週刊READING LIFE vol.213

生まれかわったらネコになりたい?《週刊READING LIFE Vol.213 他人の人生》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/5/1/公開
記事:工藤洋子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
もし、こういう質問をされたら、どう答えますか?
 
「生まれかわったら、どんな動物になりたいですか?」
 
誰でも人生で一度ならずと考えたことがあるのではないだろうか。
 
さて、あなたの答えは何だろう?
 
何かカッコよくて強そうな動物が好みだろうか。
 
もしそうなら、トラやライオンなどの猛獣や、空を飛び回るタカやワシなどの猛禽類は強さに憧れる人の要望に応えられそうだ。
 
可愛さを求めるなら、ウサギやリスなどの小動物もありだろうし、熱狂的なファンもいるパンダをあげる人もいそうだ。
 
毎日の暮らしに疲れているなら、何もしていなさそうに見えるナマケモノやコアラ、という選択をする人もいるかもしれない。
 
だが、野生や動物園の生き物では、その暮らしぶりがハッキリとは分からない。やはり「生まれかわったら」という前提なら、もっと身近な動物の方が想像しやすいだろう。
 
そう、たとえばイヌやネコのような……
 
子どもの頃からネコと接してきた私は、ネコになりたいな、と思ったことなら何回もある。実際に飼ったことがない、という人でもネコのイメージといえば、
 
・朝から晩まで寝てばかり(のように見える)
・今のイエネコはろくに働きもせずに贅沢な暮らしぶりだ
・人の言うことも聞かず、好き勝手に暮らしている
 
という辺りではないだろう。
 
「ネコは毎日いいよな、寝てばかりで」
 
と学校や仕事と忙しい日々を送る現代人はとかくネコになりたい人が多いような印象を受ける。
 
ネコと暮らしてウン十年。
そんな私が一緒に暮らしたネコを思い出しながら、本当にネコに生まれ変わるのが得策か、考えてみたい。
 
自分の家にネコがやってきたのは、小学校三年生の時だった。あれは忘れもしない、夏休みに入る少し前の頃、私の人生で最初の飼い猫がやってきた。
 
近くのペットショップからお迎えしたネコで、種類はアビシニアン。誇り高きイエネコの祖先リビアヤマネコに似ているともいわれる品種だ。そのすらりとした姿、1本の毛が黒白茶の三色に分かれているが故に複雑な色合いを醸し出す、そんな毛並みが特徴でとても活発な子だった。名前を付けてよいと言われて最初は「チビ」と呼んでいたけど、そのときちょうど遊びに来ていた伯母が、
 
「それじゃ大きくなったら困るよ?」
 
と忠告してくれたので、そのメスの仔猫の名前は「ちいこ」になった。
 
私が小さい頃はまだあまり知名度のない品種だったから、周りにもアビシニアンのことを知っている人はいなかったが、血統書付きだろうと雑種の野良猫だろうとネコはネコ。短毛種で動きは極めて敏捷な彼女は、狩りの名手だった。住宅街でネズミはあまりいなかったせいか、別の生き物をよく捕まえてきていた。
 
そう、あの黒光りのする虫を……
 
「ネコは捕まえた獲物を見せに来る」
 
これは間違いなく事実だ。
とにかく獲物は見せびらかしにやってくる。
 
私はこれを長いこと、褒めてもらおうとしていると思っていたのだが、実は違うかもしれないということが最近分かった。
 
大ベストセラーになった『ざんねんないきもの事典』という本をご存じだろうか。「一生けんめいなのに、どこかざんねんないきものたちのこと」を面白おかしく書いた本で、我が家のシリーズのひとつだ。
 
その本の監修を担当している今泉忠明先生によると、「猫は人間と猫を区別しておらず、人間のことを「大きな猫」と思っている」らしい。おまけに「人のことを高いジャンプが出来ず動きもトロい「ダメな猫」と思っているという説も……」
(『ねこほん』今泉忠明監修、マンガ卵山玉子、西東社)
 
つまり、「見せびらかし」にしても、
 
「捕ったよ、エラいでしょ、褒めて」
 
じゃなくて、
 
「ほら、あんた鈍くさいから私が害虫駆除してやったわよ」
 
が、実はネコ側の言い分として正しいかも知れない、というのだ。
 
あの頃、朝起きたら枕元に足が1本、2本、と置いてあったのも、すべてはネコからお世話されていた、というのだから驚きだ。
 
しかし、当時の私はそんなことはまったく知らない。
 
「もういい加減にしてくれよ!」
 
と怒り心頭の毎日だった。
 
ちなみに。
これはネコでもイヌでも変わらないそうだが、家庭に入るペットは自分の序列は家族の下から二番目に位置づけるそうだ。
 
当時の我が家は四人家族。
両親に祖母、そして私。
 
私はちいこさんにとってお世話してやる相手だったのだろう。
思えば食事中によそ見をしていると、箸でつまんでいたはずの刺身はぶんどられ、冬にコタツに足を入れると邪魔だとばかりにかじられていた。完全に格下だ。お世話のお代を回収されていたのかもしれない。そう思うとなかなかシビアなヤツだ。
 
でも彼女は長く生きた。
享年18歳。
ネコの寿命としては長い方だと思う。
 
私が大阪の大学へ行っても、イギリスへ留学しても元気でいてくれたのに、広島で働いていた時にコロリと死んでしまった。最後を看取れなかったのは、今でも少し悔いが残っている。
 
ネコも歳を取ると毛並みに白い物が増えるのだ。
三色の毛色の中でも黒が一番濃い毛並みだったのに顔周りを中心に少し白くなってきていた。だんだんと考え込むようなポーズで目をつぶって座り込む時間が多くなってきていた。
 
