週刊READING LIFE vol.4

「あるSNSが終わった日」《週刊READING LIFE vol.4「いくら泣いても、泣き足りないの。」》


 
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名前:射手座右聴き(ライターズ倶楽部)

*この記事はフィクションです。

 

未読、未読、未読。メールBOXは、メルマガであふれていた。
まるで閉まったガラスを叩き続ける、ゾンビのようだ。
「お得ですよ!」 「いまだけですよ!」 「限定ですよ!」
タイトルが絶叫している。
「年収1500万オファー、大特集」 という、転職サイトからのメールの見出し。
「いまだけ、セーター70%OFF」 アパレルサイトはセールの真っ最中。
「国民的人気アイドル、危険な恋のお相手」 週刊誌の大砲が火を噴く。
「アジアを制する! インバウンド企業向け展示会とは」
「1週間でTOEIC 200点UPの秘密は」
「Happy Birthday! 足裏30分延長券プレゼント」

刺激的なタイトルで、もうお腹いっぱいである。

ため息をつきながら、吉本隆之は、メールを捨て始めた。

逆に、こんな見出しに目が止まった。
「サービス終了のお詫び <アイランドペット> 」

そのWEBサービスのことは、完全に忘れていた。
アイランドペット。2頭身のイラストのペットを、島で育てるSNSだった。
ペットには、チャット機能がついていて、島から島へと移動しながら、
ほかのペットとおしゃべりしたり、友達になったり、メッセージの
やりとりをしたりする。
島は季節とともに変化する。夏はヤシの木を植えたり、冬は雪だるまを作ったり。ペットも浮き輪をつけたり、スキーを履いたり、季節の限定アイテムが豊富で、思わずハマる要素満載だった。
いまでは、ありがちなサービスだけれど、スマホのなかった時代、
かわいい絵柄と、タイムリーなアイテムで、生活の一部になりやすいサービスだった。
とはいえ、小・中学生の女子を中心に流行ったサービスは、
40を過ぎた隆之には、あまり似つかわしいものではなかった。

なんで、これに登録したんだっけ?

ああそうだ。あいつに勧められたんだ。

10年ほど前のことだった。
「隆之も登録してよ」
リリースされたばかりのアイランドペットを見せながら、当時の妻が言った。
「とにかく初期のユーザーがたくさんいてくれた方がいいの」
興味はなかったが、言われるがままに、登録をした。
妻がWEBの会社に転職して、最初の仕事が、このSNSの運営だったのだ。

徹夜続きだった隆之は、生返事をしながら、指示されるがままに、メールアドレスを打ち込み、名前を登録し、ペットを選び、島を作った。

それからというもの、当時の妻は、毎朝、アイランドペットの話をした。
「今週は、ユーザーが1万人増えたよ」
「来週からクリスマスの飾りを売り出すよ」
「小学生女子の雑誌の付録になったよ」

嬉しそうにいろんな話をしてくれた。

何を言われても、隆之は生返事だった。朝はギリギリまで寝ていたかった。
毎日、帰宅するのは、午前3時を回っていた。
仕事が終わらなかったのだ。
いや、正確に言えば、夜の8時半に仕事は終わっていたのだ。
「そろそろ、今日はやめにしよう」
夜8時を過ぎると、上司は決まってそう言った。

次に言うセリフも決まっていた。
「飯、行くよな」
部の全員がそれに頷いた。頷かないわけには、いかなかった。

「お前ら、こんな仕事の仕方じゃダメだ」
乾杯をして、20分も経てばお説教が始まった。お説教の次は、こうだ。
「俺の若い頃は、、、、、、、」
「それに比べて、お前らときたら」
ビールが10本ほど空いて、上司がコクリコクリと、居眠りを始めるのが、
午前3時。そこまで、「ダメだ」 の連呼は止まらなかった。

タクシーで家にたどり着くと、同じく遅く帰ってきた妻の
仕事の話を聞きながら、寝てしまった。
なにしろ3時である。ちゃんと聞きたいのは山々だったのだけれど。

アイランドペットに触れる時間もなかった。
隆之は、妻の話にだんだんついていけなくなった。

そんな生活が続いたある日。 「うるさいよ」 妻の怒鳴り声で、
隆之は、目を覚ました。
「毎晩、飲んで帰ってきて、いびきかいて、なんなのよ」
怒鳴り声は止まらなかった。

慌てて、隣の部屋に行き、冷たい冷たい、床に寝た。
それから、毎晩、妻に叱られるようになった。
「いびきがうるさい」 「帰りが遅い」 「酒臭い」
挙句の果てには、「稼ぎが悪い」

