fbpx
週刊READING LIFE vol.22

髪を染めたらとんでもないことになった話《週刊 READING LIFE vol.22「妥協論」》


記事:飯田峰空(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「やっぱり、そろそろ行かないとなぁ……」
去年秋からの数ヶ月間。
私は、目に見えてハッキリと分かる「妥協」と葛藤していた。その妥協は、毎朝、洗面所で起こる。原因は、鏡に映る自分の髪の毛だ。
 
私は、ここ5年ほど髪の毛を茶色に染めている。はじめは、気分転換をしたかったから、とか重い雰囲気を変えたかったから、とかの軽いきっかけだったと思う。そして髪を染めると、しばらくして根元に黒い髪が生えてくる。二ヶ月くらい経つと、茶色い髪と黒い髪の境目が気になってくるし、それを放置するとだらしない印象になるから、また美容院に行って根元を茶色に染めてもらう、というサイクルをずっと繰り返してきた。
私がお世話になっている美容師さんは、15年以上担当してもらっている人で、飲みにいったり一緒に出かけたり友人としても付き合っている。お互いの近況を話すのが楽しく、また髪を整えてもらえば気分も上がるので、私にとって美容院は楽しいタスクの一つだった。
 
なのに、鏡に映る私の髪は、茶色と黒の境目がはっきりしている。伸ばしっぱなしで、手入れを怠っている様子がありありとわかる。このだらしない自分に嫌気を感じながらも、私は何もせずに放置していた。
それは、去年の夏におこったある出来事がきっかけだった。
 
私はその日、いつも通り美容院を予約し、いつも通りのメニューでカットとヘアカラーをしてもらい、楽しい時間を過ごしほくほくした気分で家に帰った。
しかし、その次の日の夜。私の体に異変が訪れた。
 
頭と顔がやけにかゆいのだ。最初は、昼間に親戚の家で触った犬が原因かな、くらいに思っていた。しかし、かゆみは一向に収まらず、眠ることもできないくらいになった。顔を水で冷やし、頭は保冷剤で冷やして落ち着かせても30秒くらいすると、耐えきれないほどのかゆみが襲ってくる。患部は熱を持ち始め、次第に痛くもなってきた。そして、しばらくすると目が開きづらくなって視界が狭まっていく。洗面所で顔を見て、びっくりした。
そこには皮膚が真っ赤になり、顔が一回り腫れあがった私がいた。特に、まぶたが完全に腫れて、目は潰れて見えなくなっている。その姿はまるで四谷怪談のお岩さん……いや、アンビリーバボーや仰天ニュースみたいなテレビ番組に出てくる、整形に失敗した女性のような悲惨なものだった。
子供の頃からアトピーはあったけれど、こんな症状は初めてだ。そして、これは只事じゃないことを直感した。
早くこのかゆみから解放されたいという気持ちと不安がいっぱいだった。この顔の腫れはいつ治るのか? それとも治らないのか? この顔のままだったら一生外に出られないし、仕事も生活も全部辞めたくなる! 泣きたくなるほど顔はかゆいし、考える全てのことが不安で、一睡もできない夜を過ごした。
明後日からお盆休みになるから、明日、絶対に皮膚科に行きたい。そして、曖昧な診察をされて、見当違いな薬を処方されたら困る。だから、経験豊富な名医にかかりたい。
かゆみと不安で意識が飛びそうになる中、私は最善の策を講じられるようにネットを調べまくった。
そして翌日、横浜一評判の皮膚科に行った。5時間待った挙句、診察結果が出た。

 
 
 

『ジアミンアレルギー』

 
 
 

原因は、髪の毛を染めるヘアカラー剤に入っている化学物質だった。染めた後すぐに発症するのではなく、24〜48時間ほど経ち、薬剤が頭皮に浸透した頃に発症するらしい。タイミングはずばり合っていた。私は、同じヘアカラー剤を何度も使っている、と医師に説明した。
スペース
どうやら、今まで使っていて大丈夫だった場合でも、突然ジアミンアレルギーが起こることがあるらしい。もともと、人の体内には、アレルギー物質をここまでだったら許容できますよ、という器がある。その器の大きさは人それぞれで、体調やコンディションによっても大きくなったり、小さくなったりするらしい。その人が持っている器の許容量以上のものが体内に入ってきてしまうと、器から溢れて、その結果アレルギー症状が起こってしまう、と医師は説明してくれた。
 
そして、大量の飲み薬と塗り薬をもらって私は帰宅した。
はっきりとした診断が出たこと、医師が断定してくれたことに、少しだけ安心したものの、顔の腫れが引くのには一週間ほどかかった。その間、誰にも会いたくなかったので、入れていた予定はすべてキャンセルして、家に引きこもった。家にいても気分は落ち込み、一週間ほとんど何もできずに過ごした。
 
