週刊READING LIFE vol.20

美味しい「のり餅」を作るマイルール 《週刊 READING LIFE vol.20「食のマイルール」》


記事:千葉とうしろう(READING LIFE 編集部ライターズ俱楽部)
 
 

「炭水化物だーい好き!」
 
っていうキャッチコピーを以前、電車の中で見たことがあります。確かトクホかなんかの広告だったと思うんですけど。炭水化物って私、大好きなんです。ご飯も、パンも、ラーメンも。これだけ世間で忌み嫌われる存在になるなんて思いもよりませんでした。子どもの時は随分と食べていたんですけどね。好きなだけ食べていました。30歳を過ぎた今では、ある程度セーブするように心がけています。
 
炭水化物の中でも、私は特に餅が好きなんです。ご飯も好きなんですけど、それよりもやっぱり餠ですね。餅って、ご飯と違って甘いものと合わせることができるのがポイントだと思うんですよ。メジャーなところではあんこですよね。ご飯とあんこって一緒に食べても美味しく無いんですけど、ご飯が餅になると途端に美味しくなります。あんこ餅にしろ団子にしろ、練られると砂糖との相性が良くなるのかもしれません。
 
で、さらにさらに餅の中でも私が一番大好きな餅は、のり餅です。のりと餅。これって、車で言うとセダンみたいなものだと思うんです。車にも色々と種類があるんですけど、車評論家の人も「最終的にはセダンに戻る」って言っています。
 
SUVとかスポーツタイプとかミニバンとか、車には種類があって、色々と乗りたくなりますよね。自分でも今までとは違う車を買ってみたくなります。でも最終的にはセダンに戻るそうです。色々な車に乗ってみても、ベースとしての車が一番って事でしょう。
 
ハブ空港みたいなものですかね。空港が乱立している中で、結局は一番路線が多いところが、利用客が多くなるんだと思います。そこの空港の利用客が多いから路線が多くなるんだし。路線が多いから利用客が増えるんだし、です。
 
のり餅も、車で言うセダンとか、空港で言うハブ空港です。餅の中のベーシック。ザ・餅なんです。白と黒。白色の餅と、黒色ののりの組み合わせ。味とはなんの関係もない「色」からしてスーパーベーシック。究極の組み合わせです。
 
その究極の組み合わせの中に、醤油の茶色が混じるのが、なんとも言えないくらい素晴らしいですね。これって言うのは、日本人特有のわびさびに通じるものだと思います。究極のものっていうのは、その後は朽ちていくしかないんです。最高峰に上り詰めた人っていうのは、一番高いところまで行っているわけですから、後は落ちていくしかないんです。
 
だから昔の日本の建築、例えばお寺を建築する際には、均等な柱の列の中に一本だけ、周囲とは違う柱を入れていたそうです。昔の人は、お寺を建てる際に、究極の建築物を目指していたそうなんですが、実際に究極に美しい建築物が出来てしまったら、それは縁起が悪いことだったそうです。なぜなら、究極に上り詰めたものは、後は落ちていくだけだから。だから、ひとつだけ周囲と違う柱を入れたりして、究極になってしまうのを防いで縁起を担いでいたそうです。
 
のり餅の醤油っていうのも、究極になってしまうのを防ぐ効果があるように私には思います。のり餅って、醤油をつけないと白色と黒色だけの究極のシンプルになってしまうんですよね。それだと縁起が良くありません。だから、のり餅に醤油の色が混じっているのを見ると「これは計算され尽くしているな」って思うんです。
 
ずるいですよね。究極を崩すものが色だけでなく、味的にもマッチしているなんて。色的に究極を崩すことによって、味に進化が加わるんです。のりと餅っていうのが、我々人間が考えられる以上の存在から作られたように感じる所以です。神とか、あるいは創造主と呼ばれるものによって、のりと餅と醤油っていうのは組み合わされたのかもしれません。
 
さて、のり餅を作る際のマイルールをお伝えします。これは「美味しいのり餅の作り方」と言うこともできます。美味しいのり餅を作る際に気をつけるべきはただ一つ、「のりと餅の一体感」です。のりと餅が独立していないこと。それぞれでバラバラにならないこと。それが美味しいのり餅を作る際には必要なんです。と言うわけで、のり餅を作る際のマイルールは「のりと餅をマッチさせること」なのです。
 
