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週刊READING LIFE vol.18

タクシードライバーが教えてくれた会議航海術《週刊READING LIFE vol.18「習慣と思考法」》


記事:青木文子(天狼院公認ライター)
 
 

「あ~、今日もまた会議か」
 
オフィスの廊下を歩きながら健太はひとり呟いた。
新卒で入った会社は、中堅の商社。5年目になって、そろそろプロジェクのとりまとめ役を任されるようになっていた。
 
健太にとって、会議は心地よいものではなかった。
部全体の会議になると、間違いなく半日は潰れる。そう、「潰れる」のだ。会議で、前回の会議の繰り返しが始まるのは日常茶飯事だった。会議に出て残るのは疲労感だけ。時間の無駄を絵に描いたような時間。健太が会議にもつイメージはそんな白黒の無機質な写真のイメージだった。
 
果たして、今日の会議もそうだった。
 
上座に座った部長。なんとか自分の株をあげよう説明をする課長。プロジェクトの成果の報告の間はまだいい。時折、風向きが変わる。部長からの質問に答えられなくなると、突然こちらに話が振られてくる。くるくる回る風見鶏みたいだ。
 
「あれはいったいどうなっているんだ」
 
どうなっているもなにも、課長に昨日説明して了解もらったじゃないですか。
 
口の中で小さく呟いてみる。でもそれを言ってもしょうがないことは百も承知していた。もう一度同じ説明を繰り返して、次回までに対処することを発言するしかない。
 
今日の会議もやっぱり同じだ。
もう会議アレルギーになっていた。
どうしてこんなに会議はつかれるんだろうか。
 
これだけ会議に辟易しているのなら、せめて、自分が取りまとめているプロジェクトの会議はもっと意味のある会議にしよう。健太はいつもそう思うのだった。ところが、そうは簡単にはいかない。
若手メンバーのプロジェクトの会議は、最初のうちは熱意からの堂々巡りの議論、そして、細かな手段で意見が割れ、着地点はないまま。最近はメンバーの発言自体が少なくなっていた。どうせ自分が発言しても話がすすまない、そんな空気がどんよりと漂っていることをメンバーがそれぞれに感じ取っていた。
 
次の日、健太は出張だった。朝一番の会議に間に合うように新幹線は始発だ。眠い目で乗り込んだ東海道新幹線。8時には健太は目的地最寄りの、東海地方のとある新幹線の駅に降り立っていた。
 
ここから取引先の会社まではタクシーで50分かかる。
タクシー乗り場には1台のタクシーが停まっていた。近づいていくと、軽い身のこなしでタクシーからドライバーが降りてきた。
健太の前で軽く身体をかがめてお辞儀をすると、優雅な手つきで後部座席のドアを開けた。「おやっ?」と健太は思った。この駅でドアサービスをされたことは初めてだ。
 
タクシーに乗り込むと、健太は深くシートに体を沈めた。昨日の会議の疲れがまだ残っていた。身体の疲れではない。心が疲れているのだ。
 
タクシーのドライバーは丁寧に会社名と自分の名前を名乗った。健太から行き先を聞き取ると、手早くナビに入力をして、滑るようにタクシーを発進させた。
 
「お客様、おつかれのようですね」
 
タクシーのドライバーが健太に声をかけた。健太もフロントミラー越しに視線をやった。ドライバーは歳の頃は60歳前頃だろうか。髪の毛を綺麗になでつけて、白手袋をしている。
 
気がつけば健太は、昨日の会議の話をするともなくしていた。短い相槌と、押しつけでない受けこたえ。それは健太にとって、心のつかえを話すのに心地よいゆりかごだった。
 
「そうですが、会議が大変なんですね」
「私は会議が好きでしたね」
 
ドライバーはそう言った。健太は後部座席からドライバーの横顔をみた。会議が好き?
ドライバーは前の注視したまま話をつづけた。
 
「もちろん最初からそうだったわけではないですよ」
 
健太は聞きたくなった。
会議が好きでなかった人がどうして会議を好きになれたのだろうか。そもそもこのドライバーは一体いつそんな経験をしたのだろうか。
 
健太の心の中の疑問に答えるように、ドライバーは言葉を紡いだ。
 
「昔、一部上場企業の営業をしていたのですよ」
 
「これでも、その支店でトップセールスマンだったのです。若手を集めて勉強会をやったりしてね」
 
ドライバーの声はどこまでも穏やかだった。
 
「会議って、入口と出口がないと疲れるものです」
「昔、尊敬する上司が教えてくれたのです。ちょうどお客様のぐらいの歳の頃だったでしょうか」
 
入口と出口? 健太にはまったく見当もつかなかった。
そのドライバーが話したのはこんな話だった。
 
健太と同じようにそのドライバーは若い頃会議が嫌いだった。
自分の熱意がある分、自分のプロジェクトの会議に一生懸命になったが、仲間にはそれが伝わらず、会議事態に疲れてしまい、どうして良いかわからなくなっていたそうだ。
そんなとき、上司がこんな話をしたという。
 
上司「この会議の目的はなんだ?」
 
「◯◯◯◯◯にするためには、という目的です」
 
上司「それを全員で共有しているか?」
 
「いや、そんなのは当然ですよ。みんなわかっていますよね」
 
上司「そんなことはない。それを確認したのか?
考えてみろ、今の状態はみんなそれぞれ違う店の看板をみて入ってきた客がワイワイ言っているのと変わらないぞ。なんで焼き肉がでてこない、とか、この店は女の子がいないのか、とか」
 
