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週刊READING LIFE Vol.41

変わりたい人は、本屋へ行けばいい。変わりたくない人は、本屋へ行けばいい。《 週刊READING LIFE Vol.41「変わりたい、変わりたくない」》


記事:吉田健介(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

実は、この半年程ですっかり変わってしまったことが起きています。
習慣的なことなのですが、半年前の自分と、今の自分とでは、かなり変化があるように感じています。この時から、というはっきりとした境目があったわけではありません。ですが、きっかけとなった出来事はあります。その出来事のおかげて、こうして僕は文章を書いています。それに伴って、本も読んでいます。自分にとっては信じられないことです。よくこの習慣が今も続いているなと驚いているくらいです。
 
カバンの中にはいつも数冊の本が入っています。
仕事のスキマ時間を使って、数分でもいいので読むようにしています。
読書は、電車に乗った時に読むもの、というものでした。
スマホを見るか、本を読むか。
乗っている間の暇つぶし。
しかし今は違います。
常に4、5冊の本を同時に読んでいます。
時間帯や場所によって、自分なりに読み分けています。
1冊読み終わると、次の新しい1冊がすぐに補充されます。
読みたい本、読むべき本がまだ後ろに控えています。みんな順番待ちをしているのです。
中には、2周目の本もあります。
「もう一度、読んでおいた方がいいな」
と思ったものがあるからです。
1度読んで内容を理解したつもりでも、時間が経つと案外頭に残っていないみたいです。
もともと読むことが苦手だったので、やはり大切だと思ったことは、何度か読む必要があるようです。
控え選手が増えすぎても困るので、最近はあまり本屋に行かないようにしています。
本屋に行くと、「1冊くらいいいかな」とついつい思ってしまい、帰る頃には2、3冊の本をカバンにしまいながらレジを後にする。そんなことが何度か続いたので、今は本屋に行くことを自粛しています。
平日は仕事なので、本を読み出しても、思うように読み終えることはできません。読むペースも早くありません。
 
「こんなイベントがあるんだけど……」
 
どのサイトで知ったのかは覚えていませんが、天狼院書店主催のライティング・ゼミ。その参加ボタンを押したことは今でも覚えています。
奥さんにも相談しました。
自分で何でも決めてしまうと、あまりいい顔をしないので、家庭内の風通しは意識して良くしています。タイミングと、声のトーンを調整して、下手に下手に。
 
「いいんじゃない」
 
あまり興味を持たなさそうと思っていたのですが、何となく「君のためになりそうだね」という感じで同意してくれました。タイミングが良かったのか、僕の下手に出る作戦が成功したのか、本当のところは定かではありませんが、とにかくOKをもらいました。
 
国語は大の苦手です。今もその意識は奥底に沈殿しています。
テストの点数は、いつも悲惨なものでした。
 
「この人は一体何を言いたいんだ……?」
 
テスト中、1人で頭を抱えていました。
まあ、解けないことへの八つ当たりです。
テスト問題なので、文章の量は抜粋されたものです。テーマは自分で選んだものではありません。ただ少なくとも、テストがストレスとなって、文章を読むことへの反発につながったことは事実です。
 
「本を読みなさい」
「新聞を読むといいよ」
 
国語の苦手な僕に、色んな人が色んな言い回しでアドバイスをしてくれました。
しかし、その言葉が僕に響くことはありませんでした。
数学の公式のように、ここに数字を入れれば答えがでるんだよ、というものではありませんでした。
本を読むことに時間を使うことは、大きなメリットとなる気がしませんでした。
数字をはてはめて解を導く、くらいの時間までしか僕には受け入れることはできなかったからです。
また、読むにしても何を読めばいいのか分からないし、それが本当に面白いかどうかも分からないし。良かれと思って声をかけてくれた言葉は、不安要素の多いものでした。
 
そんな学生時代を過ごしてきたのもあって、国語は大の苦手です。もちろん文章を書くことも苦手です。もってのほかです。仕事でメールを打つのも、なるべくならやりたくありません。なので、ライティング・ゼミは不安でしかありませんでした。
「本当に書けるのだろうか……」と。
 
