週刊READING LIFE vol.21

医者と結婚したい女子たちへ。《週刊 READING LIFE vol.21「文系VS理系!」》


大國沙織(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

根っからの文系女子にとっては、理系男子のことをきちんと理解するのは難しい。
子供の頃から本が好きで、大学も文学部国文学科出身というバリバリ文系の私にとって、彼らはまるで違う星の生き物のように見える。
思考回路や行動パターンなど、近くで見ていても本当に謎である。
理系男子は、基本的にあまり感情を表に出さない。
だから、何を考えているのかなかなか分からない。
行動の言動の一つ一つが、突発的に見えてしまったりもする。
 
私の一番身近な理系男子は、父だ。
父は、内科医である。
だからか分からないけれど、「お医者さんと結婚したいんだよね、お父さんのツテで紹介してよ」と周りの女子に言われることが、それなりにある。
彼女たちは、全然分かっていない。
医者と結婚するのが、どんなに大変かということを。
結婚に至るまでのプロセスの話ではない。
実際に医者と暮らす結婚生活が、どんなに過酷なものかということを、彼女たちは全く分かっていない。
「医者だから」という理由だけで飛びつくようでは、十中八九うまくいかないだろう。
 
医者と結婚したい大きな理由として、世間一般には経済的安定が挙げられるだろう。
でもそれに関しては、最初の数年はまるで期待できないと言ってよい。
結婚が決まったとき、母は父に対して「医者なんだから、ある程度の貯金はあるだろう」と勝手に思い込んでいたらしい。
ところがいざフタを開けてみると、医者になりたての父は、勉強のため医学書に毎月何万円も使っており、貯金はすっからかんだったという。
結婚してからも、手取りは生活できるギリギリしかもらえず、大変だったらしい。
母は毎朝スーパーのチラシとにらめっこし、一円でも安く買い物を済ませようと奮闘していた。
私も光熱費を節約するための工夫は散々教え込まれたし、畑で野菜を育てたりもしていたので、我が家は貧乏なのかと思っていた。
あまり知られていないかもしれないけれど、経済的安定が期待できるのは、ある程度医者としての経験を積んでからなのである。
 
でも、それよりも大変なことがある。
とにかく忙しく、時間の自由がないことだ。
たまに珍しく休みがとれたとしても、緊急事態があって呼ばれると、すぐに駆けつけなくてはならない。
父と母が出会ったばかりの頃も、病院から早々に呼ばれてしまい、初デートは5分で終わったらしい。
そんな調子なので、結婚して私と妹が生まれてからも、父は家には全然いなかった。
病院に泊まり込むことも珍しくなく、帰ってきても仮眠をとったらすぐにまた行ってしまう。
子供の頃の私は、父と顔を合わせることが滅多になく、「たまに遊びに来る、疲れたおじさん」ぐらいに思っていた。
船医をしていた時期は何ヶ月も家に帰らなかったので、まるで母子家庭状態だったという。
もちろん「寂しい」なんて言っていられないし、家事や育児への協力も期待できない。
世話好きで、家族をサポートするのが苦にならない「専業主婦タイプ」でないと、かなり厳しいと思う。
もし共働きなら、家政婦やベビーシッターを雇うなどしないと、生活が成り立たないだろう。
父は、私と妹をほぼ一人で育て上げた母に、未だに頭が上がらないらしい。
 
奇跡的にまとまった休みがとれて、家族で旅行をしていても、油断はできない。
「この中にお医者様はいらっしゃいませんか!?」というドラマによくあるあの状況に、一体何度遭遇したことだろうか。
今振り返っても、出先での急患や交通事故の現場というのは、いくつも思い浮かぶ。
そのたびに父はそちらに飛んで行き、手早く応急処置をしたのち、患者と一緒に救急車に乗って病院へと向かう。
残された私達は、事態が落ち着いて父が帰ってくるのを近くで待つこともあるし、あまりにも遅くなりそうだったら、母が運転をして先に帰ることもあった。
そう、医者と結婚するというのはそういうことだ。
家族との時間よりも、ときに他人の命を優先しなくてはならないのが、医者という職業なのだ。
交通事故現場で、全身に返り血を浴びながら懸命に心臓マッサージをする父の姿は、ショッキングだったけれど本当にかっこ良かった。
父が活躍している場面を見ると、子供ながらに誇らしかったし、人の命を救う仕事の尊さも感じた。
それと共に、相当な覚悟がないと医者にはなれない、ということをひしひしと痛感した。
私は、医者にはなれない。
そう悟った瞬間だった。
 
