週刊READING LIFE vol.225

修行僧の義岳のものがたり〜実録:永平寺修行生活〜『同期で一番の問題児とバディを組まされた話』《週刊READING LIFE「他人が変わった瞬間」》《週刊READING LIFE Vol.225 「他人」が変わった瞬間》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/7/31/公開
記事:信行一宏(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「おめえ、何回言ったらわかるんだよ! 決められたルール通りにやれよ!」
「僕は自分のやり方、ぜったいに曲げないから!」
 
いい歳した男2人が、修行道場の一室で言い争いをしている。2人の姿は対照的で、片方は怒りに任せて怒鳴り散らしている。もう片方は淡々と、しかし頑なに、自分の主張を繰り返している。その姿勢がさらに気に触ったのか、怒鳴り散らしている男のボルテージは上がっていく。この2人はこんなやり取りを幾度となく繰り返していた。
怒りに心を支配され、醜くも己の至らなさを垂れ流し続けている男の名前は「義岳(ぎがく)」という。10年前の筆者の姿である。当時の他の同期「真面目が暴走して悪魔化している」と私のことを評していた。
怒鳴られながらもどこか飄々としていて、自分の主張を繰り返している男の名前は「由旬(ゆじゅん)」という。修行のルールや作法に従わない、指導者に対して反抗するといった行動が多く、同期で一番の問題児であった。
この字面からもわかるように、まさに水と油の関係のように、2人の相性は最悪だった。しかし、何の試練なのか、同じ部署に配属されてしまった。そして様々な衝突をのりこえて、最終的には良き理解者となったのである。一体何が起こったのだろうか?
 
この2人のいた修行道場は、「大本山永平寺」という。鎌倉時代の禅僧・道元禅師によって建立された日本でも有数の仏教の修行道場である。JR福井駅から車でおおよそ30分の山奥にひっそりと、それでいて雄大に、佇んでいる。観光地としても有名ではあるが、最も大きな特徴は100名を超える修行僧が在籍し、日夜修行に励んでいるというところだろう。修行僧の多くは大学を卒業したばかりの22歳〜30歳ぐらいであり、人間的にもまだまだ未熟である。だからこそ修行を行い、僧侶としての資質を高めているのである。とはいっても、修行僧全員が意識高く修行をしているかといったら、そんなことはない。ひとつの組織である以上、2割は優秀、6割は平凡、2割は成績不振という「2-6-2の法則」は、永平寺も例外ではない。さらには厄介なことに、「修行」というものは労働活動でないので、怠けようと思えばどこまででも怠けてしまえるのである。慣れてしまえばこんなに楽な世界もないだろう。
 
当時の私は、異常なまでに永平寺の修行というものを神聖化していた。決められたルールは守って当然であるし、そもそも修行というのは厳しいものであるので、それに耐え抜くことことが最も尊いものだと思いこんでいた。当然、すべての修行僧は私と同じような考え方を持っているとも思っていた。
実際に永平寺で修行をしてみると、たしかに厳しいこともあったが、思ったほど無茶なことはしないという印象だった。いわゆる「荒行」とよばれる「千日回峰行」のような身も心も追い詰める修行や、滝に打たれるようなこともなかった。ただひたすらに日々の生活を決められたルール・作法に則ってこなしてゆくことが、永平寺の修行であったのだ。
私は若干の拍子抜けを感じた。もっと身も心も削られるような厳しい修行を期待していたからだ。このような表現をしてしまうと、とんでもなくマゾ体質なのではないかと思われるかもしれないが、それほどまでに、私にとっての「修行」というものに対する期待値は高かった。期待していたものとは違う部分もあったが、それでも私は日々の修行を粛々とこなしていった。決められた作法、整った建物、自分と向き合う坐禅。その全てが、私の人間性を研ぎ澄ませていった。そして、天敵が現れたのだ。
 
