fbpx
週刊READING LIFE Vol,93

祖母との別れは泣いて笑ってホタテ味《週刊 READING LIFE Vol,93 ドラマチック!》


記事:緒方愛実(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「もう、こんな季節なんやねぇ」
「そうやな」
 
実家で、兄と居間を掃除しながら、世間話をする。私は、仏具を拭き、兄は仏壇の中のほこりを落としていた。兄がぼんやりと呟く。
「なんか、このご時世だと、今日が何月何日なのか、季節すらわからなくなるな」
「確かに、何にも季節らしいことできないものね」
私は、苦笑いして兄に応える。
自粛やらなんやらで、世の中本当に何をするにも不自由だ。新しい生活様式に翻弄されている内に、季節はもう夏。お盆の準備のために、私たち家族は猛暑の中、せっせと実家を整理していた。
 
この、自分の周りがぼやけて、おいてけぼりにされた感じ、おばあちゃんが亡くなった時以来だな。
 
ぼんやりと、私は仏壇を見上げる。そこには、20年ほど前に亡くなった祖父、そして数年前に亡くなった祖母の真新しい遺影が飾ってある。
祖母と過ごした最後の1年半、怒涛の日々。そして、別れの日を昨日のことのように思い出す。
 
ある春の日。夜と朝の中間、街がまだ寝ている時間。実家の一階に置いている固定電話がけたたましく鳴った。母が飛び起き、一階に降りていく気配。私は、布団の中で、嫌な予感に体を縮こませた。しばらくして、母が私を起こしに来た。
「起きて、おばあちゃんの病院から連絡が来たの!」
私は飛び起き、さっと服に着替え、家族と車に乗り込む。真っ暗な道を、父が運転する軽自動車が走る。すれ違う車は一台もない。
 
とうとう、この日が来てしまった。
 
私は、真っ暗な車窓を呆然と見つめる。
祖母に別れを言わなければならない。覚悟はしていたけれど、まったく実感がわかなかった。
祖母は、ステージ4、末期の大腸がんだった。80歳を過ぎても、ボケることなく、畑で野菜を育て、趣味の手芸をこなす、病気一つしない、凛とした人だった。
その祖母がまさか、大病を患うとは、祖母を知る誰もが想像できなかった。
気づいた時には遅かった。祖母と過ごせる時間は残り僅かだと、主治医に宣告された。私たちは動転した。祖父をはやくに無くし、緒方家の柱は祖母だった。いつもどこか飄々として、突然妙な冗談を言って。手料理を振る舞えば「おごっそう(ごちそうだね)」、良いことをすれば「そら良か、上出来!」と目を細めて笑っていた穏やかな祖母。その大事な柱を私たちは失ってしまったのだ。
柱を失った家はどうなってしまうのだろう。
祖母のがん宣告以来、心の奥深くに押し込めて、必死に隠していた思いが溢れでそうになる。私は、膝の上に乗せていた手をぎゅっと握った。
 
祖母の病室に、叔父、叔母と私たち家族が集まる。すでに祖母は息を引き取っていて、その白い顔はまるで眠っているようで穏やかだった。そっと手を握ってみる。じんわりとあたたかい。でも、医療系の職業に就いていたことがある私にはもちろん、わかっていた。もうすぐ、この手は冷たく固くなる。もう、握り返してくれることはないのだ。
今後の諸々の説明を受け、病院を出る。
街は、朝日に照らされて、白く明るくなっていた。だが、あまりにも静かで、私たちの時が止まってしまったように思った。
神妙な顔で、駐車場を出ようとした時だ。
「あ、駐車場のゲートが開かない!? あれ、ピーピー鳴ってるんだけど?」
自身の車に乗った兄が慌てた声を出す。
「もう、何してんの? さすが緒方家だね」
私たちは、乾いた笑い声を上げる。我が緒方家は、トラブル体質だ。笑えない事件から爆笑の事件まで、大小さまざまなことに見舞われる、ちょっとした不幸体質だった。だが、みんな陽気な質だったので、落ち込むこともあるが大抵は「やった、ネタができた!」と笑い飛ばすのだった。
慌てると、ハプニング率が上がってしまうのが悲しいところ。だが、お陰でみんなの青白かった顔に、ほっと血が巡った気がした。
実家に帰り、朝ごはん代わりのトーストをみんなで無言で食べた。しばらくして、葬儀屋の車が到着した。突然、祖母の死を理解して、私の目から涙が溢れる。
「もう、おばあちゃん、居ないんだね?」
号泣する私を、兄が抱きしめてくれた。みんなそれぞれ、涙した。事前に覚悟はしていたけれど、やはりすんなり受け入れることはできないのだ。
仏壇の前に、葬儀屋の方が、祖母の遺体を布団の中に寝かせる。驚くことに、祖母は、遺影写真、戒名、納棺の時に身につける着物など、すべて自分で用意していた。「豪華でなくていい」と本人も言っていたということで、葬儀屋の方を囲んでの葬儀の打ち合わせはスムーズに終わった。両親たちは、少し緊張した顔をしていた。
 