まずは、のりと餅がマッチしていない状態からお伝えしましょう。これは、食べる意味がなくなる、と言ってもいい状態です。のり餅を食べる際に重要なのは、当たり前ですが「のり餅」を食べるということです。それなのに、のり餅を口に入れた瞬間、のりと餅がバラバラになっていては、のり餅を食べる意味がありません。のりと餅は、一体になっているからこそ、のり餅の意味があるんです。
 
のりが餅から離れてパリパリになっていたり、餅の味だけが口の中で感じられたり。もちろん、それだけでも美味しいですよ。のりはのり単体で食べても美味しいですし、餅は餅単体で食べても美味しいです。それ単品でもメインを張れるほどの味は、のりも餅も持っています。だけど、のり餅はそれら二つをマッチさせなければならないですし、そこにこそのり餅の美味しさってあると思うんです。
 
のりの風味と餅と歯ごたえ、それらがうまくマッチした時に、口の中に満足感が広がるんです。のりではなく、餅ではなく、のり餅。それを作るには、のりと餅が一緒になって力を合わせて、高みを目指すことが必要なんです。のりと餅がマッチして初めて壁を越えることができるんです。
 
ちなみに、のりと餅をマッチさせるのも醤油の役目になります。またここでも出てきました。醤油。彼は「第三の男」と呼べるのかもしれません。時代が動くとき、チームが高いパフォーマンスを目指すとき、そこには必ずと言っていいほど名脇役の存在があります。華麗な二人の駆け引きの影に、それを際立たせる、縁の下の力持ち的な役割の人間がいるものです。
 
2000年代初頭、NBAのロサンゼルスレイカーズには、コービー・ブライアントとシャキール・オニールがいました。華麗なプレイのコービーと、派手なプレイのシャックです。この二人がいた当時、レイカーズは最強でした。二人はNBAの歴史にも名前を残した名プレーヤーです。でも、この華麗で派手なプレイをする当時のレイカーズには、目立たないながらもいい味を出すデレック・フィッシャーっていう存在がいたんです。絶妙なパス判断と、ここぞという時のスリーポイント・シュート。
 
数々の名プレーヤーを生んだNBAの歴史の中で、このデレック・フィッシャーはもしかしたら、スポットライトを浴びていない存在かもしれません。ですが、私にはこの男の存在が見えていたんです。もちろんコービーとシャックの組み合わせは最強です。その二人がいたからこその、レイカーズの黄金時代です。ただ、そこにデレック・フィッシャーっていうポイントガードがいて、いい味を出していた。いい意味で二人を活躍するチームを持ち上げていた、と思うんです。彼も第三の男なんです。
 
ここで具体例をあげたいと思います。うまくのりと餅をマッチさせる細かいポイントです。これを語らずして、美味しいのり餅は作れないのではないでしょうか。
 
まず一つ目のポイント、それは「のりの大きさ」です。のりと餅をマッチさせるには、のりの大きさが重要なんです。餅の大きさっていうのは、自分で決めることはできません。餅自体を自分でつくにせよ、餅を焼く段階になって、餅の大きさを自分で変えられるっていうのはできないものでしょう。それよりも、のりの大きさを変える方がはるかに簡単です。
 
だから、餅の大きさよりも、のりの大きさの方を気にしなければならないんです。のりの大きさを餅に合わせるっていう感じです。だいたい2センチくらい、のりは餅よりも小さめにしてください。のりが餅からはみ出ないようにするんです。なぜか。それは、のりが餅からはみ出てしまうと、そこだけのりがパリパリになるんです。のりが単体で焼かれる事になるんで、口の中に違和感が出てきてしまうんです。
 
しっとりとして弾力があるのり餅を食べている中に入ってくる、のりのパリパリした違和感。のりを食べているのならパリパリ感があってもいいのかもしれませんが、のり餅を食べる際にこの違和感はあってはならないものだと思います。異論もあるかもしれませんが、のりと餅のマッチ感を出すためには、私はのりが単体で焼かれる事だけは避けたいと思います。
 
次に二つ目のポイント。それは「餅をのりで巻いた後に醤油をのりの表面につけて焼く」という事です。時々、餅を最後まで焼いて、それからのりで巻いて終わり、という人がいます。が、これではのりと餅はマッチしてくれません。のりと餅っていうのはそう簡単にはマッチしてくれないんです。
 
