ウルトラトレイルランナーが案内する日本一過酷な鎌倉・湘南観光

第17回:トレイルランナーの責任《ウルトラトレイルランナーが案内する日本一過酷な鎌倉・湘南観光》


2024/2/5/公開
記事:佐藤謙介(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
「言い訳の多い人生を送ってきました」
 
どこかの文豪のような書き出して始めたけど、今回は本当にそう思った。
1月27日に奈良県明日香村で行われた「石舞台100」というレースに参加をした。
 
このレースは1周36km、累積標高2,600mのコースを3周するというレースである。
トレイルランニングのレースとしてはこの時期に100kmを超えるロングレースが行われるのはかなり稀である。
なぜなら山を走るトレイルランニングの特性上、真冬に山に入るのはリスクの高い行為だからだ。
特に厳冬期の山中は雪が積もっていて足元が危ないというだけではない。雪が吹雪けば視界は遮られ、遭難のリスクも上がる。そして何より怖いのは寒さによる低体温症だろう。
 
人間は自分の体温を常に36℃前後に保つように恒常性維持機能が働いている。ところが山中では寒さで体温が奪われば36℃を維持することができなくなる。そうなると人間は本来持っている脳や体の働きができなくなり最悪命を落とすことになる。
ちなみに体がブルブル震えるのは寒いからではない。いや寒いからなんだけど、目的は体を震わせることで発熱を促し体温を上げることが目的だ。(ちなみにこの現象を「シバリング」という)
低体温に陥ると命の危険があるため、基本的にトレイルランニングのレースは5月〜10月の暖かい時期に行われる。ところが石舞台100は1月下旬という真冬に行われるのである。
 
そんな変態レースに好き好んで参加する変態がいるのでレースが成り立っているわけだけど、当然私もその一人である。ではなぜこんなレースに参加したかというと、まさにその寒さに挑戦したかったからだ。
 
 

全てはトルデジアンのため


私が石舞台100に参加しようと思ったのも全てはトルデジアンのためである。
トルデジアンについては過去に長々と完走記を書いたので、興味のある方はそちらを読んでいただきたい。
https://tenro-in.com/category/ultra_trail-kamakura_shonan/
 
トルデジアンはイタリアで9月の上旬に開催されるレースなのだが、標高3,000mを超える高さまで上がるため、年によっては雪になることがある。幸い私が参加した2023年のレースでは雪こそ降らなかったものの、夜中に3,000m近いところまで登った時にはかなりの寒さを感じた。途中で雨に降られ身体中が冷え切ってしまい、震えが止まらなくなる時もあった。私はこの時の経験から、寒さに対してもっと耐性をつけておく必要があると感じた。それもこれも、私は今年もトルデジアンに参加したいと考えているからに他ならない。(ちなみに今この記事を書いている2月上旬がトルデジアンのエントリー期間であり、この記事はトルデジアンのエントリーを済ませた直後に書いている)
 
そう、私はトルデジアンのために、寒い中で走る経験を積みたく、あえて昨年大雪が降ったと言われる石舞台100に参加することを決めたのである。
 
 

言い訳

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冒頭でも書いたが、何を隠そう今回は「言い訳」が話しの主題だ。
ちなみに「言い訳」を調べてみるとこんな意味が書いてあった。
 
言い訳・・・自分のした失敗・過失などを正当化するために事情をなるべく客観的に説明すること。
正当化・・・ある物事や自分の言動などを、正しく道理にかなっているようにみせたり、理論づけたりすること。
 
つまり「自分がした失敗があたかも道理にかなったことであるように説明すること」という意味だ。
 
「自分がした失敗」とあるので、そもそも言い訳する人は自分が失敗したことを自分で認めていることが前提にある。そして、その失敗による心の痛みを少しでも軽くしたいがために、その失敗が自分の過失によるものだけではないということを他人に理解してもらうために話すのが「言い訳」の目的ということになる。
 
ではこの前提で今回私がどんな失敗を冒したのかを皆さんに聞いていただきたい。
 
まず今回のレースで私がおかした失敗は「想定していた以上に順位が悪かった」ことである。
そしてその理由(言い訳)は「今回は調子が悪かった」のである。
 
なんだ、その言い訳は。
まるで客観性がないし、小学生でももっとマシなことを言うだろ!!
 
しかし、これが偽らざる本音なのです。。。
 
実は私は石舞台に向けて結構真面目に練習を積んでいた。
ほぼ毎週丹沢山地や箱根に出かけては30〜40km走り、都度累積標高も3,000mを超えるようにして鍛えていた。11月、12月の走行距離は400kmを超え、12月の1ヶ月間の累積標高は20,000mを超えていた。この時期にしてはまずまずの練習量である。
 
石舞台では寒さを経験することが目的とはいえ、レースに参加する以上は単に完走するだけでなく、自分が今どのくらいのレベルにいるのかも確かめたいと思っていた。そのためレースでは少なくとも上位10%には入りたいと考えていた。
 
事前のエントリーリストをみると、100kmの部には約100名が名を連ねていた。
であれば10以内に入ることが最低条件だと自分の中で目標を立てていた。
ところが、結果は25位。。。
目標から倍以上遅い順位でゴールしたのである。
 
