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宇宙一わかりやすい科学の教科書

世界中が大騒ぎ! 最後の素粒子「ヒッグス粒子」発見って何がすごいの?《宇宙一わかりやすい科学の教科書》


記事:増田 明(READINF LIFE公認ライター)

ついに……ついに、あの最後の素粒子「ヒッグス粒子」が発見された!!!

2012年、今から6年ほど前、こんな科学ニュースが世界をかけ巡りました。このニュースは一部の科学マニアだけでなく、世界中で注目され、大々的に報道されました。NHKでもトップニュースとして報道され、あらゆる新聞の一面を飾りました。世界中がこのニュースで大騒ぎになりました。

そりゃあ大騒ぎになって当然ですよ! なにしろあの素粒子界最後の大物「ヒッグス粒子」が発見されたんですから! 歴史的な大発見なんですから!

と言われても、何がそんなにすごいのかわからなかった、そんなニュースはもう忘れていた、という方が結構多いかもしれません。確かにあの話は非常にわかりにくく、ニュースを見ただけでは、いったい何を騒いでるんだ? よくわからないなぁ、と思うのが普通です。

今回は、あの時大騒ぎになった「ヒッグス粒子」の発見とはいったい何だったのか、何がそんなにすごかったのかを、当時よくわからなかった、という方にもわかりやすくお伝えしていきたいと思います。

 

素粒子物理学とは


ヒッグス粒子は「素粒子物理学」という学問に登場する粒子です。素粒子物理学というのは、この世界のあらゆる物質が何からできているのか、どのように振る舞うのかを研究する学問です。

19世紀には、この世界のあらゆる物質は、「原子」という小さな粒が集まってできている、ということがわかっていました。原子とは、ギリシャ語のatomosが語源で、「それ以上分割できないもの」という意味です。
20世紀初頭、それ以上分割できないと思われていた原子は、実は「電子」と「陽子」と「中性子」というさらに小さな粒からできている、ということが発見されました。
さらに研究が進むにつれて、その3種類の粒もより細かい粒に分解できることがわかってきました。その粒は「素粒子」と呼ばれています。
現在、その「素粒子」は17種類あるということがわかっています。

素粒子物理学は、物理の中で最も研究がさかんな分野です。多くの素粒子研究者がノーベル物理学賞を受賞しています。1949年に、日本人として歴史上初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士も、素粒子の研究者でした。2008年に、益川さん、小林さん、南部さん、の3人が同時にノーベル物理学賞を受賞していますが、この3人も素粒子の研究者です。2002年に受賞した小柴さんも、2015年に受賞した梶田さんも素粒子の研究者です。素粒子物理学は、まさに物理の花形なのです。

素粒子物理学は、数式を使った理論的な研究がとても盛んです。その発展の歴史を見ると、まずは机上で理論的な研究が進んでいき、その理論を後から実験で証明していく、という進み方をしています。

1970年台には、理論的には素粒子は17種類あるはずだ、と言われていました。その後、実験技術が進歩していき、次々と実際に素粒子達が発見されていきました。2000年に、16種類目の「タウニュートリノ」という素粒子が発見されました。残るは最後の17種類目である「ヒッグス粒子」だけになったのです。ヒッグス粒子は、未発見のまま残された、素粒子界最後の大物なのです。

ヒッグス粒子は、ただ最後に残った、というだけではありません。17種類の素粒子の中でも、とても重要な役割を持っていて、素粒子理論の根幹をささえているものなのです。いったいどんな粒子なのでしょうか?

