週刊READING LIFE vol.208

Breeze is nice!《週刊READING LIFE Vol.208 美しい朝の風景》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/3/13/公開
記事:山本三景(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
日曜日の午前2時。
わたしはひとり悩んでいた。
 
映画の招待券をもらったのはいいものの、期限は2月末まで。
招待券をもらった昨日は2月最後の土曜日だった。
 
映画を観るには日曜日しかないじゃないか!
 
日曜日の夜は予定があるし、昼間はやりたいことがあるので映画を観る余裕がない。
朝の9時台ならどうだろうか。
いや、きっと意志の弱いわたしのことだ。
行かない理由をさがして、「ま、いっか」と結局ダラダラしている自分の姿が目に浮かぶ。
 
せっかくもらったけど、この券は使わないな……。
 
そう思いながら、一応、上映スケジュールを確認してみる。
長時間の映画や社会派の映画を観る気分ではない。
話題の『THE FIRST SLAM DUNK』は既に観た。
冒頭から映像の格好よさに心をギュッとつかまれ、見終わった後は興奮して実家に帰って久しぶりに漫画を読み直したりもした。
リピートして観ようと思っていたところだったが、昼間から夜の時間帯は無理そうなので残念だが諦める。
 
そういえば、『かがみの孤城』のアニメ映画がよかったと教えてくれた人がいたな。
 
2022年12月23日から公開されている、辻村深月原作の『かがみの孤城』のアニメ映画を思い出した。
学校へ行けなくなった7人の子どもたちが、部屋の鏡を接点として鏡の向こうの世界へと招かれる。
鏡の向こうの世界で、同じような年ごろの子どもたちが出会い、ひとりひとりの事情も明らかになっていく。
なぜこの7人がこの場所に集められたのか……ミステリー要素も入っていて、大人も子どもも楽しめる。
原作は読んだのだが、映画はまだ観ていなかったので原作の世界がどのように映像化されているか興味はあった。
ただ、年末から上映している映画のため、上映していても上映回数は少ないかもしれない。
そもそも上映しているかどうかもわからない。
 
一応、さがしてみるか。
 
そう思い、上映作品を確認していたら、上映スケジュールに『かがみの孤城』を見つけた。
まぁ、あったとしても上映回数は1回で、時間帯も朝一番か、中途半端な時間帯を予想していた。
そして、上映時間を確認して驚愕した。
 
7時30分とあった。
 
7時30分……確かに予想通り朝一番ではある。
が、早くないか?
夜の7時30分ではなく?
 
しかし、24時間表記なので表記に間違いはなかった。
わたしは今までの経験から、映画の上映時間は9時台の上映回が一番早いと思い込んでいた。
まさか、7時台に上映している映画が存在するとは思ってもみなかった。
 
早い、早すぎる……。
ダラダラとした日常を送っているダメな大人には早すぎます。
 
しかし、頑張って7時30分に観ることができれば、9時30分に自由になる。
もらった券も無駄にならないし、10時前にひとつのミッションを終えた達成感を味わえる。
これは、早朝にさまざまな活動を行う「朝活」というものではないだろうか。
時間を有効に使うことができる。
9時は現実的な時間帯で引いたくせに、7時は想定外に早すぎて許すという、おかしな思考になっていた。
 
もう一度時計をみる。
午前2時15分。
7時30分に映画を観るとなると、4時間後にはもう起きないといけない。
わたしはターゲットを午前7時30分の回の『かがみの孤城』に決めて、すぐに眠りについた。
 
そして、すぐに4時間は経過した。
やはり15分ぐらいは「寝てしまえ」という誘惑と闘ったが、なんとかわたしの意志が踏ん張り、朝一番の映画を観るために家を出ることに成功した。
 
開始上映時間のギリギリに映画館に到着したが、もちろん混んでいなかった。
ただ、思ったより人がいた印象だ。
自分のことは棚に上げて
 
「こんなに朝早く映画を観に行く人がいるんだ」
 
なんて心の中でボソッとつぶやき、招待券を引き替えて座席を選択した。
友達同士で観に来ている若い女の子や、子どもと一緒に観に来ている人が多い印象だ。
後ろの席の大学生ぐらいの女の子たちは、本編が始まるまで時間があるからと言って飲み物を買いに行った。
 