正直これには自分でもがっかりした。
これだけ練習してきてこの順位しか出せないのかと、ゴールした時には悲しい気持ちになった。
 
でも言い訳させてもらえるのであれば本当に「体調が悪かった」のである。
 
実はその前兆はレースの2週間くらい前から始まっていた。
いつものように丹沢や箱根外輪を走っても、なぜから分からないが、疲れが酷くていつものコースを完走することができなかった。
 

【少し前から違和感があった】

 
体に力が入らずコース上で何度も足が引っかかり、転びそうになった。
転ぶというのは私にとって調子のバロメーターである。
普段調子がいい時であれば足が引っかかることはほとんどない。それは木の根や石がちゃんと見えているし、それを飛び越えるだけの脚力があるので、軽々と飛び越えられるからだ。
ところがここ2週間は走っていると何度もつまづいた。おそらく集中力が切れていて足元が見えていないし、またそれを回避できるだけの力が足にはいっていなかったのだと思う。
加えて左足の前ももに鈍い痛みが出てきてしまい、長い距離を走ったり、少しスピードを上げると悪化しそうな気配がしていた。
 
「うーん、なんか辛い」
 
と言うのがレース直前の感想だった。
 
 

悪い予感


正直レース前日まで出るかどうかを迷っていた。
左足の痛みは消えず、無理すれば走れるけど、走った後に悪化するのではないかという不安が消えなかった。それにどうも体にもダルさがあり「走りたい!!」という気持ちより「走りたくない…」という気持ちの方が勝っていた。
 
しかしレース代もかかっているし、前日のホテルも取っちゃったし、とりあえず現地に行って様子を見ようと奈良県に向かった。
 
レース会場に着くと、必携品チェックがあり、その後受付を済ませて準備に取り掛かった。
天気は過去レースと比べても良くて、レースにはもってこいのコンディションとなった。
 

【石舞台のデポバッグとトルデジアンのボストンバッグ】

 
夜中は寒くなるけど、雪は降らなそうだ。
またこういう時はいろいろ判断も間違うのだが、ストックを持っていくかどうか迷った挙句、1周目は持たずにいくことにした。この時私は「今日は調子が良くないので、ガチで走るというよりは練習だと思って走ろう。であれば1周目はトレーニングのつもりでストックに頼らず足を鍛えよう」と思ってしまったのである。
 
いやいや、あんた足痛いんでしょ!?
だったらストック使って少しでも足のダメージ軽減しなよ!!
 
と客観的に見たらそう言うに決まっているのに、なぜかこの時は1周目はストックを持たずにいくことにしたのである。ところがこれが当たり前に失敗の始まりだった。
 
レースがスタートしてすぐに私はストックを持たずにきたことを後悔した。
登りがキツいのである。
 

【他の選手はみんなストックを使っていた】

 
1周の累積標高は約2,600m。当然厳しい登りがあることは予想していた。
ところがこれまで練習で3,000m以上登る練習をしていたので、ストックを使わなくても大丈夫とたかをくくっていたのである。ところが石舞台100のコースは前半に累積標高の3分の2が集中していて、いきなりハードな登りが連続して続いた。
 
周りの選手たちはストックを使って、足への負荷を両手に分散し、効率よく登っていく。
それを見ながら自分は足の力だけで登っていかざるを得ず、前半だけでもかなりの疲労を感じた。
 
そして後半になると、これまで登っていた分を一気に降りなければならず、急斜面に必要以上に足に力が入ってしまい、下りパートが終わった時に左足の太ももにかなりの痛みを感じるようになってしまった。しかも左足を庇っていたため、右足にも痛みを感じるようになり、1周終わった時にはすでに疲労困憊となってしまったのである。
 
 

悪いことは続く


1周目が終わった時に、正直このコースを3周走れるイメージが湧かなかった。
左足には痛みがあり、体の調子は上がらない。おまけに日が沈んだため、だいぶ冷え込んできた。
 
エイドで休みながら、とりあえずストックをデポバックから取り出し、温かいスープとカレーをいただき2周目をスタートした。
 
2周目に入ると前後のランナーと間隔が開き始めたため、他のランナーに気を使わず、とにかくゆっくり登ることを心がけた。
体重をストックに預けながら登ると1周目とは違って楽に登ることができた。
「ストック使うとこんなに楽なのか」
あらためてストックのありがたさを感じることができた。
 
前半の登りの山場を過ぎ、下りに入った時「これなら2周目走れそうだな」と思った矢先、突然足が滑って仰向けに転倒した。
 
全く受け身を取ることができないほどスルッといったので、一瞬何が起こったのかわからなかった。
そして地面を触ってみるとツルツルと滑るのがわかった。
 
地面が凍っているのである。
 
「寒さ=雪」と思い込んでいた自分には雪が少なかったことで心の準備が全くできていなかった。
稜線に出ると風が吹いているため、水分を含んだ地面が凍りつきツルツルのアイスバーンになっていたのである。しかも夜のためライトで照らしてもどこが凍っているのかよくわからず、その後も走るといきなり滑るということを繰り返した。
 

