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週刊READING LIFE Vol.41

「人を変えようと思ってはいけない」は、劇薬指定!《 週刊READING LIFE Vol.41「変わりたい、変わりたくない」》


記事:吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 

人を変えようと思ってはいけない。
 
相手の自分への振る舞いは、自分の相手への振る舞いを映す鏡だ。だから、相手だけを変えようと思ってはいけない。まず自分が変われば、やがて相手も変わる。明るく朗らかで、思いやりを持ち、他人の欠点をも受容できて、前向きな人になろう。そうすると上手くいく、幸せになれる……。
 
コミュニケーション関連のノウハウ本を見ると、大体そんなような事が書いてある。単なる対人関係だったり、ビジネス上の営業や会議、同僚との仕事の進め方の手法だったり、恋愛や夫婦関係だったり、スピリチュアル系や自己啓発系だったり。これだけたくさんのジャンルに同じような事が書かれているのだから、「人を変えようとは思ってはいけない、まずは自分が変わること」ということは、きっと一つの真理なのだろう。私もずっと、自分が変われば、何もかも上手くいくと思っていた。そんなタイトルの自己啓発本もあったような気がする。
 
でも、それは、真理ではなかった。
「人を変えようとは思ってはいけない、まずは自分が変わること」は、とても危険な劇薬である。

 

 

 

 

「人を変えようとは思ってはいけない、まず自分が変わること」と毎回書くと長たらしくて面倒なので、自己変化、とでも書くことにする。私と自己変化の考え方の最初の出会いは、恋愛系のノウハウ本だった。「彼に好かれる法則」だとかそんなタイトルだったと思うが失念した。当時は学生だ、恋愛下手な私は、意中の相手に振られたり、返事を保留されて微妙な関係になったり、急に音信不通になったり、挙句の果てには三股をかけられていたりと、なかなか不遇な境遇にいた。恋愛に奥手なわけではないのに、どうも普通の彼氏彼女のお付き合いに至らない。障害が恋心を燃え上がらせると言うが、一方的な片想いの障害はただ苦しいだけだ。友人たちのように、普通に楽しい恋がしたいだけなのに、何でいつもこうなっちゃうんだろう。苦しみから抜け出す糸口が欲しくて、日課の本屋チェックで、恋愛系自己啓発のコーナーで見つけたのだったと思う。淡いピンク色の装丁の本がずらりと並ぶのを片っ端から手に取って、目次を読み、本文に目を通し、めぼしいものを購入して帰宅した。家に帰ってじっくり読むと、目からウロコの言葉がたくさん並んでいた。
 
・あなたの話ばかりしていませんか? 彼の話を聞いてあげましょう。
・メールの返信が遅くても、彼を責めてはいけません。彼にも仕事や用事があるのです。
 
ひゃー! どれもこれも身に覚えがある! だから振られるのか! 私はのたうち回り、これはバイブルだなと思いながら読み進める。
 
・彼に変わってほしいからと、彼を責めてはいけません。変わるのはあなたです。あなたが彼を愛し、尊重していることが伝われば、彼の態度も変わるでしょう。
 
えっ、そうなの!? ものすごく直球で責めちゃってたよ……。
 
・彼への想いが募って辛くなるよりも、楽しいことを見つけて思い切り楽しみましょう。毎日を充実させて過ごしているあなたの輝くオーラに、彼も夢中になる筈です。
・一緒にいて、居心地がいいと思えるような女性になりましょう。
 
「……なるほどなあ」
 
膝を叩くとはこのことか。本には、今までの私の行動とはほぼ真逆の事をしろ、と書いてあった。私がしていることは、相手を責めて不快な気持ちにしてしまうので、彼の気持ちを遠ざけてしまうことになる、と。自分の気持ちを伝えることばかりを考えるのではなくて、彼が今何を考えているのか、何をしてほしいのかを汲み取れるようになれ、ということだった。
 
よし。やってみよう。私が変われば、彼も変わってくれるはず。
 
それから、彼と喧嘩しても、無駄に責め立てるようなことをしなくなった。不安な気持ちが大きくなりすぎた時も、何回も電話したりせず、本を読んだりして気を紛らわせるようになった。そうしていくと、不思議と彼との関係性が少し和らいで、喧嘩やぎくしゃくすることが減り、楽しく過ごせる時間が増えたように感じた。当時、大好きでたまらなかった片想いの彼が、「最近一緒にいると楽しい」と言ってくれて、天にも昇る心地だった。
 
すごい、私が変わると、彼もこんなに変わるんだ!
 
