屋久島Life&People

屋久島との出会い《第一回 屋久島Life&People》


記事:杉下真絹子(READING LIFE編集部公認ライター)

1年以上かけてじわじわと水面下で準備をしてきたことがある。
それは、屋久島に移住すること。
そしてすべてが整った2020年3月末、子ども二人連れて屋久島入りを果たした。ちなみに、パパは大学の仕事があるため東京に残り、2拠点生活が始まった。

どうして屋久島に移住?
とよく聞かれることがある。

そもそも、私自身これまで20年ほどアジア・アフリカ諸国で国際協力分野の事業(国際保健)に従事してきたため、20代前半の頃から長年海外に住み、行き来してきた。ほんの数年前まではケニア国で仕事をしていて、娘は2歳までケニアで育った。

しかし、ケニアから帰国し東京生活が始まったものの、メインの仕事は変わらず海外であるため、子育てしながらキャリアを両立することはなかなか難しく感じていた。そんな中、自分の人生の優先順位を考えた2018年夏、思い切って国際協力の仕事から離れることを決めた。

そう、新しい人生を描き始めようとしていた私がそこにいた。

そんな頃、初めて屋久島を訪れる機会があり、それ以来すっかりその島の虜になってしまったのだ。

「ここは、どこ?」

屋久島の太古の森に初めて足を踏み入れた時、想像もしていなかった世界が待っていた。同時に、そこになんとも言えない安心感と解放感で包まれたのを覚えている。

恥ずかしながら、それまで世界遺産で有名なはずの屋久島についてほとんど知らず、正直屋久島がどこにあるのかも、よくわからなかったし、気にもとめていなかった。

たまたま参加したヨガリトリート開催地が屋久島だったため、とりあえず飛行機チケット予約して、子連れでこの島に初めて降り立ったのだ。ちなみに、東京から屋久島までの直行便はなく、鹿児島や福岡などでプロペラ機に乗り換えてようやく到着できるのだ(大阪からの直行便あり)。

だから、視界・天候不良で欠航になることも日常茶飯事で、同じ日本であっても、目的地の屋久島はなかなか遠い島に思えた。

鹿児島県の本土最南端から約60キロ離れた海上に浮かぶ屋久島は、人口1万3千人あまりの小さな島で、その大きさは東京23区ほど、周囲は約130キロ、車だと3時間くらいかけてゆっくり一周できるほどのサイズだ。

直径わずか30キロの小さい島なのに高低差があり、南部の海沿いは亜熱帯でハイビスカスが咲いているのに、九州最高峰の宮之浦岳(1935M)では雪が見られるなど北海道と同じ冷温帯にあたる。

島の中心部分からそびえ立つ山々は、宮之浦岳を筆頭に1000メートルを超えるものが46座も連なっていて、この姿から【洋上アルプス】と言われるゆえんだ。

そんな小さな島のほとんどが自然で覆われていて、山にも海にも神が宿るという山岳信仰・自然崇拝が人々の間で今でも引き継がれていて、毎年春秋には岳参りの伝統が執り行われている。そう、各集落で岳参りの山があり、選ばれた男たちは山の神様を崇めに山に向かうのだ。そして、残念ながら女性は入れない世界になっている。

また、屋久島の守護神であり日本神話にも登場する山幸彦・海幸彦神話がベースとなり、浦島太郎のいわゆる竜宮伝説が生まれたと信じている地元の人も少なくはない。

ある意味、山にいます神々を崇める島民にとっては、海岸から山の麓までのわずかの2~3キロに我々人間が住まわせてもらっている、という図なのかもしれない。

私がそんな屋久島に広がる太古の森に初めて一歩踏み入れた時のことは忘れられない。そこは、まさしく別世界が広がっていて、なぜか私のために準備してくれた特別な空間であるようにも感じた。

うっそうと茂るスギの原始林では、青々した苔むしが存在感を見せ、倒木や切り株の上に次世代の株が生長し、世代更新が繰り返しなされていて、美しい調和の姿そのものだった。

また森の中では、スギだけでなく、共に共生・共存するヒメシャラ、ヤマグルマ、ツガやモミが、屋久杉に巻き付いたり、土台にしたりしながら成長していく様子も見られ、まさに森の多様性の美しさを一望できる。

