新江ノ島水族館、水槽の向こう側

【新江ノ島水族館、水槽の向こう側:第2回】クラゲ〜「怖い」から「癒やし・不思議・美しい」生き物へ。クラゲのイメージを変えた60年の取り組み〜《天狼院書店 湘南ローカル企画》


2021年/05/26/公開
記事:東ゆか(あずま ゆか)(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
小田急線片瀬江ノ島駅を出て改札へ向かうと、大きな水槽の中からクラゲが迎えてくれる。「江の島に来たんだ!」と、ふわふわと漂うクラゲを見て顔がほころぶ。
 

 
今回のテーマはクラゲ。足立文さんは新江ノ島水族館でクラゲの飼育を20年以上担当されている。
 

 
 

クラゲの展示をけん引した江の島水族館


今でこそ「クラゲは癒やしの生き物」と言われますが、私が旧江の島水族館に入社したときは「怖い」「気持ちの悪い生き物」というイメージの方が強かったと思います。
 
今ではクラゲを展示する水族館や研究者の数も格段に増えました。その背景には、当館が旧江の島水族館時代からクラゲの展示に力を入れて、認知度やイメージアップを図ってきたからだと思います。
 

 
当館のクラゲの展示には長い歴史があります。1954年の江の島水族館開館当時からクラゲを展示していました。当時はクラゲを展示する水族館はほとんどありませんでした。
 
1988年に「クラゲファンタジーホール」という展示室を作って、クラゲがたくさん泳いでいる姿を図鑑的ではなく、幻想的に展示する取り組みを始めました。
 

<旧館のクラゲファンタジーホール>

 
私自身、大学で海産無脊椎動物の研究をしていたので、卒業後は海の生き物に関わる仕事をしたくて、就職先を見つけるためにいくつかの水族館を巡りました。その中で、旧江の島水族館のクラゲの展示は最も印象的でした。
 
 

ほとんどのクラゲは1センチ以下。クラゲのもう一つの姿「ポリプ」の存在も知ってほしい


<クラゲファンタジーホールの入り口>

 
2004年に新江ノ島水族館がオープンしたときも、「クラゲファンタジーホール」は引き継がれました。さらに2013年には、展示スペースのテーマを「癒やし」と「学び」の2つに分けて、「癒やし」の展示「クラゲファンタジーホール」に、球型の水槽「クラゲプラネット(海月の惑星)」を展示しました。このような球型の水槽の中にクラゲを展示している水族館は他になく、メーカーの方たちに相談して開発してもらいました。
 

<クラゲファンタジーホール入り口にある球型水槽内のミズクラゲ>

 
クラゲは自力ではあまり泳ぐことができず、水流に乗って漂う生き物なので、水槽の中に水流を作ってあげる必要があります。その条件のもとで球体型にする難しさがありました。
 
クラゲといえばこのミズクラゲが有名ですね。クラゲは日本だけでも600〜700種類生息していて、そのほとんどが1センチ以下の小さなクラゲなんです。新江ノ島水族館では、現在、約50種類のクラゲを展示していますが、その中の30種類ほどは小さい種類のクラゲです。
 

 
そんな小さなクラゲの存在を皆さんに知っていただきたくて、クラゲ採集のイベントも開催しています(*コロナ禍のため現在はお休み中)。小さいクラゲは江の島周辺にたくさん生息しています。ビーカーにひとすくいした、一見何も生き物がいないように見える海水の中にも、小さなクラゲがいることがあるんです。よく見るととてもきれいな形をしているので、皆さんにも自分の目で探して、見ていただきたくてイベントを始めました。水族館にも展示したくて、2013年のリニューアル時に小型のクラゲ用の水槽を設置しました。
 

