祭り(READING LIFE)

二十歳の祭り《READING LIFE不定期連載「祭り」》


記事:小倉 秀子(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)

 
 

「カンパ〜イ♪」

その時、そう言うあなたの喜びの声が聞こえてくるようでした。
長男としてわが家に生まれてきてくれたあなたの20回目の誕生日当日。0時を回ったと同時に、自分で買ってきた缶ビールを開けて、自分で焼いた餃子とともに、自分で祝杯をあげていましたね。

 

「お誕生日おめでとう」

そのとき、仕事の納品をするためにリビングで作業していたわたしは、今年も一番にあなたに直接おめでとうを言えました。このセリフをいうのも、もう20回目なのですね。

おそらくこの20年、わたしは誰よりも先に直接あなたにおめでとうと言ってきたでしょう。幼い頃は朝起こすとき、必然的にわたしが一番におめでとうを言うことになります。大きくなってあなたが夜更かしするようになってからは、わたしは0時を回るのを待って、おめでとうを言ってから就寝するようにしていました。

「ありがとう」

あなたは軽く会釈して感謝の意を述べると、すぐまたスマホに視線を戻しましたね。今ではSNSの友達もたくさんいるでしょうから、きっと多くのお祝いメッセージをいただいたことでしょう。いつも感心するほどの超速フリック入力で、上下左右にせわしなく指を動かし返信しているその隙に、久しぶりにあなたの表情を見入っていました。少し笑みがこぼれたその表情からは、いまの日常が充実していることがうかがえます。ついこの間まで純朴な感じの高校生だったのに、いつの間にか凛々しく引き締まった、大人びた表情をするようになったのですね。

 

二十歳の誕生日祝いは、成人になることを祝福するお祭りでもあるので、今回は家族だけでなく親戚も集まってくださいましたね。あなたの大好きな鉄板焼のレストランでお祝いをしました。

あなたは食前酒に、キールロワイヤルを注文していましたね。カシスリキュールとスパークリングワインで作られるカクテル。いつの間にか、そんなオシャレなお酒の事も知っていたのですね。バイト経験のおかげでしょうか?
静かにグラスの脚の部分を持ち、ゆっくりと口に近づけ、ひとくち含む。それなりにサマになっていて、「あれ? ハタチになったばっかりだよね?」と思わずにはいられませんでした。本当に飲むの初めてですか??

運ばれてきたお料理を、背すじをピンと張って、上手な箸使いで、ひとくちひとくちゆっくりと味わうように口に運んでいましたね。
そういえば、幼少のころのあなたは、食事中にじっとしていられませんでした。料理が運ばれてくるまでの間に、歩き回ったり、机の下にもぐったり、それはもうとにかくお行儀が悪くて恥ずかしかった。わたしのしつけが悪いのかと、自己嫌悪にも陥りました。あのときあまりにも落ち着きがなく、随分と我が強かったのでかなり心配しましたが、でもあの時のわたしに教えてあげたかったです。
「15年後には立派に成長し、青年の振る舞いになっているから大丈夫、心配しないで。信じて、見守っていてあげて」と。

 

心配といえば、わたしはあなたのこと、小学校の頃からついこの間、高校を卒業するまで、ほぼ毎日のように心配していました。
お友達とケンカをしたことはただの一度もなかったけれど、集団になじまなかった。国語の時間に算数の教科書を開いて平然としていたり、先生の説明中に先に答えを言ってしまって、何度も授業が中断し、先生に叱られた。
中学校に入ってからは、受験勉強からの解放感のためか、全くと言っていいほど机に向かいませんでしたね。朝起きるのが苦手なので、遅刻も多かった。それでも学校は楽しかったらしく、毎日笑顔で通っていました。

 

