週刊READING LIFE vol.8

肩書きのない私が、1時間1000円で自分を売ってみた!《週刊READING LIFE vol.8「○○な私が(僕が)、○○してみた!」》


記事:射手座右聴き(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

「はじめまして。おっさんレンタルのサイトを見て、ご連絡しました。○月○日
 空いてないでしょうか」

突然、知らない人からのメッセージがくる。いたずら、ではない。
1時間1000円で自分を貸し出すWEBサービス、おっさんレンタルの依頼者からだ。

おっさんレンタルのサイトに登録して4年。私はQRコードを公開している。カメラで読み取ればすぐに、連絡がとれるようにしているのだ。だから、突然知らない人からメッセージが飛んでくる。いまでも、依頼のメッセージをいただくと、テンションがあがる。

とはいえ、最初の頃は、不安でいっぱいだった。
「こんな自分を、肩書きのない自分を、誰が借りてくれるのだろうか」

その頃、おっさんレンタルのサイトは、肩書きの嵐だった。
「スタイリスト」 「タワマンオーナー」 「元校長先生」 「貿易会社の社長」「社長◯代目」 「不動産経営」 といった具合だった。

普通のおっさんは、自分くらいではないか。
登録してはみたものの、肩書きのある人ばかり人気になって、自分などは目に止まらないのではないか、と思ったのだ。

こうなったら、普通のおっさんを売りにしよう。開き直って、名前を考えた。
おっさんレンタルのユーザーは、女性が7割と言われていた。そうだ、女性の好きなものを名前に入れよう。
「マカロンおっさん」 とかどうだろう。いや、しかし、マカロンに詳しくないし。
「あなたの忠犬おっさん」 は? いや、なんか擦り寄り過ぎているし。
「特徴もない普通のおっさん」 普通すぎて、冒険になってしまう。

そうだ。女性の好きな星座はどうだろう。

「射手座のおっさん」 それだけだと、何か物足りない。
「射手座のO型」 なんか直球すぎる。
「射手座 右利き」 はどうだろう。よくある普通の人の属性でもあるし、
特徴も一部伝えている。よし、これをほんの少しひねろう。

こうして、射手座右聴きとして、登録した。

そんな努力もむなしく、登録から1週間、依頼はまったくなかった。
「おっさんレンタル」 のサイト自体は忙しいようなのにも関わらず、である。

検索して、登録おっさんのブログを読むと、人によっては1日に2回、3回と借りられている。お茶したり、飲みに行ったり、カラオケしたり、という写真がアップされていた。

やはり、普通のおっさんではダメなのか。1時間1000円でも売れないのか。

初めての依頼は、突然やってきた。通販商品の解約電話をするので、それを側で聞いていてほしい、というものだった。断るのが苦手な性格なんだそうだ。このレンタルは、1時間もかからなかった。残りの時間が、なかなかの時間だった。
「プロフィールに、おっさんらしい重厚感がない。軽い感じがする。渋さがない」
なんとも、ダメだしの連続だった。ここまでストレートにダメだしされることもなかったので、これはこれで面白かった。

依頼は入るようになったが、ポツポツという感じだった。まあ、普通のおっさんだと
こんなものか、と思った。本業もばたついていたし、ペースとしては悪くなかった。

そんなとき、試練が訪れた。「おっさんスナイパー」 から連絡がきたのだ。

そのスナイパーは、既に何人かのおっさんを打ち砕いていた。おっさんレンタルのヘビーユーザーを名乗る、彼女の武器は文章とイラスト。おっさんを借りては、体験レポートを書いていた。淡々とした観察力で狙いを定め、独特の切り取り方で、標的までのコースを計算し、容赦なく撃つ、それを嫌味に感じさせない、可愛らしいイラストで、銃口にたまる硝煙の匂いを消す。そんなブログは、「おっさんレンタル体験記」 として静かに、しかし、確実に検索上位に上がってきた。