上司「騙されたと思って、会議の最初にこの会議の目的は何なのか? をちゃんと全員に確認してみろ。そしてその目的のために会議をしますがよろしいですか? と同意をとってから初めてみろ」
 
健太は気づかないうちにシートから身体を起こして聞いていた。
 
「いや、最初はね、思ったんですよ。なにをいってるんだこの上司って」
「でも言われてみたらそうかも知れないと思って。試しにやってみたんですよ」
「ホワイトボードの一番上に、会議の目的を書いてから会議をするようになりましてね」
「それから会議がガラリと変わったんです」
 
「それが入口ってことですね?」
健太は聞いた。
 
「そうです、そうです。それが私も若いときにはよくわからなくてね」
 
「いや、やってみてびっくりしました。これだけのシンプルなことで会議の時間も内容も変わるんですよね」
 
「上司はこうも言ってましたよ。目的が参加者に共有されてない会議は、行き先がバラバラの船旅みたいなものだって。みんなが別々に漕ぎ始めて、船は迷走、最後はみんな疲れ切ってだれも漕がなくなるって」
 
健太は、会社の会議の風景を思い出した。だれも発言しなくなっている会議の風景。そうか、みんな漕ぎ疲れてあきらめているんだ。
 
「入口はわかりました。あと出口ってなんですか?」
 
もうあと10分ほどで目的地に着く。健太は急かすようにドライバーに質問をした。
 
「出口ですか。出口は行動ですよ」
 
相変わらず穏やかな口調でドライバーは答えた。ゆっくりした口調は最初からなにも変わらない。健太は、ブレーキのショックも、加速も感じさせない、タクシーの滑るような運転技術にその時気がついた。
 
「会議でこんなことありませんか? せっかく良い議論をしたのに、それを実際にどんな行動を、誰が、何時までするって決めないままの会議」
 
あるある。健太は心の中で呟いた。
 
「あれは出口がないままの会議なんですよね」
 
「せっかく会議で高まったエネルギーが、出口をきちんと作らないと、そのまま消えてしまうんです」
 
「エネルギーが消えるって、つらいですよ。その繰り返ししていると、人は病んじゃいますよ」
 
冗談めかしてドライバーは言ったが、笑い事ではないと健太は聞いていた。そうだ、自分たちは病みかけている。
 
入口と出口をつくる。
これからできそうだ。
 
タクシーが大通りの角を曲がった。もうすこしで目的地に着く。見慣れているはずの風景が心なしか、くっきりと明るく見えていた。
 
企業の正門前に、滑り込むようにタクシーは停まった。会計のためにクレジットカードを渡すときに健太はおもわず言った。
 
「あのっ! ありがとうございました」
 
「いえいえ、私のはつまらない昔話です。逆に聞いていただいてありがとうございました。若い方は元気でいてほしいですからね」
 
もう一度クレジットカードを受け取る時に、はじめてドライバーと目があった。穏やかな中に、光がある眼差しをしていた。
 
乗り込むときと同じようにドライバーはドアサービスをしてくれた。ゆっくりと開けられたドアから健太は外に出た。
 
「行ってらっしゃいませ」
 
ドライバーがお辞儀をした。
思わず健太もお辞儀をした。
 
「そうそう、上司が、もうひとつ言っていました」
 
健太が顔を上げた時にドライバーが言った。
 
「大事なのは意志だと」
 
「意志ですか?」
 
「はい、入口と出口をつくったら、あとは航海していく意志だと」
 
企業の玄関に入ったところで健太は振り向いた。
ドライバーはまだタクシーの横に立っていて、もう一度ゆっくりとこちらに向かってお辞儀をした。
 
そうか、入口と出口と意志か。健太は深呼吸をした。
 
顔なじみの受付嬢が挨拶に返しながら思った。
やってみよう。みんなが漕ぎ疲れてしまう会議でなく、みんなのエネルギーがいかれるような行動につながる会議を。行き先を決めた船旅をしよう。そのためには入口と出口と航海する意志だ。健太のイメージの中に、島から島へ航海していく船が見えた。
 
会議室に入る前に廊下から、外をみた。大通りを曲がって、走っていくタクシーの後ろ姿が見えた。タクシーは来たときと同じように、滑るような鮮やかさで走り去っていった。

 
 
 

❏ライタープロフィール
青木文子(あおきあやこ)
愛知県生まれ、岐阜県在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学時代は民俗学を専攻。民俗学の学びの中でフィールドワークの基礎を身に付ける。子どもを二人出産してから司法書士試験に挑戦。法学部出身でなく、下の子が0歳の時から4年の受験勉強を経て2008年司法書士試験合格。
人前で話すこと、伝えることが身上。「人が物語を語ること」の可能性を信じている。貫くテーマは「あなたの物語」。
天狼院書店ライティング・ゼミの受講をきっかけにライターになる。天狼院メディアグランプリ23nd season総合優勝。雑誌『READING LIFE』公認ライター、天狼院公認ライター。

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2019-02-04 | Posted in 週刊READING LIFE vol.18

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