週刊READING LIFE vol.17

拝啓、林原めぐみ様《週刊READING LIFE vol.17「オタクで何が悪い!」》


記事:吉田けい(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

オタク、という言葉が社会に浸透してずいぶん経つように思う。
○○オタク、という言い方で、熱中する趣味を紹介する文面は当たり前になった。最近では○○沼、と表現することの方が多いらしいが。一昔前まで、オタクというとだいたいがアニメオタクのことだった。オタクは根暗で、ダサくて、コミュニケーション能力が低く、社会に馴染めない人たちを指すような言葉だった。まだコミュ障なんて言葉もなかったのだ。
 
アニメなどサブカルチャーと呼ばれるものを熱愛する人たちをオタクと呼ぶのだとして、彼らもだいぶ進化した。多くのオタクは身だしなみに気を付けるようになったし、コミュニケーション能力も身に付けて、普通に社会に馴染みつつ、オタク活動を楽しめるようになったのだ。そもそも、身だしなみを気にかけない人は、オタク以外にもいる。
 
そんな時代に、「オタクで何が悪い!」といってみるこの企画。
元オタクの私は、何を紹介しようかとウキウキしながら昔好きだった作品を選出して構成を考えてみたが、どれもこれもしっくりとしない。趣味が多様化したこの時代、「私はこの作品がとっても好きです!」「この人を応援しています!」と言ったところで、オタクっぽさがあんまり出ないのだ。もっと、読み返すと心の隅がざわざわするような、黒歴史っぽいところをさらけ出したい。なので、ここぞとばかりに、私はずっと閉ざしていた記憶の扉を一つ開くことにした。
 
声優界の美空ひばりと呼ばれる、現在でも現役の声優がいることを、貴方はご存じだろうか。
 
彼女の名前は、林原めぐみという。

 
 
 

林原めぐみの名前を知らなくても、彼女の声を一度も聞いたことがない人は殆どいないのではないだろうか。それほど彼女は多種多様な声を生み出している。代表的な作品を見てみよう。
 
1988年、魔人英雄伝ワタルの忍部ヒミコ。これが彼女の初主演である。
1989年、らんま1/2の女らんま。
1990年、ハローキティ。
1995年、新世紀エヴァンゲリオンの綾波レイ。
同年、スレイヤーズのリナ=インバース。
1997年、ポケットモンスター、ロケット団のムサシ。
1999年、名探偵コナンの灰原哀。
 
他にも主演したアニメは多数、端役も含めるともはや数え切れない。特にハローキティ、綾波レイ、灰原哀は現在でも担当しているので、もし気になるようならこれらのキャラクターの声を聴いてみてほしい。キティちゃんのような可愛らしい役、綾波レイのような神秘的で謎めいた役、灰原哀のようなクールな役も、すべて見事に演じている。
 
林原の活躍は声優業だけではない。声優でありながら歌手としてレコード会社と専属契約し、数多の楽曲をリリースした。そしてそれらはどれも大ヒットしている。今でこそ声優が歌を歌いCDを発売することは当たり前のこととなったが、林原が声優として活躍し始めた80年代はそんなことはなかった。声優は声優としてアニメに声を吹き込んだり、ナレーションをしたりするだけ。歌うなら、アニメのテーマ曲を歌うくらいだ。また、そのアニメのテーマ曲も、アニメの内容やキャラクターと関連付けた歌詞が多く、そのアニメを好きな人が聞く程度のものだったのだ。
 
もちろん林原もアニメのオープニングソングを歌うが、彼女が歌う曲は、アニメの内容を匂わせつつも、聞く人の胸を打つような歌詞が特徴だった。途中からはMEGUMI名義で作詞作曲も手掛けるようになる。これがまたよい。著作権の関係で紹介できないのが残念だ。彼女の歌はアニメの垣根を超えて大人気となった。90年代、J-POPが最も勢いがあった時代に、声優というマイナーなジャンルでありながら、林原の楽曲は次々とオリコンチャートの上位に食い込んでいったのだ。当時流行したアーティストと言えば、安室奈美恵、GLAY、Mr.Childrenをはじめ、書ききれないほど素晴らしいアーティスト達がにぎやかにランキングを競っていた。
 
