週刊READING LIFE vol.231

第1回:太宰府天満宮の門前町へ飛んでいってあんこを食べたい《梅ヶ枝餅 茶房きくち》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/9/22/公開
記事:久田一彰(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」
 
この和歌を詠んだのは、学問の神様・天神様としても知られている、菅原道真公。平安時代に文章博士から右大臣にまでなりましたが、藤原氏との権力争いに巻き込まれて、京都の朝廷から大宰府(現福岡県太宰府市)へ流され、延喜3年(903年)にその生涯を閉じました。
 
晩年、罪人同様の暮らしを強いられ、見かねた近くの老婆(浄明尼)が梅の枝に粟餅を巻きつけ、菅原道真公へ差し上げたという逸話が残っています。これが梅ヶ枝餅の始まりといわれています。
 
現在、この逸話にならい太宰府天満宮の門前町では梅ヶ枝餅が提供され、多くの参拝客が梅ヶ枝餅を求めて行列を作っています。
 
私もその梅ヶ枝餅を求めて、行列に並んで食べました。そのお店は「茶房きくち」。赤い提灯に「きくち」の文字が目印です。入ってすぐのガラス越しから梅ヶ枝餅がつぎつぎに焼きあがっていく様子を、見ることができます。生地をこね、あんこを入れて焼き上げていく職人さんの様子を、いつまでも見ていたくなります。
 
あつあつの梅ヶ枝餅を紙に挟んでもらい、早速その場で食べました。カリッとした食感ともっちりした食感で、1つ食べてしまいましたが、すぐにもう1個食べたくて手が出そうです。そんな「茶房きくち」の梅ヶ枝餅はどのようにして出来上がるのでしょうか。
 

 
 

茶房きくちの始まりと想い



 
創業昭和26年(1951年)、その歴史は70年以上続いています。終戦後に太宰府天満宮の参拝客も増え、門前町では梅ヶ枝餅を提供するお店が増えてきたといいます。当時は写真館を営んでいましたが、向かいの屋敷の門のところで、梅ヶ枝餅を七輪で焼き始めました。現在のお店の間口が一間半(約2.7m)なのは、この当時の名残を今に伝えています。
 
そこで初代は、自家製あんこにこだわった、おいしい梅ヶ枝餅をお客様のために作ろうとしたことが始まりでした。そして、70年以上梅ヶ枝餅を作っていると、忘れられない、危機を乗り越えられたエピソードがあるといいます。
 
昭和55年(1980年)に、北海道で大冷害が発生し、あんこの原材料である小豆をはじめとした作物が採れなりました。それに伴い、小豆の価格が2倍近く高騰します。このままの値段では商売ができなくなるのでは、と問屋さんからは輸入小豆の使用を勧められました。しかし、輸入小豆を使ってしまうと、味が変わってしまうことになります。
 
「守ってきた味についてきてくれたお客さまの舌はだませない。一度お客さまが離れたら、信用を取り戻すのは難しい」
 
そう考えた2代目は、お店のもうけよりもお客さまのことを考え、長年使い続けた北海道産の小豆を、今まで通り使うことにました。それが、現在も使い続けている北海道十勝産小豆「雅」です。
 
 

3代に渡り継がれ、守られてきた自家製あんこ



1日で約300kgの餡を作る
撮影:久田一彰

 
北海道十勝産小豆「雅」はその評価では、良・優の上の称号です。粒の大きさ、つやの良さから基準に合っている小豆だけが選び抜かれます。創業以来この小豆を使いながら自家製あんこを作っていきます。
 
あんこ作りは、前日から準備が始まり、水に浸した小豆を一晩寝かせます。気候や季節が違えば、調整を都度変えていき、小豆が最良の状態になるように常に気を張っています。
 
翌朝から小豆を煮立てながら、ひとすくいひとすくい、アクを柄杓ですくって、丁寧に抜いていきます。アクを抜くタイミング、火を止めるタイミングなど全てを見極めるのが難しく、その方法は一子相伝のように継承されています。
 
アク抜きの後は、水を抜き、きれいな水で洗ってから、もう一度煮立てます。ある程度炊けると火を止めて蒸らします。その後、あんこ練りへと移ります。小豆に砂糖を加え、ごく少量の塩、いい塩梅になるだけの量を入れます。蓋をして強火で小1時間、専用のヘラで練り続けていきます。出来上がったあんこを素早く移し出して、すぐに次のあんこ作りが始まります。
 
工場の中では、マスク越しからも熱く感じる熱気が、ものすごく立ち込めています。その熱気以上に、「おいしい梅ヶ枝餅を食べてもらいたい」という一心から、朝から夕方、暑い日も寒い日も毎日毎日丁寧に作り上げています。
 
この想いがあるからこそ、多くの方が「また茶房きくちの梅ヶ枝餅が食べたい」と思うようになるのです。
 

できたてほやほやのあんこ
撮影:久田一彰

 
 

