週刊READING LIFE vol.229

醜い姿もさらけ出してくれたからこそ本物のアスリート《週刊READING LIFE》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/8/28/公開
記事:村人F (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
アスリートの凄さは、みんなに夢と希望を与えること。
それは大谷翔平選手を見れば一目瞭然だろう。
毎日のように海の向こうでホームランをかっ飛ばすだけじゃなくて、160km以上の速球をぶん投げバッタバッタと三振を取る。
こんなスーパースターと同じ時代を歩むことができる。
それだけでも生まれてよかったと思わせる力が凄さだと思う。
 
しかし最も心を動かされた選手は誰かと聞かれると、実は大谷翔平ではない。
他にいるのである、本当に涙で前が見えなくなるほど感動したアスリートが。
ただ彼女は現実世界にいる方ではない。
その名は「天野御影(あまの みかげ)」
僕が命ほどに推しているアーティスト「Sound Horizon」の最新ミュージカル、『絵馬に願ひを!』のキャラクターだ。
 
戦う舞台はパラリンピック女子走り幅跳び、視覚障害T11。
そう、彼女の目は世界を映さなかった。
ただ、このハンデは全く影響がなかった。
求める物はただ1つ、金メダルの栄光。
そのために負けず嫌いの極みである彼女は、全人生を掛けて競技に打ち込んできた。
だから願いを必ず叶えるという噂の神社に掛ける絵馬も「必勝祈願」に決まっていた。
 
こうして万全を尽くして迎えた本番。
共に歩んだ名コーチ「石窓(いわまど)」の声に合わせ彼女は跳んでいく。
 
このシーンを初めて劇場で見た時のことは一生忘れないと思う。
本当に文字通り、涙で前が見えなくなったのだから。
ミュージカル作品だから音楽の力がかなり大きかったのだろう。
「Sound Horizon」のリーダー「Revo」さんは、『進撃の巨人』のOPを手掛けたことのある実力者。
だから場面で流れた曲でも、その力を最大限に発揮していたのだ。
御影と同じく盲目の少女をテーマにした過去作をオマージュしたメロディーをオーケストラクラスの編成で壮大に奏でる。
この時点で泣かずに見ることなど不可能だった。
 
結果は悲願の金メダルには届かなかった。
しかし国内新記録を更新した跳躍は生涯忘れないほどの輝きだった。
心の底からSound Horizonを推してきてよかったと思った。

 

 

 

これこそ最も感動したアスリート「天野御影」だ。
障害に立ち向かい、国を背負って全力を尽くす。
おそらく嫌いになる方が難しいほど、カッコいい物語だろう。
ただ僕が本当に好きなのは、実はそういう側面じゃない。
 
むしろ真逆、ものすごく汚い部分だ。
そしてこの曲では容赦なく、そこを描いている。
 
というのも「Sound Horizon」の特徴が、公演ごとに全く違う追加演出を施すことだからだ。
昨日なかったセリフを追加するのは当たり前。
しかもそれが作品全体のイメージをひっくり返すほどの衝撃発言であることもザラだ。
そのため公演終了後のSNSは、ファンによって書かれた理科実験もビックリな精度のレポートに埋め尽くされる。
 
そして御影も、この流れに沿っていた。
 
競技を終えた彼女は、赤色のみで照らされたライトの中で笑いながら語る。
「一生懸命頑張って、自己新記録突破、観客のみんなが大喜び」
ただ、明らかにこの笑みは「嬉しさ」から来ていない。
それくらい自暴自棄な声色だった。
 
そして彼女は全てを呪うかのように叫ぶ。
「でもね! 私は金メダルが欲しかった!」

 

 

 

ここなのだ。
これを言ってしまう所が、彼女の最も好きな部分なのだ。
 
もちろん高校野球でこれがテレビに抜かれたら大炎上どころの騒ぎではない。
スポーツ選手なんだから気高く振る舞え。
応援してくれたファンになんて暴言だ。
そのようなお叱りの声を大量に浴びせられるだろう。
 
ただ僕は、むしろこの追加演出があるからこそ天野御影がもっと好きになった。
それは、これを知った後の公演を見ても、相変わらず涙が全く止まらないことから明らかだ。
この負の側面こそ、彼女を最高に引き立てるスパイスになったのである。
 
理由は2つある。
1つは作品全体のテーマに沿っていたから。
 
本作は『絵馬に願ひを!』というタイトルなのだが、その名の通り絵馬に願うことがテーマになっている。
だから御影も必勝祈願に来たわけだ。
 
しかし作品の中では、これら願いの解釈が悲劇としか言いようのない形で表現される。
ある安産祈願に来た妊婦は子どもを無事に産むかわりに命を落としてしまう。
病に侵された老猫の無事を祈りに来た男子高校生に至っては、治療費を確保するため闇の世界に足を踏み入れる展開になる始末だ。
 
このような作風だから、むしろ御影のように「自己新記録よかったね!」といい話風に終わるのが異常だったのである。
だから追加演出で醜い側面を出されても「ですよね」という具合にさほどショックは受けないのだ。
むしろ「必勝祈願」が自分以外の負けを祈る呪いの側面もあることを考えると、これくらいダークな表現の方が正しいとさえ思う。
つまり、御影はこれで本当の意味で作品にふさわしいキャラクターになったのだ。
そのため、これは嫌う理由にはならないのである。
 