屋久島で見られるスギは日本の最南に自生するスギ群であり、そのうち【屋久杉】と呼ばれるスギは、標高500メートル以上の山地に自生している樹齢1000年以上のものを指す。

そもそも、樹齢300~500年ほどと言われるスギが、屋久島ではどうして2000年~3000年もの長寿になるのかご存知だろうか。それは、花崗岩が盛り上がってできた屋久島の土壌は栄養分が乏しい上に、多量の雨が降る山間部では、僅かな土壌の栄養もすべて流されてしまうため、成長が遅く年輪も1年間にわずか0.25~0.5ミリなのだ。その分木目が詰まっていて樹脂分も多いため(普通のスギの6倍)、抗菌・防虫作用がありスギは腐らず長生きできる。

初めて樹齢3000年の【紀元杉】の前に立ったときは、その巨木杉の下で、まさに私たちの名字である【杉下】の先祖をゆっくりと思い巡ってみる。なんて贅沢で豊かな時間なのだろう。

そして、3000年もの間、私たち人類の成長の過程で引き起こしてきた戦争であれ、文明・科学技術の発展であれ、人間の様々な所作を、杉の長老たちはその佇まいで見守ってくれていたのだろうかと思うと、包容力の偉大さを感じざるを得ない。

そんなことを考えつつ、ふと足元に目をやると、山水のしぶきを受けたヒノキゴケやスギバゴケなどの苔に、丸い水滴が宝石のように散りばめられていた。

さらにその場所からゆっくり顔を上げてみると、空の雲に切れ間ができたその瞬間、光がすっと射してきて、その黄金のひと筋が森の中で優しくゆっくりと広がっていくのが見えた。次第に、黄金の光とそれに反射するダイヤモンドダストのような素粒子は、オブラートのようにあたりを包み込んでいった。

時は、止まってしまったような感覚に陥ったにも関わらず、一瞬一瞬の美しい一コマが何百枚にも重なって、その空間を創っているのだ。

なんて、美しく、神秘的な瞬間なのだろう……。

その空間と一体になっていた私は、静かな喜びの絶頂にあった。

これまでこんな感覚をもたらす森の空間に入ったのは初めてだった。

そこはまた、何も言わずして、ただただありのままを認め、信頼し、包容してくれる母性を感じさせる森のようにも思われた。

普段、思考が優位になりがちな私たちの多くは、不思議と頭の中で過ぎてしまった過去を回想したり、まだ起きていない未来のことばかり妄想しがちだ。

(あぁ、どうして私はあの時ああいう言い方をしてしまったのだろう、情けないワタシ)
(こんなことをしたとしても、果たして意味があるのだろうか、空しいだけのワタシ)

こうして頭の中では、独り言に留まらず、自分自身をジャッジし、さらには否定を繰り返すことがある。

でも、なぜか人気(ひとけ)を感じない太古の森に入ると、思考ベースの独り言から離れることで五感優位になり、次第に自分の感覚が戻ってくると、知らない間に森との対話が始まっていることに気が付いた。

そこには、否定せず、どんな時も全肯定で私を受け止め、寄り添い、味方になってくれる絶対の存在がいて、見る見るうちにその包容力で、素直になれる自分がいたのだ。

同時にそれは、自分との対話でしかないということにも気がついた。

そんな素晴らしい森がこの日本に残っているなんて、素晴らしすぎる。
もう、感動でしかなかった。
また、屋久島は私にとって雄大なる自然があるだけではなかった。
実は、日本を離れ様々な国や土地で暮らし人々と出逢ってきた私の人生の「色とりどり」を思い出させてくれるところでもあった。

海に流れ落ちていく屋久島の虹からは、ケニアの空から大地にまでつながる虹を思い出す。

蒸し暑さから真っ裸で川や海に飛び込む我が子どもたちを眺めていると、カンボジアのメコン川に飛び込む地元の子どもたちの面影と重なる。

また、雨上がり後のビビッドな植物たちを見ると、ハワイ島の熱帯ジャングルに入って出会った世界が蘇る。

さらに、屋久島の暗闇を照らす満月からは、ザンビアでいつも見上げていたお月さまを思い出すのだ。そう、月のサイクルが常にわたしを大きな地球の流れに戻してくれるように。

