週刊READING LIFE vol.20

回転する刃が母の歯の代わりです《週刊 READING LIFE vol.20「食のマイルール」》


記事:國正 珠緒(READING LIFE 編集部ライターズ俱楽部)
 
 

「なんでもいいからね。珠ちゃん(私のこと)の手がかからないものでいいから」
 
母はいつもそう言います。
91歳の母は腰を痛めてから10年、台所に立って自分で料理を作ることができなくなりました。
自営で仕事をして忙しく仕事をしている私への母なりの気遣いなのでしょう。ありがたい話です。
でもそれは気持ちだけ。
 
実際「なんでも」なわけでは決して! ありません。
 
「美味しそうね」
 
と言って食べ始めますが、好みでなければ3口程食べて残します。
これ、わがままではなくて、口に合わないと、もうそこで胃がつかえてしまうようなんですね。
 
私がお料理が下手なのではと思うかもしれませんが、デパ地下の有名店のお惣菜を買って帰っても8割お口に合いません。
 
もともと若い頃から、一般的なお弁当の味付け、特に日本料理の甘みが好みでないようで、我が家の煮物はお出汁と塩、醤油の味だけで、砂糖を入れたことがありません。まろやかにしたい時に少しみりんを入れるくらいです。なのでデパ地下のお惣菜の8割は母にとっては「甘い」のはわかります。
 
「多少好きじゃないかも」と思っても元気な人は空腹を満たすために食べるということができますが、高齢者はそうはいかないようなのです。
 
最初は「子供じゃあるまいし」って思いましたけど、どうもこれはわがままというより、仕方がないことのようです。自分がその歳になるまできっと理解はできないでしょう。
 
味覚のストライクゾーンがかなり狭いので、そこにめがけてボールを投げるのが私の仕事になります。万人共通ではないけれど、母の打ちやすい球を投げるという意味ではかなりの名ピッチャーじゃないかと思っています。
 
「いろんなお店の料理もいいけど、私は珠ちゃんが作ったのが一番美味しい」
 
と最近では言ってくれるようになりました。

 
 
 

さて、母は味のストライクゾーンが狭い以外にもう一つ大きな問題があります。
歯が一本しか残っていないのです。歯は上と下でセットで噛むものですから、一本だとないのと同じかもしかすると邪魔なのかもしれません。歯医者さんに手を入れられると「オエッ」ってなってしまうので。80歳を過ぎた頃から歯医者さんにも行けなくなり、入れ歯はそれより前から気持ちが悪いと入れていないので。もう、自然に任すしかありません。
 
歯茎ですり潰すようにして食べているのだと思います。
この状態でどのくらいのものが食べられるかというと。
意外かと思いますがお餅はオッケーです。ご飯もオッケーです。お煎餅やクッキーは小さく割って口の中に入れてから、柔らかくなるのを待って食べているようです。麺類は長いとキツそうなので、全部3分の1くらいに割ったり切ったりしてから茹でれば食べられます。それなのに、マカロニは食べにくそうです。サイコロステーキは半分に切ります。豚の生姜焼きはもともと薄いですが、それを細く切りながら食べます。お魚は全て大丈夫ですが、イカとタコは食べられません。

 
 
 

案外色々食べられるって思いましたか? 問題は野菜類なのです。
野菜類は芋類、トマト、アボカド、以外はかなり厳しくなります。
お新香はどんなに細く切ってもだめ。
ほうれん草のおひたし、青菜を炒めたものなどが、微妙なラインです。
1センチくらいの長さに切ればご機嫌がよければ食べてくれる。そんな感じです。
 
栄養の知識は詳しくないですが、さすがにご飯とお肉だけでは偏りがあることは私でもわかります。
 
味が美味しくても、噛んで噛み切れないとずっと口の中にあって最後に出してしまうので、ずっと悩んでいました。
しばらくは我が家で野菜というと芋類か、アボカドのローテーションでなんとか切り回していました。5年くらいでしょうか。
 
ある時、一人で入ったカフェでランチを注文したときそれに人参のポタージュがついてきたのです。
そういえばニンジンも久しく使っていませんでした。シチューなどに入っていてとろとろに煮込んであれば食べられるのですが、少しでも芯が残っていると食べられないのです。
 
人参のポタージュを一口飲んでこれだ! 閃きました!!
 