林原の楽曲で記録に残るものとしては、シングルでは「Give a reason」声優ソロ史上初週間第9位、自己最高は「Nothern lights」で週間第3位。アルバムでは「SPHERE」声優ソロ史上初週間第8位、「bertemu」週間第3位。売上では、シングル「don’t be discouraged」では初動売上週間10万枚超を達成。アルバム「Iravati」は、オリコン初週5位、2週8位。年間売上79位。初動売上・累計売上ともに、声優アルバムの歴代最高を記録し、ゴールドディスク認定もされている。
 
どれだけ林原がすごいのかを書き連ねたらきりがないので、数字はこのあたりにしておく。
2018年の紅白歌合戦では、アイドルアニメ「ラブライブ!」の声優が、それぞれの役柄として出場した。また、刀剣乱舞という、日本刀を擬人化したキャラクター達のゲームが元となったミュージカル俳優たちが、やはりその役柄として出場した。もはやサブカルチャーはお茶の間で披露されても何らおかしくはない時代になったのだ。こうした時代の流れは、林原の活躍によって切り拓かれ、後続の声優たちを勇気づけていったのだ。

 
 
 

私と林原めぐみの出会いは、スレイヤーズというメディアミックス作品だった。スレイヤーズは富士見ファンタジア文庫、神坂一による、今でいうところのライトノベル小説である。当時はライトノベルという言葉がなかったのでジュブナイル小説だとかファンタジー小説だとかそんな分類をされていた。小説スレイヤーズは大人気となり、アニメ、ラジオドラマ、コミック化、映画など、さまざまなメディアに展開した。林原は、このスレイヤーズの主人公、リナ=インバースというキャラクターの声を担当していたのだ。スレイヤーズが林原の人気を後押ししたとも言えるし、林原が命を吹き込んだリナ=インバースが、スレイヤーズの人気を不動のものにしたとも言える。とにかく次から次へと新しい作品が発表されるので、追いかけるのも大変だったのを記憶している。
 
小説スレイヤーズを読み始めたのは中学生の頃、親友の勧めだった。中学校の図書館に全巻揃っていたので、すべて借りて夢中で読んだ。それまでも読書好きではあったが、青い鳥文庫など、児童文学を主に読んでいたので、ギャグがあり、凝った世界観の設定があり、先が読めない小説スレイヤーズはとても刺激的だったのだ。しかし、周りで小説スレイヤーズを読んでいる人は少なかった。また、りぼんやなかよしといった少女漫画雑誌も卒業しつつあり、皆の興味はアイドルやバラエティ番組、オシャレや恋愛事に移りつつあった。私にとって、アニメも漫画も児童文学もまだまだ面白いものだったし、テレビの中の芸能人は顔の見分けがつかないので興味を持てなかった。クラスの男子も、話す奴はいたけれど、好きか嫌いかと言われてもよく分からない、ただ友達だ。誰それがカッコいい、あいつとそいつが付き合って……そんな話ばかりしているクラスメイトの中で、ファンタジー小説を好きなことは異質なことのように思えて、あまり話題に出さなかった。親友と、吹奏楽部の何人かだけが、そうした話をできる仲間だった。
 
皆と同じものを好きになれない私は、どこかおかしい。
もう中学生になったのだから、アニメのような子供っぽいものが好きなのはおかしい。
 
思春期の多感な感性から、そんな風に思い込んでは、孤独な気持ちになっていた。図書館でファンタジー小説を借りては、こっそり鞄に入れて、家で読む。親友と帰り道に感想を語らうのが何よりも楽しみ。まだ携帯のない時代、電話でも話したかったけど、親に怒られて長電話はできない。楽しい、面白いと思うことをあけっぴろげに語りたいけれど、それはおかしい、と否定されそうで、なかなかできない。
 
そんな中で、アニメスレイヤーズの放映が始まり、林原リナ=インバースが元気にテレビの中で暴れまわっていた。メッセージ性の強いオープニングソングに、すぐに夢中になった。親友が、林原がラジオをやっていることを教えてくれて、夜中にこっそりイヤホンで聞いては、クスクス笑っていた。林原のエッセイが発売されれば本屋に飛んで行って購入し、何度も読み返しては笑い転げたり感涙したりした。
 