様子が変わったのは、高校に入ってからです。中高一貫校だったので受験なしに高校に上がれました。でも高校に上がったのと同時に、学年全体が3年後の大学受験に向けて走り出した。
受験勉強が大嫌いだったあなたはその雰囲気の変わりように戸惑い、ストレスを溜めていくようになりました。次第に朝起きられなくなり遅刻や欠席が増え、単位取得が危ぶまれるほどに。
大好きなゲームをしたり、スマホに没頭することでストレス解消していたあなたは次第に依存的になり、それらを手放せない状態になりました。あなたが観念してゲーム機器を置いて寝るまで、わたしも就寝せずに待ち続けました。朝は遅刻せずに登校するために7時にあなたを起こすものの、深夜2時過ぎに就寝したのでは、体力のないあなたの睡眠時間としては短すぎて、全く目を覚ましません。
わたしも、起きないならばと、その1時間後にまた起こし、それでもダメならせめて午後の授業に間に合うようにともう一度起こし……というように、あなたを起こすことに毎日全力を注ぎ続けてしまいました。起こそうとすればするほどあなたはストレスを感じ、自分の殻にこもってしまった。今思えば過保護、過干渉であったと反省しきりです。あなたを育ててきたことに関して一貫して言えることですが、もっとあなたの持てる力を信じて、もっとおおらかに、自立を促せるような接し方をするべきだったと思っています。

いつも何も語らず、親や先生の話に耳を傾ける事もなく、ひたすら殻にこもり続けたあなたを、周囲の人たちは大変心配していました。それほどあなたはストレスを抱え、体力もなく、受験勉強もはかどってはいないように見えたのに、学校や塾の先生方のお力を借りながら受験を乗り越え、希望の大学に合格し入学しました。
今思えば、勉強も嫌いで体力もないあなたに合った、とても戦略的かつ効率的な戦い方だったと思います。最終的にはしっかり合格を勝ち取ったことは、あれほど苦しんだ受験を乗り越えた証でもあります。誰にも流されず、自分の決めたことを押し通す気迫だけは人一倍あるようです。
心配ばかりしてきたけれど、もうあれこれ言わず本人の信じて進む道を支えるだけ。この時、いよいよ子離れの時だと実感しました。

 

あれから2年。今のあなたは、学生生活を本当に満喫しています。
あなたのことだから、どこかの大学・学部に合格して進学したとして、それが興味のない分野だったらきっと通わなくなっていたに違いありません。でも、あなたは自ら希望して選んだ大学、学部に進学した。高校よりも遠い大学に、1限から行かなければならないと言って、自分で目覚ましをかけて一生懸命起きています。ちょっとした不調を感じるとすぐに「今日は学校を休む」と言っていたあなたが、多少の体調不良や、大好きなゲームに興じて徹夜明けの寝不足状態でも、出席を取る授業だからと言って出かけていきます。朝懸命に起きて学校へ出かけていく姿に、あなたの一番の成長を感じます。やはり、毎日あなたを起こすことに全力を注ぎ続けていたあの時のわたしに教えてあげたいです。
「僕が朝起きられないのは体質だから仕方がないんだ、と諦めていたあの子が、苦手ながらも必死で朝起きているよ。自分の意志で決めた道を歩むなら、自分で乗り越えていこうとするから大丈夫、心配しないで。信じて、見守っていてあげて」と。

 

1月14日、今日は成人を祝うお祭りの日。
自治体での成人式の後には、高校でも成人のお祝いがありますね。
きっと先生方は、卒業後のあなたがどうなってしまうのか、ちゃんと朝起きて通学できるのか、通わなくなってしまわないかと、本気で心配してくださっていた事でしょう。今のあなたがあるのは、あの時倒れそうになっていたあなたを、懸命に支えてくださった方々のお陰です。だから、今のあなたの姿をしっかりとお見せして来て下さい。わたしも今のあなたを先生方にお示し出来ること、母としてとても嬉しく思っています。

言うまでもないですが、ここからがあなたの、大人としての人生のスタートですね。
どんな仕事とご縁があるのか、どんな人生のパートナーと出逢うのか。
果たして孫の顔が見られるのか?? まあこれは余談です(笑)

 

あなたがこれから先どんな選択をしてどんな道を歩んだとしても、これからのわたしは、あなたを信じて見守り続けます。

 
 

ライタープロフィール

ライタープロフィール
小倉 秀子(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)
東京都生まれ。東京理科大学卒。外資系IT企業で15年間勤務した後、二人目の育児を機に退職。
2014年7月、自らデザイン・製作したアクセサリーのブランドを立ち上げる。2017年8月よりイベントカメラマンとしても活動中。
現在は天狼院書店で、撮って書けるライターを目指して修行中。
2018年11月、天狼院フォトグランプリ準優勝。

http://tenro-in.com/zemi/66768


2019-01-14 | Posted in 祭り(READING LIFE)

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