好きで飲んでいたわけではない。だから、隆之は上司に言ってみた。
「すみません、最近妻が怒っているので、早く帰りたいんです」

また、怒鳴られた。
「嫁も説得できない奴に仕事ができるか! 今日は朝まで説教してやる」
店を出た時には、朝の7時だった。

そんな調子だったから、妻とは休みの日の会話もなくなった。
カチカチカチ。
妻が、アイランドペットをクリックしている音だけが響いていた。

別居するまでに、1年はかからなかった。
離婚するまでは、2年だった。
偶然開いたメールで思い出したのは、そんな離婚の話だった。
ペットも島も可愛らしい感じのSNSだったけれど、
妻に罵倒されつづけたなあ。あの頃。

少し苦い思いで、隆之はSNSの小さな島を眺めていた。

アイランドペットは、傷を掘り起こしてくれた。いや、眠っていたメールゾンビを叩き起こした、と言う方が正確かもしれない。

せっかくだから、最後にログインしてみるか。

うさぎに可愛いツノが生えた、目のくりっとしたペットがぴょんぴょんと
ゆっくり跳ねていた。

デフォルトの装備品しかない島は、シンプルと言えば、シンプルだったが
中年バツイチ男の部屋を象徴しているかのようでもあった。

ふと、下の方を見ると、NEWという文字がチカチカしていた。
99件のメッセージがあるようだ。

誰だ。クリックしてみた。

「元気ですか? 私は元気です。朝起きれていますか」
「寒くなってきましたね。風邪をひいていませんか」
「忘年会シーズンになりましたが、お酒、飲み過ぎていませんか」
「お仕事は相変わらず、忙しいですか」
「もう、別居して半年ですが、一度話をしませんか」

前の妻からだった。

「酒臭い」 「仕事ができない」 「稼ぎが悪い」
一緒にいるときは、あんなにも直球に罵倒していたのに。
メッセージでは全然違った。毎日1通ずつ、短い言葉が書かれていた。

「この前、隆之くんの会社の前を通りましたよ」
「上司とはうまくいっていますか」
「いびきがうるさい、と思いましたが、病院で診てもらってはどうでしょう」

なんということだろう。口では、つらくあたってきたけど、隆之の様子を
ちゃんと見ていてくれたのか。

「一緒にいるとき、ちょっと文句を言い過ぎたかもしれません」
「隆之くんも、仕事の愚痴を言って欲しかったです」

ペットで話すべきだったのは、隆之の方だった。

最後のメッセージはこう書かれていた。

「もう一度、話しませんか」

離婚届を出しに行く日、無言だった妻を思い出した。
何も言わない妻に、隆之は思わずこう言ったのだ。

「別れるとなると、随分あっさりしたものだね。女の人は切り替えが早いね」

彼女は、何も答えなかった。

それはそうだろう。メッセージを無視されつづけていたのだから。
あっさりしていたのは、隆之のほうだった。

メールは、ゾンビではなかった。かつてのパートナーの隠れた気持ちを
気づかせてくれた。島に流れ着いたメッセージボトルのようなものだった。

隆之は、すぐに、アイランドペットを彼女の島に行かせるため、
クリックしようとした。が、その手を止めた。

いまさら、謝ったところで、何になる。
再婚した彼女にメッセージできることは、ひとつ。

何もメッセージしないことだ。

さよなら。ありがとう。

ぴょんぴょんと跳ねているペットからログアウトして
隆之は、飲みかけのボトルをそっと飲み干した。

あと数時間でペットもメッセージもなかったことになるのだ。

 

❏ライタープロフィール
射手座右聴き 東京生まれ静岡育ち。バツイチ独身。
大学卒業後、広告会社でCM制作に携わる。40代半ばで、フリーのクリエイティブディレクターに。退職時のキャリア相談を
きっかけに、中高年男性の人生転換期に大きな関心を持つ。本業の合間に、1時間1000円で自分を貸し出す「おっさんレンタル」に
登録。4年で300人ほどの相談や依頼を受ける。同じ時期に、某有名WEBライターのイベントでのDJをきっかけに
WEBライティングに興味を持ち、天狼院書店ライティングゼミの門を叩く。「人生100年時代の折り返し地点をどう生きるか」
「普通のおっさんが、世間から疎まれずに生きていくにはどうするか」 をメインテーマに楽しく元気の出るライティングを志す。
READING LIFE公認ライター。
メディア出演:スマステーション(2015年),スーパーJチャンネル, BBCラジオ(2016年)におっさんレンタルメンバー
として出演

 


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2018-10-29 | Posted in 週刊READING LIFE vol.4

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