【雪はわずかだったけど、夜になると地面が凍り始めた】

 
しかも最悪なことに、何度が転ぶ中でストックを一本折ってしまった。
2周目の登りに足が耐えられたのもストックがあったおかげと思っていたところに、ストックが折れたことは精神的にかなりダメージがあった。
 
その後も転倒を繰り返し、なんとか次のエイドまでたどり着いたのだが、正直ここでリタイヤしようと思った。
心も体もストックも転倒しているうちにポッキリ折れてしまったのである。
 
 

自由と責任


エイドに行くとテントの中で数人のランナーがうずくまっていた。
おそらくみんなポッキリいったのだろう。
 
自分もリタイヤしますと言おうと思ったが、いざリタイヤしようとするとなかなか決断ができなかった。
過去リタイヤした時に、後で後悔したことを思い出していたからだ。
精神的にはきつかったけど、体力はまだ残っていた。足元が滑るということ以外はまだ走ることはできそうだ。ここで辞めてしまったら楽にはなるけど、本当にそれでいいのか?
 
そう思うと「リタイヤします」とは言い出せなかった。
そして私は補給をした後、またトボトボと歩き出した。
 
そして走りながら家族のことを思い出した。
自分が普段練習に行くことや、こうしてレースに参加できるのは家族の理解があるおかげだ。言ってしまえばこうしてトレイルランニングという競技を行っているのは自分の趣味でしかない。
家族からしたら迷惑このうえない話しだろう。
 
「休日になれば山に行くし、海外にも一人で行っちゃうし、お金はかかるし、自分は気持ちいいだろうけど」
 
と、思われているだろうなと山中を彷徨いながら考えた。
今回だって休日に一人で奈良まで行って走っているわけである。
それにもかかわらず、完走せずに帰ってきましたと言ったら、家族はどう思うのだろう。
 
「体力はまだ残ってたけど、なんか辞めちゃいました??
いつも好き勝手やってるのにレースで完走もしないって、ただの時間と金の浪費じゃん!!」
 
いやきっとそこまでキツイことは言わないだろう。
でも本音はそんなところだ。
 
そうなのだ、私たちトレイルランナーは常に誰かの犠牲の上にこの競技をやっているわけである。
それに報いる方法はせめて参加したレースには完走することなのだ。
いや完走したからって全ての恩に報いることはできない。
でも完走した姿を見せることで、少しは納得してもらうことができるのかもしれない。
 
そう思ったら、これは何がなんでも完走しないといけないと思いはじめた。
 
 

もうゴールしか見えない


2周目が終わった時に寒さで体が震えたが、エイドで熱いスープをとにかく飲めるだけ飲んで体を温めた。
深夜を回って眠気も出てきたが、コーヒーとカフェイン入りのジェルを無理やり飲み込んで眠気を必死でこらえた。途中でカフェインを取り過ぎで気持ち悪くなり、吐こうと思ったけど何も出ずに深夜の山中に「オエ〜」という嗚咽だけが鳴り響いた。
 

【3周目の途中で夜が明ける】

 
そしてガチガチに凍った斜面ではチェーンスパイクを履いて、足元をよく見ながら慎重に進んだ。
ゆっくりでも良いからとゴールに近づくことだけを考えた。
とりあえず完走さえできればタイムはもうどうでもよかった。
 
そして23時間24分かかってついにゴールに辿り着いた。
 

【当初の目標より3時間以上遅いタイムでゴール】

 
終わって腰を下ろすと、ところどころに擦り傷があることに気がついた。
特に腰からお尻にかけては、転んだ時にできた傷がたくさんあり、椅子に座るとヒリヒリと痛んだ。
それでも完走できたことに、ホッと安堵のため息をはいた。
 
結局なぜ体調が悪かったのかは、よくわからない。
好不調の波は必ずあるし、走り過ぎて疲労が溜まっていたのかもしれない。
もしかしたら風邪をひいていたのかもしれない。
あと左足に関しては間違いなく怪我の一歩手前の気がするので、少し養生した方がいいだろう。
 
それでも自分が好きでやっていることに対して、少しでも責任を果たすためにはベストなコンディションではなかったとしても完走を目指さなければならなかった。
 
今回そういうことに気がつくことができたのだから「言い訳」もたまにはいいのかもしれないなと思った。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
佐藤謙介(READING LIFE編集部公認ライター)

静岡県生まれ。鎌倉市在住。
幼少期は学校一の肥満児で、校内マラソン大会では3年連続最下位。ところが35歳の時にトレイルランニングに出会い、その魅力に憑りつかれ、今ではウルトラトレイルランニングを中心に年に数本のレースに参加している。2019年には世界最高峰のウルトラトレイルランニングの大会「UTMB」に参戦し完走。2023年イタリアで開催された330kmの超ロングトレイルレース「トルデジアン」に完走。普段は鎌倉・湘南エリアを中心にトレイルランニングを日常として楽しんでいる。
天狼院メディアグランプリ 56st season 総合優勝

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