「さて。お前も大きくなった。私の世話はもう要らんかのう」
 
そう思っていたかはまったく分からないが、私にはそんな風に見えた。
彼女は、本当は何を思って生きていたのだろう。
 
次に来たネコは、アメリカンショートヘアーのペコだ。
この子も女の子で、代表的な白地に黒の縞模様のシルバータビーではなく、茶色に黒模様のブラウンタビーだった。ところがこの子はネコ白血病にかかって3歳で早死にしてしまう。まだまだ遊びたい盛りで死んでしまったこの子はどうして体が動かなくなったのか、分からないうちに死んでしまったのではないか、と思う。
 
それから。
母が仕事出ることになり、家で寂しくないようにと2匹同時にネコを迎え入れることになった。
 
ロシアンブルーのロビンとゴールデンチンチラのメル。
ロビンはそのビロードのようなグレーの毛並みから想像される高貴なイメージとは違い、大きくなってもいつまでも甘えん坊なところのある子だった。
 
それに対してメルは我が家初の長毛種。ロビンとは逆にあまり甘えてこない、見た目と違ってネコらしく超ドライな性格だった。ところがこのメル、とんでもない食いしん坊で一度近所で「ねこいらず」のような毒エサを口にしたのか、死にかけたことがあった。その時は病院に駆け込み、なんとか助かったけど、その後は自分が口にするものにとても慎重になっていた姿を今でも覚えている。
 
最後の二匹は私がもう家を出た後に来た子達だったので、最初はそんなに接点があった訳ではない。母も私の代わり、という訳ではなかっただろうけど、以前のネコよりもこの二匹を「ネコかわいがり」していたように思う。元々甘えん坊なロビンはすっかり甘々な性格になっていて、私が家に帰って母と話していると、
 
「あたしのお母さんといつまでも話してんじゃないわよ!」
 
とでも言いたげに、母と私の間に割って入ってくることもあった。
 
ところがこの2匹にとっては、というか、私にとっても同じように不幸なことに、母が亡くなってしまった。残された2匹の面倒はとても見切れん、と残された父がいうので、2匹はいきなり私の嫁ぎ先の山奥の家に来ることになってしまった。
 
ネコの人生(猫生?)としては、引っ越しが一番大事件になるのではないだろうか。ドライなメルはともかくロビンはいつまでも慣れない。おまけにそのときは既に私も自分ちのネコがいたので、なおさらだった。元々の自分の家に乱入者が来ただけの子達とは違い、ロビンはいつまでも神経質なままだったように思う。
 
果たして、無理やり人の事情で連れてきて本当に幸せだったのかな、とこの二匹のことを思い出すたびに考え込んでしまうこともよくあった。そもそも、ネコの幸せって何だろうね。ご機嫌で過ごして、生きて死ぬ。それで本当にいいのかな、と。
 
そんな時、とある講演を聞く機会があった。
九州にあるアフリカンサファリで獣医師を務める神田岳委先生の講演で、息子の小学校でPTA役員をしていた時に仕事の割り振りがあり、強制的に聞きに行かされた講演ったので、
 
「また、何か道徳的なことを話す講演なんだろうな」
 
とまったく期待しないで出かけた講演だった。
 
神田医師によると、動物は「常に」「全力で」生きようとしている、という。
動物には現在、過去、未来、といった概念は、ない。ただただ、今を生きることにすべてを集中させている。
 
人間のように世を儚んで自殺する、なんて自然の摂理に反したことはしない、するわけもない。どんなに重症で苦しくても、とにかく最後に心臓が止まる瞬間まで、生き抜こう、としているものだそうだ。
 
その言葉を聞いて、私は思わず涙がこみ上げてきた。
 
ネコだって、ヒトじゃない以上は動物だ。
いくら人類とは長い付き合いで家畜化されたといっても、イヌと違い、ネコはエサを与えられて飼われていた訳ではない。定住化した人類の穀物という重要な食糧を奪いに来るネズミを退治して欲しいヒトといいエサ場が欲しいネコとの利害関係が一致したためにあくまで共生関係を結んでいただけ。
 
そう、ネコはヒトの生活に溶け込んだ、最も至近距離に住まう野生動物なのだ。サファリにいる動物たちと感覚はきっと同じだ。
 
長生きしたちいこさんも、早死にしたペコも、そして強制的に住まいをかえさせられたロビンとメルも、そんな過去のことをいつまでも恨みに思っていたはずはないし、死ぬ最後の瞬間まで、生きることだけを思っていたに違いないのだ。
 
動物たちの方がよほど「知足」つまり、足ることを知っている。
 
そう考えると、ヒトが、人類がネコから学ぶことは多い。
生まれ変わったらネコになりたいと憧れるのも、仕方ないことかもしれない。
 
だが、足ることを知らないヒトにネコの生活がつとまるものだろうか。輪廻転生では動物に生まれ変わることは畜生に身を落とすような表現をされることもあるけど、実は人間は今の人生をちゃんと生ききらないと、ネコに生まれ変わるような贅沢は許されないのではないか、そう思ったりする。
 
先のことは分からない。
ましてや死んだ後どうなるかなど、まったく分からない。
 
でも今の人生を生ききることが何よりも重要ではないだろう。
ネコのように、今の環境で生きることが、きっと必要なのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
工藤洋子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

20年以上のキャリアを持つ日英同時通訳者。
本を読むことは昔から大好きでマンガから小説、実用書まで何でも読む乱読者。
食にも並々ならぬ興味と好奇心を持ち、日々食養理論に基づいた食事とおやつを家族に作っている。福岡県出身、大分県在住。

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2023-04-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.213

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