 

ヒッグス粒子は質量の起源


この世界の様々な物質には「質量(重さ)」があります。しかし素粒子理論によると、理論的な計算上は素粒子の質量はゼロ、という結果が出ていました。
これはどういうことなのでしょうか? 現実には素粒子に質量はあるのです。理論と現実が食い違ってしまっているのです。科学者達はこの問題に頭を悩ませていました。
1964年、英国の物理学者ピータ・ヒッグスが、この謎を解明する「ヒッグスメカニズム」という画期的な説を唱えました。

この宇宙空間全てが「ヒッグス場」というもので満たされている。その「ヒッグス場」の影響を受けることで、素粒子は質量を持つようになったのだ。

これは、かなりわかりにくい理論なのですが、例えるならばヒッグス場は水のようなイメージです。
何もない空っぽな空間と、水で満たされた空間があったとします。何もない空間で物を動かすと、邪魔するものがないため、スイスイと動きます。一方、水で満たされた空間で物を動かそうとすると、水の抵抗を受けて動きにくくなります。
イメージ的には、水のようなヒッグス場が宇宙空間全体に満ちています。その影響を受けて、素粒子が動きにくくなっているのです。この「動きにくさ」が「質量」の正体だと言うのです。
ヒッグス場から影響を大きく受ける素粒子は、「動きにくさ」が大きくなります。つまり「質量」が大きくなります。一方、ヒッグス場からの影響が小さい素粒子は、「動きにくさ」が小さく、「質量」が小さくなるのです。
この「ヒッグスメカニズム」という説によって、理論的には様々な素粒子が持つ質量を、うまく説明することができました。

しかしヒッグス場なんてものが、本当にあるのでしょうか? 実験で実際に確認しなければ、この理論が正しいとは言えません。
しかし困ったことに、ヒッグス場は目で見ることはできません。実験装置で観測することもできません。このままではヒッグスメカニズムは、ただの机上の空論になってしまいます。どうすればいいのでしょうか?

実はヒッグス場の存在を確認する方法が、1つだけあるのです。
ヒッグスメカニズムの理論によると、空間の極めて狭い範囲にとてつもなく高いエネルギーを与えると、ヒッグス場から「ヒッグス粒子」という素粒子が飛び出してくる、というのです。ヒッグス場を直接観測することはできませんが、ヒッグス粒子だったら観測することができるのです。

 

どうやってヒッグス粒子を発生させるのか


ヒッグス粒子を観測するには、素粒子の研究で使われている「加速器」という実験装置が必要になります。加速器は、図のようにトンネルが一周してつながった形をしています。
このトンネルの中に、電子や陽子などの粒子を入れて、超強力な電圧をかけて加速します。そしてトンネルの中を何回もぐるぐる回して超高速にします。その加速した超高速の粒子同士を衝突させます。こうすることで、極めて狭い範囲にとてつもない高エネルギーを発生させることができるのです。

 

 

現在、世界最大の加速器は、スイスにある「大型ハドロン衝突型加速器(LHC)」です。
LHCは山手線一周分くらいの大きさの、とてつもなく巨大な装置です。この加速器を使うと、粒子を秒速30万キロメートル近く、実に光の速度の99%以上にまで加速することができるのです。
この装置を使って粒子を加速し衝突させれば、ヒッグス粒子が発生するかもしれないのです。

 

ヒッグス粒子をつかまえろ!


実は、ヒッグス粒子を発見できるかもしれない、と期待された加速器は、LHC以前にも2台ありました。1台はスイスにあるLEPと呼ばれる加速器で、1980年台から稼働していましたが、ヒッグス粒子を発見することはできず、2000年に運転を終了しています。もう1台はアメリカにあるテバトロンという加速器で、こちらも発見を期待されていましたが、結局発見できず、2011年に運転を終了しています。

どちらの加速器もヒッグス粒子発見を期待されながら、なぜ発見できなかったのでしょうか? それは、粒子を衝突させた時のエネルギーが足りなかったからです。ヒッグス粒子は、極めて狭い範囲にとてつもなく高いエネルギーを集中させなければ、発生しません。LEPとテバトロンでは、まだ粒子の加速が足りず、衝突エネルギーが足りなかったのです。
LHCはその失敗を踏まえ、衝突エネルギーをさらに上げるために、約5000億円の巨額の費用をつぎ込み、10年間かけて建設された、史上最強の加速器なのです。