そういえば、水を一杯だけ流し込んで急いで家を出たので、珍しく喉が渇いていた。
しかし、わたしのなかで、映画の予告が始まったら席は立ちたくないので、飲み物は我慢して映画を観た後で飲むことにした。
 
そして、映画が始まった。
子どもたちを鏡の世界へと誘うオオカミさまと呼ばれるオオカミのお面を被った謎の少女の声は芦田愛菜だ。
主人公である中学一年生のこころ役は若手女優の當真あみが担当し、こころの母親の声は麻生久美子、こころに優しく接するフリースクールの先生に宮崎あおいと、なんとも豪華なラインナップだ。
 
もちろん、男の子も負けていない。
サッカーが得意なイケメンの男の子のリオンには北村匠海。キャラクターだけでなく本物のイケメンだ。
ゲーム好きの皮肉屋のマサムネという男の子は名探偵コナンの主人公江戸川コナンの声優、高山みなみが務める。
声優の情報は芦田愛菜しか知らなかったが、声をきいてすぐにわかるのはプロの声優のすごさだ。
ウレシノという少し太めで恋愛気質の男の子には声優の梶裕貴。
『進撃の巨人』の主人公エレン・イェーガーの声を務めているイケボの人気声優だ。
マサムネと仲良しのつかみどころのない、飄々とした落ち着いた男の子のスバル役は板垣李光人。
昨年話題になったドラマ『silent』で川口春奈の弟役で出演していた、こちらも注目の若手俳優だ。
 
既に絵が存在している漫画が原作の映像化とは違い、小説が原作の場合、キャラクターや声、情景等、活字から自分の脳内でイメージしていたものが映像化されることで具体化される。
キャラクターのイメージは自分のイメージと違うこともあるが、細かい描写等、自分がイメージしきれていない部分は、映像化することによって視覚的に補ってくれるので、わたしは楽しく観ている。
もちろん、あまりにも原作の世界観からかけ離れるとイラっとするのだが、『かがみの孤城』は自分のイメージをなぞるように映画を観ることができた。
 
文庫では上下巻にわかれている長編小説だが、2時間にうまくまとまっていた。
いい場面で優里が歌う主題歌が効果的に流れ、後ろの女の子たちの鼻をすする音が聞こえた。
泣きたい気持ちはすごくよくわかる。
わたしも泣きそうになるのを我慢していた。
 
いい映画だった。
エンドロールが終わった後まで楽しむことができ、見終わった後は清々しい気持ちになっていた。
劇場の外へ出て、ふと壁に目をやると、入るときはまったく気が付いていなかった名作映画の上映予告のポスターが貼ってあった。
心に余裕ができて、視野が広がったのかもしれない。
 
時計を見るとまだ午前9時40分。
まだまだ時間はある。
時計を見て嬉しくなってしまった。
この調子でいろいろと片づけてしまおう。
 
あぁ、なんて、素晴らしい朝なのだろう。
 
「Breeze is nice!」
 
思わず、昔読んだ本のフレーズが頭に浮かんだ。
何年ぶりに思い出したのだろう。
確か、沢木耕太郎の『深夜特急』だ。
イギリス人の旅人がぽつりと言った言葉だ。
フェリーの甲板に座って風に吹かれていた沢木耕太郎の気持ちを、まるで代弁してくれたような言葉。
シチュエーションは全然違うけれど、そのフレーズを言いたい気持ちになってしまった。
 
朝早く行動して映画を観ると、なんだか何かをやり遂げた清々しい気分になった。
この気持ちは長続きしないのはわかっているが、自分で自分を騙すのも悪くない。
たとえ、綺麗な風景でなくても、人混みで殺伐としている街の風景だったとしても、心に余裕ができると見える景色が違うのだ。
時間はまだ午前10時。
 
そして、主題歌をまわりに聞こえないように口ずさみながら、PCを持ってドトールへ向かう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山本三景(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2021年12月ライティング・ゼミに参加。2022年4月にREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。
1000冊の漫画を持つ漫画好きな会社員。

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2023-03-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.208

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