天狼院通信(Web READING LIFE)

海外ドラマ「SUITS(スーツ)」を観て、ゲゲゲの鬼太郎に「ねずみ男」がいなければならない理由がわかった。《天狼院通信》


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記事:三浦崇典(天狼院書店店主)

 

僕は自他ともに認める「Netflix廃人」である。
Netflixにとどまらず、Hulu、アマゾンプライム、Uネクストなど、様々な配信サービスと契約し、海外ドラマを観ない日はない。
海外ドラマを観すぎて、もはや、観るべきものが乏しくなってきて、B級映画や「あいのり」や「テラスハウス」、「バチェラー」、「リアラブ」などの恋愛ドキュメンタリーも全部見尽くし、この前からは大昔からのガンダムのシリーズにハマり、「ユニコーンガンダム」まで観て、最近は「銀河英雄伝説」のシーズン1を一気観したばかりだ。

「Netflix廃人」の僕が最近ハマっている海外ドラマがある。

「SUITS(スーツ)」である。

日本でも織田裕二主演でドラマ化されると知り、いつかは観たいと思っていたので、この機会に見始めたら、完全にハマってしまった。

法律事務所の話で、主人公の一人である弁護士、ハービーがとんでもなくかっこいい。
事務所のトップである黒人弁護士ジェシカもすばらしくかっこよく、とにかく、その人間ドラマがとてつもなくいい。
もう一人の主人公であるマイクもいいんだけれども、その他にもキャラクターが際立っていて、ゆえに、飽きない。

ちょうどさっき、シーズン2までの29話を見終えたところだ。

色濃いキャラクターの中でも、とにかく、異物感のあるキャラクターがいる。

ルイスである。

これが、絶妙に気持ちが悪い。
別に、極端に太っているわけでも、不潔なわけでも、バーコード・ハゲなわけでも、牛乳ビンメガネなわけでもない。
ハーバードのロー・スクールを出ていて、優秀。
テニスも強い。
肉体も鍛えている。
バレーに詳しく、とにかく、物知りでもある。

ところが、とにかく、絶妙に気持ちが悪いのだ。

設定としては、主人公の一人であるハービーの対抗馬として描かれているのだが、盗聴はするし、ストーカーまがいのことをするし、パワハラをするしと、ハービーと対極に描かれている。権力に弱く、力の強い者になびく傾向にあり、卑怯で、嘘をつく。

シーズンの最初のほうでは、早く消えてくれればいいのに、と心から思ったのだが、不思議なことに、ある時点から潜在的に、視聴者の僕は、ルイスを欲していることに気づいた。

気づいたのは、ある設問を自分自身にしたのがきっかけだった。

「もし、ルイスが降板したら、それ以降も僕は『SUITS』を観続けるだろうか?」

答えは、ノーだった。
明確な、ノーだった。

ルイスのいない『SUITS』なんて、観たくはないということに気づいた。
たとえ、ハードマンがいなくなっても、ジェシカがいなくなっても、ドナがいなくなっても、観続けるだろう。

けれども、ルイスだけはだめだ。
彼がいなければ、『SUITS』は観る価値がない。

そう、僕は知らない間に、ハービーやマイクでなくて、絶妙に気持ちが悪いルイスを観るために、『SUITS』を観ていたのだ。

『SUITS』が好きなのは、彼が、次に何をするのか、気になって仕方がないからだ。
どんな気持ちが悪いことを見せてくれるのかと、ルイスの出演シーンは、とにかく目が釘付けになる。

同じように思った作品が過去にもあった。

登場人物名までは覚えていないが、小説家町田康の傑作『告白』の中に登場する、絶妙に気持ちが悪いキャラクターがいた。
ともかく、気持ちが悪く、胸糞が悪くなる。

でも、今考えると、あの登場人物がいなければ、『告白』は読む価値があっただろうかとさえ、思ってしまう。

もちろん、主人公が殺害に至るまでの経緯は、読むべきであり、あの類まれなる文章のリーダビリティだけでも、読む価値があるのだけれども、あの絶妙に気持ちが悪いキャラクターなしには、あの世界は成り立たないとさえ思う。

幼い日にも、そんなキャラクターがいたように思う。

『ゲゲゲの鬼太郎』のねずみ男である。

幼い日に観たので、それが何度目のリメイクのものかわからない。
ただ、ねずみ男の絶妙な気持ち悪さだけが、大人になった今も胸にわだかまりのように残っている。

なぜ、鬼太郎はあんなやつを相手にするのだろうか。
仲間はずれにすればいいではないか。

そう思いつつも、あるいは、僕は潜在的なレベルで、ねずみ男を渇望していたのかもしれない。

ねずみ男がいない『ゲゲゲの鬼太郎』なんて、やはり、観る価値がないのかもしれない。

それでは、なぜ、作品には「ねずみ男」が必要なのだろうか。

たとえば、勧善懲悪ならば、ヒーローがいて、絶対悪がいて、それぞれに与するメンバーがいれば成り立つ。
ヒロインがいるのも、メジャーな構成かもしれないし、主人公が冴えない人物で、そのヒーローズ・ジャーニーを観るのも、物語の醍醐味となる。

『ドラえもん』はわかりやすい構成で、それを具現化している。

ただし『ドラえもん』に「ねずみ男」はいない。

もしかして、「ねずみ男」とは、世界観なのではないかと、ふと思った。

ゲゲゲの鬼太郎の「ねずみ男」は、人間と妖怪のハーフという設定らしい。
現実と幻影の間にいる存在である。

また、妖怪と言えば、「妖怪人間ベム」という漫画も、子供心に目が離せなくなった。

そう、面白いわけではなく、ねずみ男的登場人物が出ると、人は「目が離せなく」なるのだ。

これは、どういうことだろうか?