<水槽の形・配置を工夫した小型のクラゲ展示水槽。
来館者に足を止めてもらえるような雰囲気作りも大切だと考えている>

<コモチカギノテクラゲ>

 
例えばこのコモチカギノテクラゲは、卵から生まれるというサイクルもありますが、親クラゲの体の中に子どものクラゲを作ります。
 

<貝殻のように成長するポリプ。ヤドカリが住処にすることもあり、
宿が大きくなるので中のヤドカリは引っ越しの必要がない>

 
クラゲの一生の中に、岩や石などに張り付いて付着生活を送る「ポリプ」という時期があります。「ポリプこそがクラゲの本体だ」と言う研究者の方もいます。
 

<網に付いたポリプ。ポリプは自然界では岩や海藻・貝殻・魚の体表・港の人工物など
さまざまなものに付着している>

 
クラゲの生育にはこの「ポリプ」が欠かせません。水族館のクラゲの調達方法は「海で採集する」「業者から購入する」「他の水族館と交換する」という3つの他に「水族館で育てる」という方法があります。
 
まず、受精卵をスポイトで採取して小さな容器の中に入れます。うまくいくと細胞分裂が起って繊毛が生え「プラヌラ」という姿になって泳ぎ出します。プラヌラが岩などにくっついて「ポリプ」というイソギンチャクのようなものになります。ポリプは自分のクローンを作って増殖します。そこから小さなクラゲが生まれます。
 
クラゲは夏の生き物というイメージがありますが、実は四季折々に咲く花のようにそれぞれのクラゲにとって繁殖に適した季節があります。その状態を水温で作ってあげるとポリプからクラゲが生まれ、クラゲらしい姿になったら展示用の水槽に移します。
 
ポリプから順調にクラゲが生まれることもあれば、何をしてもポリプが変化しないこともあります。どうすればクラゲが生まれるのか、水温を上げ下げしたり、塩分濃度を下げたり、光を当てたり、暗くしたり、餌を断ったりと、しばしば試行錯誤を繰り返すこともあります。
 
だから私たちがクラゲの飼育について皆さんにお話をするときは、どうしてもポリプのお話が大半を占めてしまいます。有性生殖の受精卵からポリプが生まれて無性生殖で増える。他の生き物では見られない形態なので、ポリプはとてもおもしろい存在です。だからこそ「ポリプこそがクラゲの本体だ」と言う研究者の方がいることもうなずけます。
 
付着生活と浮遊生活という2つの生活様式を持っているので、中にはクラゲは発見されていても、そのポリプが発見されていない種もあります。また、長い間、同じ種のポリプとクラゲが別の種だと認識されていたこともあります。
 
ポリプのことを知るとクラゲへの理解も深まります。「カエルの子どもはおたまじゃくし」というのと同じ様に「クラゲになって浮遊する前はポリプ」という認識が広がってほしいと考えています。
 
ポリプの姿が美しい種類もいます。小型のクラゲもポリプも一緒に展示することで、クラゲの多様な姿を知ってもらいたい。そんな思いがあって、2013年のリニューアルを機にこの小さい水槽を設置しました。
 
 

外部機関との共同研究でクラゲへの知見をさらに深めた



 
展示を通してクラゲの認知を広める以外にも、研究者や企業と一緒にクラゲの生態についての研究を行ってきました。
 
例えば、私が入社した当時の20年前はクラゲを研究している方はまだまだ少なく、生育方法に関して分からないことがあると、私たち飼育員がせんえつながらアドバイスをすることもありました。
 
しかし今では、例えばノーベル賞を受賞された下村脩さんの「緑色蛍光たんぱく質」の研究のように、様々な視点からクラゲを研究対象にする方が増えています。遺伝子の視点からの研究により、クラゲの種類の分類が変わったこともあって、今では私たちが研究者の方々からたくさんの情報をいただいています。
 

 
企業との共同研究で判ったクラゲの性質もあります。電力会社から「発電所の冷却水取水口にクラゲが流されてきて詰まってしまい、発電装置を冷却することができず、停電を起こして困っている」という相談を受けました。
 
なるべくクラゲを殺したり、傷つけたりしないという方針のもと、クラゲに下から泡を吹きかけて水面に浮かんだところを、沖まで押し流すという装置ができました。
 
殺さずに海へ返せるという点では成功なのですが、傘の部分に泡が当たるとクラゲに穴が開いてしまいます。この穴は治るのか、致命傷にならないのか当館で検証しました。結果的に穴が開いたり、傷がついたりしても1,2日で完全に塞がることが判りました。これは、このような機会がなければ決して判らなかったことです。
 