私は自己変化の効果に夢中になった。恋愛に限らず、友人関係や、仕事関係でもこの法則は適用されるのではないかと思い、いろいろな本を読んだり、インターネットを検索したりした。案の定、恋愛以外のコミュニケーションでも、自己変化の活用と思えるような事例や本がいくつも見つかった。相手が何を考えているのか、何を望んでいるのかを想像して、準備したり段取りを組んだりする。相手の思惑を機械のようにピタリと当てられるわけではないので、効果にばらつきはあったが、もともとコミュ障で相手を戸惑わせたり怒らせたりしてしまう事が多かったので、何もしないのに比べると、ずいぶん人間関係が円滑になり、暮らしやすくなった。自己変化の考えを持つ人は意外と身近なところにたくさんいて、恋愛や仕事のことをお互いに相談し、前向きなコメントをしあうのも楽しかった。怒りや悲しみといった自分の一時の感情に流されず、目的を果たすために必要な行動を選択する。それが自己変化であり、大人になっていくということなのだな、と、友達と語らいながらしみじみ思ったものだ。
 
そうこうしているうちに、夫と出会い、結婚して一緒に暮らし始めた。出会った当初の夫は常にストレスフルで、声を荒げることもよくあったが、私と交際していく中でずいぶんと改善された。それは共通の友人みなが口を揃えて言ってくれるので間違いないと思う。具体的に何をしたのか、と言われても、ひとつひとつは些細なことで、仕事を手伝ったり、話を聞いたり、飲み会に一緒に顔を出したり、その程度だ。大したことはしていない。ただ自己変化を座右の銘に、夫への接し方を少しずつチューニングしていったのだ。その結果長期交際し、結婚するに至ったのだから、結婚生活も上手くいくに違いない、と確信していた。
 
ところが、結婚生活でのストレスというのは、それまで想像していたものとは全く質が異なった。食事だとか洗濯だとか生活習慣の違いや、金銭感覚、家での寛ぎ方、パーソナルスペースのとりかたなど、ありとあらゆるところにストレスの種が存在していた。新婚のウキウキした空気はあっという間にしぼんでいき、ちょっとした価値観の違いにカリカリしている夫婦が出来上がった。それでも、私はよい妻だったと思う。夫の飲み会の回数に制限をつけたりしなかったし、おこづかい制にすることもなかった。帰りが終電に間に合わなかったり、下手すれば明け方になっても、雷を落としたりすることもない。私が朝から仕事で、夫は前日の飲み会で飲みすぎて二日酔いで寝ていても、それを責めたりすることもない。私の親友の誰それが可愛い、と酔っ払ってくだを巻くのも、ハイハイそうだねと受け流していた。ここで怒っても何の得にもならない。私がストレスを感じているという事は、向こうも同じようにストレスを感じているのではないか。夫は夫で、食事を作ってくれたり、掃除をしてくれたり、いいところもたくさんある。だから私ばかり怒るのではなくて、私の何かを変えないといけない。このストレスフルな状況を打開するために、何を変えたらいいのかな……。服を新調してみたり、可愛く冗談のように拗ねてみたり。思いつく限りのことを試行錯誤しトライ&エラーを繰り返す日々だった。
 
そんなある日、何かの拍子に、夫のスマホの画面が目に入ってしまった。誰かからメッセージが届いたようで、ロック画面に通知で表示されている。送り主は夫がいつも可愛い可愛いと褒めそやす私の親友で、文面にはハートマークがついている。
 
「……ハート?」
 
心臓がぎくりとして、嫌なものを見てしまったな、と思った。気にしないようにしても、親友の顔とハートマークが重なって、手が付けられなくなってしまった。文面までは読み取れなかったのも、嫌な想像を掻き立てられて余計に堪えた。まさか、あの子に限って。でも通知画面に見えていたということは、夫がハートマークを送ったのではなく、親友が夫にハートマークを送ったという事だ。男女間でハートなんて、よほどのことがない限り送らないんじゃないのか。どうしよう、どうしたらいいんだろう。この先、夫にどんなふうに接すればいい? 親友には知らないふりをしていればいい? 他人を変えることはできない、たとえそれが夫と親友であっても。だから私が何かを変えないと、今のこの状況を変えることはできないんだ。どうしよう、どうしたらいい?
 
