週刊READING LIFE vol.222

優しいウソのつきかた《週刊READING LIFE Vol.222》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/7/3/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「ウソつきは、泥棒の始まりだからね」
 
子どものころ、ウソをついたりすると、祖父母や両親からそんなふうにたしなめられた。
ウソをつくことは悪いことだから、むやみやたらにウソなんてついてはいけない、そんなことを教えたかったのだろう。
当時は、叱られたくないから、自分のために小さなウソなんていくらでもついていた。
ウソをついていたら、やがては泥棒になるとしたら、私なんて、とうの昔に大泥棒の大親分だわ。
それくらい、これまでの人生でウソはついてきている。
でも、それと同じくらい、他の人からもウソをつかれてきた。
 
高校時代、私は念願かなって、近所に出来たバレエ教室に通うこととなった。
高校時代からバレエを習うなんて、難しくない?
そんな思いがするかもしれない。
でも、高校に入学してから、初めて観た宝塚歌劇に感動して、その世界に憧れを抱くようになったのだ。
でも、そんな頃から、声楽や舞踊などの準備をして、宝塚を受験することなど無理なことはわかっていた。
だから、せめて、そんな宝塚歌劇の真似事でもいいから、バレエを習ってみたいと思っていたのだ。
運よくそんな頃にバレエ教室がスタートして、幼なじみの友人と通うことになった。
そもそも、私に宝塚歌劇を紹介してくれたのも、その幼なじみの友人だった。
小、中、高校と学校がずっと同じで、登下校も一緒。
ずっと仲良くしていた友人とは、趣味の面でも同じだった。
そんな気心の知れた友人と、憧れのバレエ教室に通えたのは、心躍るような思いだった。
ところが、バレエというのは、その動き、踊りには型というものがあって、それを徹底的に練習してこそ、美しい踊りが出来るというものだった。
なので、ひたすら練習あるのみ。
それでも、得手不得手、体型や体力の差などに苦しみながらも、美しい動きを身に着けてゆくものだ。
難しいけれども、やりがいのあるバレエのお教室に、私たちは熱心に通った。
ところが、ある頃から、その幼なじみの友人の技量がめきめきと上がって行ったのだ。
同じだけレッスンを受けているのだけれど、明らかに動きが違う。
踊りの覚えも早いのだ。
そのことを、それとはなしに褒めつつ、話をすることはあったのだが、ただその幼なじみの友人は微笑むだけだった。
やっぱり、私が運動オンチで、センスがあまりよくないのかもしれないな、と人と比べて落ち込むという経験を、大好きなバレエのはずなのに、どうしてもしてしまった。
日に日に劣等感を抱くようになりながらも、それでもやっとのことで習うことが出来たバレエを私は私なりに楽しんだ。
そんなある日のこと、そう、もう高校3年の終わり頃だっただろうか。
その幼なじみの友人がふと私に言ったのだ。
実は、もうずっと前から、別のダンス教室にも通っている、と。
 
「えッ? ウソ、そうなの?」
 
私は、咄嗟に何も言えなかった。
なんで、私に言ってくれなかったの?
私たち、幼なじみで親友じゃない。
いつも一緒に何でもしてきたじゃない。
私は、一人置いてゆかれたような気分になり、これまで何も言ってくれなかったことが、ただ寂しく、悲しかったのだ。
人生で初めてと言っていいほど、ショックなウソをつかれた気分でいっぱいだった。
でも、その時の友人の言葉はこうだった。
 
「だって、あなたは大学受験を控えているから、私が他の教室でも習うと言ったら、もしかしたらやりたくなるかもしれないから、それだと悪いと思って黙っていたの」
 
確かに、幼なじみの友人は、早くから高校卒業後は美容師の道を目指すので、専門学校に行くと決めていた。
私は、大学受験をするので、ここで初めて、幼なじみの友人との進路が違ってゆくこととなっていたのだ。
 
何?
私のため?
私への思いやりだったの……。
 
最初、そんなふうには受け取れない私がいた。
でも、これまでも、この幼なじみの友人は、私に対していつも優しく、思いやりのある子だった。
私に黙っていた理由は、本当にその通りだと思うのだが、それでも水臭いというか、何で一言言ってくれなかったのかという思いの方を強く持ってしまった。
だって、そうしたら、その幼なじみの友人が私よりもめきめきとバレエの腕をあげてゆくことに納得ができただろうし、素直にそれを喜べたのに。
やっぱり、この幼なじみの友人につかれたウソは、今でも心の小さなキズのように残ってしまっている。
 
