週刊READING LIFE vol.231

名前も知らない川の中にある幸せ《週刊READING LIFE Vol.231 癒しの時間》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/9/11/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「あっ、いた」
 
家を出て、駅までもう少しというところに、川が流れている。
何という名前の川なのか、生まれ育った地元の街だけれども、私は知らない。
それでも、駅に行くには、必ずといってもいいくらい、その川の側を通ることになる。
時には自転車でサッと走り抜けることもあるが、徒歩で向かう時はより長い時間その川に沿って歩いていく。
 
その、名前も知らない川は、割ときれいに整備がされている。
川幅、3,4メートルくらいのその川の中を覗くと、かなり多めの魚が泳いでいる。
小さな魚もいるが、大きな鯉も見える。
しかも、錦鯉だろうか、とても美しい色合いのモノも混じっている。
いつのころからだろうか、この川にこんなにも魚が生息するようになったのは。
 
結婚して、地元を離れて暮らし、約20年後に戻って来た時に、このようになっていたのだ。
昔は、ただの川、ドブ川に毛が生えたくらいの認識だった。
ところが、今ではその川には、ところどころに花壇のようなモノも作られている。
大雨が降ったら、間違いなく水没するが、そうでない時には、川面を眺めるたびに花壇のお花も目に飛び込んでくる。
あの、まるでドブ川同然だった川が、今では見違えるような美しい川によみがえっていたのだ。
 
そんな川は、私だけでなく、側を通る人たちは誰しも足を止めている。
小さな子どもを連れた、若いママは子どもと同じ目線にまでしゃがんで、川の中を指さしながら、魚の行方を追っている。
年老いた男性は、魚の存在を知っているからだろう、パンくずのようなモノを持ってきて、川の中の魚めがけて投げている。
そんな川の中を覗き込んでいると、私はいつもホッとするのだ。
 
かつて、とてもきれいとはお世辞にも言えなかった川が、年月を経てきれいな川に生まれ変わっていった。
地域の人たちの努力、市の取り組みのおかげもあるのだろうが、このような何でもないような川にも意識とエネルギーを費やそうとするこの街の想いが素敵だと思うのだ。
そんな想いが伝わるように、この川の中を泳ぐ魚たちは、とても安心してゆったりと泳いでいるように見えるのだ。
魚に気持ちや想いがあるのかどうかはわからないが、それでも、川の環境や周りの人間たちの対応に安心感を得ているように見えてくる。
 
野良犬、野良猫がいるとしたら、ここにいるのは、野良の鯉なのだろうか。
いったい、いつ、誰がここの放流したのかはわからないが、とても立派な鯉も泳いでいる。
それにしても、まるまると太り、身体の色合いも美しく艶々しているのだ。
そう思うと、野良の魚とは見えないし、そこにいることは可愛そうでもないし、誰の迷惑にもなっていない。
むしろ、そこにいてくれてありがとうと言いたくなる。
 
そんな、ほのぼのとした川の光景には、冬になるとはカモが加わることもある。
どこから飛来したのかはわからないが、寒い時期になると絵にかいたような美しいカモがやってくるのだ。
マガモ色と言われる、暗い青緑色をした頭部分を持つカモはひときわ美しい。
カモが立ち寄りたいと思うような、のどかで、エサも豊富で、何より安心できる場なのだろう。
そんな豊かで、皆が集まりたいと思う川なのだから、人間の私が足を止めたくなるのも当然だろう。
 
そう思うと、この川、そしてその川が流れている私の街が、住人である私を癒してくれているのかもしれない。
そんな川の光景を見て、みるみるうちに私の心がほぐれるような、思わず微笑んでしまうようなほっこりできる時間が一瞬現れるのだ。
それまで、何かを考えていたり、ちょっとした悩みがあったりしても、川の中を見て、魚の泳ぐ姿が目に入ると、その瞬間、頭の中のゴタゴタがスッと消えてゆくのだ。
 
癒しの時間というのは、ダラダラと長くあれば良いというものではないと思う。
癒されるのはいいけれど、それに慣れてしまい、それが当たり前になってしまって、そこから離れたくなってしまったら、それは私をダメにしてしまう時間になってしまう。
どんなイヤなことがあっても、何かしらの小さなきっかけによって、頭と心の中がパッと晴れるような作用をくれるだけでいいのだ。
 
そういえば、この街を自転車で走っていると、すれ違う車を優先して私の方が待っていると、通り過ぎる車は、運転している人が必ず車内で会釈をして走り去るのだ。
気持ちにゆとりがなければ、出来ないことだと思う。
われ先に行く人、当然のように走り抜けてゆく車だってあるけれど、高い確率でそんな光景に出会えている。
 
かつて、大きな街に住んでいた時には、皆がセカセカとしているようだった。
自転車どうしですれ違う際に、どう考えても私が先に行った方が交通はスムーズだと思って先に走ると、対向者から文句を言われたこともあった。
 
後になることが、まるで損のように思うのだろうか。
人に道を譲ることは、負けたことになるのだろうか。
 
そんな経験が多かった時には、私の気持ちも荒んでいたように思う。
ちょっとしたことにもイライラして怒りっぽくなっていて、ゆとりなんて少しもなかった。
誰かに対して、優しい気持ちにもなりにくかった。
自分のことばかり考えていたようだった。
 
だから、時々、そんなストレスを発散させる必要があった。
衝動買いで大量に買い物をしてきたり、年に何回も海外旅行に行って、非日常に逃げたり。
そうでないと、やっていられなかったのだろう、それくらい街の雰囲気によって、私の心持ちは影響を受けていたように思う。
 
今、この街で暮らしていて、気持ちにゆとりが生まれ、とても穏やかに過ごせている。
ストレスを感じることもほとんどなく、日々、笑顔も増えていった。
そんなこの街を象徴するのが、駅前の名前も知らないこの川だろう。
老若男女、大人も子どもも足を止めて川をのぞき込んでいる。
5月の子どもの日を迎える頃には、大量のこいのぼりが泳ぎ、七夕を迎えるころには、子どもたちが書いた短冊をたわわにたくわえた笹が飾られている。
平和で、穏やかな暮らしぶりがここにも象徴されている。
 
駅に向かう時、この川を通る際、つい川中を眺めるのが習慣になっている。
あの白くてまるまると太った鯉は元気だろうか。
きらびやかな朱色の錦鯉はまだいるだろうか。
この頃は、どんな種類の鳥がやってきているだろうか。
そう思いながら、駅へと自転車で走っていると、もうその時間から私の心はほぐれて行っているのがわかる。
それら全てが、私の癒しの時間なのかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
2013年1月断捨離提唱者やましたひでこより第1期公認トレーナーと認定される。
整理・収納アドバイザー1級。

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2023-09-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol.231

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