「…………」
 
どれだけ考えても、答えは思いつかなかった。悠に一ヶ月以上は経過していたように思う。その間も、夫のスマホの画面上で親友の名前を見かけてしまうことが何度もあり、見てしまった、と唸る。夫と親友に同時に裏切られているかもしれないという恐怖はすさまじかった。どうすればいいのか思いつかないなら、この恐怖と悲しみを胸の内にしまって、何事もなかったかのように過ごすのが一番なのかな。でも、見てしまった記憶を消すことはできないから、ずっとこの感情を抱えていかないといけないのかな。そんなのって……。
 
「私が、可哀想だ……」
 
夫が寝た後で日記を書きながら、思わずそう呟いていた。
私、このままじゃ、可哀想だ。もう一度言葉に出してみると、確かにその通り、と腑に落ちる感覚があった。ハートマークを目撃してしまって以来、初めてのことだ。私、可哀想。だから私のために、何か行動しないといけない。それは自己変化、私が変わることで相手をどうにかするための行動ではなく、可哀想な私の気持ちを尊重した行動だった。その行動の結果で、夫や親友との中が険悪になったとしても、私一人だけ可哀想な状況ではなくなる。それなら、もうそれでいい。行動と、目標というか、落としどころが定まると、気持ちも少し落ち着いたように思えた。
 
私は夫には手紙を書き、親友にはメッセージで聞いてみることにした。夫は手紙でついでに生活面で苛々していたことも責め立てたので、ずいぶん壮大な手紙になってしまった。夫は手紙を読んで謝ってくれたが、肝心の親友の件は曖昧に誤魔化した。親友の方は、心配するようなことはないよ、と軽くはぐらかされてしまった。腑に落ちない、やっぱり何か隠しているに違いない! と疑心暗鬼になっていた頃、サプライズで私のバースデーパーティーが開催された。夫と親友が幹事で、いろいろと準備をしてくれていたのだ。例のハートマークは、私の好きそうなケーキを手配するために、味の好みやら造形やらのやりとりをして、「これならばっちり❤」という文面だったらしい。どうはぐらかそうか必死だった、と笑う二人を見て、私は心の底から安堵し、ちょっと泣いた。
 
それから、夫と私の関係性は変わった。私は夫に対してあまり自己変化で対応しなくなり、自分の感情を素直に伝えるようになった。特に怒りや悲しみを夫に伝えると、夫は機嫌を悪くして反論し、喧嘩することもある。しかしそれから何日かすると、指摘した行動が変化している、ということが何度もあった。夫は何かを指摘された時に、怒りこそするが、ちゃんと受け止め、自分の行動に反映させることが出来る人物だったのだ。ずっと自己変化で夫に対応していた私にとって、それは天地がひっくり返るような驚くべき新事実だった。
 
「人を変えようとは思ってはいけない、まず自分が変わること」、すなわち自己変化の何もかもが悪いとは思っていない。相手の行動は自分の行動を受けた結果だ、と考えることは、自分の感情と行動を律するためにとても重要だった。友人の悩みを聞いたり、仕事で誰かに交渉したりする時、自己変化の姿勢でいることは、コミュニケーションを円滑にするし、自分にも相手にもよりよい状況に持って行く事ができる。でも、それは友人や仕事上のつきあいといった、限定的な範囲で使うに留めた方が良いと思う。どれだけ頻繁に会うとしても、離れている時間があって、フラットな状態に戻れるような関係限定だ。家族やパートナーなど、人生という単位で自分に深くかかわってくるような相手とは、自己変化ではなく、自分の素直な気持ちで接した方がよい。自分が相手の気持ちを察するばかりではなく、自分の気持ちを相手に伝え、どうするのか相手が判断したっていいのだ。

 

 

 

 

よくよく思い返すと、自己変化を使うことで当時の想い人と多少なりとも関係が改善したが、三股から本命彼女に昇格したり、両想いになったり、といった華々しい成果は夫以外には何一つなかった。居心地のいい関係や空間は提供できたかもしれないが、相手が私を尊重するような関係性にはなれなかったのだ。自己変化の効能は、恋は盲目状態から脱するための一時的なものでしかなく、そのまま服用し続けても効果がないどころか、自分の気持ちを置き去りにしてしまう、とんでもない劇薬だった。恋愛や結婚生活に悩んでいる人は、自己変化の薬をちょっとだけ服用してみて、その後は自分の気持ちを素直に伝え、相手の気持ちも聞くことができるようになることを目指してみるといいかもしれない。

 
 
 

◻︎ライタープロフィール
吉田けい(週刊READING LIFE編集部公認ライター)

1982年生まれ、神奈川県在住。早稲田大学第一文学部卒、会社員を経て早稲田大学商学部商学研究科卒。在宅ワークと育児の傍ら、天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。趣味は歌と占いと庭いじり、ものづくり。得意なことはExcel。苦手なことは片付け。天狼院書店にて小説「株式会社ドッペルゲンガー」を連載。
http://tenro-in.com/category/doppelganger-company

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2019-07-15 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.41

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