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週刊READING LIFE Vol.38

あの日の、忘れられない出会い《週刊READING LIFE Vol.38「社会と個人」》


記事:吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 

現代社会とインターネットは、もはや切っても切り離せないものとなった。
 
いい時代になったものだなと思う。我が家にインターネットがやって来たのは私が中学生の頃だった。それまで、情報と言えばテレビや雑誌、本から得るもので、人と人のつながりと言えば、会いに行ける距離の人たちがすべてだった。電話や手紙があると言えども、距離の障害は圧倒的だったのだ。ついでに言えば、我が家は長いことダイヤル式の黒電話を使っていた。私はプッシュボタン式、それもFAXがついている電話に憧れてやまず、とうとう導入された時には嬉しくて友達中に「うちにFAXが来た!」と言って回ったものだ。ちょうどインターネットを導入したのと同じ時期だった。なので、我が家にFAXとインターネットが導入された時を思い出すと、未来が確実に近づいてきたんだな、とワクワクしていた気持ちを思い出す。
 
今でこそ、SNSで個人が発信することはごく当たり前になったし、インターネットを介して人と人が出会うことも珍しいことではなくなった。ネットニュースではコメント数の多寡によってその話題性を測る。一個人の行動が非道徳的だ、と多数の人が糾弾する。ちょっといい話をみんなでシェアする。作家が自分の作品の宣伝をする。すべて、当たり前になったのだが、それらはほんの三十年前まで当たり前ではなかったのだ。地続きの世界では決して会う事ができない人たちとつながり、言葉を交わすことができるのは、奇跡にも等しいことだったのである。
 
その中で、忘れることもない奇跡の出会いを、一つご紹介しようと思う。

 

 

 

さて、インターネット黎明期、テレビのニュースでインターネットの台頭がもてはやされるようになると、私はすぐ夢中になった。家のパソコンから、世界中の人とやりとりすることができる。インターネットによるグローバル化、意味も分からないのに横文字の響きがカッコよかった。我が家にもインターネットを導入してくれと毎日せがみ、両親は根負けしてプロバイダの契約をした。当時はパケット量なんて概念はないので、インターネットに接続中は電話をかけているのと同じように電話料金が発生する。両親はそれを知っていたのでインターネットをする時間に制限をかけた。
 
ピーピーピー、ガーガー、ピーピルリー……
 
毎回プロバイダにログインしてインターネット回線に接続するのだが、その時にこんなやかましいノイズがした。接続できるまで、順調に行っても一分ほどかかり、その間ずっとこのノイズ音がする。なにかの秘密結社の秘密の通信のようでカッコよくて、インターネットに接続されるのを今か今かと待った。
 
「さて、何を見ようかな……」
 
いざ接続されたインターネットを目の前にして、私は何を見に行くのか考えた。そこで、学校の図書館で借りてきたファンタジー小説、今でいうライトノベルのタイトルで検索してみることにした。学校でも私と友達以外にはあまり読んでる人はいない、当時はまだマイナーな類に分類されていたように思う。同じ小説のファンの人がいるといいな。
 
魔術士オーフェンはぐれ旅、と入力して、検索。
 
「……ここをみて見よう」
 
検索して最初にヒットしたページは、同作品のファンで、大学生が運営している個人ページだった。イラストの類はなく、テキストのみだが、作品の世界観について詳細に取りまとめて解説している。解説の一つ一つを読むだけでも、友達と語らっているようで楽しい。そうそう、そうなんだよね、と頷きながら読み進めた。サイトには掲示板とゲストブックがあり、私は魔術士オーフェンシリーズのファンに出会えた感動を伝えたいと、ゲストブックに書き込むことにした。ゲストブックは今のサイトではほとんど見かけないが、芳名帳のようなものだ。名前とアドレス、サイトの感想を一言添えて登録すると、ゲストの一覧に表示される。当時はゲストブックにたくさん登録があることがサイトのステータスの一つだったので、応援の意味も込めて、名前とアドレス、面白かったです! と書き添えて登録した。
 
