週刊READING LIFE Vol.41

変わらないのは、悪いことなのだろうか?《 週刊READING LIFE Vol.41「変わりたい、変わりたくない」》


記事:うえたゆみ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「そんなものを子供に見せるなんて」
 
悪意のこもった高い音が、静謐な空間に響いた。
 
「そんなものという言い方はないでしょう」
 
怒りを押し殺した低い音が、応戦する。
数瞬の沈黙は、始まりの合図だった。
 
あの騒ぎを忘れた日は、一度としてない。
 
令和のという年号が変わったタイミングもあるのか、最近は『変わる』がテーマの話題が多い。書籍でも、TVでも、インターネットでも『変わる』ことを肯定する意見が大部分だ。確かに、今の時代の流れは早い。先日できた、年の離れた友人が言っていた。
 
「企業のルールは変わった」
「昔は30年に1回ヒット商品を出せば、次の30年まで企業が維持できた。その期間に、新商品の開発をすればよかった。だが今は、ヒットが1年も持たないことが少なくない。変化を受け入れなければ、発展どころか存続も危うい」
 
そんな時代だからこそ、『変わる』が主流になるのも不思議ではない。だが、すべて『変わる』ことがいい結果を生むのだろうか。私は『変わる』と同じくらい、『変わらない』ことも大事だと感じている。そのはじまりは、5歳の夏の日だった。
 
当時の幼稚園児だった私を、可愛がってくれた叔父がいた。母の弟で、長男だった。表情の変化が少なく強面の顔だったが、とても優しい人だった。来るたびに作ってくれたホットミルクの味を、今でも覚えている。そんな叔父が、私が5歳の時に癌で亡くなった。36歳の早すぎる死だった。お見舞いに何度も行ったので、子供の目にも長くはないと感じていた。悲しかったが、心の準備はできていた。だが現実というのは、ときに想像を超えていくものだ。心の準備が打ち砕かれる出来事が、お葬式で起こるなんて想像もしていなかった。
 
お通夜の日はドタバタして、叔父の顔をじっくり見る機会はなかった。叔父の苦しみから解放された顔に対面できたのは、お葬式のときだった。覚悟していても、子供の覚悟だ。声を堪えることはできたが、涙を止めることはできなかった。そんな私に冷たい声が降ってきた。
 
「そんなものを子供に見せるなんて」
 
もうひとりの叔父の義理の母である人の、言葉だった。短気だった母が弟を侮辱されて、黙っているはずがない。口喧嘩がつかみ合い寸前の騒ぎになった。周りも喧嘩に混じり、騒ぎは膨らむ一方だった。故人を悼む雰囲気なんて、跡形も無く消し飛んでいた。よく言う、骨肉の争いである。私は昼ドラを観る前に、現実の昼ドラを観た。
 
意地と意地のぶつかり合い
醜くゆがむ顔
お金の話も乱れ飛ぶ
 
怒りや憎しみが、短期間で風船のように膨らんでいくのを目撃した。38年の人生で、人間の負の面をみる機会はいくつもあったが、その中でもTOP3に入るひどさだった。この争いがきっかけで、引っ越しをするはめになり、ついに両親の離婚まで呼び込んだ。その流れの中で、私は自分にひとつ約束をした。
 
怒りや憎しみは連鎖する。
連鎖するたびに、悪意は膨れ上がっていく。
私だけでも、連鎖は止めよう。
 
どれだけ、ひどい目にあったとしても。
 
両親の離婚は修羅場の始まりでしかなく、イジメでぼろぼろになったり、親の男女トラブルに巻き込まれたり、司法書士事務所で叔父と財産バトルをしたり、誰かを恨みたくなる出来事が雪崩のごとく襲ってきた。それでも、憎しみを他者にぶつけないという誓いは、一度も破ったことはない。
 
『変わる』ことは、素晴らしい。現在の自分の延長線上にはない世界も、自分を変えることで到達できたりする。だが、すべてを変えていいわけではない。私の場合、過去に誓った自分から変わっていたら、憎しみに囚われ、人生のどん底をさまよっていただろう。『変わらない』信念が、身を助けることもあるのだ。
 
『変わる』ことを重視する世の中だからこそ、『変わらない』大切さをもっと見つめて欲しい。天秤と同じく、片方に力が寄りすぎればひっくり返ってしまう。『変わる』ことも、『変わらない』ことも、どちらも必要なのだ。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
うえたゆみ(週刊READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)

1980年 生まれ38歳。
一部上場企業の営業職だったが、体調不良が原因で退社。
現在はフリーで活動中。
食事を忘れても、文章を読むのは忘れない物語好き。
物語とゲームがあれば、3日飯抜きでも苦にならない。
全国高校文化祭、将棋の部女子個人戦でベスト8、
スレイヤーズのカードゲームで西日本大会優勝経験あり。

http://tenro-in.com/zemi/86808

 


2019-07-15 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.41

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