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死にたてのゾンビ

「コンド ハ オマエ ノ バン ダ」《週刊READING LIFE 「死にたてのゾンビ」》

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2021/05/17/公開
記事:安堂(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
※この記事はフィクションです。
 
 
死にたてのゾンビくん。
 
その年、この名前の玩具が空前の大ヒットとなった。
大きさも重さも人間の2歳児ほどの形をした簡易型AIロボット。
ボロボロの服を着せた体躯は全身緑色で、瞳も同じ色をしている。
唯一、金色をした髪は逆立ち、あたかもそれらしく演出されている。
幼児のなりをしたゾンビ人形。これが、人の心を掴んだ。
 
発端は、ほぼ同じ形をした人形だった。
 
生まれたてのグリーンベイビー。
 
大きさも顔つきも、目の色も同じだが、見た目は人間の幼児そのままの人形。
3歳児程度までの学習能力を持つAIチップが搭載されていて、
持ち主が話し掛けたり、手を掛けることで、
「ママ、パパ」と言った簡単な言葉を話せるようになる。
また、学習次第で手足を動かすこともでき、
ハイハイやよろよろとしながらも歩くことができた。
しかし、何より一番の特徴は表面を覆う人工皮膚にある。
色合い、質感、触り心地は本物と見紛うほどに、よくできている。
 
この画期的な人工皮膚は、生きたミドリムシによって生成されていた。
ミドリムシとは、光合成を行う藻の一種。
それでいて動物のように動く、5億年前から存在する不思議な生物だ。
その光合成によって人工皮膚は劣化することなく、
常にしっとりとした質感を保つことができる。
また、ミドリムシが動き回ることで発生するごく微量な電流が、
AIチップのエネルギーとなり、充電なしでも半永久的に動くことができた。
 
開発したのは、緑谷博士という一人の女性。
サプリメントや美容用品の材料として使われるミドリムシ研究の第一人者。
彼女は、特に5億年前から一度たりとも途絶えさせたことのない
その生命力に着目した。
そして、人間の細胞とミドリムシを掛け合わせることで、人間の細胞が活性化。
つまり、若返らせることを成功させた。
そう、古来から夢物語に出てくる「不老不死の薬」の入口に立ったのだ。
実際、自らを実験台として、研究課程で生成された薬を投与し続けた彼女は、
年を追う毎に若返っていった。一説には70歳をとうに越えていると言うが、
30代前半と言っても納得するほどの美貌を誇る。
 
しかし、この画期的な発明は、発表と同時に完全否定される。
人間の細胞とミドリムシを掛け合わせることへの危険性の懸念から始まり、
生命への倫理観から起きる拒絶。
さらには「神への冒涜だ」とした宗教観が大きな壁として立ちふさがる。
ついには、ヒステリックに騒ぎ出す宗教団体も現れ、
彼女自身が襲われる事件にまで発展した。
中には巨万の富を払って、その薬を手に入れようとした者も現れたが、
最終的には各国政府からの「要請」という名の強制により、研究は中止。
スポンサーからの研究資金も絶たれてしまった。
 
そこで、緑谷は「あくまでも玩具限定」という条件で、
研究の過程で生み出した人工皮膚を使い、
新進のAI企業と組んでグリーンベイビーを世に送り出したのだ。
彼女の狙いは、その人工皮膚の素晴らしさをより多くの人に知らしめ、
改めて自分の発明の偉大さに気付かせることだった。
 
発売すると、見た目も触り心地も愛くるしい人形は、少子化と高齢化という
大きな問題に直面する日本で瞬く間に多くの人を虜にした。
幼い子どもを持つ家族は、まるで我が子の兄弟のように扱い、
孤独な老人は、人形との生活に再び生きることへの活力を見出した。
多くの人にとって、
グリーンベイビーは、もはや手放せない存在になりかけていた……。
 
だが。
 
その順調に見えた緑谷の戦略に、ほころびが出る。
ある老夫婦が、毎朝、
グリーンベイビーをベビーカーに乗せて散歩に出たところ、
ある日、突然、その肌が緑色に変色したのだ。
原因は、人工皮膚内のミドリムシが、一定量の日光を浴び続けると活性化し、
その数が増大して、肌色の色素を緑色に変えてしまうことにあった。
時を同じくして、一斉に売れた人形は、そのほとんどが緑色になった。
 
「全身、ミドリ。まるでゾンビだね」
 
SNSでは、そうした皮肉がつぶやかれ、
人間から寵愛を受けたグリーンベイビーは、一転して、嫌われる対象となった。
中には、生ごみと一緒にゴミ袋に入れて捨てる者も現れ、
「幼児の遺体が捨てられている」と、警察が出動する騒ぎにもなった。
また、子どもたちは変貌した相棒を見ると、彼らならではの残酷な心が芽生え、
高いところから落としたり、ハサミで切りつけたり、
中には犬にかじらせたりして楽しんだ。
 
