週刊READING LIFE Vol,93

たった一言で自分が今まで築いてきたものがゴミ同然だと気付いたとき、人はどうするだろう。《週刊READING LIFE Vol,93 ドラマチック!》


記事:篁五郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
怒り狂うのだろうか。
 
それとも意気消沈して沈んでいくのか。はたまた奮起して一からやり直すのか。それは人それぞれだろう。
 
どんな人であれ大きなショックを受けるのは間違いない。どんな形であれ自分が積み重ねてきたものが価値がなかったということは、自分自身に価値がないということ。大きな傷になる。
 
しかし、そこから問われてくるのはどう立ち上がってくるかだろう。
 
自分自身が否定されてきても立ち上がってきた男がいる。
 
スイーツ真壁のニックネームでTVでも活躍中のプロレスラー真壁刀義だ。
 
真壁は、現在プロレス業界No.1の新日本プロレスで現役レスラーとして活躍しながらTVやラジオにも数多く出演して、食レポや俳優、ラジオパーソナリティ、タレントとしても活動している。
 
プロレスラーとしても数多くの実績を抱えるトップレスラーとして新日本プロレス、いやプロレス界を長年支えてきた一人だ。
 
今でこそ華やかな立場で活躍している真壁は、初めから団体から期待されていたわけではない。むしろ
 
「コイツは早く辞めさせよう」
 
当時の新日本プロレスの育成係は非情な決断を下していた。
 
真壁は神奈川県相模原市に生まれ、中学時代は柔道に打ち込む典型的なスポーツ少年。食欲も旺盛で給食にカレーが出てくると8杯もおかわりをして母親から「あんな食べると馬鹿になるから止めとくれ」と言われるほど。当時からスイーツも大好きでお気に入りはモンブラン。誕生日のホールケーキを一人で食べようとして叱られたこともあった。
 
そんなスイーツが大好きで食欲も旺盛な真壁少年がはまったのがプロレス。柔道部の練習が終わって帰るとちょうどプロレス中継がやっていて食い入るようにTV画面を見つめていたという。
 
憧れていたのはアントニオ猪木と長州力。この二人が倒れても倒れても立ち上がる姿を見て将来はプロレスラーになりたいという夢を持ったという。プロレスラーになるなら格闘技の素養が必要だと思い、柔道に益々のめり込み、高校時代に二段を取って一年浪人をした後、大学へ進学。
 
大学では格闘技関係のサークルに入ろうとしたが、新入生を迎える会で真壁少年の運命は変わっていく。
 
「なんでプロレスのリングがあるんだ?」
 
真壁少年はキャンパスに置かれたリングに目を引かれた。そこにいたのは鍛えた身体を剥き出しにしてプロレスをしている先輩学生の姿だった。柔道でならした真壁もそこいらの若者より立派な体格をしていたが、リングにいた先輩には劣る。思い切ってリングに近づいた真壁は先輩に話しかける。
 
「これ、なんのサークルですか?」
「学生プロレスだよ」
 
学生プロレスとは、プロレス愛好者の大学生によるプロレス団体、プロレス同好会のこと。同好会に所属する学生が選手・スタッフとして活動し、学園祭等で観客を集めプロレスの試合を見せている。実況や解説をスピーカーで観客に聞かせる事で試合を盛り上げるのが特徴。中にはプロレスラーを呼んで学園祭で講演をしてもらうこともある。
 
真壁はリング上で戦う先輩の姿に見せられてしまいプロレス同好会に入り、本格的にプロレスラーになるための練習を開始する。因みに当時にリングネームは「プリン真壁」。スイーツ好きらしい名前を名乗っていたのである。
 
プロレス同好会は遊びのようなコミック的な要素が中心のものから将来プロレスラーになることを目指してトレーニングを積み、プロ指向の試合を見せようとする者や応援でレスリング部に参加する者も中にはいたりして本格的にやっている者も珍しくない。
 
真壁が加入したのは後者が多い学生プロレスでトレーニングはハード。柔道で鍛えた肉体が悲鳴を上げることあった。しかし、年に一回訪れる新日本プロレスの入門テストをクリアするべく練習に打ち込んだ。
 
当時の新日本プロレスの入門テストは基礎体力を見るためにスクワット500回、腕立て伏せ50回。ゆっくりと全員でペースを合わせてやるので、思いのほかキツい。そのあとは天井から吊されたロープを両腕のみで登る運動や、ブリッジの体勢で3分キープとスパーリングをして適性を見る。試験官はレスリングでロスオリンピックに出場した馳浩。長州力の後輩で現在衆議院議員を務めている。
 
