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週刊READING LIFE vol.5

かけっこで万年ビリだった私が、30代でリレーを走ってみたら《週刊READING LIFE vol.5「年を重ねるということ」》


 

記事:べるる(ライターズ倶楽部)

 

 

「30代女子の部のリレーに出てくれない?」
今年、ついに恐れていた事態が起こった。私が今住んでいる地域には、学区の運動会というものがある。小学校区の運動会で、町単位で優勝を争い、幼児から老人まで、まさに老若男女が参加する秋の一大イベントなのである。
その一大イベントに、我が町は命をかけている。それもそのはず、わが町は去年まで10年以上毎年優勝の「絶対王者」であった。「このイベントは自分達の町のためにある!」とまで言っている子もいた。去年は、ミスが重なり優勝を逃したけれど、参加者は全員本気。誰もが優勝を当たり前と思い、優勝することに命をかけていると言っても過言ではない。
その運動会のメイン競技は、年齢別リレー。そのリレーでの30代女子の部への出場依頼が、とうとう私の元へやってきたのだ。

 

「あぁイヤだ。イヤだ。出たくない。出たくないよーーーーー!!!!」
30代は女子なのか、という問題はさておき、出来ればそんなものに出たくはない。いや、5万円払って出ないで済むのなら出たくない! でも、仕方がない……。30代の女の人は、そんなに多くないし、リレーは責任重大なので「出たい! 出たい!」という女の人は少ない。だから順番に出るしかないのだ……。
「遅いけど、走ります……」
「全然いいよ! 走ってくれるだけでいいから!!」

 

運動会の実行委員はそう言ったけれど、その言葉は、半分本当、半分嘘、である。この言葉の本当の意味は「遅くてもいいけど、本当に遅いってことはないよな? 優勝して当たり前なのは知っているよな?」だ。
あぁぁぁぁぁぁ、イヤだ。イヤだ。イヤだ。走りたくない。

 

何故出たくないかといえば、足が遅いからだ。小学生の頃、50m走のタイムは10秒だった。運動会のかけっこが嫌いだった。いつ走っても、誰と走ってもいつもビリ。速い子とは、トラック半周の4分の1以上の差がついていたこともある。どれだけ走っても無理。

 

私はどうせ足が遅いから。

 

小学生の頃から、私は自分の足は遅いものだと、諦めていた。

 

それなのに、まさか30歳を過ぎて人前でリレーを走ることになるなんて……。しかも、絶対に負けられない理由がある。

 

「あの年、お前のあのミスのせいで優勝できなかった」
信じられないことに、優勝できなかった年の原因の人は、その後何年経っても、言われ続けるのだ。運動会の慰労会では「今年は優勝できたけれど、あの年は○○の××のミスのせいで」という話が沢山出る。私がリレーでミスをしたら、たぶん今後私が死ぬまで「あの時リレーで遅かったから……」と言われ続けるのだ……!!
そんなの、地獄だ。イヤだ、イヤだ、イヤだ!!

 

「もう、練習しかない。練習だ、練習だ!!」
でも、私には秘策があった。それは練習することだ。秘策でもなんでもないのだが、練習すれば、そこそこ出来るようになるだろうという、思いがあった。

 

数年前、夫が以前勤めていた会社のボーリング大会に夫婦で呼ばれたことがあった。走ること以外にも運動が得意ではない私は、ボーリングも得意ではない。でも「もし社長と一緒のチームになったら、点数低いとイライラされるから、練習しておこう」と夫に言われ、本番までに2,3回練習してから本番に臨んだことがあった。結果、ハンデありだったけれど、よい結果を残せたし、社長と同じチームだったけれど、社長の機嫌も損なわず、笑顔のまま終了することが出来た。でも、2回目の参加の時は気を抜いて、練習せずに言ったら、成績は振るわず、社長も少しイライラしかけていて、ヤバイ……という状況になったことがあるのだ。
その時私は思ったのだ。練習が大事だと。事前に練習しておけば、多少はなんとかなるのだ。練習だ、練習。本番の一ヶ月前から、私は夫に付き合ってもらって、練習することにした。

 