そして、不思議だけど、初めてなのになぜか前から知っているかのように感じられる仲間や頼もしい人たちとの出会いが、ここ屋久島にはある。

もちろん、美しい自然の織りなす風景だけでなく、アフリカで経験した厳しい生活環境など重なる部分もたくさんあり、なんとも懐かしさを覚えるのも事実だ。

例えば、屋久島でも台風や天候不良になると、鹿児島からの船が欠航になるため、物流が止まり、食料が一気にスーパーから消えることもよくある。停電もあるし、シロアリで家がだめになることもある。郵便も1週間近くかかることも当たり前だし、ここでの生活自体は東京などの都会よりもアフリカやアジアに限りなく近いのだ。

そう考えてみると、私にとって今大切なのは、まだまだ、もっともっと……と思いながら経験を積み続けるのではなく、これまで積み重ねてきたものを、いろんな形で振り返り、醸成させて、そして自分の中から【新たなものが湧いてくる】の掴みながら、それを具現化していくことなのかもしれないと単純に感じたのだ。

ある意味、もっとそこ(外)ではなく【ここ(私)に在る】ことを知ることが必要だと言われているような気がした。

そんな大きな人生の流れの中に自分を委ね、子連れで屋久島にやって来た。

もちろん、ここに来るために手放すものも多く、それが怖いと感じるときもあった。
まさに、波乗りと同じかもしれない。
高い波を見ているだけでは、恐怖と妄想しか生まれないが、思い切ってそれに乗ってみると、すべてがうまく運ぶ。

今はそんなことを実感している。

私自身もこれから、屋久島の【森の中でウェルビーングする】をキーコンセプトに、森林浴/セラピーを主として様々なプログラムを展開し、人と自然が繋がることを通して人々の健康やウェルネスに着目した活動を行っていく予定だ。

そういう意味でも、屋久島は最高の場所なのだ。
また、それを具現化していく上でも最高の環境がある。

もちろん、5歳と7歳になる子供たちにとっても、屋久島の地元の学校に通い、大自然の中で成長していくことは最高のギフトだと思っている。

そして、この島に移り住み、地に足をつけた島民として生活が始まると、これまで以上に「自分らしい生き方」をしているシンプルな人たちとの交流が始まった。自分の探究心や好奇心を追求し、独自の生き方をしている人たちであり、観光で屋久島に来るだけでは、絶対に出会えない人たちばかりだ。

それは、これまでなかったような生き方ではなく、昔の日本のエッセンスを残した形で自然とともに生きているあり方とも言える。自然環境が非常に厳しい屋久島で暮らしているからこそ、私たち人間が大自然に順応していくすべの知恵が生まれるのだろう。

新しい時代に突入した今、「世界遺産、縄文杉トレッキング」というこれまでの屋久島の先にあるもの、そしてこの島に住む人々の魅力であれ可能性であれ、様々な視点から探っていこうと思う。

ほんと、人生は面白いに尽きる!

写真提供:杉下智彦、杉下真絹子
©︎2020 Tomohiko Sugishita & Makiko Sugishita. All Rights Reserved.

□ライターズプロフィール
杉下真絹子(READING LIFE編集部公認ライター)

大阪生まれ、2児の母。
1998年より、アフリカやアジア諸国で、地域保健/国際保健分野の専門家として国際協力事業に従事。娘は2歳までケニアで育つ。そこで色んな生き方をしている多種多様な人々と出逢いや豊かな自然環境の中で、自身の人生に彩りを与えてきた。
その後人生の方向転換を果たし、2020年春、子連れで屋久島に移住。【森の中でウェルビーングする/archaic FORESTING】をキーコンセプトに屋久島で森林浴・森林セラピーなどの活動開始(カレイドスコープ代表)。
関西大学卒業、米国ピッツバーグ大学院(社会経済開発)修士号取得、米国ジョンズホプキンス大学院(公衆衛生)修士号取得。

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2020-10-05 | Posted in 屋久島Life&People

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