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コミケの歩き方

1.そもそも、コミケって何? 〜コミケに同人誌は売っていないって本当ですか?〜《コミケの歩き方》


こちらの記事は、天狼院の『ライティング・ゼミ』の上級コース『ライターズ倶楽部』所属のお客様が書かれた記事です。

【2022年8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」


記事:宮沢輝(READING LIFE公認ライター)
 
 

年の瀬が近くなると、本屋の雑誌売り場に一際分厚い本が置かれるようになります。
少しかじかんだ手で持つには少々重いそれを見ると、私はこう思います。
ああ、今年もコミケで終わるのか、と。

 

 

 

コミックマーケット。
通称、コミケ。
日本最大級の同人即売会は、今年の年末にも開催されます。
満員電車のような会場。
華やかなコスプレイヤー。
薄い冊子で満杯になった紙袋。
非日常的な光景が、東京ビックサイトの中に溢れかえるのです。
皆さんもテレビやネットのニュースで目にする機会があったと思います。
画面や紙面に切り取られた一部ですら、熱気と狂気に満ち溢れていて、大半の人はこう思うでしょう。
「コミケって、何?」
中には、こんなことを考えている人もいるでしょう。
「コミケってマンガとアニメの祭典よね?」
「コミケって若者しか参加しかできないんでしょ?」
いいえ、それはちょっと違います。
確かに、コミケで発表されている作品はマンガやアニメが多いのは事実です。
ですが、もっとたくさんのジャンルが存在します。
小説、映画、歴史、芸術、グルメ、医療、スポーツ、果ては宗教や政治まで。
様々な情報が東京ビックサイトの中を埋め尽くしています。
また、参加者の最年長は80代。
会社員や主婦、中学を卒業したばかりの子たちも作品を発表しています。
ここまで間口の広いイベントはそうそうないでしょう。
そして、老若男女、様々な人たちが発する情報たちはとてつもない熱気と狂気となって人々の創作意欲を掻き立てます。
何かを作りたい。
何かを表現したい。
頭の片隅にそんな思いがある人は、是非、参加してみてください。
眠りについていた夢たちが、とてつもないスピードで産声を上げていくでしょう。
 
ですが、ここで一つ問題が。
何の準備もせずに会場に行くと、ちょっと残念なことになります。
同人誌だらけで、好きなマンガのものが見当たらない。
『準備会』と書かれた腕章を付けた人に場所を聞いても分からない、の一点張り。
人の波に押し流されて、思うように先に進めない。
これらは約20年前、コミケ初参加の私が兄に出したSOS電話の内容です。
とても好きだったアニメの同人誌が欲しい、という野望だけで突撃して散々な目に遭った私は、運良く近場で休憩していた兄の前で人目もはばからず泣き叫んでしまいました。
「どうして? 私は同人誌を買いに来ただけなのに!」
兄は慰めの言葉ではなく、ため息と一緒に一言、こう告げたのです。
「ここは本屋じゃないんだぞ。カタログも見てないのか」
結局、私は同人誌を一冊も得ることが出来ませんでした。
これから参加する皆さんが、私のような悲しい目に遭ってほしくありません。
初めて参加される方へ、コミケを無理なく体感できるオススメの歩き方をお伝えしましょう!
その後、コミケのイロハを骨の髄まで叩き込んでくれた兄。
彼の口癖を今でも覚えています。
『コミケは一度たりとも同じものはない』
毎回、会場は同じなのに、とてつもない人口密集度は同じなのに、全く違う。
ちらちらと雪が降ってきたコミケ。
関東に差し迫った台風を思い切り跳ね除けたコミケ。
人々の熱気が蒸気となって、室内に雲を作ったコミケ。
どれ一つとして、同じコミケはありません。
これから来る、2019年冬のコミケ。
是非、この記事を参考に、新たな世界のドアを開いて下さい!

 

 

 

まず、そもそも、コミケとは何でしょう?
皆さんがまず頭の中に浮かぶ疑問ではないでしょうか。
実際、私も何度か聞かれたことがあります。
ですが、私はとっさに答えることができませんでした。
実はこれ、ものすごく難しい質問なのです。
コミックマーケットを開催し続けているコミックマーケット準備会。
その代表の一人が、講演会の席でこんなことを話していました。
 
「コミケは参加する立ち位置から、違う見え方をする。70万人の人たちがどう見ているのか? 集合した記録が、歴史になる」
 
参加者一人一人にとって、コミケの見え方、捉え方は違います。
自分の想いを形にした作品をみんなに見せたい。
自分の想いを身にまとって表現したい。
表現している人たちの作品を見たい、手に入れたい。
表現している人、表現を受け入れたい人を守りたい。
それぞれの想いで切り取られたコミケは全て異なります。
それだけ、コミケは多様性に富み、全てを飲み込む巨大コンテンツなのです。

 

 

 

ここで、疑問が浮かびます。
ならば、記念すべき第一回の参加者たちは、コミケについてどんな説明を受けたのか?
参加している私たちでさえ、答えに窮する内容。
それを、まだ体験していない人たちにどう伝えたのでしょうか?
 