またまたNBAの話ですが、コービーとシャックにも不仲説がありました。華麗と派手、テクニックプレーとパワープレー。二つの異なる、しかも最高峰のプレイをマッチさせるには、第三の男が必要なんです。醤油です。餅を焼いた後、餅自体に醤油をつけます。たっぷりつけます。その後でのりを巻きます。もちろん、餅の端からのりがはみ出してはいけせん。のりを餅に巻いた後で、のりの表面に醤油をつけるんです。この醤油を表面につける際は、ただ単に「たっぷり」ではありません。微妙なさじ加減が必要です。つけすぎるとのりの風味を壊します。かと言って、のりの表面にも醤油をつけないと、うまくのりは餅に巻き付いてくれません。
 
醤油を表面にもつけることによって、うまくのりが餅に張り付いてくれるのです。のりの風味を壊さないように、かと言って、のりが餅から離れてしまわないよう。細かい作業が必要です。神経質な異性と一緒にいる時のように、のりの気を損ねないでください。
 
で、その後でさらに焼くんです。二つ目のポイントは、のりを巻きつけて終わりではありません。表面につけた醤油が威力を発揮するのは、この後でさらに焼く工程があるからです。のりの表面に醤油をつけたおかげで、のりは餅にマッチする体制を整えているはずです。トリガーに指をかけた状態です。ここで「焼く」ということが、トリガーを引くことになるんです。餅に巻きつく体制を整えていたのりが、焼かれることによって餅に張り付くんです。ここを忘れないでください。
 
だから、醤油とのりをつける前に餅を最後まで焼かない、というのも言えることです。最後まで焼かず、ラストワンミニッツは醤油とのりをつけた後にとっておくことになります。
 
三つ目、最後のポイントは「コタツの中で温める」です。これで最終的に完成します。のりと餅が完全にマッチした状態です。これには高いハードルがあります。と言うのも、コタツがなければ最後のポイントは達成できないんです。
 
もしかしたら、コタツの他にものりと餅のマッチ感を完成させる方法があるのかもしれませんが、私にはそれが今だに謎です。コタツの中のホンワカと暖かい空気が、のりと餅をマッチさせるのに最適なのだと思います。コタツっていうのはのり餅のために生まれてきたのかもしれません。
 
コタツの中で温めることによって、完全にのりと餅が一体化するんです。あの不仲なコービーとシャックが握手する図を思い浮かべてください。2メートルを超える、しかも抜群の運動神経を誇る二人が握手すれば、そこには別の空気が流れるでしょう。そこだけ空気が違っているはずです。のりと餅が握手をするとは、そんな別次元の美味しさなんです。
 
黒色と白色が、色はその状態のまま完全に一体化します。そのマッチ感たるや、歯から伝わってくる満足感は身体中に伝わるでしょう。歯で噛んだ瞬間に分かります。「あ、これはマッチしているな」って事が。その時に期待します。舌で味を確かめて、さらには喉奥に飲み込む瞬間を。そして期待通りの高い満足感が後を追うんです。実際に舌で確かめられる美味しさ、喉から飲み込む際の至福の時。全てがハイ・パフォーマンスです。
 
非常にシンプル。とても安価。でも得られる満足感はそれ以上です。あなたにも作っていただきたい。のり餅を作るならば、一体感です。まずはのりの大きさを餅以上にしない事、次に餅をのりで巻いた後に醤油をのりの表面につけて焼く事、最後にコタツの中で温める事。この3つのポイントで、のり餅は完全に一体化します。のりと餅をマッチさせる事。それが美味しいのり餅を作るマイルールなんです。

 
 
 

❏ライタープロフィール
千葉とうしろう(READING LIFE 編集部ライターズ俱楽部)
宮城県生まれ。大学卒業後、民間企業を経て警察官へ。警察の仕事に誇りを感じ、少年犯罪を中心に積極的に対応。しかし警察経験を重ねるうちに、組織の建前を優先した官僚主義に疑問を感じるようになる。現在は組織から離れ、非行診断士へと転身。警察のフィルターを通して見た社会について発信。何気なく受けた天狼院書店スピードライティングゼミで、書くことの解放感に目覚める。

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2019-02-18 | Posted in 週刊READING LIFE vol.20

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