LHCならヒッグス粒子を発見できるはずだ。科学者たちは期待に胸をふくらませましたが、一方で大きな不安も抱えていました。実は、どのくらいの衝突エネルギーでヒッグス粒子が発生するかは、理論的に予測が難しく、はっきりとはわかっていなかったのです。

LHCは、LEPの数十倍、テバトロンの数倍のエネルギーを発生させることができます。しかし、そのエネルギーならヒッグス粒子が確実に発見できるかというと、それはわからないのです。もしヒッグス粒子の発生エネルギーがもっとずっと高く、LHCのエネルギーより遥かに高かったとすると、発見できないことになります。そうなると人類は永遠にヒッグス粒子を発見できないかもしれません。

ヒッグスメカニズムは、人類が100年かけて作りあげてきた素粒子理論の根幹を支えています。もしヒッグス粒子が発見できないとなると、たいへんなことになります。ヒッグスメカニズムは机上の空論になってしまい、素粒子理論が根底から崩れ去ってしまうかもしれません。
史上最強の加速器、LHCにすべての研究者の願いが託されたのです。

頼む……頼むから出てきておくれヒッグス粒子よ! 君が出てきてくれないと、100年かけて作り上げた素粒子理論がパーになってしまうんだ! ノーベル物理学賞だって、かなりたくさん素粒子研究者にあげてしまっているんだ。今更見つからないなんて言わないでくれ! なんとかLHCで見つかってくれないと困るんだ。5000億円もかかっているんだ! もうLHCより強力な加速器を作るのは無理なんだよ……頼む! ほんと頼むよ!

2008年に可動して以来、いろいろなマシントラブルはありましたが、それらを乗り越え、LHCはヒッグス粒子を探し続けました。

そして2012年7月4日、研究者達の願いがついに届いたのか、ヒッグス粒子がこの世に姿を表し、実際にその存在が実験で確認されたのです。
これがどれほどすごい発見なのか、研究者たちがどれほど喜んだか、なぜあれ程の大騒ぎになり世界的なニュースになったのか、ここまで読んだ皆さんならもうわかりますよね?

ピーター・ヒッグス氏がヒッグス粒子の存在を理論的に予測してから、実に50年もの歳月が流れていました。
ヒッグス粒子が存在することが実験で証明されたため、理論的に予測されていた17種類の素粒子全てが、実際に存在することが確認されました。
100年かけて作り上げた素粒子理論は、決して机上の空論ではなく、現実の世界をちゃんと表す正しい理論だ、ということが証明されたのです。

しかし、まだそれで素粒子研究が終わったわけではありません。今まで理論上の存在だったヒッグス粒子が発見され、ようやく本格的にヒッグスメカニズムの研究ができるようになったのです。質量を説明するヒッグスメカニズムには、まだ様々な謎が残されています。ヒッグス粒子の発見によって、それらを解き明かすための大いなる挑戦が、ようやく始まったのです。

 

 

【参考文献】
「ブルーバックス 現代素粒子物語」中嶋彰 講談社
「学んでみると素粒子の世界はおもしろい」 陣内修 ベレ出版
「面白くて眠れなくなる素粒子」 竹内薫 PHP研究所

❏ライタープロフィール
増田 明
神奈川県横浜市出身。上智大学理工学部物理学科卒業。同大学院物理学専攻修士課程修了。同大学院電気電子工学専攻修士課程修了。
大手オフィス機器メーカでプリンタやプロジェクタの研究開発に従事。

父は数学者、母は理科教師という理系一家に生まれる。子供の頃から科学好きで、絵本代わりに図鑑を読んで育つ。
学生時代の塾講師アルバイトや、大学院時代の学生指導の経験から、難しい話をわかりやすく説明するスキルを身につける。そのスキルと豊富な科学知識を活かし、難しい科学ネタを誰にでもわかりやすく紹介する記事を得意とする。

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