アダム・ドライバーの醸し出す世界観がたまらなく沁みてくる《週刊READING LIFE Vol.216 オールタイムベスト映画5》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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2023/5/22/公開
記事:河瀬佳代子(READING LIFE編集部公認ライター)
これを訊かれたらちょっと困るんだけど、という質問がいくつかある。そのうちの1つが「おすすめの映画ってありますか?」だ。
実は2003年から約15年間で、ざっと数えたら劇場鑑賞した映画が2,500本あまりある。2018年から先は転職したこともあって多忙になりあまり映画館に通えなくなったけど、それでも年に数十本くらいは映画館で観ていたかもしれない。だから今までの劇場鑑賞総数は2,700本くらいだろうか。そんなことを会話の片隅にちらっとでも出したら必ず相手はこう言う。「おすすめの映画ってありますか?」と。でも私とあなたの映画の感想がぴったりマッチするとは限らない。「こないだのおすすめ映画つまらなかったんだけど」と言われてもすごく困る。それなのに「オールタイムベスト映画5本を選出せよ」という。
いやー本当に困るんですそれ。オールタイムったってまだ人生終わってないし、まだまだこの先いい映画が出てくるだろうし、今は決められっこない。だったら何かのテーマに絞って映画を5本選んだらどうだろう? 例えば「働くあなたにぴったりな映画」とか「子育て中の人に沁みる映画」とかいろいろ考えられるけど、どちらも対象になる映画のジャンルが幅広すぎるし、人によって捉え方も様々である。
だったら好きな俳優の出演作品に絞ろうか。好きな俳優も正直たくさんいるので選ぶのに困るが、最近はこの人が出たらほぼ観るという基準で真っ先に選ぶなら、アダム・ドライバーだ。ご存じない方のために簡単にプロフィールを書いておく。
アダム・ドライバー / Adam Driver 1983年米カリフォルニア州サンディエゴ生まれ。2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件を機にアメリカ海兵隊へ入隊。退役後ジュリアード音楽院へ入学して演劇を学ぶ。2009年に卒業後、TVシリーズで俳優デビュー、舞台にも参加。11年『J・エドガー』で長編映画に初出演後、14年映画『ハングリー・ハーツ』で第71回ベネチア国際映画祭最優秀男優賞受賞。15年からの『スター・ウォーズ』3部作ではカイロ・レン役に抜擢、世界的に名を知られる。その後ハリウッドの演技派俳優の中でも群を抜く存在となり『ブラック・クランズマン』(18)、『マリッジ・ストーリー』(19)で2年連続アカデミー主演男優賞ノミネート。
アダム・ドライバーが気になり始めた理由は、スクリーン上でかなり目立つ存在だったから。身長190cmという長身がまずとにかく目を引く。顔は絶対的なイケメンではないが、どことなく左右非対称のフェイスに正面から見つめられるとその迫力が印象に残る。決してスターのステレオタイプ的な外見ではないのに正統派のヒーローもできるし、逆に性悪すぎる悪役だって演じている。それでいて確実に印象を残す、心に引っかかる俳優だ。
たぶん世の中の人に一番知られている彼の出演作は『スター・ウォーズ』であろう。祖父のダース・ベイダーを崇拝し、祖父がなし得なかったことを達成させたいがために運命が変わっていくキャラクターを観た人は多いことだろう。ただそれ以外でも彼の魅力溢れる映画はたくさん存在していて、それをご存じないままというのは非常に勿体無い。そこで彼の出演した映画から、特に心に残っている5本をカウントダウンのランキング形式で紹介しよう。
第5位:『ホワイト・ノイズ』 (2022 / ノア・バームバック監督)
有害物質を運んでいたトラックと列車が衝突して街に化学物質が溢れたことで不安に陥る大学教授をアダムは演じる。舞台が1984年の設定というのも、ジョージ・オーウェルのディストピア小説へのオマージュかとも思えるが、実はこの映画はコメディである。
「『丘の上の大学』ヒトラー学科教授なのにドイツ語が話せない、結婚歴4回」という主人公・ジャックの設定からしてまず笑えるが、そんなめちゃくちゃな彼の家族がある日突然訪れた「終末」に右往左往し、生き残りたくて必死になる。
変わらない日常に見えても、実は死が隣り合わせかもしれない。タイトルにもある「ホワイト・ノイズ」、静かに隣にあるノイズにも似た、先の見えない不安を払いのけるために大真面目におかしなことが連発される。そうでもしないと生きていけないとばかりに。対極のシーンに置かれた時に人が取る行動の矛盾をストーリーとして表すことは難しいが、そこをうまくブラックコメディに落とし込めている。
第4位:『沈黙 -サイレンス-』 (2016 / マーティン・スコセッシ監督)
遠藤周作の小説『沈黙』を原作として映画化された。史実にもある苛烈なキリシタン狩りは多くのメディアで語り継がれているが、神の信仰を広める代償として目の前の人々が死んでいくことに耐えられるかという問題を、この作品では正面から描いている。
この中でアダムは17世紀の日本に密航してキリスト教の布教を目指すイエズス会神父・フランシス・ガルペを演じている。棄教か、民衆の殺害かの二択に晒された布教者でさえ様々な選択をする。神への誓いと人命とのどちらを優先させるのか、揺れ動いた結果選んだ道に迷いはなかったと信じたい。