真壁は、大学4年間で鍛え上げた成果を見せてテストを見事に突破。新日本プロレスの入門を許されることになった。

 

 

 

しかし、そこから始まったのは地獄である。

 

 

 

入門した新人は寮に住み込み練習と先輩レスラーの付き人として世話をする毎日が始まる。喜び勇んで入門してきた真壁は道場や寮にいた先輩に挨拶をする。
 
だが、誰一人まともに返事を返さない。露骨に無視する者もいた。
 
「どうしてだ?」
 
真壁は疑問を抱くが、これには理由がある。先輩から見れば毎年毎年新人が何人も入ってくるが3日と持たずに逃げ出す者が後を絶たない。そんなのが当たり前の世界でいちいち新人の名前なんか覚えていられないのだ。最低でも三ヶ月くらい残って初めて「新人君」くらいの扱いである。
 
しかも真壁が入門したときは、レスリングの全日本選手権で優勝という実績を引っさげてスカウトされた藤田和之がいたのだ。スカウトで恋われて入門した藤田と入門テストから入ってきた真壁。扱いが違っていたのは当然である。おまけに当時の新日本プロレスは練習の激しさと別に理不尽ともいえるしごきが待っていた。
 
「お前だけ気合いが足りないから、後300スクワットやれ!」
 
誰よりも声を出して、誰よりも正しいフォームでやっているのにこんなことを言われるのが当たり前の毎日だった。そうなると身体がこわばって50回もできない。すると飛んでくるのは竹刀と罵声。
 
毎日怒鳴られ、毎日殴られ、道場からたたき出されたこともある。
 
22歳の青年にとってそれは辛い日々なのは言うまでもない。真壁は道場の裏で泣いた。そんなときに真壁に声を掛けたのは大先輩の山本小鉄だった。優しく声をかけてくれた山本に真壁は思いの丈をぶつける。
 
「誰よりも声を出しているし、きちんと練習やっているのにぶん殴られて蹴られるんですよ。やってられない」
 
すると山本は真壁を怒鳴る。

 

 

 

「バカ野郎! 誰よりも強くなれ。誰よりも強くなったら、お前に対して誰も文句を言えなくなる」

 

 

 

言われた真壁は殴られ、蹴られて怯んでいた自分を捨てることにした。今まで以上に声を出して練習に励み、強い先輩に自らスパーリングをお願いするほど熱心に取り組んだ。
 
すると、真壁に対するしごきが止んだのだ。大先輩の言葉で自らの環境を変えた真壁はリング上ではパッとしない若手レスラーであった。当時は総合格闘技(打撃(パンチ、キック)、投げ技、固技(抑込技、関節技、絞め技)などの様々な攻撃法を駆使して勝敗を競う格闘技)が大ブームでプロレス以外に異種格闘技戦(異なる種目の格闘技による試合)ができるレスラーがもてはやされ、レスリングや柔道、キックボクシングで実績のあるレスラーがリングの中心にいた。プロレス同好会出身の真壁はお呼びではなかったのである。
 
会社もデビューはさせたか全く期待しておらず同期の藤田和之が団体の象徴であるアントニオ猪木の付き人をさせてエリート街道を歩ませるのと逆に真壁にはプエルトリコへの片道切符を渡すだけ。当時プエルトリコは治安が悪くてプロレスの試合もまともにできる環境ではなかった。そんな場所に遠征に行かせるのは「お前なんかに期待していない」という宣告に等しい。実際に帰国した真壁に新日本プロレスは凱旋帰国試合すら用意せず仕方なく他団体で行ったくらい軽い扱いであった。
 
そんな状況にも関わらず真壁が腐ることはなかった。
 
かつで山本小鉄から言われた「バカ野郎! 誰よりも強くなれ。誰よりも強くなったら、お前に対して誰も文句を言えなくなる」を忘れず強くなるための練習を繰り返した。新日本プロレス所属の選手誰もが出場を望む「G1CLIMAX」でアキレス腱断裂の重傷を負っても諦めずにリングに復帰した。念願のタイトルマッチで敗れても「もういっちょ!」の精神で暴れ回った。
 
業界No.1である新日本プロレスのレスラーとして誇りを持ってやってきた、つもりだった。
 
そんな真壁に一大転機が訪れる。
 
それは新日本プロレスがインディ団体の選手を呼んで行った興業で起きた。試合後に乱闘が起きてしまい、リング上は混乱。真壁は場を納めるために控室から飛び出し、乱闘に加わる。するとインディ団体の選手がマイクを握ってこう言い放った。