ようやく体が落ち着いたところで、改めてジアミンアレルギーを調べてみた。ジアミンアレルギーの原因物質は、ヘアカラー剤には必ず入っていること。一度、ジアミンアレルギーになると、ヘアカラーをするたびに発症してしまうから、一生付き合わないといけないことがわかった。
 
つまり、私はもう二度とヘアカラーをできないのだ。
アレルギーになった時のかゆみと、外見が変わる危険性を知ってしまったから、それをおしてまでヘアカラーをしたいとは絶対に思わない。髪の毛を染めないで、色を上から乗せるヘアマニキュアとか、植物由来の染め剤もあるらしいが、それらを使うとなったら、今の美容師さんと縁を切って、別のお店にいかないといけない。ヒヤヒヤしながら別のお店で染めるのも嫌だったし、その美容師さんとの関係も壊したくなかった。おしゃれでやっていたはずなのに、リスクを背負って結果的にマイナスになる。気分や体調がガタガタになって、予定や仕事をキャンセルするのも、とてつもなく嫌だった。
 
何から何まで気分の重い情報だった。これ以上調べたり、判断するのも嫌だったし、この話題に触れたくない、美容師さんとも話をしたくない気分になっていった。なので、一番の方法は、髪の毛のことを考えない、触れない、放置することだった。
 
だけど、容赦なく髪の毛は伸びていく。生え際近くにあった茶色と黒の境目が、どんどん下に降りていき目立っていく。視覚的には美しくない許せないものを身につけながらも、善処するでもなく放置している。追求して改善することもしない。かといって、境目が見えるのも致し方なし、と開き直ったり、妥協することさえできない自分がいた。
どちらも決められない、そんな日々を続けていると、だんだん卑屈な気分になってきた。いつの間にか気持ちが淀み、フットワークも重く、家にこもりがちになった。髪の毛の問題そのものよりも、この気持ちが私の生活を停滞させるようになった。
 
そんなある日のこと。
担当の美容師さんからメールが入った。「髪を切りに来て」とは直接書いていなかったものの、私のことを心配しているのが文面からよくわかった。正直、気は乗らなかったけれど、そこまで心配させているのは申し訳ないな、という気持ちで、私は半年ぶりに美容院に行った。
お店で迎えてくれた美容師さんに、私は「軽く整えてください」と消極的なオーダーをした。すると、美容師さんは
 
「やっぱりヘアカラーはもうやめよう。でも、完全に生え変わる間も不自然にならないように、境目が目立たないようなカットをするよ」
 
と言ってくれた。彼女は私のことを心配して、プロとして対応できる策を考えてくれていたのだ。そうして、彼女は私の髪を切っていった。カットの最中、参加しているカットの勉強会や自主研究の話をしてくれた。染めることができなくなった私の髪型をどうしたら綺麗に整えられるのか、と思いながら勉強してくれていたのだ。
 
私は、この半年間に思っていた不安を彼女に話そうとしたのだが、やめた。
そのかわりに、今年新しくチャレンジしようと思っていることや、行きたい旅行先の話をした。ざくざく切られていく私の髪を見ていたら、なんだか未来の話がしたくなったのだ。
 
出来上がった髪型は、今までとは違う雰囲気になった。茶色が際立つ部分はカットされていて、黒色の髪と自然にミックスされているような風合いになった。髪に指を通すと、なんとも爽やかな気分になった。私は、彼女に何度もありがとう、と言って店を後にした。きっと彼女も、私の変化を何か感じていたのだと思う。
私は弾むような軽い足どりで、帰り道を歩いた。
 
今まで、妥協することは自分に負けること、状況に甘んじる恥ずべきことだと、私は思っていた。でも、私の気持ちを淀ませていたのは、妥協そのものではなく、「妥協するかしないかを決めたくない」と思って、足を止めてしまうことだった。この決断できない心が、可能性や視野を狭めてしまっていたのだ。
重要なのは、妥協がいいか悪いかではないと思う。どちらを選ぶにせよ、妥協の分かれ道の前でうじうじしていないで、さっさと決めて動いてしまうことだ。そうして歩き出せば、目の前の景色は変わってくるし、新たな道が見えてくるのだと思う。
 
実は、アレルギーがひいた後も半年間、ずっと頭皮がかゆかったのだが、美容院に行った翌日からピタッとかゆみが治まったのだ。
理由はわからないのだが、これも妥協の分かれ道を進んだ先にあった光景なのかな、と実感している。
 
 

❏ライタープロフィール
飯田峰空(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
神奈川県生まれ、東京都在住。
大学卒業後、出版社・スポーツメーカーに勤務。その後、26年続けている書道で独立。書道家として、商品ロゴ、広告・テレビの番組タイトルなどを手がけている。文字に命とストーリーを吹き込んで届けるのがテーマ。魅力的な文章を書きたくて、天狼院書店ライティング・ゼミに参加。2020年東京オリンピックに、書道家・作家として関わるのが目標。

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜


2019-03-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol.22

関連記事