変わり出したのはゼミがスタートして、3か月程経った頃です。
「○○の本は面白いよ」
「□□は読んでおいた方がいいよ」
 
そんな言葉に反応するようになりました。
頭の中にそのタイトルがふわふわと漂い続けていました。
気が付くと、そうした本を片っ端から購入して読むようになっていました。
課題で文章を書いていたこともあったのだと思います。
他の人はどう書いているんだろう、という素朴な疑問が出始めたのです。
 
「この小説、読みやすいし止まらない。なぜだろう?」
「こんな書き方もあるのか……」
 
変わった視点で本を読んでいました。
今までなら何も考えずにただ読んでいた文章が、違った角度から情報が飛び込んできたのです。使い慣れたコーヒーカップも、よくよく見ると「こんな形をしていたのか」、「この絵柄、よく見ると素敵だな」といった具合です。
始めからそこにあったのに、単に気が付いていなかっただけなのです。
何にしても、新しい発見をしたことは、僕にとって喜びでした。しかも苦手な読書で。
 
今では数冊の本を同時に読んでいます。
そっと栞を挟むように、生活スタイルを崩さずに読書を続けています。
デザインに関する本やビジネス書、一般教養といった、スキル的、知識的な本は午前中に読むようにしています。頭が冴えているのか、その方がインプットしやすいからです。午後になると、疲れも出てくせいか、小説などの物語を読む方がしっくりきます。
自分の生活スタイルと、コンディションに合うような読み方をしています。
 
本を読むようになって、賢くなったとか、知識が豊富になって会話のバリエーションが上がったとか、そういった実感はありません。
もしかしたら自分で気が付いていないだけかもしれませんが、特に変わることなく、いつも通りの日々を過ごしています。
しかし、読むことで新しい発見があることは間違いありません。
知らないことを知ることができるのはもちろんですが、何となく感じていたことに道しるべをさしてもらえることもあります。全てが発見です。
 
色々なジャンルの本を読み分けていまが、頭が混乱することはありません。
むしろ逆で、今日はこの椅子、今はあそこの部屋でゆっくりしよう、といった具合に、場所を移してくつろぐような感覚です。だから混乱することはありません。自然体で本と頭が接続されます。そして、外付けのハードディスクのように、本を開くと、ちゃんと頭の中で記録が保存されています。そのまま読み進めながら、新しいデータがどんどん追加されていきます。脳みそがパンクすることはありません。それぞれの世界へ飛び込み、そうだったのか、なるほど、といった発見を問題なく行うことができています。
 
「なぜもっと早く読まなかったのだろう……」
今はそんな気持ちです。
国語のテストで点数が取れるかは分かりませんが、本に対するストレスはなくなりました。
むしろ、自分のペースで読み進めることができていないことがストレスになっている程です。不思議なものです。
 
本に対する考え方は大きく変わりました。ただ、自分の中身が変わったかどうかは分かりません。僕自身は特に変わっていないと思います。変える必要もないと思っています。
 
そして、今では天狼院書店のライティング・ゼミやライターズ倶楽部を活用して、文章を書いています。本当に信じられないことです。
 
「うまく書きたい」
 
そんな書くことへの欲求もあります。
テクニックとしてのうまさではありません。僕にはそんな力はありませんし。
むしろ、自分が書こうとしている内容をうまく言葉に乗せたい、できたら素敵だな、といった感じです。
 
この半年で、文章をい書いたり、本を読んでだりしています。全くもって、大きな変化です。きっかけとなったのは天狼院書店のライティング・ゼミです。
 
国語に困っている人。
何かを変えようと思っている人。変えたいと思っている人。
特に変えたいと思っていない人。
どんな人でもいいんですが、本を読んでみてはどうでしょうか。
世の中には、思っている以上に様々な種類の本があります。
本屋の棚にはたくさん本が並んでいます。
たくさん種類があると選べない人は、天狼院書店へ行ってみてください。
広すぎず、狭すぎず、適度なスペースに適度な量の本が並んでいます。
手に取ったことのない本をついつい手にとってしまいます。
少なくとも、そこで何かが動き出すと思います。僕の勝手な見立てですが。
だから、変わり人も、変わりたくない人も、天狼院書店へ行ってみてください。
 
 
 
 

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2019-07-15 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.41

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