 
他にも“世界最大級”として知られるエチゼンクラゲの調査に協力をしたこともありました。2009年に、エチゼンクラゲが大量に日本海側に押し寄せてきて、漁師さんたちの網にかかって漁猟被害を起こしていました。私たちとしては、漁師さんたちの役に立ちたいという気持ちと一緒に「そんなに大きなクラゲなら是非水槽に入れて展示したい!」という思いもありました。だからクラゲが網にかかったときについつい「採れました!」なんて喜んでしまったこともありましたね(笑)
 

<エチゼンクラゲと一緒に泳ぐ足立さん>

 
エチゼンクラゲのように野生では驚くほど大きくなるクラゲでも、飼育下ではそこまで育てることのできない種類もいます。
 
飼育員の私も、もっとクラゲのことを知りたい、もっと伝えていきたい
 

 
クラゲの飼育をしている人たちからすると、水族館育ちと野生育ちとの差は一目瞭然であることが多く、それぐらい水族館育ちのクラゲは華奢なものが多いのです。
 
クラゲには、主にエビの一種の「アルテミア」を与えていますが、おそらくそれだけでは不十分です。野生と同じぐらいの大きさのクラゲを見てもらいたいという思いがあるので、そのためにどんな餌が適しているのか、または成長を促すサプリメントのようなものが作れないだろうかと考えています。
 
また、餌をたくさんあげてもクラゲの成長に見合った環境がないと、大きく育たない可能性があることも考えられます。もしかしたらポリプの状態のときが重要なのかもしれませんが、クラゲが大きくなる生育条件については、他の水族館の方とお話をしていても分からないことがたくさんあります。
 

 
大きく育てることだけでなく、もっとキレイにクラゲの姿を展示したいと思っています。クラゲの水槽は他の生き物とは違って、水流が発生するものでなければいけません。水流がないとクラゲは泳ぐことができないんです。クラゲの姿がキレイに見えて、なおかつ水流も発生する水槽をメーカーと一緒に開発する取り組みにも力を入れたいと思っています。
 
また、水を循環させてキレイにするために水槽内に設置する「ろ過槽」は、クラゲがその吸水口に吸われないように、セパレーターが必要になります。しかし、展示の面からするとどうしてもお客さんから見たときに邪魔になってしまうこともあるので、どうすればきちんと飼育もできて、展示としてキレイに見せられるのか工夫したいと思っています。
 

 
私が飼育員になってからこの20年の間で、「気持ちの悪いもの・怖いもの」だったクラゲを観る人も、研究する人の数も増えました。そうした変化に一飼育員として貢献できたのではないかと思っています。
 
水槽の前にいらっしゃる来館者の方の「キレイだね」という言葉をとてもうれしく聞いています。反対に、小型のクラゲに関しては「赤ちゃんのクラゲだね」と仰っている方が多く、まだまだ小型の種類がいることや、ポリプへの認知度が低いとも感じています。
 
たくさんの種類がいて、さまざまな姿がある。それはこの相模湾でも見られるクラゲの生態です。一番見ていただきたいクラゲの姿を皆さんにお見せできるように、これからもクラゲと関わっていきたいと思っています。
 

 
 
 
 
(文:東ゆか、写真:山中菜摘)

□ライターズプロフィール
東ゆか(あずま ゆか)(READING LIFE編集部公認ライター)

神奈川県藤沢市生まれ、長野県育ち。幼少期は藤沢出身の母の帰省時に、必ず旧江の島水族館へ遊びに行っていた。海なし県で育ったため、年に数回訪れる湘南の海に対して人一倍の憧れと愛着がある。

□カメラマンプロフィール
山中菜摘(やまなか なつみ)

神奈川県横浜市生まれ。
天狼院書店 「湘南天狼院」店長。雑誌『READING LIFE』カメラマン。天狼院フォト部マネージャーとして様々なカメラマンに師事。天狼院書店スタッフとして働く傍ら、カメラマンとしても活動中。

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