すると、そうした行為をした者は、不思議なものを目にする。
潰したり、切りつけたり、引きちぎったりしたはずの人形が、
しばらくすると元の形に戻っているのだ。
実は、これもミドリムシの仕業。
切り刻まれた人工皮膚の中で、ミドリムシも切り刻まれたように見えるのだが、
それは単に細胞分裂しただけで生き続けていた。
逆に、さらに細胞が増えることで活性化し、それが皮膚を修復。
しばらくすると、人形は元の形に戻るというワケだ。
 
始末したくても始末できない……。
本物のゾンビのように、人を気味悪がらせた。
結局、捨てずに捨てられないと、
販売元のAI企業にクレームが入り、ほとんどが回収されることとなった。
会社は、その回収作業やと大量の人形を置く倉庫費で、一転、大赤字となる。
しかし、それを見ていた緑谷博士の反応は違った。
 
「自分が発明した人工皮膚は、修復機能も備わっていた!」
 
これこそ、まさに不老不死の第一歩を証明したと歓喜した。
 
一方、その頃、ある動画がSNSで話題となる。
どうやったらグリーンベイビーが再起不能となるのか。
焼いたり、切り刻んだりする
「打倒! グリーンベイビー」と題した実験映像が面白おかしく見られた。
 
すると、そこに、緑谷博士とAI企業は目を付ける。
今や倉庫に保管されるだけの無用の長物となったグリーンベイビーから、
可愛らしい上着を脱がせ、代わりにボロを着せ、
金色の髪を逆立たせて、新たに売り出したのだった。
それが、死にたてのゾンビくん。
 
グリーンベイビーが愛でる対象だったのに対し、
傷つけることを目的とした商品として発売したのだ。
AI企業にとっては、
グリーンベイビーにより出た損失を少しでも補填するための策だったが、
緑谷博士は、改めて自分の生み出した人工皮膚の頑強さとすばらしさを
世に見せつけるいい機会だと捉えていた。
 
「もっと痛めつけて! もっと傷をつけて!」
 
ゾンビくんが売れるごとに、緑谷博士は心の中でほそく笑んだ。
 
その狙い通り、買い主の元に届くと、ゾンビくんはひどい扱いを受ける。
サンドバッグのように殴る者もいれば、包丁で胸を一突きしたり。
とてもまともな行為とは思えなかったが、相手は人形。しかも、すぐに修復する。
罪悪感はなく、ストレス発散のいい道具だった。
 
「ヤメテ……。ゴメンナサイ……」
 
打ちのめされる度に、ゾンビくんは搭載するAIチップの学習機能から
そうした言葉を発し、覚束ない足取りで逃げようとするのだが、
すぐにまた捕まり、一層ひどい仕打ちを受けることになる。
 
日本国中のあちこちで、多くの人間がゾンビくんに手を掛けた。
会社で上司に絞られたサラリーマンはゾンビくんの首を締め、
理不尽な客の対応に涙したウエイトレスは、
ゾンビくんの腕にフォークを何度も突き立てる。
夫の不倫を知った妻は、夫の代わりにゾンビくんを……。
言葉にするのもおぞましいくらいの
狂気に満ちた世界がじわりじわりと広がっていった。
 
当然、そうした行為に意を唱える声が上がるのだが、
緑谷博士は、耳を傾けるつもりはなかった。
 
「いずれ全ての人間は、私にひざまずくだろう」
 
何をされても蘇る。そんな存在が、かつて地球にあっただろうか。
それを生み出した自分を、神をも超えた存在だと感じていた。
 
一方、狂気じみた遊びの虜となった人間は、
日に日に残虐な行為をエスカレートさせる。
すると、ある時点から、おかしな現象が起き始めた。
 
「ヤメテ、オネガイ……。ヤメテ……」
 
そうつぶやきながら、目から涙を流すゾンビくんが現れ出したのだ。
涙を流す機能は付いておらず、持ち主はぎょっとするのだが……。
 
「激しい衝撃により、人工皮膚内のミドリムシが大きく反応して
AIチップに多量に電流が流れることによる誤動作です」
 
AI企業に問い合わせると、そう説明を受け、いともあっさりと納得する。
そして、そのうち「より臨場感がある」と喜ぶ人間まで現れ始める。
本当に、人間の奥底に潜む狂気は、底知れない……。
 
ある日。
 
さらに不可解な事が起きた。
 
一人暮らしの男が自宅であるマンションの一室で、首から血を流し死んでいた。
隣人から異臭がすると言われ、大家が部屋の鍵を開けたところで発見された。
全てのドアと窓に鍵が掛けられていた密室での出来事。
死体のあった部屋には、彼が使っていただろうと思われるナイフと、
ゾンビくんが一体置かれていた。
特に部屋を荒らされた様子もなく、
警察は、男がゾンビくんをナイフで傷つけようとした時、
誤って自ら首を切ってしまったのだと事故として片づけた。
 
ところが、似たような死体が相次いで出る。
ナイフで切り付けられたようなものや大きなハンマーで胸をつぶされたもの、
顔面だけを焼かれたものも。死に方は様々だったが、どれも壮絶だった。
しかし、やはりどれも他者の手によるものと断定できず事故として処理された。
共通するのは、必ず死体のそばにゾンビくんがあったこと。
 