由旬という男の第一印象は最悪だった。すべてが意味不明だった。まず、お経を覚えない。お経を覚えるというのは、新人の修行僧にとって、最も大切と行っても過言でないほど重要なことだった。なぜかというと、永平寺の修行のシステム上、「お経を覚えている段階」によって、ある程度の「自由」が与えられるからだ。自由と言っても、何でもありという訳では無い。優先的にお風呂に入れたり、読書の時間が与えられたりとその程度のものである。それでも、権限が増えていくことは喜ばしいことでもあるし、自分自身にも余裕ができてくる。それにもかかわらず、由旬という男は、お経を覚えようとしなかった。にも関わらず、さも当然かのように、自身の権限を行使する。そんなことをやっていると、怖い先輩修行僧から、怒られたり罰を受けたりする。それでも由旬はケロッとした様子で、「日本のお経は本来の原始仏教の本質とは違う」と言って、まるで自分の行いを改善しようとしない。
また、坐禅の作法についても、由旬は独特だった。永平寺の坐禅は基本的には起床後と夕食後の2回行うこととなっている。坐禅を行うときは、決められた場所で決められた作法に乗っと行うのがルールだが、由旬は違った。自分の好きなときに好きな場所で坐禅を始めるのだ。他の修行僧が掃除をしているときでも、空き部屋に勝手に入って坐禅をしていた。由旬いわく、「永平寺の坐禅は(以下略)」とのことだった。
つまるところ、由旬は「原始仏教」とやらに心酔し、それを実行しているようだった。彼の言う理論が全く間違っているとは思わなかったが、それでも今いる場所でのルールを守るべきだと私は思っていた。
 
幸いにも、修行の1年目においては彼と共同して何かをやることは少なかった。 ただ、彼は非常に目立っていたので、彼の動静に関しては、常に永平寺のトピックスとなっていた。娯楽のない修行生活では、そのようなハプニングや噂話は密かな楽しみではあった。
 
その時はまさか自分がトピックスの当事者になるとは思っても見なかったのだが……
 
2年目の夏。私は永平寺でも最も厳しいとされる部署に配属された。永平寺は大きなお寺であるので、その維持管理のため様々な部署が存在し、それぞれの部署に修行僧が配置される。例えば、全修行僧の食事を作る部署、永平寺を隅々まで掃除・修繕する部署、参拝者向けにお寺の中を案内する部署、といったものが存在する。そんな中で私の配属された部署は、道元禅師の霊廟を管理する部署だった。俗っぽく言うと、教祖の墓守である。その部署はやることも多く、事細かに作法が決まっている。道元禅師の霊廟は「承陽殿(じょうようでん)」というがその部署に配属された修行僧でしか出入りを許されないという、特別な場所でもある。だからこそ、その厳しさは永平寺でも随一であり、その厳しさ故に配属されるためには志願する必要があった。
私は当然志願した。そして、配属当日思いもよらぬ人物が隣に立っていた。由旬である。
 
「なんで由旬がここに?!」
「ここにいかないと、修行を終える許可が師匠から出ないだよね。だから来た」
 
実は永平寺の修行期間というのは、自分の師匠が決める。永平寺の修行を終えることを送行(そうあん)というが、送行のためには自分の師匠 ―一般的には父親のパターンが多い― の許可が必要になってくる。なんと、由旬の師匠は、由旬の送行の条件に、永平寺でも最も厳しく、厳格なルールのある場所に行くことを条件としたのだった。
 
「だいじょうぶなん?」
「え、何が?」
「ここっていろんな決まりがあるよ」
「大丈夫でしょ(笑)」
 
全然大丈夫ではなかった。同じ日に部署に配属された修行僧は同じように行動することが多い。必然的に私と由旬はバディを組むことになった。しかしながらというか、案の定というか、由旬は作法・ルール通りに動かない。罰を食らってもケロッとしている。そして、忙しいのに急に姿を消し、どこかで隠れて坐禅をやっていた。その度に私は先輩修行僧から指導を受ける。積もり積もった鬱憤は限界だった。そして、物語は冒頭のやり取りへと繋がっていく。
 
