週刊READING LIFE vol.16

先輩、もっと先があるんだよと教えてくれてありがとう《週刊READING LIFE vol.16「先輩と後輩」》


記事:小倉 秀子(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)

 
 

※人名は仮称です。
 
 

「スズキさんと一緒に撮影に入って、今日も勉強になった!」
 
私がスクールフォト撮影のフリーのカメラマンになって、もうすぐ1年半になる。
これまで数々の撮影に、さまざまな先輩カメラマンさんとともに入った。累積で20人くらいのカメラマンさんとご一緒しただろうか。現在は、半分以上は単独での撮影だけれど、今でもたまにスズキさんと共に撮影に入る機会に恵まれる。そしていつも終了後には、必ずこのような感想を抱く。
 
スズキさんは、スクールフォトのフリーカメラマンを10年以上続けているというキャリアをお持ちの方だ。もちろん、単に長いからすごいという事ではない。彼の仕事の仕方を見ていると、いちいち盗みたくなってくる。1年半の間にこの仕事でそう思えたことがある先輩が実は2人いる。けれど、ひとりの方は、最初の1ヶ月目に一回ご一緒したきりで、以来全くお会いしていない。だから現実的には、私にとって「この人から盗みたい」と思える先輩は、スズキさんだけだ。
 
スズキさんの一番すごいところは、いつどんな時も笑顔を絶やさず撮影しているところだ。笑顔になろうと思っているのではなく、心の底から楽しんでいるというのが伝わってくる。その空気は周囲にも伝播して、私達撮影クルーも笑顔になる。すると、子供たちともコミュニケーションがとりやすくなり、良い表情の写真が撮れるようになる。そして先生方にもご満足いただけるという好循環を生む。
時には緊張が走る現場もある。私達撮影クルーが現場に入る前から、先生方が何らかの理由で撮影に対して不信感を抱いている場合だ。スズキさんはそう言った場の空気を読み取ることにも長けている。読み取った結果、切り込んでいけそうなときは切り込んでいき、そうでない時は黒子に徹している。ここを一歩間違うとお客様の不満をかってしまうところだが、少なくとも私はスズキさんが失敗している姿を見たことがない。
 
また、こんなこともあった。
スズキさんと、もう1人のカメラマンAさん、私の3人で撮影に入った時のこと。撮影帰りの電車の中で、Aさんは言った。
 
「このお客様では、撮影時の注意事項として、児童に声かけをせず自然な様子を撮ってください、と書いてあったからそうしたけれど、正直言って声かけをして目線をこちらに向けてもらわないと、写真が売れない」
 
確かに、私の経験上でもそうだ。私から声をかけることはあまりないけれど、撮られるのが好きな子達なんかは、「カメラマンさん、撮って〜!」と、進んであちらから声をかけてくれる。仲良し同士が集まって、こちらを見て笑顔で写っている写真は確かによく売れる。
 
「確かにそうですね。こちらを見てくれている写真の方が売れますね」
 
私はそう相づちを打った。
けれどその時、スズキさんは黙っていた。異を唱えている表情に見えたけれど、スズキさんは何も言わなかった。
 
スズキさんは、特別に何かを教えてくれる人ではなかった。自分が先輩だから後輩に教えてあげようなんて考えていないのだろう。実際に、「僕はただ長くやっているだけだ」と謙遜されていたし。でも、この時の無言の表情が私はとても気になった。明らかに異を唱えている表情だった。
私は、このことからも何かを学べるはずだと考えた。
「目線をもらわないと写真が売れない」が違うとしたら、正解は何だろう?

 
 

次の日も撮影があった。今度は舞台発表のリハーサル風景の撮影だった。
この日はスズキさんではなかったけれど、社内で表彰された事があるという優秀な社員カメラマンさんと、私よりもキャリアがあり経験豊富なフリーカメラマンさんと3人で撮影に入った。
複数で撮影に入る場合、暗黙の了解で社員カメラマンさんがリーダーとなってチームを取りまとめる。そして撮影の立ち位置は、最も重要な位置にリーダーのカメラマンさんがつき、他のカメラマンは、他のアングルで取れる位置を任される。今回の場合、社員カメラマンさんが舞台に向かい合った客席後方のど真ん中で、正面からの撮影。ここが撮影場所として一番正当な位置だからだ。私ともうひとりのカメラマンさんは、舞台の袖からの、左右斜めアングルでの撮影を担当した。私は舞台を正面にして、右手の袖から舞台を撮影する役割になった。
 
