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週刊READING LIFE vol.20

好きなものを最後に食べるのにはワケがある《週刊 READING LIFE vol.20「食のマイルール」》


松尾英理子(READING LIFE公認ライター)
 
 

「ねえねえ、好きなもの最後に食べるタイプ? それとも、最初に食べちゃうタイプ?」
 
これって、人生で何度となく聞かれる永遠のテーマですよね。
 
ある調査によると、
「好きなものを先に食べる派」 41%
「好きなものを後に食べる派」 39%
「どちらでもない」 20%
と、ほぼ互角。
 
私の場合は小さい頃から、そして今でも、好きなものを最後に食べる派。
理由は単純。そのほうが、幸せな気持ちで食事を終われる気がするから。
 
これ、私の譲れないこだわりです。
 
話は変わりますが、小さい頃、私は天ぷらの「衣」が大好きでした。
天ぷらじゃないですよ、天ぷらから素材が抜け出した後の「衣」です。
 
小学生の頃、私は月1回のおばあちゃんとのおでかけを楽しみにしていました。おばあちゃんとのおでかけの目的地はいつもデパートのレストラン街。いろいろなお店から、天ぷら屋さんを選ぶことが多かったのは、おばあちゃんも私も、てんぷらが大好きだったからです。
 
小学生の私が、目の前に「天ぷらご膳」が運ばれると、決まってやっていたこと。
 
それは、あげたての天ぷらを一口食べた後、海老や穴子などの素材を、衣からするするっと抜き出すこと。回数を重ねる毎に、衣から素材をはずすことに慣れていき、これがまたうまくいくと気持ちいい感じ。食材の香りがほのかに残る「抜け殻」は、しなっとした内側とカリッカリの外側の食感を一度に味わえて、やみつきでした。
 
まずは中味を先に食べて、その後、大好物の「抜け殻」を味わいます。特に、かぼちゃとさつまいもは「抜け殻」に残っている甘い香りと味わいが最高で、最後のデザートみたいな感覚でした。
 
今思えば、かなりマナー違反な食べ方だけど、小学生の私はその食べ方をずっと貫いてきました。でも、ある日を境に、その食べ方をやめることになります。
 
その日、いつもと同じように、天ぷらの素材をするするっと取り出し、最後に大好きな「抜け殻」を食べようとしていました。ちょっと油断して、お皿に箸をおいてしまったその瞬間のことでした。
 
「お皿、邪魔だから、下げちゃいましょうね~」
 
なんと! そう言って、店員さんが笑顔でささっとお皿を持っていってしまったのです。せっかくきれいに素材を抜き出したのに。これからだって言うのに。目の前から大好物がなくなってしまったときの光景と喪失感は、今でも記憶にしっかりと残っているくらいです。
 
「うわー、それ一番楽しみにして取っておいたんですけど!!!」
 
何でそう言わなかったのか。それはやっぱり、小学生ながら、衣を外して別々に食べるなんて「恥ずかしい食べ方」だと気付かされたからなのでしょう。
 
店員さんがお客様に確認せずに下げちゃうようなものを、一番大事にとっておいたわけですから。
 
なんか私、かっこ悪い……。
 
小学生の決意。
その日を境に、天ぷらの衣を外して食べるのをやめました。
 
それから10年後。
大学生になった私は、週1回のペースで、お気に入りの天ぷら屋さんに通っていました。
 
校舎から歩いて数分のところにあった、てんぷら「いもや」。
無口で仏頂面のおじさんと、江戸っ子で明るいおばさんのご夫婦二人だけで切り盛りしている、カウンターのみの小さなお店。おじさんが注文後に揚げてくれるあつあつの天ぷらと、おばさんが作る美味しいお味噌汁と炊きたてごはんが最高の天ぷら屋さんでした。メニューは1つ、600円の天ぷら定食のみ。学生には贅沢な値段ではありましたが、それでも「いもや」の天ぷらがどうしても食べたくて。私にとって、それは週1回の至福でした。
 