第3位:『最後の決闘裁判』 (2021 / リドリー・スコット監督)
14世紀のフランス・パリで最後に行われた決闘裁判の顛末を基に描いている。
全ては神の思し召し、神が絶対だった時代において、相反する言い分のどちらが正しいのかを決める裁判=決闘という恐ろしい話である。決闘に勝てたのはその言い分を神が正しいと判断したからであり、負けるのは正しくないからなのだそうだ。なんと理不尽だと思われるだろうが、この決闘シーンの映像は今でも忘れられない。
ノルマンディーの騎士ジャン・ド・カルージュ(マット・デイモン)と、従騎士のジャック・ル・グリ(アダム・ドライバー)が、重量30kgもある甲冑を全身に身につけ馬上で戦う姿は壮絶だ。向かっていくだけで発する凄まじい轟音と、もうもうと立ち上る土埃と、血の飛び散る匂いまでしてきそうな映像である。
ジャンの妻はル・グリにレイプされたと訴えるが、夫のジャンがル・グリに勝たなければそれは嘘と見なされ、彼女も魔女として処刑されてしまう。アダム演じるル・グリは自信過剰で狡猾な野心家で、自らの罪を認めない。どちらが勝ったかは映画をご覧いただきたいが、勝者と敗者、それぞれがたどる運命の落差も見どころだ。
第2位:『マリッジ・ストーリー』 (2019 / ノア・バームバック監督)
アダムとノア・バームバック監督がコラボした映画は多い。『フランシス・ハ』(2012)、『ヤング・アダルト・ニューヨーク』(2014)も入れると4本だ。監督の思い描く世界観にアダムが合っているのだろう。白か黒かとすぐに答えを出したがるのではなく、白かもしれないし黒かもしれないファジーな世界、揺れる心境を表せる俳優だから多く起用したいのだろうか。
この話は典型的なアメリカの離婚訴訟のパターンに近いのかもしれない。好きになったら絶対的に支配したい、逆に嫌いになったらとことん罵倒して嫌い抜くといった激しい感情がやりとりされがちな世の中において、「相手に情をかける」ことは確実に減ってきている。でも人間の心はそんなに単純ではないはず。争いのはずなのに何故か相手が愛おしくなる瞬間もあったっていい。この作品が2020年アカデミー賞6部門にノミネートされたのも、かくも複雑な人の心のひだ、移り変わる様を現代のシーンに映し出せたからであろう。
第1位:『パターソン』 (2016 / ジム・ジャームッシュ監督)
ニュージャージー州パターソンに住むバス運転手のパターソン(アダム・ドライバー)は、毎日仕事をしながら、浮かんだ詩をノートに書き留めている。業務が終わったらバーに行き、犬の散歩をして妻と過ごす。
一見変わらないような毎日でも、1日として全く同じ日はない。多くのものに追われてしまっている私たちは、大切なものと大切な人をシンプルに大事にしていく日々を案外送れていない気がしていて、本作はそのことを提示してくる。
特に本作の中で特色があるのが、パターソンが詩作をすることだ。自分の内面を書き出すことは多くの人がやっていて、それは散文かもしれないしデジタルかもしれない。しかしここではあくまでも「詩」であり、彼はそれをネットやSNSで発信することもせず紙のノートに書き出し、親しい人だけにそれを読み上げる。
見ず知らずの誰かの目を意識して過ごす日々は刺激的なのかもしれないが、知らず知らずのうちに心が疲弊してはいないだろうか。時には自分のため、大切な誰かのためだけに時間を使い、過ごす。単純な行動の中にも十分満たされるものがあることを、本作は語ってくれている。
こうして5本の映画を紹介してみて改めて思うことは、アダム・ドライバーは非常に幅広い役を演じられること、それも典型的なハリウッド然としたヒーロータイプから、繊細な心情表現を必要とされる役までを演じ分けることができる。そしてそれは彼のキャラクターに大いによるものなのだろう。
とりわけ『マリッジ・ストーリー』『パターソン』に見られるような、微妙な感情の変化を表現しないといけない役のキャスティングは、滲み出る人間性と演技力、そして存在感はもちろんないといけないが、それ以上に俳優自身に内省的な一面があることが必須のように思う。役柄だけではなく、プライベートの生活の中で起こる感情へも常に向き合っていなければ、あれだけの役を完璧にはこなせないはずだ。
アダムはいわゆる「カメレオン俳優」だの「怪優」などと称されるのだろうけど、悪役なのに温かみの一片を残していたり、YESのはずなのにNOかもしれないと思ったりするような、矛盾したような、かけ離れた感情を操って演じることができるのは、選ばれし人だからこそではないだろうか。彼はこれから、どんな世界を私たちに見せてくれるのだろうか。大いにこちらの心に沁みる演技が見たい、そして心をとことん刺激してほしいのだ。
□ライターズプロフィール
河瀬佳代子(かわせ かよこ)
2019年8月天狼院書店ライティング・ゼミに参加、2020年3月同ライターズ倶楽部参加。同年9月天狼院書店ライターズ倶楽部「READING LIFE編集部」公認ライター。「Web READING LIFE」にて、湘南地域を中心に神奈川県内の生産者を取材した「魂の生産者に訊く!」http://tenro-in.com/manufacturer_soul 、「『横浜中華街の中の人』がこっそり通う、とっておきの店めぐり!」 https://tenro-in.com/category/yokohana-chuka/ 連載中。
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