それから、私はインターネットに接続すると、毎日そのサイトをチェックするようになった。理由は忘れたが、管理人の方がメールをくださり、掲示板にも少しずつ書き込むようになった。まだ2ちゃんねるは誕生していなかった。そのサイトでの掲示板は、新刊の感想や、自分の好きなキャラの魅力を語ったりして、和やかな雰囲気だった。毎日掲示板を覗いて、昨日から今日までの書き込みをチェックする。自分の書き込みにコメントがあると嬉しい! 自分も誰かにコメントをする。ファン同士の交流はどんどん白熱していき、オフ会が開催され、リレー小説が始まり、リアルタイムでコメントをやり取りできるチャット機能が実装された。私はどれも夢中で参加した。インターネットの向こうにいる、名前も顔も知らないけれど、同じ小説のファンたち。文体からなんとなく、男性かな、女性かな、学生かなと想像する。オフ会で実際に会うと、想像通りだったり、全然違ったりして面白かった。
 
ある日、掲示板を覗くと、いつもよりもかなりコメント数が多かった。不思議に思いながら昨日自分がログオフした深夜十二時まで遡り、流れを追っていく。十二時半ごろ、今まで見たことのないハンドルネームの人が、突然書き込みをしていた。
 
秋田です。
 
「……秋田?」
 
魔術士オーフェンはぐれ旅。それは、富士見ファンタジア文庫から刊行されているファンタジー小説。ハードボイルドでダークな雰囲気の本編と、完全にギャグの外伝。作者は、当時十七歳でファンタジア長編小説大賞を受賞した、秋田禎信。
 
「…………秋田!?」
 
画面にかじりついて流れを追うと、その時に掲示板をリアルタイムで見ていたメンバーも同じように騒然としていた。流れと書き込み内容を見る限り、本当に魔術士オーフェンはぐれ旅の作者の秋田禎信らしい。少し前にサイトを見つけてしばらく見ていたこと、こんなファンサイトができて嬉しい、と淡々と書き込んでいた。対するメンバーの熱気はものすごく、雄叫びや感嘆詞で埋め尽くされ、テキストだけなのに、画面の向こうでそれぞれが興奮している様子が手に取るように分かった。現に、ログを追いかけているだけの私でさえ、マウスをスクロールさせる指が震えている! 秋田氏は、次に掲示板を覗く日を予告して去ったようだ。その後もしばらくメンバーの興奮したやりとりは、明け方まで続いていた。
 
まさか、ファンサイトに、本人が来るなんて。
 
小説家を目指していた中学生の私にとって、十七歳で大賞を受賞し、小説家となった秋田氏は憧れであり、目標だった。凝った世界観、独特の文体。著作を読んだり、雑誌に載ったインタビューを読んだりする以外に、秋田氏に触れる手段はないと思っていた。それが、インターネットの向こうで、オフ会で会った人たちと同じように、掲示板に書き込みをしていたなんて! 次の機会は絶対に逃せない! 私は親を説得し、その日ばかりは時間制限を外してくれるように懇願した。予告通り秋田氏は掲示板に現れた。私は舞い上がってファンであること、好きなキャラクター、小説家として尊敬していること、とにかく思いつく限りのことを震える指で書き込みをした。もちろん私以外にも、何人も秋田氏にコメントをしていて、秋田氏は一つ一つ丁寧に答えていた。正直、どんな受け答えをしていたのか、舞い上がりすぎて覚えていない。憧れの作家と、ほぼリアルタイムでやりとりができる、それだけでもう天にも昇るような心地だった。
 