それからずいぶんと時間が流れ、私が娘を妊娠していた時のことだった。
ある日、わが家の電話がなって、相手は父が病気になるといつもお世話になっていた病院の看護師スタッフだった。
なんで私のところにかかってきたのか、最初はわからなかった。
でも、良く考えてみると、母が、以前の父の手術や入院の時に、近くに住んでいる私の連絡先を提出していたのだろう。
そんなことより、その電話の内容だ。
父が、またガンになって、その治療、入院がどうのこうのって言っているのだ。
私は、母からは何も聞かされていなかったので、相手の話す事務的なことが一つも頭に入ってこなかった。
 
「えッ、何で?」
 
父がまた、ガンになったの?
母からは何も聞いてないけど……。
そんな思いがグルグルと頭の中で回るだけだった。
その電話が終わると、すぐさま実家の母に電話をしたのだ。
 
「お母さん、お父さんがまたガンになったの?」
 
すると、受話器の向こうで母が何やらはぐらかしたことを言い出した。
 
「えッ? 何のこと?」
 
私は知らないけど、というような口調だったが、明らかにその芝居は下手だった。
そんなやりとりをどれくらい繰り返しただろうか。
ようやく母は、もう知ってしまった私に対して事実を伝え出した。
父がガンになって、治療をすることになった、と。
これまでずっと黙っていたのは、やっぱり妊娠中の私の身を案じて、負担を掛けないようにという配慮だった。
この時の母のウソは、なぜだかとても心に優しい風を運んでくれた。
 
というのも、母に対して私は幼い頃からあまり甘えることがなく、スキンシップも少ない方だった。
母がいないと何も出来ないとか、結婚して海外生活に入っても寂しいとか、ホームシックにかかるなど一切なかったのだ。
そんな関係だった母がこの時の私に対する思いやりのためのウソをついてくれたことで、母との心の距離が一気に縮まったような気がしたのだ。
それでも、やっぱりウソがつけない母。
その最初の一言から、「あっ、ウソついているな」と、バレてしまうくらい下手だった。
そんな不器用な母が一生懸命、ウソの話を創ろうとしてくれている、そのプロセスが嬉しかったのだ。
 
そうだな、時にウソをつくことが必要な場合もある。
 
「ウソつきは泥棒の始まり」
 
とはいうものの、つかなければいけない時だってあるのだ。
それは、相手の状況によっては、相手を気遣ってウソをつくことが最良の場合もある。
その方が、相手のためになる時だ。
ただ、その判断をするのも、ウソをつく側が決めることになる。
 
ウソつくことはいけないこと、そうやってひとくくりにされてしまうが、許されるウソだってある。
人とのコミュニケーションにおいて、時にはウソをつくことで皆が平和で丸く収まるのであれば、それは必要なウソなんだろう。
 
私自身、正直、父のガンの再発はショックだった。
でも、そのことを私の身を案じて、ずっと黙って、それを不器用ながらにも通そうとしてくれた母の優しい気持ちからのウソに心が癒された思い出がある。
しばらくの間、父の病気を知らずにいられたという癒しではなく、そんな気遣いを私に向けてくれた母の気持ちに対してそう思った。
 
ああ、ウソというものは、使い方によっては、人を傷つけることもあるが、その逆に人を癒すこともあるものなんだな。
 
そう思うと、あの高校時代、幼なじみの友人のウソを、私はその思いやりの心のまま受け取れなかったのは、私にその心の余裕がなかったからなんだろう。
 
今、これまでの人生を振り返って、小さなウソはついたり、つかれたり、数えきれないほどやってきた。
ところが、高校時代の幼なじみの友人のついたウソ、母が妊娠中の私についたウソ。
その二つだけは、今でも鮮明に覚えている。
きっと、二人とも、心から私を思いやって、ついてくれたウソだったのだろう。
ただ、その時の相手の受け取り方までは、ウソをつく側ではコントロール出来ないことは心得ておきたい。
「あなたのためだったの」
は、どこまでも自分を防衛しているだけなのかもしれないから。
 
今なら素直になって、幼なじみの友人にもありがとうと言える。
あの時には、わからなかったその気持ちが、今ならばわかるようになった。
自分を守るためのウソ、他者を労わるためのウソ。
ウソにも色々な思いがあるけれども、私はあの幼なじみの友人や母のように、相手を思いやる心で、優しいウソならば、たとえ泥棒への道を辿ることとなったとしても、恐れることなくウソをついてゆくだろう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
2013年1月断捨離提唱者やましたひでこより第1期公認トレーナーと認定される。
整理・収納アドバイザー1級。

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2023-06-28 | Posted in 週刊READING LIFE vol.222

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