「緒方さーん、郵便です!」
 
葬儀屋の方を見送ると、入れ替わりに元気な郵便配達のお兄さんが現れた。腕の中には、大きな発泡スチロール。頭に疑問符を浮かべながら、居間に運び、みんなで箱の蓋を開ける。
「わぁ!?」
中には、ギッシリと、新鮮な貝殻付きのホタテが入っていた。みんなでますます混乱する。
「あ、これ、おばあちゃんが頼んでいたやつだ!」
母が手を打つ。郵便局で注文したふるさと便だという。理由はわかったけれど、なぜこのタイミングで。行儀よく並んだ、活きが良いホタテを見つめたまま、私は困惑したままの気持ちを呟く。
「ど、どうするの、こんなに一杯?」
「いや、生物だし。通夜と葬儀があるのよ、今みんなで食べるしかないじゃない?」
「い、今!?」
私は、ガバリと顔を上げ、眉を下げた母の顔を見る。つい声を荒げてしまったが、母の言っていることはもっともだ。こんなに大量のホタテが入るスペースなんて、どこにもないのだ。
そして、まさかの一族でのホタテパーティーが始まってしまった。テーブルには、母の手による、バター焼き、炒めもの、刺し身と、昼間っから豪勢すぎる料理たちが並ぶ。後ろを振り返れば、祖母の遺体が寝かされている。
前にホタテ、後ろに祖母。
 
いや、何だこの状況?
シュールだ、意味がわからない。
 
無言で食卓を見つめていたが、誰ともなく吹き出し、声を上げてみんなで笑う。なんだか、緊張の糸が切れてしまった。笑顔で、みんなであたたかな食事をたいらげる。祖母が用意してくれた「おごっそう」は大変美味しくて、体に活力が巡るようだった。
やっと、普段どおりのみんなの顔に戻った。
そこから、我が一族の癖が出る。肝が据わると突拍子のないことを仕出す、悪い癖だ。
 
「春ですが、今日は気温も高いので、ドライアイスを足させていただきます」
葬儀屋の方が、祖母の遺体用のドライアイスを持って来てくれた。助手の若い女性が、軍手をはめてドライアイスを厳かに箱から取り出す。それを上司らしき方が、素手で受け取った。
内心ぎょっとした。カステラ一竿より大きい塊だ。熱くはないのだろうか、と不謹慎な疑問が頭をよぎる。そう考え、ハッとする。ここは神妙な顔をする場面だ。緊張感のなくなった自分を恥じた。
 
「あの、熱くないんですか?」
 
私は、ぎょっとした。神妙な顔で、葬儀屋さんの手を指差す母が居た。
「ちょっと!?」
私は、思わず、母の正座している膝を叩く。
「だって気になるでしょう?」
その言葉を皮切りに、祖母を見守るように囲んで座っていた一同が、うんうんとうなずく。やはり、血族、思っていたことは同じらしい。
「ふふ、熱くないんですよ。慣れでしょうか?」
朗らかに葬儀屋さんが笑って応えてくれた。流石は、プロフェッショナル。どんなにお客が変でも受け流してくれる姿勢に頭が下がる。
 
「通夜まで時間あるから、準備しない?」
「準備?」
兄の言葉に首を傾げる。兄がカバンからタブレットを取り出す。
「これに、みんなが持ってるおばあちゃんの写真を集めよう。スライドショーにして、葬儀場で流すから」
「いいね! 協力させて」
祖母の余命が宣告されてから、写真撮影が好きな私は、季節ごと、一族が集まった時に、祖母とみんなとの写真を撮りためていた。それを今こそ使おうと、兄は言ってくれているのだ。PCから、祖母の写真をダウンロードし、兄に手渡した。
 