その答えは、明治大学にある米澤嘉博記念図書館にあります。
米澤嘉博という人物は、コミケと切っても切れない縁で結ばれている方でした。
第1回から来たる97回まで、コミケを取り仕切るコミックマーケット準備会。
その組織の前代表が、この方なのです。
彼が個人で集めたサブカルチャーに関する膨大な蔵書や雑誌を保管する記念図書館に、とある一枚の紙があります。
裏表手書きでびっしりと書かれたそれは、一見すると、劣化して黄ばんだコピー用紙。
ですが、それこそが1975年12月21日に開催した第一回目のコミケへの参加案内なのです。
米澤氏が直筆で各大学の漫画研究会などに向けて送ったのだ、と司書さんから教えていただきました。半分しか目を通すことができませんでしたが、彼のマンガ・アニメに対する情熱の一片を感じることができました。
そこに、その答えがあります。
全文を書くには少々紙面が少ないので、要約すると、以下の通り。
『日本全国に数多くあるマンガサークル間の情報交換や彼らが発行した同人誌を譲るための場を作り、それを定期的に行うことで、より一層の場の拡大を計ろう』
 
そう、コミケの本来の姿は情報交換の場。
個人や団体が発する情熱が、冊子や写真、CDなどに形を変え、お互いに譲り合う場所なのです。
この信念は、今も受け継がれています。
公式HPには『コミケットの理念と実相』として、毎回作られる全ての情熱を譲る人たちへの道しるべを記したコミックマーケットカタログには『コミケットの理念』として明記されています。HPの方がより詳しく記載されているので、気になる方は是非目を通してください。
ただ、ここで問題になってくるのは、情熱を交換できない人がいる、ということです。
情熱があっても自分で作れない人や作り方が分からない人は、どうすれば譲ってもらえるのでしょうか?
個人で作っているものなのだから、タダであげればいい。
そう言う人も実際います。
ですが、それはあまりにも無慈悲です。
なぜなら、コミケで情熱を発表することは、かなりお金がかかるからです。
実は、今回も私は1日だけ発表する側(これをサークルと呼びます)で参加するのですが、もうすでに諭吉さんが数枚、私の懐から羽ばたいて行きました。
例えば、情熱を展示する机(これをサークルスペースと言います)の利用料は1回約8千円。
また、情熱を詰め込んだ冊子(これを同人誌と言います)を作るのもかなりの金額です。
今回、私は表紙を入れて40ページの冊子を50冊作ったのですが、請求額は約2万円。
1冊あたり400円くらいかかるのです。
コンビニで刷ったコピー用紙を折っただけの同人誌だって、タダでは作れません。
昔も今も、気軽にポイと渡せる金額にはならないのです。
情報を共有したい、だけど、せめて冊子を作った代金くらいは頂きたい。
そんな想いを記したのが同人誌の値札です。
交換できない人が、同人誌の代わりに印刷代と経費の一部を渡す。
なので、コミケでは同人誌を販売する、とは言いません。
譲ってもらう、頒布(ハンプ)する、というのです。
ずらっと並ぶ同人誌を目にした20年前の私は、そこを勘違いしていたのです。
コミケでは同人誌を売ってはいないのです。
情熱が紙などに焼き付けられて、欲しい人へ渡るのを待っているだけなのです。

 

 

 

「コミケは同人誌を買いに行く場所ではない」
それを理解して頂けたでしょうか?
実は、ここがコミケに行く上で一番重要なスタンスになります。
確かに、物理的に会場に行くことは可能です。20年前、私が迷い込んだように。
迷い込んだからこそ出会える物もあるとは思います。
ですが、こんな膨大な熱量を思い切り受け取る体制が出来ていないのはあまりも勿体ない。
コミケで出会う表現・作品はどれもその作り手の情熱がふんだんに盛り込まれた熱の塊。
『私を知ってください』と全力で叫ぶそれらを、粗末に扱うことは誰にもできません。
クリエイティブを行う際に一番大切で忘れがちなものが、大量に、膨大に、何十万人を飲み込み会場に溢れかえっている。
それを余すことなく取り入れる準備はこれで整ったのではないでしょうか?
もう、これでコミケは怖くなくなりました。
だって、コミケの正体を、あなたはきちんと知ることができたのだから。
 
次は、事前準備に取りかかりましょう。
持っていくべき道具や、あなた専用の宝の地図の作り方を説明していきます。
ご静聴、ありがとうございました。
 
 
 
 

参考資料:これでいいのか漫画大会(1975年:米澤嘉博記念図書館所蔵)
紙資料から見るコミックマーケット展(2019年米澤嘉博記念図書館特別展示)
コミケの紙モノを語る(2019年9月28日 明治大学トークイベント)
同人誌バカ一代 ~イワえもんが残したもの~(岩田次夫 2005年発行)
協力:浅海あやな

 

❏ライタープロフィール
宮沢輝(READING LIFE編集部公認ライター)

コミケ参加歴約20年。サークル参加歴約15年。
コミックマーケット90から96まで委託を合わせるとサークル参加は皆勤賞。
コミックマーケット97もサークル参加予定。
コスプレ・同人誌・同人グッズ作成などいろいろなものに手を出し過ぎてもはや何をしているか説明ができない個人サークル活動を続けている。
最近は二次創作フェイクスイーツ写真集のサークルに落ち着いている。
本屋には絶対売っていない情報を年2回漁るのが何よりの楽しみ。

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