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週刊READING LIFE Vol,96

「不治の病」と上手く付き合いながら生きていくために必要な、たった一つのツールとは? 《週刊 READING LIFE vol,96 仕事に使える特選ツール》

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記事:タカシクワハタ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「一生この薬を飲み続けなければならないんでしょ…
わかっているんだけど、なんだかそのことがショックで」
A D H D (注意欠陥多動性障害)という自分の障害について話したところ
電話の向こうの母は悲しそうにそう呟いた。
そりゃそうだろう。
「この病気は現在の医学では治りません」
そんなことを言われたら誰だってショックだ。僕だってそうだ。
ただ、その一方で、このような「治らない病気」が意外に多いことは
ご存知だろうか?
「えっ?」と思ったかもしれない。
例えば、最近、白血病にかかった競泳の池江璃花子選手が
競技に復帰したというニュースがあった。こ
のように一部の白血病は治療法の進歩によって
「不治の病」ではなくなっている。
その他にも天然痘や結核などの感染症はかつては不治の病であったが、
現在は確実に「治る病気」という位置づけになっている。
また、現在世の中を騒がせている新型コロナウイルス感染症も、
抗体ができるという意味では「治る病気」である。
しかし、実はこのように「治る病気」と同じくらい「治らない病気」も
存在する。例えばある種の癌などは今でも治療法が確立していないし、
糖尿病なども完治する治療法は見つかっていない。
ただ、その一方で「治らないけれども治療を続けていれば命には関わらないし、
普段どおりの生活ができる」という病気も数多い。
上記の糖尿病もそのような病気であるし、多くの精神疾患やエイズなども
最近ではそのような位置づけになっている。
つまり多くの病気や障害は、「病気や障害と付き合いながら生きていく」
という選択ができるのだ。
ADHDもそんな障害の一つだ。
そして僕も「病気と付き合いながら生きていく」という選択肢を選んでいる。
そこで最近分かったことが一つある。
この厄介な障害と付き合いながら生きていくために必要不可欠なツールがある。
それはADHDの治療薬、「コンサータ」だ。
 
ADHDとはその名の通り、不注意や落ち着きのない動きなどにより
社会生活に支障をきたしてしまう障害で、
人口の20人に1人程度にみられる障害だ。
20人に1人。クラスに1人か2人くらいの割合である。
皆さんの学生時代にもクラスに1人や2人そのような
落ち着きのない子はいなかっただろうか?
それくらいポピュラーな障害でもある。
 
僕がその障害の名前を初めて聞いたのは、大学院の博士課程に進学したときだ。
「いいかい。よく見ててね」
目の前のオシロスコープには規則正しい波形が次々と映し出されている。
そしてその波形に時々ノイズのようなパルスが乗っかっている。
実験機器の隅っこにはラットの脳をごく薄くスライスしたものがあり、
そこには肉眼では見えないほど細い電極が繋がっている。
「この薬の作用の仕方についてこれから一緒にやっていくから」
実験機器を操作していた先生は、その薬剤を脳のスライスに注入した。
すると、目の前のオシロスコープの波形のノイズがだんだん少なくなり、
ついにはノイズが見られなくなってしまった。
この薬はメチルフェニデート、製品名でいうところの「コンサータ」という名前で、ADHDの治療に使うものだということをそのとき初めて教えられたのだ。
その時は、まさか自分がこの障害で、
この薬のお世話になるとは思いもしなかった。
 
ADHDは元々子供特有の障害として知られていたのだが、
最近は大人のADHDが注目されるようになってきた。
大人のADHDとは何か。
例えば子供のADHDとは違い、突然衝動的に動き回るような見た目で
わかりやすい行動はないものの、ものが片付けられない、
ものをよくなくす、仕事のミスが多い、お金の管理できないなどの問題が
表面化してくることが多いと言われている。
僕がこの「大人のADHD」であることに気づいたのは
大学院を卒業して、一般企業に勤め始めてからであった。
「あのさあ、これはいくらなんでもミスが多すぎるよ。
ちゃんと見直ししてるのか?」
電話の向こうの課長は不機嫌そうにそう言った。
おかしい。どうもミスが多い。
自分ではしっかり何回も見直したはずなのに。
まるで悪戯好きの小人がファイルを直したかのように誤字脱字が
存在しているのだ。
それは一度ではなく何度も何度も続いた。
「あの人博士なんでしょ?それなのに全然使えないのね」
口に出してはそう言わなくても、だんだんと周囲の態度は冷たくなっていった。
僕も次はミスをしないようにと何時間も何十回も見直しをする。
しかしそれでもミスが出る。
この繰り返しで僕はだんだんと心を病んでいき
ついには会社を去らなければならなくなった。
ああ、僕は何もできないダメ人間、社会不適合者かもしれない。
その頃の僕は自分を責めてばかりいた。
ひとまずはこの心の不調をどうにかしなければならない。
その思いで精神科に駆け込んだ僕を待っていたのは
「大人のADHDじゃないですかね」
の一言だった。
確かに思い当たることは多々あった。
昔からやたらと物をなくすこと。
部屋や机の上が整頓できないこと。
周りの音などが気になって、一つのことに集中できないこと。
その割に、一旦集中してしまうと他のことに気が付かなくなるほど
集中しすぎてしまうこと。
ADHDの診断基準に引っかかるようなことが
自分には山ほどあることに気付いた。
 