普通に考えたら、正面から舞台全体を撮ったり、アップにして人の表情を撮ったりできる位置が、重要な撮影位置となることはいうまでもない。そこに、袖からの斜めアングルでの舞台演者の表情があればなおさら良い。昨日楽しそうに撮っていたスズキさんのことが頭をよぎった。そして帰り電車での、「目線をもらわないと写真が売れない」への異を唱えた表情を思い出した。
今日の私の位置からの撮影は、あの表情の意味を探れる絶好の機会だ。正面でないこの位置から、目線はほとんどこないこの舞台下の斜めの位置から、演者の感情が溢れ出る瞬間を撮ろうと、私はいつも以上に気合十分だった。
 
舞台リハーサルの間も、スポットライトが照らされていた。このスポットライトは、正面からは見えない位置から演者を照らしていた。私のいる位置からは、演者を斜め後方から照らし、演者から溢れ出る感情や表情をより引き立たせる光となった。
特に、悪役の子の演技。背後からの光が演者の輪郭をたどり、憎しみを口にするその表情が光と影のコントラストでより浮き彫りにされ、怨念がかっているように見えた。あくまでもスクールフォトなので、演者は小さい子だ。なのに圧倒されるほどの迫真の演技に、私も夢中になってその光、その影、その表情、その瞬間を必死に切り取った。もしかすると、演者の表情に迫りたいばっかりに近づき過ぎて、正面撮影のカメラに私の姿が入ってしまわなかっただろうか? ハッと我に返り元の立ち位置に戻った。

 
 

この時撮影した写真が、最近販売開始になった。
売れ行きを自身で確認できる仕組みになっているけれど、販売開始にして売りあげは上々と言っていいだろう。
 
でも、たとえ売れなくても良い。この撮影の時、私は私なりに「目線をくれないと売れない」に異を唱えたスズキさんの表情の真意を理解した。そのことこそが、私にとっては最も意義のあることだ。
仕事なのだから、売れなくても良いと言ってはいけないのかも知れない。でも、「目線をくれないと売れない」のではなく、目線があっても売れないものは売れないのだろう。逆に、目線がなくても売れる写真は売れるのではないだろうか。それは、撮影者がどのような想いを抱いて、何を伝えたいかを明確に持っているかいないかの違いであり、その気持ちを抱いて被写体にカメラを向ければ、それが被写体に伝わる。写真には、被写体が抱く想いと、撮るものからの想いも映し出されているものなのだ。それが伝わり、いい写真だと思っていただければ、目線のあるなしに関係なく、写真は購入されていくのだろう。

 
 

スズキさんはきっと、普通に仕事しているだけなのだろう。でも私にとっては、スズキさんの仕事は素晴らしかったと、あとで振り返って学ぶところが多くあるのだ。
スズキさんはきっと、私がスズキさんをすごい先輩だと思っていることには気づいていないだろう。
スズキさんは、私に教えているなんてきっとこれっぽっちも思っていないだろう。お互いフリーのカメラマンだし、特に私を後輩とも思っていないだろう。でも私はスズキさんの行動から、言葉から、その的確な判断力から、対応力から、多くの学びを得ている。一方で、スクールフォトカメラマンとしてのあまりの差に愕然とし、落ち込んでしまうことがあるのも事実だ。
 
でも、だから良い。だから先輩がいてくれると良い。ここで満足している場合ではないと気づかせてくれる。もっと先があるんだよと教えてくれる。そういう先輩が身近にいてくださって、本当に、大変ありがたい。次またご一緒出来たら、きっといつものように緊張を隠して撮影に臨むのだろう。そして、その一挙手一投足からまた何かを盗もうと必死になるだろう。
 
私も、いつまでも後輩役ばかりをやっていられない。いまのペースで経験を積んでいけたなら、いずれ私も撮影チームをとりまとめる立場になるだろう。自分の役割だけ全うすればいい今の立場とは違う。全体として役割を全うできるよう心を配らなければならない。ひとえに撮影と言っても、お客様によってご要望は千差万別。それを汲み取り、瞬時に判断してチームに動いてもらわなければならない。
立派な先輩になりたい訳ではない。でも、チームともお客様とも十分にコミュニケーションを取ってより良い瞬間を切り取れる、信頼されるカメラマンになりたい。

 
 

ライタープロフィール

小倉 秀子(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)
東京都生まれ。東京理科大学卒。外資系IT企業で15年間勤務した後、二人目の育児を機に退職。
2014年7月、自らデザイン・製作したアクセサリーのブランドを立ち上げる。2017年8月より、イベント撮影会社登録カメラマンとして活動中。
現在は天狼院書店で、撮って書けるライターを目指して修行中。
2018年11月、天狼院フォトグランプリ準優勝。

http://tenro-in.com/zemi/66768


2019-01-21 | Posted in 週刊READING LIFE vol.16

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