「あー、ひどいな。これは」
とりあえず、50m程度を走ってみた私に、夫はそう言った。私の走り方がひどすぎるのだという。夫は陸上経験も何もないが、素人目に見てもひどかったらしい。でも、それも納得だ。久しぶりに走ってみたら、全然前に進まないのだ……! 走っても走ってもゴールにたどり着けない。それって、走り方がおかしいってこと?
「腕を振って、足を上げて、つま先のほうで蹴って、歩幅を大きく」
素人の言うことなので、正解なのか分からないけれど、少なくても私よりは夫の方が足が速いので、素直にやってみる。
「ぎゃー、足が痛い。無理」
腕は振ればいいけれど、足をあげるのは、ふとももが痛くて、難しい。ぜぇぜぇ。な、慣れるしかないか。
それから毎日、一日50m~60mの直線距離を5~10本走った。「腕を振る、足を上げる、つま先のほうで走る、歩幅を大きく」を頭に置き、夫に走り方を見てもらいながら、これでいいのか分からないけれど、練習を重ねた。
「あれ? 何かいい感じ?」
ある日、同じように走ってみるとなんだか体が軽い。あれ? 走れる?
タイムは計ってないけれど、体感では最初の頃より1.5倍速ぐらいで走れているような気がしたのだ。
走るほうは、腕の振りに気をつければ、足が上がらず、足を上げるようにしたら、歩幅が小さいというように、どれもこれも思うようにはいかなかったけれど、それでも、最初よりはゴールするまでの時間が短い気がした。
「それぐらい走れたら、もういいんじゃないかな?」
夫にも合格サインをもらうことが、出来た。
しかし、ぬか喜びは出来ない。それでも練習を重ねるのみ……!

 

「あぁ、やっぱり無理かもしれない」
速く走るのは無理だと思う。だって、小学生の頃、私より足の遅い人なんていなかったのだから。それでも、せめて、バトンを落すことと、転ぶことだけは避けたい。その2つをしてしまったら、みんなのがっかり感が半端ないだろうし、きっと何十年も言われ続ける。そして、もし出来るのなら、抜かされるのも避けたい……。

 

でも、本当に、私に出来るのか。やるしかない。走るしかない。それは分かる。練習だってしている。だけど本当に出来る? 直線のアスファルトしか走ってないけれど、芝生のトラックを転ばずに走ることが出来るのか? いつだってビリだった私が、30代にもなって走って、人並みに走るなんてことは出来るのか? 不安を上げればキリがなかった。

 

だって、人は、年とともに出来ないことが増えていく。特に体力面は顕著だ。もう徹夜なんて出来ないし、寝なくては次の日持たない。子どもと一緒に9時に寝てしまう日もしょっ中だ。それ以外にも、昔は説明書を読まなくてもなんとなく分かっていた、携帯電話の使い方が全然分からず、グーグル先生に聞くことも多々。昔はすぐに出てきた漢字が出てこない。出来なくなることは沢山ある。それなのに、少し練習したからって、いつだってビリだった私が、人並みに走れるようになることって、あるのだろうか?

 

……考えても仕方ない。だって、走るしかないのだ。そう思って私はだんだん、責任転嫁をしてきた。「遅かった私を責めるのなら、お前が走れ!」「私を指名した実行委員の責任だ!」「私は悪くないーーー!」そう思ったら、気が楽になった。そうだ。たかが、運動会である。確かに町民は命を懸けて運動会に臨んでいる。でも、転んだって、遅くたって、命がとられるわけではない。たかが、運動会だ。自分に出来る以上は出来ないのだから、仕方がない。ただ、自分にやれることはやった。練習もした。あとは、やるのみ。

 

「えぇ!! Aちゃんもリレーに出るの!? すごく速いでしょう!!」
迎えた、運動会当日。私はもう、やるしかないという心構えでいた。それなのに、同じリレーを走るメンバーの中に、知り合いであるAちゃんの姿を見つけて、私は動揺した。
Aちゃんは、小学校から高校までバレーボールをしていて、全国大会にも出場したことのあるスポーツ少女なのだ。Aちゃんの足が遅いわけがない……!
「出るよ~! でも私、走るの遅いよ! 走るの嫌いだし」
「えー、そんな訳ないじゃん……」
Aちゃんはすらりと背が高い。明らかに歩幅も大きい。「私、速いし」そう言う子はいない訳で、Aちゃんはきっと速い。

 

もうすぐ、リレーが始まるというのに、私はあの小学生の頃のかけっこを思いだしていた。走っても走っても誰にも追いつけない。どんどん差が開いていく。自分だけどんどん遅れて遅れて、ゴールする。あの時の光景を思い出した。冷や汗が出る。あぁぁ、どうしよう。でも、やるしかないのだ。

 

