週刊READING LIFE vol,99

あなたの中身が大切だから、ラッピングにも気を配ろう《週刊READING LIFE vol,99「マイ哲学」》


記事:岡 幸子(おか さちこ)(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「そんな恰好でこの席に来るなんて、反省しているのか?」
 
しまった!
これは私の落ち度だ。
 
机の向こうには担任している高校2年生の男子生徒がいた。
私の隣りには生徒指導部の主任がいた。
指摘されたのは、この場にそぐわない、生徒のラフな服装だった。
 
彼と友人は、数日前に学校内で問題になる行動をした。「特別指導」のための会議が開かれ、「無期謹慎」が決まった。無期といっても、3日という目安はあったのだが、生徒にそれは伝えない。期間中の生活や反省の様子をみて謹慎を解除することになっていた。
今はその言い渡しの場である。
これから反省のための自宅謹慎に入るその席に、彼はチェックのカラーシャツという、渋谷に遊びに行くような恰好で現れたのだった。
制服がないので、彼にとってはいつもと同じ服装で登校しただけだ。
私にとっても見慣れた姿なので、主任に指摘されるまで気にならなかった。
先回りして、彼に白シャツを着てくるように言っておけばよかった。
そうすれば、余分なお説教を受けずに済んだのだ。
 
彼は、机の向こうで不満そうにふくれていた。
 
「今度来るときは、ちゃんとした格好で来るように」
「何でですか」
「何でって、そりゃあお前、特別指導で呼ばれてその恰好はないだろう。白シャツに黒ズボンとか、普通の高校生らしい服装をしてこい」
「そんな決まりはありませんよね」
「決まりのあるなしじゃない! そんなちゃらちゃらした恰好で来るなと言ってるんだ。他の奴らは言われなくてもちゃんとしてきたぞ。お前も見習え」
「そんなの関係ないでしょう」
「何だと?」
「人間は中身が大切だとか言いながら、先生たちはどうしてそう、外見にこだわるんですか。中身が大事なら何を着てたって構わないでしょう」
「反省しているなら、ちゃんとしてこい、そう言ってるんだ」
「僕は、やってしまったことについては反省してますよ。でも、それと着ているものは関係ない。外見で人を判断するのはおかしいです」
 
主任先生はイライラした表情を見せた。
が、彼と議論する気はないようだった。矛先が私に向いた。
 
「先生、担任としてしっかり反省させてください」
「はい。すみません……」
 
ああ、私の気が回らなかったせいで、主任先生と生徒の両方に不快な思いをさせてしまった。
本当に申し訳ない。
 
そもそも私自身が「○○にふさわしい服装」というのに無頓着なのがいけなかった。
自分でも、後になって服装を後悔したことが何度もある。
 
これまでで一番後悔したのは、とんでもなくラフな格好で、テレビカメラの前に立ってしまったことだった。
30代の終わり、NHK高校講座生物の講師として、沖縄県の西表島までロケに行った時のこと。テーマは野外観察。フィールドワーカーとはとても言えないインドア派の私は川担当で、山を担当した講師の先生が本物の野外観察ベテラン教諭だった。その先生が男性だったので、バランスをとって女性の私が、高校生タレントの前で講師役の半分を務めたのだった。学生時代、臨海実習は経験していたが、西表へ行ったのは初めてで、マングローブを生で見たのも初めてだった。現地で見聞きしたことを、翌日には講師役として説明するのだから冷や汗ものだった。せめて、もう少し先生らしい格好をしておけばよかった、と心の底から後悔したのは、帰京して、編集された映像を見たときだった。
ベテラン先生は、カメラの前に立つときは、フィールド観察用とは別のおしゃれなカウボーイハットをかぶって、テレビ番組の講師役にふさわしい服装をしていた。とても説得力があった。一方、私はTシャツ一枚で説明していた。講師というよりアシスタントのようで情けない。見ていて不安になる。襟付きのシャツを羽織るだけでも印象はだいぶましになったのに……とても恥ずかしく、服装に気を配らなかったことを大いに悔やんだ。
 
服装は、ラッピングに似ている。
最後は中身が大切だとしても、最初に目に入るのは外側だ。きれいに包装されてリボンのかかったプレゼントを渡されたらわくわくするが、同じものをつぶれた汚い箱に入れて渡されたらどうだろう。中身が汚れていなくても、全然嬉しくない。その場に合った服装をするのは、相手に気持ちよく受け取ってもらえるように、ラッピングに気を配るのと同じことだ。
 