ラジオやエッセイを読んでいると、林原の人柄というものが分かってくる。林原は、これだけ楽曲が売れているのに、あくまでも声優でいることにとてもこだわっていた。声優が前面に出て、子供の夢を壊してはいけない、という信念だったそうだ。また、看護士の資格も取得し、一時期は看護士と声優の二足の草鞋を履いていたそうだ。正義感がとても強く、弱い者いじめや曲がったことが大嫌い。ファンのイベントでの心無い野次に真っ向から反論し、共演者が慌ててフォローした、というエピソードには、なんて強い人なんだろうと胸を打たれた。
 
めぐさん、頑張れ、新曲も素敵。
めぐさんの曲を聴くと、元気が出るんだ。
わあ、このアニメもヒロインはめぐさんが担当だ! すごいなあ!
 
そんな林原の楽曲が、私がよく分からないJ-POPで埋め尽くされたランキングに食い込んでいく。それは何だかとても誇らしいことのように思え、必死に彼女のCDを買い、カラオケで歌いまくった。オリコンチャートで上位になれば、音楽番組で林原の楽曲が流れることもあり、そんな時は奇声を上げて狂喜した。林原が活躍することで、自分の中で押し殺している何かが昇華されていくような気分だった。

 
 
 

三十路も過ぎた今思い返せば、当時の自分の視野の狭さというものがよく分かる。当時はファンタジー小説が周知されていないから、それを好む自分もマイナーな存在なのだ、と思っていたが、それは単なる思い込みにすぎなかった。本当は自分に自信がないだけなのを、自分の好きなものがマイナーなものであるせいにしていたのだ。好きなものは好きと正々堂々と公言し、そんな自分を自分自身でしっかりと肯定していれば、あんな卑屈な気持ちになることはなかっただろう。だいたい、アニメは子供の物、というのも先入観で、新世紀エヴァンゲリオンや少女革命ウテナなど、当時から既に幅広い世代で物議を醸した名作アニメがいくつも生まれている。多くの名作が生まれ、誰かがアニメは子供だけの物じゃないと言い続けたことで、サブカルチャーの地位は向上していったのだ。私は、その誰かになる勇気がなかったのだ。
 
今でも人から見れば変な趣味はいくつかある。ファンタジー小説を書きまくっていたことも、オタクといえばオタクだろうか。しかし、私のオタクについて語る時、林原のことと、あの時の幼くも苦しい気持ちを切り離して考えることは、どうしてもできなかった。
 
スレイヤーズのメディアミックス展開も数年で落ち着いた。私は中学から高校に進学し、スレイヤーズへの興味は薄れつつあったが、林原のことはずっと好きで、ラジオを聞いたり新曲を聴いたりしていた。大学、就職、結婚、出産と、ライフステージが変わるにつれ、サブカルチャーに触れる機会自体が減ってしまったが、ふと思い出してラジオを聴くと、変わらず溌剌とした林原が楽しそうに話していて、どこかほっとした気持ちになる。年を取ったせいか、芸能人の顔の区別もつくようになったし、J-POPの良さも分かるようになったが、それでも、あの時のように熱狂的にのめりこんだ歌手は、後にも先にも林原しかいない。2017年には、声優としてこれまた史上初のワンマンライブ公演があったそうだ。是非とも行きたかったのだが、なんと息子の出産予定日の三日前という日程のため、泣く泣く参加を諦めた。参加した方のレビューや映像を見る限り、素晴らしいライブだったようだ。
 
林原めぐみオタクで、何が悪い!
めぐさん、これからも、ずっと応援しています。

 
 
 

❏ライタープロフィール
吉田けい(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
1982年生まれ、神奈川県在住。早稲田大学第一文学部卒、会社員を経て早稲田大学商学部商学研究科卒。在宅ワークと育児の傍ら、天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。趣味は歌と占いと庭いじり、ものづくり。得意なことはExcel。苦手なことは片付け。

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2019-01-29 | Posted in 週刊READING LIFE vol.17

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