そしてADHDの診断が下された僕に処方された薬が「コンサータ」である。
「ADHDは現在完全に直す方法はわかっていません。
でも、この薬を飲んでいると、普段の生活がしやすくなります」
主治医はこんなことを言っていた。
また、この薬は比較的効き目はすぐ現れるけれども、
相性があるので、効く場合と効かない場合があるとのことだった。
本当に、そんな物なのだろうか。
風邪薬とか胃腸薬ならわかる。飲んだら痛みやだるさがなくなる。
そんなイメージはすぐにつく。
ただ、ADHDのような発達障害はどうなのだろうか?
薬を飲んだらすぐにミスをしなくなるのだろうか?
あるいは突然部屋がきれいになったり、
物をなくさなくなったりするのだろうか?
半信半疑ではあったものの、もう僕には薬を飲むことしか
選択肢がなかったので
仕方なく飲み始めることにした。
 
はじめてコンサータを飲んでみた。
何かちょっと悪いことをしているかのような変な気分だ。
コンサータは飲んだ後30分程度で効果が出てくるそうだ。
30分待つと、何か体が熱くなってくるような感じがした。
そして眠気がなくなっていった。
これは僕にとってとてつもない変化である。
僕はそれまで朝が非常に苦手だった。
とにかく眠い。
目が覚めても、頭が痛くてしばらく起きられない。
そして午前中は眠くて全く仕事にならないこともしばしばあった。
ところが、コンサータを飲むとそのような眠気が全くなくなる。
とにかく今までになかった目覚めが得られるのだ。
もう一つの大きな変化は、集中力の増加だった。
これまでは、例えばメールを書いている時も
他のことが気になって、文章が先に進まないということがままあった。
しかし、コンサータを飲むと、いったん文字を書き出すと
その文字を書くという行為に没入していく感覚を感じることが
できるようになった。
当然かもしれないが、コンサータを飲むだけで突然ミスが少なくなるとか、
急に部屋が綺麗になるということはなかった。
しかしその一方で、ミスをしないように対策を立てて実行することや、
部屋を綺麗にするためのアイデアを取り入れるような、
対策と実行をコツコツと積み上げるということは前よりもやりやすくなった。
以前は即効性のある結果だけ求めていて何も出来なかったことを考えると
格段の進歩であった。
こうしてコンサータを飲み始めてからは、多少のミスはあれども、
会社をクビになるような事態に陥ることはなくなり、
今も働き続けることができている。
そしてコンサータのことを、障害と上手く付き合いながら生きていくための
パートナーなのだと心から思うことができるようになった。
 
ずっと薬を飲んで生きていく。
このことはとてもネガティブなことだと思っていた。
でも考えてみると、目が悪い人が眼鏡をかけたり、
耳の悪い人が補聴器を使うのと同じで、
僕らにとっての薬は障害を持ちながら日常生活を送っていくための
ツールであるにすぎない。
もし、あなたの抱える病気や障害に、
医学的なエビデンスが確かな薬があるのなら、
それを選択するのも一つの手段だと思う。ひょっとしたらその薬は
あなたの人生を支える大切なパートナーなのかもしれないから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
タカシクワハタ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1975年東京都生まれ。
大学院の研究でA D H Dに出会い、自分がA D H Dであることに気づく。
特技はフェンシング。趣味はアイドルライブ鑑賞と野球・競馬観戦。

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2020-09-22 | Posted in 週刊READING LIFE Vol,96

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