週刊READING LIFE vol.17

クールジャパン in トイレ ~進化し続ける世界でもっとも快適な日本文化~《週刊READING LIFE vol.17「オタクで何が悪い!」》


記事:江島ぴりか(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

ちがう。そういうことじゃないんだよ。

 

不動産屋の男性が「この物件で一番のおすすめがこちらです!」と、満面の笑みで迎え入れた先に目をやりながら、心の中で私はつぶやいていた。
どこから聞いたのかはわからないが、「日本人はトイレにこだわる」というのを知ったロシア人の彼は、「これなら満足だろ?」とでも言いたげだった。
でも、そのご自慢ポイントは、スペイン製の数十万円したとかしないとかいう〝大理石の便座〟だった。
フタがすこぶる重いうえに、粗末に扱って割れたりしないか心配で、開け閉めにいちいち気を遣う。
そのうえ、大理石の便座はとても冷たくて、出したいモノも凍りついて出なくなりそうだ。
これなら、その前に見せてもらった、〝シャワーが付いたトイレ〟物件の方が快適だ。
ちなみに、シャワーといっても、ウォシュレットのことではない。文字通りシャワーヘッドが壁についていて、それでおしりなどをトイレ内で洗えるようになっているのだ。家主が宗教上の理由で取り付けたようだ。

 

私たち日本人がトイレに求めているのは、高級感とか荘厳な雰囲気ではない。
清潔感と機能性、そして快適さだ。
前述の不動産屋にそう説明したかったが、たぶん彼には理解しがたいだろう。
ロシアのトイレを見る限り、ロシア人にとってトイレは単に不浄物を処理するだけの場所で、そんな場所に特別なこだわりをもつなんて馬鹿げている、と思っているに違いない。

 
 
 

ここで、ロシアのトイレ事情について少しお話しよう。
公共施設やデパートなどにおけるロシアのトイレは、基本的に有料だ。10円程度を払って、ガサガサの粗悪なトイレットペーパーをもらって個室に入る。お肌がデリケートな方は、日本製のやわらかいトイレットペーパーを持ち歩くことをおすすめする。
便器のフタどころか、便座も無いことが多い。初めから無いのか、使っているうちに壊れて取ってしまうのかは定かではないが、あってもひどく汚いので座る気にはなれない。
ロシア人のように足が長ければ中腰でも問題ないのかもしれないが、私には無理があったため、便器の上にしゃがむことが多かった。あまり想像してほしくはないが、洋式トイレのふちの上に足をのせ、和式トイレのように使う感じだ。高さがあるから、当然危険をともなう。非常に緊張感のあるトイレタイムだ。しかし、足のふくらはぎの筋肉強化には役立つかもしれない。
加えて、ドアや仕切りがないトイレもあるので注意が必要だ。ドアがないと、用を足している最中に、次に待っている人と目が合うが、恥ずかしいからといってお尻を向けてはいけない。万が一にでも、後ろから襲われる可能性があるからだ。じっとにらみ返しながら踏ん張るくらいの気構えが必要だ。
もっとも衝撃&笑劇だったのは、長距離バスでの移動中に立ち寄ったトイレだ。トイレというか、もはやドアも仕切りも壁もなく、地面に穴を掘り、両脇にちょこんと足用の板だけ置いた青空トイレだった。もちろん男女の区別などない。おまけに穴があるはずなのに、穴が見えない。上まで汚物であふれていて、地面との境目がわからなくなっていた。またいでみたものの、どこに向かって小水を放つべきなのか困ってしまい、危うくバスに乗り遅れそうになってしまった。
ひどいトイレの話ばかりになってしまったが、ロシアにいいトイレがないわけではない。
とある町のちょっとゴージャスな映画館では、トイレもきちんと整備されていたし、おおむね清潔だった。でも、ドアがずらっと真っ赤で、どうにも落ち着かない。映画館同様、トイレもゴージャスを目指したのだろうか。

 
 
 

こうして、ロシアで数々の耐えがたいトイレに遭遇した結果、私はいつの間にか〝トイレチェック〟をするようになった。ヨーロッパでも、アメリカでも。そして日本に帰国してからも。あらゆる場所のトイレが気になってしかたがない。しようと思ってしているわけではなく、習慣的に、かつ瞬間的に、そのトイレのいいところ、悪いところ、工夫されているところ、もう一歩なところなどを考えている自分に気づいた。用を足している数分間を利用しながら、今いるトイレ空間について思いを巡らせているのだ。
もし〝トイレにこだわる日本人〟が、みんなそのようにトイレタイムを過ごしているとしたら、私のこの趣味(?)はオタクでもなんでもないかもしれないが、少なくとも、日本以外の多くの国の人々からすると、きっと立派なトイレオタクなんじゃないかと思う。

 