毎月17日と25日にしか食べられない梅ヶ枝餅



古代米を使った梅ヶ枝餅
 
近くには九州国立博物館が2005年にオープンしています。そこで、毎月17日を博物館の日にしようと、古代米(赤米)を使用した梅ヶ枝餅が提供されるようになりました。赤米を粉にして生地に練り込み、香ばしく多少紫っぽい色をした梅ヶ枝餅ができあがります。
 
また、25日は、菅原道真公の誕生日と御神忌=命日に当たることから、天満宮様に貢献しようと、よもぎを入れたのが今のよもぎの梅ヶ枝餅の始まりだそうです。
 
昔のよもぎの梅ヶ枝餅は、よく春先の土手で摘み、綺麗なものを煮ていました。やがて食品に関する法律に準じて、リバイバル商品として生まれ変わります。
 
よもぎの梅ヶ枝餅を手に入れるべく、取り扱いのあるお店まで行ってみましたが、売り切れで手に入れることはできませんでした。しかし、諦めることができず、もう1ヶ月後にチャレンジしようと、その日は時間の早い電車に乗り、出口の近いドアの前で待ち、駅についてからは、障害物競走のハードルを乗り越えるように駅の階段を駆け上がり、お店に滑り込みました。ようやく手に入れることのできたよもぎの梅ヶ枝餅の味は別格でした。
 

よもぎを使った梅ヶ枝餅
 
 

好きなあんこの量を挟める夫婦餅



夫婦餅
 
「茶房きくち」の2階には喫茶があり、重ね餅ともいわれる、ここでしか食べられない夫婦餅が提供されます。梅ヶ枝餅2個と別皿にあんこが添えられます。スプーンのヘラは梅の花がかたどってあり、こだわりの深さを感じることができます。自分で梅ヶ枝餅と梅ヶ枝餅の間にあんこを挟んで食べるスタイルは、まさにあんこバーガーのようなたたずまいです。
 
「あつあつのあんこ」と「ひえひえのあんこ」の食感を楽しめるのも特徴のひとつです。挟むあんこの量は自分で「追いあんこ」しても、あんこだけを食べてもいいようになっており、体験できる楽しさもあります。
 

あんこを挟んで食べるスタイルも
 
 

上はパリッと下はモチっと、冷凍梅ヶ枝餅をおいしく解凍する技術



冷凍梅ヶ枝餅(左:通常・右:よもぎ)
撮影:久田一彰

 
冷凍技術の向上に伴い、いつでもどこでも「茶房きくち」の梅ヶ枝餅を食べられるようになりました。出来上がりの梅ヶ枝餅をマイナス45度の瞬間冷凍機に入れることで、水分を保ったまま一気に凍ります。そのため、解凍した時も、焼き上がりの状態に近いまま食べることができます。
 
家で解凍を何度か試みましたが、なかなか納得のいく仕上がりになりませんでした。そこで、おいしく解凍できるポイントを伺いました。
 
まずは、電子レンジ600Wで20秒ずつ両面を解凍します。次にオーブントースターにアルミホイルを敷いて、上面だけ2分焼きます。この方法を知ってからは、毎回このやり方で好きな時に好きな量を食べています。
 
 

さいごに


飛梅伝説の元になったといわれる梅の木
撮影:久田一彰

 
太宰府天満宮の境内には「飛梅」という立派な梅の木があり、これにも逸話があります。菅原道真公が和歌を詠んだ梅は、幼い頃より親しんだ菅家の邸宅、紅梅殿にありました。
 
「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」は、「東風が吹いたら、立派な花を咲かせおくれ、梅の木よ。主人(私)がいなくても、春を忘れてはいけないよ」という意味があるといわれています。そして、京都を離れ大宰府に着いた翌日、京都から菅原道真公の元へ飛んできたといいます。
 
冷凍用梅ヶ枝餅のパッケージにも、この「飛梅」が描かれており、お客様が茶房きくちへ飛んであんこを求めるように、ここ飛梅伝説の地、太宰府天満宮の門前町では、今日もおいしい梅ヶ枝餅が焼き上がっています。
 
 

事業所:株式会社 きくち
所在地:福岡県太宰府市宰府2-7-28
ホームページ:https://umegae-kikuchi.com/
営業時間:8:30~18:00
定休日:毎週木曜日
(ただし、太宰府天満宮の祭事のため、毎月1日・25日が木曜日の場合はその前日の水曜日が店休日となります。)
お問合せ:0120-259-250

 
写真提供:茶房きくち
文・撮影:久田一彰
 

□ライターズプロフィール
久田一彰(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県生まれ。駒澤大学文学部歴史学科卒。
あんこ好き。あんこが持つ不思議な吸引力に誘われて、今日もあんこを使った食べ物や飲み物がないかを探し求めている。
天狼院書店『Web READING LIFE』内にて連載記事、『あんこの吸引力に誘われて』・『ウイスキー沼への第一歩〜ウイスキー蒸留所を訪ねて〜琥珀色がいざなう大人の社会科見学』を書いている。

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2023-09-17 | Posted in 週刊READING LIFE vol.231

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