その夜、通夜が近所の式場で、とり行われた。実は、祖母が末期がんであることを、近所の方々には内緒にしていた。「みんなに心配をかけたくない」との祖母の願いだった。多くの方が、祖母の突然の訃報にかけつけてくださった。みんな、驚きを隠せない、悲壮感あふれる表情をしていた。
だが、私たちはどうだろう。
 
「まぁ、○○さんありがとうございます!」
 
受付にて笑顔でみなさんを出迎えた。ハンカチを目元にあて、お悔やみをくださる近所の背中を抱き、叔母や母が微笑を浮かべ、ゆっくりとこれまでのことを説明する。
 
「これは、春に油山で撮った桜です。きれいでしょう? これは、最後に、みんなで撮った集合写真です」
 
私と兄が立ち代わり、笑顔で写真の説明をする。タブレットの中、桜に囲まれた祖母も笑顔だ。
通夜と葬式、火葬場で、それぞれハプニングに何度か見舞われつつ、一連の別れの儀式が幕を閉じる。
 
「ちょっと、遺影忘れてるよ!」
「やばっ、おばあちゃん忘れるとこだった。ごめん!」
 
ハプニングの度、みんなでケラケラ笑った。
近所の方が帰宅し、式場に私たちだけが残された。急に静かになって、また取り残されたようなさびしい雰囲気に戻った。だが、ここを出れば、日常に戻らなければいけない。祖母のいない新しい毎日がはじまるのだ。
みんなで、かわるがわる、抱きしめあった。みんなのあたたかさで、ちょっとだけまた泣いてしまう。
「みんなありがとう!」
「こちらこそ! 困ったことがあれば、みんなでまた集まろう」
「うん、助け合っていこうね。今度はゆっくり遊びに来て」
「もちろん!」
笑顔でみんなと別れた。
隣に立つ兄に、耳打ちする。
「ねぇ、おばあちゃん、すごいよね」
「何が?」
私は、にんまりと笑う。
「だって、葬儀だけでなく、みんなで食べる物まで、おばあちゃん準備してくれたんだよ? しかも、遠方のいとこのみんなが集まれる日に葬儀ができるなんて」
兄も同じ顔で笑う。
「確かに、全部、おばあちゃんの希望通りになったのかもね?」
「おばあちゃんには敵わないねぇ!」
「ああ、ほんと敵わないなぁ!」
兄弟で、クスクスと笑いあった。家族で、祖母の遺影を見つめる。
 
「そら良か、上出来!」
 
晴れやかに笑う、祖母の声が聞こえた気がした。
 
今年のお盆は、遠方に住むいとこたちは、このご時世に配慮して、こちらに来ることはできなかった。静かなお盆だった。
だが、大丈夫なのだ。
祖母のこと以来、私たち一族は、繋がりを強くした。
以前は、互いの近況を親同士の連絡からなんとなく知っていた。今は、「いとこ連絡網」として、メッセージアプリで気軽に、直接近況を報告し合うようになった。悪天候が続けば互いを心配し、うれしい報告があれば笑って盛り上がる。
例え、遠く離れていても、心はそばにあるのだ。
心細いこともある、またハプニングが起こるかもしれない。
そんな時は、また手を取り合って助け合おう。
みんながいればきっと、大丈夫。
なんたって、私たちは、あのおばあちゃんの血を引いているのだから。
緒方家には、逆境をはねのけて、笑って前に進む負けん気と、しなやかに考え受け流す心がある。
だから、この未曾有のピンチも、「そんなことあったね!」と笑える時が来る。
その時は、またホタテパーティーでもしようか?
馬鹿笑いしながら集まる私たちを見て祖母は笑ってくれるだろう。
 
「そら良か、上出来!」
 
そう、明るい未来を描き、みんなの健康を願いながら、私は祖母の遺影に手を合わせた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
緒方 愛実(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県出身。アルバイト時代を含め様々な職業を経てフォトライターに至る。カメラ、ドイツ語、茶道、占い、銀細工インストラクターなどの多彩な特技・資格を修得。貪欲な好奇心とハプニング体質を武器に、笑顔と癒しを届けることをよろこびにしている。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2020-08-24 | Posted in 週刊READING LIFE Vol,93

関連記事