天は私が思うよりも更に高かったようで、なんと秋田氏はオフ会にも顔を出した。本物の秋田氏は、小説家と言われなければそうと分からないような、人のよさそうな青年だった。オフ会ではいつもTRPGといって、対話形式のゲームをするのだが、そこから少し離れたところで管理人さんと話をしているようだった。せっかくの機会なのに、私は緊張してしまってろくに話をすることもできなかった。ただ、勇気を出して、当時手書きの小説を綴じていたルーズリーフのバインダーを持って行って、中表紙にサインしてください、とお願いした。もっさりした中学生女子が差し出したバインダーを見ると、秋田氏は少し微笑んだ。
 
「頑張ってね」
 
さらさらと、太いサインペンでサインをしたためて、私に返してくれた。
 
何と言って受け取ったのか、ちゃんとお礼を言えたのか、どうしても思い出せない。ただ想いが溢れ、神からお告げを授かったような気持ちになったのは覚えている。
 
秋田氏は、その日はオフ会終了より少し前に退出したようだった。その後も時々掲示板に現れたり、オフ会に登場したり、ファンとの交流を楽しんでいるようだった。インターネットでその他の小説や漫画、アニメについていろいろ検索してみたが、ファンサイトに本人が現れた、というのは、このサイト以外には見つけることができなかった。私は受験勉強が忙しくなり、サイトとは少し疎遠になったが、いただいたサインは大切な宝物になった。いつも私の小説のバインダーの一番前に綴じて、創作の意欲を奮い立たせてくれるのだった。

 

 

 

インターネットは、個人が誰でも自由に社会に向けて発信することが出来る。それを誰でも見ることが出来る。最初は、単に手紙のようなやりとりがたくさんできるようになるのかと思っていたのだが、そうではなかった。人と人の集まりを社会というのなら、それまで地続きの社会、あるいは同じ企業に勤める社会など、物理的なつながりを通した社会しか作られることがなかった。インターネットが台頭したことによって、インターネットの中に新しい社会を作ることが出来るようになったのだ。私が目撃したのは、たった一人の個人が始めたファンサイトが、作者本人まで引き寄せた、当時としてはかなり稀有な例だったのだ。
 
育児をしていると、インターネットの中にも社会があるということで、救われる瞬間がたくさんある。子供の発育やちょっとした症状に悩んでいる時、検索すれば、小児科の先生が丁寧に解説しているサイトが見つかる。ちょっとした愚痴を誰かに共感してほしいと思ったら、育児キュレーションサイトで同じような記事が見つかる。同じぐらいの月齢の子の様子を知りたければ、育児ブログがたくさんある。面白おかしい話を読みたければ、2ちゃんねる系のまとめブログを探せば、胸焼けするほどたくさんのエピソードで溢れている。育児に限らず、今やあらゆる物事で、それに関連する社会がインターネット上に広がっていて、どこに参加するのか、ちょっと覗き見させてもらうのか、自分で選ぶことが出来るようになったのだ。
 
かといって、地続きの社会が悪いというわけではない。昨年度は自治会の班長を担当したのだが、自分が住む地域の事を知り、近所の人と協力していくというのは、思いのほか心地よかった。何か災害があった時に助け合わなければいけないのは、インターネットの中ではなくて、地続きの社会の人々だからだ。何より、家庭は一番小さな社会なのだから、大切にするに越したことはないのである。
 
地続きの社会も、インターネットの中の社会も、現代にはなくてはならないものになった。そうした中で、自分自身は何がしたいのか、どんなことで社会と関わっていきたいのか、意識して選んでいかなければいけない時代でもある。とりあえず私は、また物書きを目指すことになりましたと、宝物である秋田氏のサインに報告してみたのだった。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)

1982年生まれ、神奈川県在住。早稲田大学第一文学部卒、会社員を経て早稲田大学商学部商学研究科卒。在宅ワークと育児の傍ら、天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。趣味は歌と占いと庭いじり、ものづくり。得意なことはExcel。苦手なことは片付け。天狼院書店にて小説「株式会社ドッペルゲンガー」を連載。
http://tenro-in.com/category/doppelganger-company

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2019-06-24 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.38

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