講師は講師らしく。
高校生は高校生らしく。
 
これが難しい。
何がふさわしいのか、それらしいのか、絶対的な基準などないのだから。最初に赴任したのがレインボーカラーの頭髪もピアスも何でもありの定時制高校だったせいか、私の中では高校生らしい服装が白シャツ黒ズボンに限定されていなかった。
主任先生を怒らせる事態になって、ようやくわかる鈍感さ。
けれど、この場にふさわしい服装が白シャツ黒ズボンだとわかれば、彼が次に登校するときはその恰好をするべきだと思う。
謹慎解除にふさわしい反省をしているのならば、主任先生が気持ちよく受け取れるように、ラッピングを整えなければいけない。それは相手に対する思いやりでもあるのだ……
 
生徒相談室から主任先生が出ていった後もふて腐れている彼の顔を見て、どうしたものかと考える。
 
人は中身が大事なのだから、何を着てたって構わない。
それが彼の哲学だ。
 
そうは言っても、それぞれの場に応じた服装は大切だ、というのは私の哲学だ。
 
「哲学とは、考えることです」
学生時代、哲学の授業で最初に言われた言葉を思い出した。
彼と一緒に考えてみるか……
 
「怒らせちゃったね」
「大人はずるいですよ。人間は中身が大切だとか、人を見かけで判断するなとか言うくせに、いざとなると服装や見かけで文句を言ってくる。納得できません」
「次回、白シャツ黒ズボンで来る気はない?」
 
彼が身構えるのがわかった。
 
「先生も、ちゃんとした服を着ろとか言うんですか。無駄ですよ。僕は謹慎が延びたって構わない。あんな奴の言いなりにはなりません」
「何を着てくるかは任せるよ。うちは制服がないんだから」
「……」
「言いなりになるとか、そういうことじゃなくて、自分がどう振る舞うべきか考えてほしいのよ。人は中身が大事なのよね?」
「そうです」
「人の中身がどうやってわかるのか、考えてみたことある?」
 
私は、たとえ話をした。
 
ある所にリンゴが大好きな青年がいた。彼はリンゴが好きすぎて、食べるのももったいなく思うほどだった。それで、毎日、リンゴではなく、好きではないが栄養のあるバナナを食べていた。彼の家族も友人も、毎日バナナを食べ続ける姿を見て、彼はバナナが大好きなのだと思った。家族はバナナを絶やさず買ってくるし、友人からのお土産はいつもバナナだった。彼は心の中で、
「リンゴが大好きなのに、どうして誰もわかってくれないんだ!」
そう叫んでいたが、口には出さなかった。
来る日も来る日も、好きでもないバナナを食べ続け、大好きなリンゴは食べられない。
彼は不満いっぱい、不幸せなまま年老いた。死ぬ前にリンゴが食べたかったが、最後に届けられたのもバナナだった。
彼の墓には『バナナが大好きな男、ここに眠る』と刻まれた。
 
「リンゴが好きなら、そう言えばよかったのに」
「そうだよね。心の中で思っているだけじゃ伝わらないよね。表現しなきゃ」
「まあ、そうですね」
「今回の特別指導については反省しています、と言ってたけど、その気持ちをどう表現するかも大事なのよ」
「反省文は書きました」
「知ってる。良く書けてた。でも、それを提出するとき、丸めて机の上に放り投げたら、中身なんか読まずにみんな怒るよ。私も」
「……」
「人の中身は他の人には見えないのよ。表現されたことしか伝わらない。伝えたい中身が大切ならば、ちゃんと伝わるように表現するべきじゃないの?」
 
彼は黙って何かを考えているようだった。
このまま考え続けてくれればいい。
私は大人になって大失敗したが、彼が今のうちに服装の大切さに気付いてくれたら、この謹慎は未来の彼のためになるだろう。
意地を通して、またカラーシャツで登校してもいい。
その時は、担任として一緒に主任先生に頭を下げよう。
どちらに転んでも今日、彼の服装を叱ってくれたことに大感謝だ。
 
3日後。
彼は自分の中身を大切にラッピングして登校した。
謹慎解除にふさわしい白いシャツを着て、主任先生にも礼儀正しく振る舞った。よかった!
 
学生のうちに小さな失敗をたくさんしておいた方がいい!
一つ一つが成長につながる。
……これも、私の哲学だ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
岡 幸子(おか さちこ)(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

東京都出身。高校教諭。平成4年度〜29年度まで、育休をはさんでNHK教育テレビ「高校講座生物」の講師を担当。2019年12月、何気なく受けた天狼院ライティング・ゼミで、子育てや仕事で悩んできた経験を書く楽しさを知る。2020年6月から、天狼院書店ライターズ倶楽部所属。「コミュニケーションの瞬間を見逃すと、生涯後悔することになる」で天狼院メディアグランプリ週間1位獲得。

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2020-10-12 | Posted in 週刊READING LIFE vol,99

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