そして2つ目の理由。
これは、みんなが言えなかったことを代弁してくれたことに対する感謝だ。
 
考えてみればアスリートは全員、競技に全人生を賭けている。
高校球児なら甲子園のために。
サッカー日本代表ならワールドカップ優勝を目指して。
程度の差こそあれ、それぞれの頂点を目指し精進するのが彼らの姿だ。
 
しかし望む人が大量にいても、立てるのは1人だけ。
その下にはおびただしいほどの敗者が転がることになる。
 
ただ、負けた側も本気だった。
同じくこの日のために全てを尽くしたのだ。
 
だから本当は叫びたいはずなのである。
現実世界では「カッコ悪いから人前でやるな」や「礼儀正しい姿勢でいろ」と言われるからしないだけだ。
その裏では尋常じゃないほどの悔しさ、自己嫌悪が渦巻いている。
普段は見せないだけで、本来アスリートとはそういうものなのだ。
 
だがフィクションの世界を生きる御影は違う。
いくら醜く描写してもいい。
そのようなキャラクターでもファンは受け入れるから。
 
実際、僕はこれがあって彼女をもっと好きになった。
本当はクールに振る舞える心境じゃない。
それを包み隠さず、醜いまま叫んでくれたのだ。
この普段は決して見せない本当の部分を出してくれたからこそ、未だに涙が止まらないのだと思う。

 

 

 

そしてこの炎は僕の心にも、何かを確かに灯した。
ずっと何かが足りないと思っていた。
人生の中で張り合いともいうべき何かが。
戦いとも言うべき何かが。
 
実際、これまでの人生は徹底して勝負を避けてきた。
部活動も運動部は避けたし、文化系コンクールでも金賞などを狙うこともなかった。
ずっとほどほど、競争なんていらないという感じに無難な生活を過ごしていた。
 
おそらく現代の空気も似たようなところがあると思う。
場所によっては「順位をつけない運動会」なんてことが行われる時代だ。
シビアな勝負の世界をできる限り避け、穏便で健やかな人生を送るようにしましょう。
そういうムードを感じている。
 
ただ、それだと足りないのだ。
血が騒ぐような何かが。
 
そしてそれは本気で頂点を取りにいかないと得られない勝負への渇望。
これでしか埋められないことに薄々気付いていた。
 
それでも足を踏み出せなかった。
勝つための努力が嫌で。
負ける苦しみが怖くて。
そういった感情が勇気をくじいていた。
 
しかし御影の叫びが訴えかける。
金メダルを取れず全てを呪いたくなるほど全てを賭ける価値のある勝負があることを。
そしてこの過程を全て表現した姿には、見る者の心を燃やす強さがあることを。
 
なんど見ても美しいもの。
壮大な演奏と歌声で表現される物語。
絵馬に「ライバルはみんなボコボコにしてきた」なんて書いてしまう彼女の正直さ。
そしてパラリンピック本番で魅せた奇跡の跳躍。
 
見る度に涙が止まらなくなり、今思い出しても泣けてくる。
これほど心を揺さぶる力が、彼女にはあった。
 
だから僕も立ち向かうことができる。
今まで背けていた目の前の勝負に。
別にスポーツの世界だけじゃない。
仕事だって相手よりお金を稼ごうとする戦いだ。
弱肉強食の世界に生きているのだから、それは決して避けられない。
だったら逃げずにぶつかった方がいい。
これこそが美しい姿なのだ。
 
そして、それを心の底から実感できたのは、醜い部分を含めさらけ出してくれた天野御影のおかげだ。
本当はみんな同じなのだ。
負けた時の悔しさも、頂点が欲しい気持ちも。
だから全部出しても美しい。
むしろ、見せるからこそ心を打つ。
この事実を競技だけでなく振る舞い全てから証明してくれた彼女は僕にとって最高のアスリートだ。

 

 

 

大谷翔平選手のように、常に紳士的でカッコいい姿にも当然ながら憧れる。
涼しい顔をして楽しそうにスーパープレイを連発する。
これもスポーツ選手の魅力だ。
 
ただ同じくらい歩んできた人生の物語も、彼らを彩るのである。
それは高校時代に記したノートのような美しい話であり、負けた時に悔しすぎてバッドを折ってしまったような醜い話でもある。
これらの明暗を両方見せることで、さらなる人としての魅力が表れるのだ。
 
そして天野御影は僕の中では生涯、それを体現するアスリートだ。
なんど曲を聴き返しても、姿を思い出しても涙が止まらなくなる。
それくらい彼女は、醜い姿を含めて美しかった。
 
これからの人生、僕の前にどれほど勝負が待っているかわからない。
ただ、それぞれに対して死にものぐるいで立ち向かっていこう。
彼女の灯してくれた炎を絶やさないように。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
村人F(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

名乗る名前などありません。私などしょせん村人のF番目でございます。
秋田出身だが、茨城、立川と数年ごとに居住地が変わり、現在は名古屋在住。
読売巨人軍とSound Horizonをこよなく愛する。
IT企業に勤務。応用情報技術者試験、合格。
2022年1月から、天狼院書店ライターズ倶楽部所属。

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2023-08-23 | Posted in 週刊READING LIFE vol.229

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