野菜をミキサーにかけてポタージュにすれば良いのです!
 
スープの本を買いました。
 
それに「小豆のポタージュ」というのが出ていたので、珍しいし、色もピンクで綺麗だったので早速作ってみました。
小豆はゆで小豆の缶詰でお砂糖が入っていないのを使えば超簡単!
 
お初の料理だったので、おそるおそる母の前に出しました。
 
「綺麗ねえ」
 
見た目は合格のようです。大きなスプーンでフーフーしながら一口目。
 
「美味しい! こんな凝った料理、忙しいのに悪いねえ」
 
どうやらポタージュは手間がかかるように感じられるようです。所要時間15分ですけど。
 
私は自分が食べるのも忘れて母が食べる様子を見ていました。
スプーンですくってはフーフーっ。
次から次へと食が進んであっという間に一杯完食でした!
 
「お代わりあるの?」
 
料理人にとってこんな嬉しい言葉はありません。もちろんあります!
結局その日は大きめのスープ皿に2杯、完食してくれました。
 
そうか、ポタージュは噛む必要がないから、ストレスなく食べられるんだ。
他の食べ物も歯茎で擦り潰そうと思えばすり潰せるけれど。固形物である以上多分かなりストレスになるのでしょう。ところがポタージュスープは飲み物!
 
考えてみれば、かぼちゃ、にんじん、芋類はもちろん、カリフラワー、ほうれん草、ブロッコリー、カブ……とかなり色々な種類の野菜がミキサーにかけて、ミルクと生クリームを入れると美味しいスープになるのです!
 
得意になって、毎日毎日古いミキサーを回し続けポタージュスープを作り続けました。
そして……とうとうミキサーは半年で壊れてしまいました。
 
我が家では包丁と同じくらい大事な調理器具が壊れてしまったのです。
どうしましょう。
またあることを思いつきました。これはミキサーよりフードプロセッサーを買えばもっとお料理のバリエーションが増えるのではないか!
 
それから早速、色々調べて道場六三郎さん監修のフードプロセッサーを買いました。
 
これなら野菜の千切りも、スライスもかなり細く、薄くできます。
試しにフードプロセッサーで千切りにした牛蒡を一旦茹でてから、きんぴらを作ってみました。
 
母は少しモソモソさせながらもなんとか食べてくれました。それまで私が包丁で切ったのではどうにも出せなかった細さだったのです。
これで私の味付け(母好みの)できんぴらも出せるようになりました。
 
きゅうりの酢の物も試しました。一番薄い設定でスライスして、塩もみを念入りにして柔らかくして、さらに細く切れば、食べられるようです。
 
ポタージュスープももちろん、ジューサーの頃とほとんど変わりなく作れます。
 
我が家ではほとんどの食事の準備の時、ガ〜ッ! ガ〜ッ! てフードプロセッサーが大活躍しています。
包丁さばきにやや難ありの私が、歯が一本で若干わがままな母と一緒に食事を楽しむのに、なくてはならない道具です。
 
フードプロセッサーの「刃」は毎日超高速で回転しては、母の「歯」の代わりになってくれているのです。

 
 
 

❏ライタープロフィール
國正 珠緒 READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部

東京都生まれ東京都在住

庭や門周りなど家の外部空間を専門に設計(エクステリアデザインと言います)する仕事をしています。モットーは「住んでる人が素敵に見える門構え、手入れよりも豊かに過ごす時間が長くなる庭を作ります」
自社のホームページを少しでも読みやすいものにしたくて、ライティングゼミに通い始めて「書くこと」の奥深い魅力にはまっています。
エクステリアコーディネーター 公認講師

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2019-02-18 | Posted in 週刊READING LIFE vol.20

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