安全な暗号が教えてくれる安全《週刊READING LIFE Vol.227『〇〇は、どうやって誕生したのか?』》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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2023/8/14/公開
記事:村人F (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
安全は、どのように守られているのか?
この質問に対し、具体的に答えられる人はどれほどいるだろう。
食の安全なら農薬を使わない栽培方法や、検査で守っていることはなんとなく知っている。
治安も警察が私達の知らないところで頑張っているから、夜道を安心して歩けるわけだ。
しかし、安全を担う彼らがどのような手法で私達を守っているのか。
それを詳しく説明することは、なかなかできないだろう。
これはスマホにも言える。
この機械も、小さいボディの中にたくさんの安全が組み込まれている。
クレジットカード番号を入力できるのも、親友にしか話せないことを送信できるのも、こういった技術が組み込まれているからだ。
そうでなければ危なくて使っていられない。
なぜならスマホの情報は、全て電波を通して送られるからだ。
考えてみてほしい。
電波は皆で共有するものである。
だから通販サイトに送った個人情報も届けたくない相手に到着する可能性があるのだ。
全員が使える以上、いくらでも盗聴できるのだから。
つまりスマホには、それらに対抗する方法が大量に組み込まれている。
だからこそ、1人1台持つほどの道具に進化したのだ。
そしてこれは、安全を具体的に考える際にもわかりやすい例となる。
コアの技術が「暗号」だからだ。
おそらく、誰もが何らかの暗号に触れてきた。
「けほれきぜぞかもち」はなんと読むか、といった謎解きゲームをした方も多いだろう。
もしかしたら好きな相手と2人だけの暗号を作って、秘密の会話をしていた方もいるかもしれない。
このように暗号は多くの人が触れたことのある技術だ。
そしてスマホの通信が安全に行えるのもまた、暗号のおかげである。
クレジットカードや親友以外に見られたくない秘密も全て、暗号化されているから届けたい相手だけが解読できるのだ。
もちろん道中では世界中の悪人が盗聴している。
しかし現在の技術は、その状況にも耐えられる強さを持っているのだ。
では、どのように守っているのだろうか。
もちろん、これまで触れたことのあるような暗号は役に立たない。
「けほれきぜぞかもち」のような謎の文字列も、「全文字を4文字前に戻せばいい」と気付けば「おはようございます」とすぐに解読されてしまう。
2人だけの暗号も全く意味がない。
難しいと思っているのが2人だけだからだ。
おそらく東大卒の先生が見たら、すぐに解読することだろう。
つまり、これらは危ない暗号といえる。
ではなぜ危ないのか。
それは「解き方がバレるとすぐに解読される」からだ。
つまり「文字を何文字かずらす」といった暗号化のルールに気付かれたら最後、あっという間に丸裸にされてしまう。
だからこそ安全ではないのだ。
これは頭のいい人が難しい暗号を作れば解決するような問題ではない。
歴史の上でも証明されている。
第2次世界大戦でナチス・ドイツが使った当時最強と言われた暗号「エニグマ」も、結局は解読されてしまい戦況に大ダメージを与えた。
このように解き方を秘密にする方法では、どれほどの天才が作ろうが解読される運命にある。
ではスマホで使っている暗号は、なぜ安全なのか。
理由は単純。
「解き方を公開しているから」だ。
そう、現代の暗号は解読方法を最初から示している。
「何文字かずらせばいい」
「ある表に従って文字を置き換える」
このような手法を全世界に公表しているのだ。
つまり全人類が解読できることこそ、最新暗号の特徴である。
なぜ、それでOKなのか、すぐには理解できないだろう。
暗号は解き方がわからないからこそ安全。
これが一般的な感覚だからだ。
しかし、公開してもいいのである。
いやむしろ、公開しているからこそ保証できるのだ。
ここに「安全」の本質がある。
では解読方法をバラしてもよい理由を記そう。
強さを「時間」で示しているからだ。
解読方法を公開している以上、暗号は必ず解かれる。
それは逃れられない宿命だ。
しかし、それまでの時間を伸ばすことは可能なのである。
そして全ての情報には、守り通したい期間がある。
クレジットカード番号ならば、有効期限が切れるまで守れば十分だ。
2人だけの秘密も、お互いが天に召されるまで解読されなければ許してもらえるだろう。
だから、それまで解かれなければ安全といえるのだ。
そして現代暗号は、この時間を示すことで強さを示している。
これは数学で厳密に求められた値だ。
しかも公表されているから、誰でも真偽を確認可能である。
だからこそ信頼できる証拠になる。
例えば現役で使われている暗号「AES」は、吐き気を催す計算で暗号化しているのだが、その解読には最新のスーパーコンピューターでも数百万年かかると示されている。
このような暗号技術に守られているから、私達はスマホで安全にやり取りできるのである。
本当にそうなのだろうか?
