もなくなってしまった。
 
久しぶりにお盆の頃再開した娘ととても喜んでいた母に来て良かったなと私は思っていたのだった。
それが、娘の結婚を聞いたときに、母が娘に言った言葉は私には到底理解ができないものだった。
 
「自分が死ぬときに心残りを残したくないから、結婚式にも出ないし、縁を切ろうと思う」と。
それまで長い年月可愛がってきた孫と縁を切るとはどういうことなんだろう? 言われた方の気持ちはどうでもいいのかと、内心腹も立った。
娘も結構ショックで悲しい気持ちになっていたようであった。それも当然だと思っていた。
ずっともやもやとして、ことあるごとに考えても答えは出なかった。
 
ある時、知人と話をしていて、この話をしたときに彼女に
「その気持ち私にはなんかわかるわ~」と言われ少し驚いてしまった。
「お母さんは辛いとか寂しいのがすごく苦手なんだと思う」と。
「少し極端ではあるけど、すごく大切にしてきた人が自分のもとから離れる時って、辛さを軽減するために距離を置いたりすることがあるのよ。お母さんもそうなんだと思う」
 
そう言ったのだった。
そう言われて、確かにもう会えなくなる寂しさから逃れるには、自分のあまり近くにその対象の存在を感じなければいいのかもしれないという気はした。
でも会えなくなるわけではないのに……。
 
そう思いながら、祖父が亡くなった時母がかなり落ち込んでいたことを思い出した。
私たちには見せなかったけれど、一人で家にいると鬱になりそうで、怖かったようだ。
急にパートの仕事を探して、行くようになったのがちょうどその頃だった。
祖母が亡くなった時も、叔母が亡くなった時も、寂しそうな母の表情を私は見て知っていたはずだった。
 
家族がすごく大切で、心配もするし、何事もない事を、おそらく誰よりも願っていたのは母だったのかもしれないなとその気持ちが見えたように思えた。
だから、大切な家族がどんどん増えることは、母にとってうれしい事であると同時に不安になることが増える要因であるのかもしれなかった。
 
昔から、家族のことは全力で守ろうとしてきたし、それができないことは母にとって許されないことだったのかもしれない。
いかにも完璧主義者の母らしい考え方ではある。
 
その時私は気づいたのだ。
言葉通りに母の気持ちだと思って受け取ったのはそうではないってことに。
あまりにも極端な物言いで、相手に考える余地すら与えない厳しい言葉だから、私にはまったく理解ができなかっただけだった。
母の本心は別のところにあることをもっと早く気付けばよかったと思った。
 
誰よりも、家族のことを思っていて、その心配をしている母は、毎年お雛様を飾ることを欠かしたことはなかった。
娘が生まれたときも、娘のために優しい顔のお雛様を買ってくれた。
お雛様の横には、春らしいお花と、お菓子が添えられ、私たちがいたころはちらし寿司や甘酒を手作りしてくれていた。
 
パートに出るようになってからは、時間的にも忙しかったはずなのに決して買ってきたりすることはなく、いつでも私たちのために作ってくれていたのだった。
私たちが結婚して家を出てからも、そのお雛様はずっと一年に一度飾ってくれているのだ。
私たちの身によくない事が起きないように、その身代わりになってくれるようにとそんな思いを込めて、毎年母はお雛様を飾るのだと思う。
大切にしているものは、自分のできる限り守り通そうとする強い意志を母は持ち続けているんだろうなという気がする。
なかなか理解してもらいにくいやり方ではあるけれど、その真意がわかっていれば、なんだかそれ程私たちが悩んだり腹を立てる必要もないのかもしれないと思えるようになった。
 
ホントに縁が切れちゃうわけでもなく、嫌いになったわけでもない。
母が寂しい気持ちにならなければ、それでいいのだから。
連絡もするし、たまに会いに行っても、きっと嫌だとは言わないだろうなと思っている。
 
普段離れて暮らしていると、つい忘れがちになる親の気持ち。
自分が親になって初めてその気持ちが少し理解できるようになってきたと思っていたけど、まだまだ経験を積んだたくさんの親たちに追いつくことは到底かなわないなと思い知ることになった。
母は愛情があふれるほど、そしてそれが自分の気持ちまで揺さぶるほど深く家族を想っているのだろう。
 
私にはとてもまねできないところではあるが、その気持ちをほんの少し理解することはできる。
だから、毎年3月3日のひな祭りには、お雛様を飾り、お花と家族が笑顔になるお菓子を添えて静かに家族の無事を祈るのだ。
この先もずっと、母が生きている限りお雛様を飾るように、私もまた、同じように家族のことを想う時間を大切にしようと思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
飯髙裕子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

ライティングゼミを経て、ライターズ俱楽部の参加中。
心と食の関係に興味があり、更年期世代が安心して食べられるスイーツのレシピを研究中。

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2023-03-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.208

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