もしかして、そのヒントは、大ヒットした映画『グレイテスト・ショーマン』にあるかもしれない。
同時に、大昔の神社にも、ヒントが隠されているのかもしれない。

『グレイテスト・ショーマン』は、ショービジネスの始祖と言われるPTバーナムのことをデフォルメして描いた作品だ。
テントを使ったサーカスの始祖が、彼だったと言ってもいい。
映画の中でバーナムは、全身入れ墨の男や、豊かなヒゲを蓄えた女性、大男などを集めて、興行をする。
日本で言うところの、「見世物小屋」である。

あの映画の1シーンが忘れられない。

馬に乗った自分よりも小さな大人の将軍を観た時、少女は目を奪われるのだ。
そして、見世物小屋に出演する彼らから目が離せなくなる。

人は、心が落ち着かなくなる対象を見てしまうと、別段心地良いわけではないのに、それを持続して観たいという衝動に囚われる。

日常では味わえない、感情のスパイスが、そこにはあるからだ。
得も言われぬ刺激を、得ることができるからだ。

海外ドラマ『SUITS』のルイスは、まさに、それである。
「ねずみ男」もそうだ。

見ると、心が落ち着かなくなる。
心がざわつき、当初はいなくなればいいと思う。
けれども、この「心のざわつき」に人はハマってしまうのだ。

告白してしまおう。

僕は、ルイスが好きだ。
なんなら、主人公のハービーよりも、マイクよりも、ルイスが好きだ。

ルイスが、好きなのだ。

しかし、なんだろうか、このルイスを好きだと認めたときに感じる、心のざわつきは。
また、このざわつきも、僕は実は好きなのだろう。

ルイスは、実は親孝行でもある。
ハービーのライバルであり、悪役であり、法律事務所のオーナーであるジェシカは、ハンサムで仕事ができるハービーがお気に入りだ。
ルイスは、必要だから、置いている、というのに過ぎない。

ルイスは、それも知っている。
いつも、ハービーばかりが愛されることを、快く思っていない。
だから、ハービーを追い落とそうともする。

けれども、マザコンであり、ファザコンでもあるルイスは、昇進を告げるテレビ電話をしているときに、ハービーが突然オフィスに入ってきたときに、ルイスの母親がハービーが来たことに気づき、こう言うのだ。

「ルイス、親友のハービーが来たのね、早く紹介して頂戴」

母親のこの言葉に、ルイスは慌てて、電話を切る。

ルイスは、ライバルのハービーを、母親には親友だと話していたのだ。
実は、ハービーに憧れていたのだ。

この愛らしさは、いったい、なんだろう。

何度も言う、何度でも言う。

ルイスは、絶妙に気持ちが悪いのだ。

しかし、途方もなく、愛らしいのだ。
ときに、愛されたい小動物のような顔をする。

これが、絶妙に気持ちが悪いのだけれども、どうしても、愛らしいと感じてしまう。

もう、ルイスが好きで好きでたまらなくなる。

けれども、話が明けて、新しい話が始まると、一気にこの愛らしさが消えてしまう。

そしてまた、絶妙に気持ちが悪いルイスに戻ってしまう。
その感情を与えてくれる、彼がこうして、不可欠な存在になってくる――

人は、白黒つけたいと思う生き物である。
一方、人は、得も言われぬ感情を、胸に抱き続けたい生き物なのかもしれない。

見世物小屋やねずみ男やルイスは、日常と非日常の間にあって、人の感情が、複雑であることを我々に教えてくれるのかもしれない。

さて、『SUITS』のシーズン3を観始めようかと思う。

Netflixにあるのは、どうやら、シーズン6までらしい。

今の段階から、ルイスと別れるのが、嫌で嫌で仕方がない。

 

■ライタープロフィール
三浦崇典(Takanori Miura)
1977年宮城県生まれ。株式会社東京プライズエージェンシー代表取締役。天狼院書店店主。小説家・ライター・編集者。雑誌「READING LIFE」編集長。劇団天狼院主宰。2016年4月より大正大学表現学部非常勤講師。2017年11月、『殺し屋のマーケティング』(ポプラ社)を出版。ソニー・イメージング・プロサポート会員。プロカメラマン。秘めフォト専任フォトグラファー。
NHK「おはよう日本」「あさイチ」、日本テレビ「モーニングバード」、BS11「ウィークリーニュースONZE」、ラジオ文化放送「くにまるジャパン」、テレビ東京「モヤモヤさまぁ〜ず2」、フジテレビ「有吉くんの正直さんぽ」、J-WAVE、NHKラジオ、日経新聞、日経MJ、朝日新聞、読売新聞、東京新聞、雑誌『BRUTUS』、雑誌『週刊文春』、雑誌『AERA』、雑誌『日経デザイン』、雑誌『致知』、日経雑誌『商業界』、雑誌『THE21』、雑誌『散歩の達人』など掲載多数。2016年6月には雑誌『AERA』の「現代の肖像」に登場。雑誌『週刊ダイヤモンド』『日経ビジネス』にて書評コーナーを連載。

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」講師、三浦が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2018-10-29 | Posted in 天狼院通信(Web READING LIFE)

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