この疑問を持ったあなたは、セキュリティに対する意識が高い。
実際、まだまだ安心できない。
この暗号にも弱点があるからだ。
例えば暗号化に使う答えを、どのように送るのだろうか。
当然ながらやり取りするには、互いに知っている必要がある。
しかしこれを共有しようとすると、やっかいな問題が出てくる。
答えを盗聴されたら終わりなのだ。
これがバレたら最後、数学的に保証された最強暗号も丸裸である。
つまり、安全に届けなければならないという課題をクリアしなければならない。
これには答えを「鍵」に見立てて、「鍵配送問題」という名前がついている。
そのため、この難問を解決しない限り安全にはならないのだ。
もちろん鍵を暗号化したところで無駄である。
それを暗号化した鍵もまた、相手に届けなければならないからだ。
このように「鍵配送問題」は、暗号学者の頭痛の種であった。
しかし、ある天才がひらめいた。
「鍵」も公開してしまえばいいと。
暗号の解読方法も公開することで安全になった。
ならば鍵も公開してしまえばいい。
おそらく、この流れで導いたのだろう。
だが、すぐには納得できない解決策である。
解き方どころか答えもバレている状況に見えるからだ。
しかし、それでも大丈夫なのである。
鍵を2つ用意しているから。
1個目の鍵は暗号用だ。
送る側はこれを使った暗号文を相手に届ける。
そして、2個目は解読用である。
受け取る側はこれを使って解読する。
そういう暗号を作り出したのだ。
そして、この暗号用の鍵を全世界に公開することで、鍵配送問題は解決する。
届けたい相手も確認できるし、全員に見せているから盗聴を恐れる必要もないからだ。
もちろん解読用の鍵は、本人だけの秘密である。
そのため中身を読めるのは自分だけなので、安全なやり取りになるのだ。
この手法は鍵を公開することから、「公開鍵暗号」と呼ばれている。
もちろん、安全性も数学的に保証済みだ。
代表例の「RSA暗号」は中学校で習う計算「素因数分解」を用いた暗号だ。
この素因数分解には、大雑把にいうと数字が大きいほど時間がかかる性質がある。
これを用いて、解読まで数百万年かかるようにしているのだ。
こうしてやっかいな問題も解決し、ついに人類は安全な暗号を手に入れた。
というシナリオには、もちろんならない。
残念ながら、この手法にも穴はあるからだ。
鍵を公開している人は、本当に届けたい相手なのか?
悪人がなりすましている可能性も、当然ながらあるわけである。
暗号文を送信してきた人間にも同じことが言える。
だから相手が「本人」なのか証明できなければ使えないわけだ。
そして、この問題をケアする「デジタル証明書」がまた誕生することになる。
このように現代の暗号は、ある手法の弱点を考え、さらに対策を練ることを何重に繰り返し安全を担保しているのだ。
その構図はまさに、正義と悪の戦いそのものである。
つまり安全な社会の裏では年中無休で壮絶な戦いが繰り広げられているのだ。
そう考えると、むしろ現代ほど危険な時代はないといえる。
なにせ、技術があまりにも進歩しすぎているからだ。
数百万年も解読されないことを保証する必要があるのも、そうでなければ破ってくるほど敵が強大だからである。
しかもやっかいなことに、AIという最高で最悪の相棒も生まれてしまった。
奴には善悪の概念がない。
だからこそ何も疑わずに、使用者の力を最大限に引き出してしまう。
もちろん悪事に使われないよう対策しても無駄である。
それを突破してくるからこそ悪人なのだから。
つまり人類史上最高に発展したせいで、同じく人類史上最悪の敵に襲われている。
これこそ、やたらと安全が騒がれる世界の現実である。
しかし、それでも構わないと思えるほど面白いことに溢れているのもまた事実だ。
現代ほど簡単に情報を得られる時代はないだろう。
ここまで紹介した暗号化技術も全て、ネットや本で調べれば誰でも見られる話だ。
しかし一昔前なら、専門的な研究所でない限りアクセスすらできなかっただろう。
スマホで遠くの人と語れるのも同じだ。
隣にいる人だけではなく、アメリカの友達とも簡単に話せるのも最新技術の恩恵だ。
このように危ない一方で、それ以上のワクワクもたくさんあるのだ。
ならば、よい側面をたくさん見つけるために、いろいろなことを勉強していきたい。
これこそが、最高にスリリングな今を楽しむ秘訣なのだから。
最後にどのセキュリティの教科書にも載っている、1番重要なことをお話ししよう。
それは「どれほど暗号技術が進化したところで、スマホを直接のぞかれたら台無し」ということだ。
恋人にスマホのパスコードがバレて大変な目にあったカップルはいくらでもいる。
このようにどれだけ強大な技術で守ろうとも、使う側がちゃんとしなければ全く意味がないのだ。
これは人類誕生から変わらない真理である。
プロは、命をかけて最強クラスの安全性を生み出した。
だから私達も成果を無駄にしないよう意識しながら、人類史上1番スリリングで楽しい今を生きていこう。
□ライターズプロフィール
村人F(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
名乗る名前などありません。私などしょせん村人のF番目でございます。
秋田出身だが、茨城、立川と数年ごとに居住地が変わり、現在は名古屋在住。
読売巨人軍とSound Horizonをこよなく愛する。
IT企業に勤務。応用情報技術者試験、合格。
2022年1月から、天狼院書店ライターズ倶楽部所属。
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