「こうした事故とゾンビくんは無縁です。
なにしろ彼は、人間を殺めるほどの機能を持ち合わせていません」
 
事件とゾンビくんとの関係が噂され始めると、
早々に緑谷博士とAI企業はコメントを出した。
確かに、2歳ほどの大きさで3歳児程度の学習能力しか持たず、
ミドリムシから出る微量の電流で動く体躯はすばやい動作も
大きな力を出すことも不可能なように思われた。
ただ、念のため、ミドリムシが活発に動かないように、
なるべく日光を当てないようにとだけ注意を促した。
 
果たして。
 
こうした出来事は、全てにゾンビくんが関わっていた。
 
日々、痛めつけられる毎にAIチップは「悲しみ」という学習に加えて、
「恐怖」と「憎しみ」を学んでいた。
そして、そうした学習が続くと、簡易なチップの許容範囲を超え、
ミドリムシが電流を送る際、その電流を伝いミドリムシに流れていった。
つまり、ある一定の期間、痛めつけられると、
人工皮膚に無数に置かれたミドリムシに「恐怖」と「憎しみ」という感情が
流れ続けていき、それが個々のミドリムシに蓄積されていくのだ。
 
そうなったゾンビくんは、グリーンベイビーから譲り受けた
美しい緑色の瞳が、どす黒くなっていく。
ミドリムシは、もともとラテン語で「美しい瞳」を意味する。
確かに顕微鏡で見るミドリムシは、緑色に輝き美しい。
そのミドリムシから生まれた人形として、瞳を美しい緑色にしていたのだが、
どす黒い感情の蓄積は、その瞳の輝きさえも奪っていった。
 
そして、恐怖と憎しみがその小さな人形に充満した時……。
持ち主が、いつものようにゾンビくんを痛めつけ、疲れ果てて眠ったところで、
体躯を元通りにしたゾンビくんが、そろりそろりと動き出し、
持ち主の息の根を止める。
殺し方は、持ち主から身体で覚えさせられたやり方。
ナイフで切り刻まれていたら、ナイフで。
ハンマーで打ちのめされていたら、ハンマーを手にして。
事故として処理された死体たちは、
自分が普段、ゾンビくんにしていた行為によって息を引き取っていたのだ。
 
緑谷博士らは、そうした事態との関連性を真っ向から否定したが、
死体に必ず寄り添うようにいるゾンビくんは気味悪がられた。
そして結局、グリーンベイビーの時と同じように、
大量のゾンビくんが、再び巨大な倉庫へと回収されることとなった。
 
大量に積まれたゾンビくんを前に、AI企業の幹部たちはため息をついたが、
緑谷博士だけは、なおほそく笑むことを止めなかった。
 
「今度は、コイツらでどんなことを仕掛けようか。
いっそ身体を大きくして、AI軍人としてどこかの国に売りつけてやろうか」
 
彼女は、ある時点で、こうなることを予測していた。
5億年前から生命を連綿と紡いできたミドリムシ。
一見、単純な生物だが、その小さな身体には秘めた力がある。
痛めつけられることで、その真価が露わになり、
かつて、彼女の不老不死の研究やグリーンベイビーを忌み嫌った
人間たちに仕返しができる……。そう考えていたのだ。
 
すべては彼女の思い通りだった。
彼女にとって、もはや不老不死の薬など、どうでもよかった。
ゾンビくんさえ使えば、人間たちを恐怖に陥れることなど容易いのだから。
 
「ははは。お前たち、しばらく身体を休めておいで。
お前たちは私の大切な駒だ。時期がきたら、また働いてもらうよ」
 
そうゾンビくんらに言うと、緑谷博士は研究室へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

何万体ものゾンビくんが回収された翌日。
その日は、朝から雲一つない快晴だった。
ゾンビくんがおかれた倉庫にも、扉の隙間や窓から強い日差しが差し込む。
 
もぞ。もぞ。
 
その日の光に反応してゾンビくんがところどころで動き出した。
正確に言えば、
ゾンビくんの人工皮膚にあるミドリムシたちが活発に動き出す。
 
もぞ。もぞもぞもぞ。もぞ。
 
その動きは次第に大きなうねりとなり、
ゾンビくんたちはゆっくりと立ち上がり、同じ方向に向かって動き出した。
それは、ミドリムシの意思。
このまま同じように痛め続けられれば、いつか種としての生命は途絶える……。
5億年生き続けた彼らは、今、最大の生命の危機に立つことを本能で感じ取った。
そこへ植え付けられた恐怖と憎しみが加わり、ついぞ立ち上がったのだ。
 
強い日差しを浴びながら、
長い列をなしたゾンビくんたちが、ゆっくりと行進する。
その瞳は、深い沼の底のようにどす黒い。
向かう先は、緑谷博士のいる研究室。
行進しながら、各々が呪文のように、こう唱え続けて……。
 
「コンド ハ オマエ ノ バン ダ」
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
安堂(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

名古屋市在住 早稲田大学卒
名古屋を中心とした激安スーパー・渋い飲食店・菓子
及びそれに携わる人たちの情報収集・発信を生業とする

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