他人は変えられない。私は由旬と出会って、その言葉の重さを実感した。こんなにも、思いが伝わらない人間が存在するのかと。私は自分が絶対間違っていないと思っていたし、自分のやりたいことだけをやっている由旬が本当に許せなかった。にも関わらず、由旬は由旬で自分の考え方は絶対間違っていないと言うし、そこに誇りを持っている感じすらある。平行線とはこのことだった。
 
永平寺修行は2年目の冬を迎えようとしていた。その時点で、由旬とのバディ結成から5ヶ月が経っていた。由旬は相変わらず、決まりを守ろうとはしない。が、少し変化もあった。それは、少しずつ私の話しを聞いてくれるようになったのだ。これまでの由旬は、他人なんて気にせず、わが道を行くといったスタンスだったが、他愛のない話をするぐらいまでには関係性を構築できた。少なくとも私にとって由旬は嫌悪の対象ではなくなっていた。
 
他愛の話から、お互いのいろんな話をした。学生時代どんな生活をしていたのかとか、なぜ原始仏教が好きなのかとか、なぜそんなに作法にこだわるのかとか……
当たり前のことだが、私はそこでようやく気付かされた。お互いそれぞれに事情やこだわりがあると。いつしか、私は由旬の理解者となっていた。他の同期や先輩修行僧には、「由旬をちゃんとさせろ」といったことを言われていたが、はいはいと返事をしつつも、由旬のフォローをしていた。
 
年が明けて、2月。この月には1週間続けて坐禅をし続けるという特別な修行期間がある。その時、私は由旬にこんな相談をされた。
 
「義岳さん、わたしはやっぱり自分やり方の坐禅がしたい」
「いいよ、好きにしたら。私は君のやることには目をつぶる」
「ありがと」
 
私は今まであんなに作法にこだわっていたのに、由旬のその言葉を自分でも驚くぐらいすんなりと受け入れていた。そして、一晩経って、事態はさらに急変した。
 
「やっぱり、私は永平寺の作法の坐禅をするよ」
「どうして?」
「だって、義岳さんに迷惑がかかるんでしょ?」
 
由旬が変わった瞬間だった。いや、お互いがお互いによって変えられたのか。お互いが持っていた「こだわり」という名の憑き物がとれた瞬間だった。
 
人間社会にいる限り、それぞれの人間は少なからずこだわりを持っている。それ自体は全く悪いことではない。しかし、「多様性」という言葉が錦の御旗のように叫ばれる現在では、厄介なことに、こだわりが他人を傷つける武器になりうることもある。更に厄介なのは、インターネットの存在で、十分なコミュニケーションも取れないまま、こだわり同士が独り歩きして、攻撃しあっている場合もあるということだ。もし、自分のこだわりが他人を傷つけそうになったら、いちど深呼吸して立ち止まってほしい。そして、十分にコニュミケーションをとって欲しい。そうすればきっと、お互いのこだわりの妥協点が見つかるはずだ。
 
10年たった今でも、由旬とは連絡を取り合っている。たまに連絡すると昔のようなケロッとした様子で、よくわからないことを呟いている。
 
「あ、元気? ぼく、お坊さんやめちゃった」
 
相変わらず、よくわからん。でも、彼なりに考えた結果なのだろう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
信行一宏(ライターズ倶楽部)

1989年、福岡県にあるお寺の長男として生まれ、特に大きな疑問もなく福井県にある永平寺で2年間の修行をし、現在は僧侶と幼稚園副園長の2つの顔をもって生きている。僧侶としても経営者としてもまだまだ未熟。2023年2月にライティング・ゼミに、2023年7月よりライターズ倶楽部にそれぞれ入会。だんだんと、書くこと・伝えることの楽しさ、魅力に取りつかれている。

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2023-07-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.225

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