 

 

 

「真壁は呼んでへんよ」

 

 

 

このマイクの後、会場は大爆笑。真壁は屈辱のときを過ごすことになった。しかし、この一言が真壁が変わるきっかけとなる。
 
「呼んでねぇと言われても、俺自身に価値があったら、笑われないわけじゃないですか? その屈辱がでかくて。俺、ここまでの10数年、地獄の練習をして、先輩にこきつかわれて、しごきを耐え抜いてきて、先輩をバンバンなぎ倒して上に上がって、それでもこれぐらいの価値しかねぇのかよと」
 
後に語っている。そこで、真壁は
 
「でも、それを言われて覚悟が全部変わったんです。「よし、こいつら全部消し去ってやろう」と」
 
「呼んでへん」と言った選手の団体に乗り込んで暴れに暴れた。新日本プロレスの選手は絶対にやらないといわれたデスマッチも果敢に挑み、悪役レスラーとして本気のブーイングを浴びるほど憎まれた。しかもインディ団体に所属するレスラーと試合を繰り広げて真壁の中で一つの価値観が生まれた。
 
「「何だこいつら? 全然価値がねぇな」と最初は思ったんです。でもバッカンバッカンやって、俺も頭を割られて流血したりして、そのうちに「こいつらはこいつらの好きなプロレスで頂点を目指そうとしているんだな」と理解できた。デスマッチというルールの中で、俺がそのリングに立って、見ている観客をも全員ねじ伏せる。今までやったことがないけど、ねじ伏せなきゃいけないから、それが難しかった。
 
ただ、俺が防衛戦をやっている中で思ったのは、「こいつらすげぇな」と。お前らのレスリングも面白れえぜと思ったね。そこで俺の価値観が目覚めて、俺がWEWのベルトを持って、この団体ごと引っ張っていってやろうとね」
 
団体を引っ張るという覚悟である。それから真壁は新日本プロレスに舞い戻ってきても悪役レスラーとして暴れに暴れた。先輩レスラー天山広吉が呼びかけられて結成した悪役軍団の中で中心的存在として反則攻撃を繰り返し善玉レスラーを何度も流血に追い込み、会場にいたファンからブーイングを浴びて、物を投げられるほどの存在感を出すほどになった。
 
「俺が当時新日本プロレスに求めていたのは熱狂だったんだよね。でも、会社(新日本プロレスのフロント)は棚橋弘至、中邑真輔、柴田勝頼の新闘魂三銃士とかくだらないことしようしていたわけ。それをぶっ壊してやろうと本気で暴れたよね。そしたら客もヒートしてきて俺にブーイングとか罵声浴びせるのよ。もう狙い通りで「お前らわかってきてんじゃねえか」って思ったのよ」
 
真壁はプロレス冬の時代と言われた中でもどうにか熱狂を生み出すことを考えて新日本プロレスを引き上げようとしていたのだ。それが実を結び、入門して13年経って団体の象徴であるIWGPヘビーのベルトを獲得。かつてアキレス腱断裂という事故が起きた「G1CLIMAX」も優勝。新日本プロレスのトップにまで上り詰めた。
 
そこからも止まることなく突っ走っていった。誘われるがままに始めたブログで大好きなスイーツのことを書いていたら日本テレビ「スッキリ」のプロデューサーの目に止まり、〇〇年から2016年まで続いた「スイーツ真壁の甘えんじゃねえ!」に出演を果たし、全国的な知名度を得た。
 
すべては全力で走ってきたからだといえるが、
 
「真壁は呼んでへんよ」
 
あの一言でレスラー人生が変わったのだ。プロレスラーはドラマチックな人生を歩んでいる者が多いが、たった一言でここまでガラリと変えたレスラーは少ないだろう。これからもスイーツ真壁こと真壁刀義は走り続ける。プロレス復興を達成するまで。《終わり》
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
篁五郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

初代タイガーマスクをテレビで見て以来プロレスにはまって35年。新日本プロレスを中心に現地観戦も多数。アントニオ猪木や長州力、前田日明の引退試合も現地で目撃。普段もプロレス会場で買ったTシャツを身にまとって都内に仕事で通うほどのファンで愛読書は鈴木みのるの「ギラギラ幸福論」。現在は、天狼院書店のライダーズ俱楽部でライティング学びつつフリーライターとして日々を過ごす。

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2020-08-24 | Posted in 週刊READING LIFE Vol,93

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