オタクと言えば、ゲームやアニメのイメージが中心で、それらのオタク文化は海外に積極的に発信すべき日本の魅力〝クールジャパン〟として、政府主導で普及・拡大が推進されている。
しかし、外国人観光客の多くが大絶賛し、爆買いでウォシュレット便座が電気店で品切れになっているにもかかわらず、日本のハイテク技術の粋を集めたトイレについて、国内ではあまり大きく取り上げられていないのが残念だ。
新しいショッピングモールができても、古いビルがリニューアルしても、必ず設置されるはずの新しいトイレについてはほとんど言及されない。〇〇地域初出店のお店とか、体験型の施設がなんちゃらとかばかりだ。
でも、訪れたほとんどの人が必ずお世話になるのは、間違いなくトイレだ。むしろ、私はトイレで行く場所を選んでいる。快適なトイレがなければ、買い物も食事もゆっくり楽しめないからだ。
クールジャパン戦略がいささか失速気味に感じる今こそ、日本のトイレ文化を世界に発信してほしい。
それは、優れた技術だけではなく、きれいな水がある環境、適切な清掃頻度、身体を清潔かつ健康に保つための考え方、そして次に使う人に配慮した使用者のマナーという、日本人の生活習慣や価値観が凝縮された空間だからだ。
これほど、日本文化を体現したものが他にあるだろうか?

 
 
 

そして今、トイレはどんどん進化している。
トイレと言えばTOTOを思い浮かべる人が多いと思うが、公式サイト「観光地トイレ事例特集―おもてなしのこころあふれる日本のパブリックトイレ―」では、機能性だけではなく、周囲との調和や雰囲気も重視したラグジュアリーなトイレを見ることができる。
https://jp.toto.com/products/public/case_study/index.htm
もはやトイレというより、人間がもっとも解放される瞬間を、最大限にケアし、くつろぐための、ヒーリングスペースといっても過言ではないだろう。

 
 
 

最後に、私が最近お気に入りのトイレをひとつ紹介したい。
大阪の四ツ橋駅から心斎橋駅、長堀橋駅にまたがる地下街「クリスタ長堀」にあるトイレだ。
私はいつも長堀橋駅寄りのトイレにお世話になっている。

 

ここに限らず、大阪の駅のトイレはどこも表示が大きくて、まず感心する。
これだけ大きく男女のイラストがあれば、言葉がわからなくても、ちょっと目が悪くても、確実にトイレを見つけられる。おまけに、音声でも案内がある。
日本人だって、特に障害がなくったって、初めて訪れる場所や混雑した中でトイレを探すのはしんどいものだ。ユニバーサルデザインの素晴らしさを実感できる。

 

たこ焼き屋の横にある、お気に入りのトイレには、通常タイプが5つ、多目的用が1つ、授乳室が1つある。
通常タイプといっても、とにかく広いのだ。およそ185cm×130cmもある。ファーストキャビン秋葉原のビジネスクラスのベッドサイズとほぼ同じくらいだ。
こんなに広い個室は、たいてい1トイレに1つくらい、多目的用に設置されている場合が多いが、ここではすべての個室にフィッティングボード(着替え台)やベビーシートが付いている。
大きなスーツケースで入っても、ドアの開閉時に邪魔になることはない。
服やバッグをかけるフックが3つもあるのがうれしい。コートをかけると、バッグや買い物袋をかけるのが難しいからだ。便器の後ろ側は棚のように使えるから、かけられない荷物はそこに置ける。
水洗はやはりボタン式がいい。レバーだとすぐに見つけづらかったり、足で踏んだりする人がいるのでちょっと気になる。
便座クリーナーは液体だし(シートタイプは使いづらいから嫌い)、大型のサニタリーボックスは足で踏んで開けられるし、何から何まで私好みの様式だ。ちなみに、最近は電動式の便座クリーナーやサニタリーボックスも多いが、反応が悪かったり、かえって時間がかかったりするため、私は好きじゃない。なんでもかんでも電動式がいいわけではないのだ。
もちろんウォシュレットと流水音機能は完備、いつ利用してもすばらしく清潔だ。
大きな姿見鏡が並んだスペースも美しく、必要以上に華美じゃない作りがとても落ち着く。
あえて難点を挙げるとしたら、居心地がいいので、ついゆっくり用を足したくなることかもしれない。

 
 
 

今回、このトイレを紹介するために、人があまりいない時間を見計らって、初めてトイレを撮影した。
これまでは、頭の中でつらつら考えているだけだったのに、わざわざ大阪まで行き、写真を撮り、こんな風に記事にまとめている。
一体、私は何をやっているんだろう?
トイレ内からシャッターの音が聞こえて、不審がられたんじゃないだろうか?
何だか、ちょっとだけヤバいことをしている気持ちになった。
これをきっかけに、私は真のトイレオタクとして、大きな一歩を踏み出してしまったような気がする。

 
 
 

❏ライタープロフィール
江島 ぴりか(Etou Pirika)
北海道生まれ、北海道育ち、ロシア帰り。
大学は理系だったが、某局で放送されていた『海の向こうで暮らしてみれば』に憧れ、日本語教師を目指して上京。その後、主にロシアと東京を行ったり来たりの10年間を過ごす。現在は、国際交流・日本語教育に関する仕事に従事している。
2018年9月から天狼院書店READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。
趣味はミニシアターと美術館めぐり。特技はタロット占いと電車に揺られながら妄想すること。ゾンビと妖怪とオカルト好き。中途半端なベジタリアン。夢は海外を移住し続けながら生きることと、バチカンにあるエクソシスト(悪魔祓い)養成講座への潜入取材。

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2019-01-28 | Posted in 週刊READING LIFE vol.17

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