「どうせ出来ない」そう思ってはいられない。だって、みんな、この運動会に一生懸命なのだ。たかが運動会。だけど、みんな本気で勝ちを狙っている。事前に種目が分かっている時は、毎週集まって練習しているチームもあるし、リレーのメンバーはみんなそれぞれ個別に練習していた。その日に突然発表される種目も、全員が知恵を出し、協力して、そして持ち前の運動能力を駆使して全力で挑んで、勝ちを掴みに行く。ここでは、誰もが本気なのだ。「どうせ出来ない」なんて諦めてはいけないのだ。自分以上には出来ない。でも、自分にやれることは、やろう。

 

「位置について、よーい」
バンッ
ピストルの音で、いよいよリレーがスタートとなった。第一走者は30代男子で、順位は3着で第2走者の40代男子にバトンが渡った。そのまま順位は大して変わらず、第五走者の私が走る番になった。
「はい!」
なんとかバトンを落さずに受け取り、私は走り出した。
1位の子は結構先を走っていたけれど、2位と3位の子はほぼ並行して走っていて、その3mほど後ろを私が走っていた。

 

……あれ? 意外に走れる?

 

腕を振ることも、足を上げることも、つま先で走ることも、歩幅を大きくすることも考えられず、ただ、前の2人を目指してひたすら走った。だけど、走ったらちゃんと前に進む。当たり前かもしれないが、私は前に進んでいた。
私の前の右側を走る2位の子は、Aちゃんだった。昔だったらAちゃんみたいなスポーツ少女と走ったら、あっという間に差をつけられていた。でも、今は違う。Aちゃんとの差を広げずについていくことができている。
いや、それどころか、どんどんAちゃんとの差が埋まってきているではないか。

 

え? いやそんなことはない。
気付けばトラックのコーナーを回り、半周するトラックの半分の地点まで来ていた。でも、勘違いではない。明らかにAちゃんとの差が埋まってきており、このままだったらぶつかる!? と思った。いやいやいや、ぶつかるかもしれないけれど、じゃあ抜かせるかって言われたら、Aちゃんを抜けるわけなんてないし。でも、このままだったら、ぶつかるか、足を踏みそうだ。こんな時ってどうしたらいいんだ? どうしたらいいのか、分からない……! いや、でも確か内側から抜いたらダメだったはずだ。外側に少しずれてみよう。足を踏んだら大変だ。転んでしまう。
Aちゃんの背中を追いかけてきたけれど、少し外側にずれようと思った。
最後のコーナーを周り、必死で走るうちに、だんだんAちゃんの姿が横に見えてきた。
そう、私はAちゃんの隣に並んで走っていた。
「はい!」
2位の子とAちゃんと私と、ほぼ同着で、次の子にバトンを渡すことが出来た。
ここでも、落さずに、バトンを渡せた。
「お、終わった……」
私はトラックの内側に入ると座り込んだ。思ったより息は上がっていなかった。
よかった。終わった。バトンを落すことも、転ぶことも、抜かされることもなかった。
本当によかった……。

 

私の次に走った10代の男の子がものすごく速く、独走していた1位の子を抜かして1位となり、そのままアンカーにバトンが渡り、私達の町は1位でリレーを終えることが出来た。

 

「よかったよー!」
「怪我しなくてよかった!」
放心状態で町民が応援しているテントに帰ると、みんなは暖かく出迎えてくれた。

 

決して速かった訳ではない。だけど、私は走り終えた。そして、自分の中にある「どうせ無理」と思っていたことが1つ、消えた。
「どうせ私は足が遅いから」そう思っていたけれど、練習したら、私は人並みに走ることが出来た。年を重ねると、出来なくなることも多い。だけど、それって本当に?
「どうせ出来ないから」そうやって、自分にブレーキをかけていることもあるのではないだろうか?

 

「どうせ出来ない」そう思わずに、やれることは、やってみようと思った。
もちろん、きちんと練習はしてからね。
どんどん年は取っていくのだから。

 

 

❏ライタープロフィール
べるる
2児の母。
第一子出産後に読書にはまり、第二子出産後に、天狼院書店のライティングゼミを受講し、書くことにはまる。
何の取り柄もない30代の主婦は「読む力」と「書く力」で、人生を変えられるのか。面白い文章を書けるようになるのか。挑戦中。
目標は、笑える文章を書くこと、心を揺さぶる文章を書くこと、そして、書くことで人の役に立つこと。

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2018-11-09 | Posted in 週刊READING LIFE vol.5

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