「いもや」に初めて来店した学生達がしてしまう過ちが2パターンありました。
 
揚がった天ぷらをすぐに食べようとしない。
食べ終わった後もしばらくお店を出ずにしゃべっている。
 
ああ、そろそろおばさんの雷が落ちる! と思った瞬間、案の定、雷が落ちたものでした。マナー違反の学生達をビシッと叱ってくれるおばさんは格好良く、見ていてかなり爽快でした。
 
私も、箸やお茶碗の持ち方がなってない、と何度も注意されました。ご飯をきちんとしたマナーで食べられるようになったのも、おばさんのおかげかもしれません。
 
でも、おばさんは基本的には楽しく明るくお茶目な女性でした。カッコイイ男子と一緒に行くと、おばさんはいつも満面の笑顔で迎えてくれたので、おばさんも女なんだ……なんて思ったものでした。
 
その天ぷら屋さんで、私が毎回欠かさずやっていたこと。
それは、最後に 「今日も美味しかったです。ご馳走様でした!」と伝えてからお店を出ること。
 
その言葉を伝えると、普段は天ぷらを揚げることに集中し、背をむけたままのおじさんが、2回に1度は振り返ってくれたからです。いつも仏頂面のおじさんが、たまに見せる、奇跡に近い笑顔。これが見たくて。それに、お店を出た後まですごく心地よい気分になれたんです。
 
あれから、30年。
 
食事の最後に、最高の「ごちそうさま」で、作ってくれた人に対して御礼の気持ちを伝えること。
 
それが、天ぷら「いもや」で教えてもらった、今でも続けている外食の時の私の「マイルール」です。
続けている理由は、最後に、幸せな気持ちで食事を終えたいから。
 
そうなんです。
「好きなものを最後までとっておく」のと同じ理由だったのです。
それは共通して、「終わりよければ、すべてよし」の考え方なのかもしれません。
 
「いもや」は、2017年10月に皆に惜しまれながら閉店しました。残念ながら、おじさんが亡くなられたからです。この事実をFacebookで知った時は、半端ない喪失感が私を襲いました。
 
お店のおじさんとおばさんのやりとり。一緒に通った先輩や仲間との会話。おばさんに叱られて、そそくさと店を出て行く学生たち。全てが鮮明に記憶に残っていて。ニュースを聞いた後、走馬灯のようにその光景が流れ続けていきました。
 
でも、一番記憶に残っているのは、おじさんの笑顔。
店を出た後まで、私を幸せな気持ちにさせてくれた、あの笑顔。
 
おじさんは亡くなってしまい、お店もなくなってしまったけど、その笑顔だけは永遠に心に残り続けているのです。だからやっぱり、私はこれからも好きなものを最後に食べ続けるし、お店を出る時には必ず「ごちそうさま」の感謝の気持ちを伝え続けていこう。改めてそう思うのです。

 
 
 

❏ライタープロフィール
松尾英理子(Eriko Matsuo)
1969年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部社会学専攻卒業、法政大学経営大学院マーケティングコース修士課程修了。大手百貨店新宿店の和洋酒ワイン売場を経て、飲料酒類メーカーに転職し20年、現在はワイン事業部門担当。仕事のかたわら、バーテンダースクールやワイン&チーズスクールに通い詰め、ソムリエ、チーズプロフェッショナル資格を取得。2006年、営業時代に担当していた得意先のフリーペーパー「月刊COMMUNITY」で“エリンポリン”のペンネームで始めた酒コラム「トレビアンなお酒たち」が好評となる。日本だけでなく世界各国100地域を越えるお酒やチーズ産地を渡り歩いてきた経験を活かしたエッセイで、3年間約30作品を連載。2017年10月から受講をはじめた天狼院書店ライティング・ゼミをきっかけに、プロのライターとして書き続けたいという思いが募る。ライフワークとして掲げるテーマは、お酒を通じて人の可能性を引き出すこと。READING LIFE公認ライター。

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2019-02-18 | Posted in 週刊READING LIFE vol.20

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