ユーザーの生の声の力は計り知れない。
「あの人に悪く書かれたら、レンタルが減る」 おっさんたちが恐怖しているのは、
なんとなく伝わってきた。

「話がつまらない」 「自慢が多い」 「遠慮せずにビールをどんどん飲む」
「遅刻したのに、謝らなかった」 WEBメディアの記事ではでてこない、クレームが彼女のブログにはどんどん出てきた。もちろん、よかったおっさんのことも率直に書いていたけれど。ご意見番的立ち位置であることに間違いはなかった。

そしてついに、スナイパーから、「レンタルしてみたい」 という依頼がきたのだ。
「ブログ書いてます」 と言わないけれど、アドレスがブログと酷似していた。

荷が思いなあ。まだ、そんなに依頼をこなしていないのに。

その日はやってきた。古民家カフェでのお話レンタル。自己紹介でもブログの話はでてこなかった。普通に話した。レンタルを始めたきっかけのこと、普段の仕事のこと。聞かれるままに話をした。彼女がおっさんに興味を持った理由なども聞いた。仕事のこと、恋愛のこと、などなどの雑談もした。ときどき笑って、ときどき驚いて、ときどきうなづいて、というよくある会話だった。これがあの、鋭い観察眼のスナイパーなのか。

「今度はテレビ電話でお願いします」
帰り際に彼女は2時間分を、余分に支払って、そう言った。また借りてくれるのか。

数日後、メールがきた。

「いまからレンタルできますか」
このテレビ電話、意外な落とし穴があった。正面で話す難しさだ。一度しか会ったことのない人と、正面で見合う、というのは相当な負荷だった。沈黙が続いた。困った。
気まずい。会話にならない。どうしようか。

ふと、彼女が紙を取り出した。絵を描き始めたのだ。
「絵で会話しましょう」
なるほど。これならば、適度に視線を外しながら、会話できる。
この人、スナイパーどころか、気遣いの達者なシークレットサービスではないか。

絵の会話は、ゆったりとのんびりと進んだ。やがて、ベッドに寝る動物の絵が登場したところで、レンタルは終了した。

「射手座さんは、壁のような人ですね。なんでもちゃんと聴いてくれるから、話せる壁、です。お気づきかと思いますが、私レンタル体験記のブログを書いています。こんな風に書きました」

次の日、記事が送られてきた。さらに、壁のキャラクターを描いてくれた。
ブログが公開されると、依頼は倍に増えた。

「ヘビーユーザーさんのブログを見て借りました」
どの依頼者さんも、口を揃えて言ってくれた。
スナイパーどころか、依頼者の心を射ぬく文章を書いてくれたんじゃないか!
お礼を言わなければ。とも思ったが、違う気もした。彼女は、感じたままを
書いてくれたのだから。

あれから4年。いまは彼女もブログをあまり更新しなくなったようだ。
肩書き重視のおっさんたちも、いつのまにか、卒業していった。
私は、まだレンタルを続けている。1時間1000円で依頼を受け続けている。
肩書きは、「話せる壁」 かもしれない。
彼女の作ってくれた壁キャラのスタンプを見ながら、思う。

❏ライタープロフィール
射手座右聴き 
東京生まれ静岡育ち。バツイチ独身。
大学卒業後、広告会社でCM制作に携わる。40代半ばで、フリーのクリエイティブディレクターに。退職時のキャリア相談を
きっかけに、中高年男性の人生転換期に大きな関心を持つ。本業の合間に、1時間1000円で自分を貸し出す「おっさんレンタル」に
登録。4年で300人ほどの相談や依頼を受ける。同じ時期に、某有名WEBライターのイベントでのDJをきっかけに
WEBライティングに興味を持ち、天狼院書店ライティングゼミの門を叩く。「人生100年時代の折り返し地点をどう生きるか」
「普通のおっさんが、世間から疎まれずに生きていくにはどうするか」 をメインテーマに楽しく元気の出るライティングを志す。
READING LIFE公認ライター。

メディア出演:スマステーション(2015年),スーパーJチャンネル, BBCラジオ(2016年)におっさんレンタルメンバー
として出演

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2018-11-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.8

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