生きるか死ぬか、一分一秒を争う患者達を、日々相手にする医者という職業。
だからだろうか、家族が体調を崩しても、心配してくれることは滅多にない。
これはどこの家でもそうらしく、本当によく聞く。
高熱で寝込んでも、大けがをしても、「休めば、そのうち治るよ」で片付けられる。
こちらとしては、心配するふりだけでもしてくれと思うのだが……。
どんなにしんどくても「大丈夫、大したことない」と言われるだけなので、それ以上言う気も失せるというものだ。
母は、「気遣ってくれないのは寂しいけど、まあ仕方ないよね」と割り切っている。
ちなみに、女医さんと結婚した男性からも、この手の愚痴はよく聞く。
こちらが不調でも、大丈夫かどうかすら聞いてくれないと。
もうこれに関しては、完全に諦めが必要だ。
 
医者という職業は、常に理性的でなくてはならない。
感情に流されてしまっては、命に関わる場面で判断を誤る可能性もあるからだ。
これは理系の人全般に言えることかもしれないけれど、感情を押し殺して理性的に仕事をしていると、やはり人の気持ちには鈍感になると思う。
女性が求めがちな「こちらの気持ちを察してほしい」というのは、かなり難しい。
一から十まで、言葉できちんと説明しないと伝わらない。
抽象的でなく、具体的に言わないと、なかなか理解してもらえない。
「感情を受け止めてほしい」と思うなら、理系男子は辞めておいた方がいいかもしれない。
でも、一応メリットもある。
こちらも理性的に話をするようになるので、無駄な言い争いが避けられるという点だ。
「ケンカの内容が抽象的なカップルは、長続きしない」と聞いたことがある。
建設的な話し合いさえできれば、問題もスムーズに解決しやすい。
 
厳しいことばかり言ってしまったけれど、やはり医者という職業を支える生活には、それ相応の覚悟が必要だ。
母の苦労をずっと間近で見てきて、心からそう感じる。
けれどこれを読んでも、それでも医者と結婚したいと思えたら、それこそ本物だと思う。
医者という仕事は、過酷な分、家族のサポートが必要不可欠だ。
父はもう還暦を過ぎているけれど、「こんなに長く医者を続けていられるのは、お母さんの支えのおかげだ」と、事あるごとに言う。
私は、甲斐甲斐しい性格では全くないし面倒見も悪いので、医者と結婚する気には正直なれない。
でも、もし好きになった人がたまたま医者だったら、ちょっと分からない。
理系男子は未知の生き物だけれど、自分とは違うからこその面白さもあるだろう。
結局のところ、その人が「今の仕事を辞めて、別のことを始めたい」と言い出したとしても、迷わずそばで応援したいと思える人がいい。
それはきっと、文系理系関係なく、どんな相手でも大切なことかもしれない。

 
 

❏ライタープロフィール
大國 沙織(Saori Ohkuni)
1989年東京都生まれ、千葉県鴨川市在住。
4〜7歳までアメリカで過ごすも英語が話せない、なんちゃって帰国子女。高校時代に自律神経失調症を患ったことをきっかけに、ベジタリアンと裸族になり、健康を取り戻す。
同志社大学文学部国文学科卒業。同大学院総合政策科学研究科ソーシャル・イノベーションコース修士課程修了。
正食クッキングスクール師範科修了。インナービューティープランナー®。
出版社で雑誌編集を経て、フリーライター、料理家、イラストレーターとして活動。毎日何冊も読まないと満足できない本の虫で、好きな作家はミヒャエル・エンデ。
【メディア掲載】マクロビオティック月刊誌『むすび』に一年間連載。イタリアのヴィーガンマガジン『Vegan Italy』にインタビュー掲載。webマガジン『Vegewel Style』に執筆。

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2019-02-25 | Posted in 週刊READING LIFE vol.21

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