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週刊READING LIFE Vol.42

バラし屋と僕の3日間《 週刊READING LIFE Vol.42「大人のための仕事図鑑」》


記事:なつき(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

※フィクションです。

 
 

「よし、契約しよう!」僕は決心した。
 
僕は本が好きだ。物語が好きだ。本屋に行くとたくさんの小説を買う。家にはたくさんの本が順番待ちをしている。いわゆる積読の状態だ。なんとかして読みたいが、最近はあまり本に手が伸びない。月から金曜日は仕事でくたくただし、土日は1週間分の掃除や洗濯、終わると、テレビも見たいし、ちょっと凝った料理もしたい。それにスマホのアプリゲームもやりたい。スマホのアプリゲームは、ちょくちょく漫画キャラクターとのコラボ企画をやっている。懐かしかったり、好きな漫画のキャラクターだったりすると攻略したくなる。気づくと日曜日の夜になってるなんてザラだ。スマホの企画は期間限定で、長くても3日から1週間で終わってしまう。いつでも家にある本はどうしても後回しになる。
 
本を読みたいと思ったらまとまった時間が欲しい。これを何とか変えて積読を減らしたい。何かいい方法はないものか。考えたが出てきた答えは一つだった。それは最後の手段だと思っていたが、それ以外の方法を思いつけなかった。僕はある場所に電話をした。「明日20時にお願いします」
 
翌日。約束した時間ぴったりに家のチャイムが鳴った。ドアを開けるとスーツ姿の男性が立っていた。手にはA4サイズが入るくらいの鞄を持っていた。男性は名刺を取り出した。それには読書推進省管理局認定と書かれていた。この名刺は国が認めた人にしか発行されない特別な名刺だ。僕は安心して男性を本がたくさんある部屋に案内した。
 
「どの本になさいます?」
男性に聞かれた僕は、装丁のしっかりしたハードカバーの本を1冊手渡した。男性は本をパラパラとめくり、「458ページですね。期間が3日、5日、10日と選べますがどれがいいでしょう」と淡々と尋ねる。僕は思い切って、3日と答えた。
「3日ですね、では5,000円になります」と言いながら男性は鞄から複写式の用紙を取り出した。用紙の期間項目にある3日に丸をつけ、ページ数や本のタイトルなどをその用紙に書き込んだ。「この契約書にお名前と判子をお願いします」と言われ僕は署名捺印をした。
「では、3日後にまた来ます」と言って男性は帰った。
 
さあ、大変だ。さっき僕は、男性に一番興味があって、ちゃんと自分で最後まで読みたい本の名前を言った。3日後までに読み終わらないといけない。さっき来た男性はネタバラし屋。期限が過ぎると、進捗を確認に来て、読み終えていないと内容をばらされてしまう。自分で読破したいと思っている本なだけにそれは悔しい。
 

 
私の仕事はネタバラし。いやあもう痛快の極みの仕事だ。私は大体の本を読んでいる。そして覚えている。今日見せてもらった本もとっくの昔に読んだ。結末もいつでも言える。
 
彼は3日後までにどこまで読めるだろうか。もしかして必死で読み終えるだろうか。たいていのお客さんは、最初に契約する時は大見得を切って3日と言ってくる。それが無理だとわかると次第に始めから10日設定になってくる。これまでの仕事上の経験からするとほとんどの人はそもそも3日では本を読破できないのだ。だから私は、実は延長メニューだって用意している。3日で駄目なら延長料をもらい、5日コース、または10日コースに切り替える。5日コースの場合は既に3日経っているから残り2日、10日コースの場合は残り7日といった感じだ。
 
本をたくさん読んでいたことがこんな美味しい仕事になるとは思ってもみなかった。活字離れと言われているけどそうではない。ネットに流れてきたものを自然と読んでいたりするし。本屋に人がいないかというとそうでもない。駅前の本屋なんか結構立ち読みしている人を見かけるし。買う人は少ないかもしれないけど、もしかしたら買って読めない人もいるかもしれない。そんなことから数日の期限を決めて、読めなければ結末を話す、つまりはバラすことを始めてみた。実験的に始めたけど意外と需要があってリピーターもいたりする。
 
実は積読抱えている人多いんだなあ。しかも読むきっかけを待っている人も多いんだなあと思っていた所に、さらに国の政策話が来た。国は最近の活字離れを憂いて、読書の推進を図った。紙でも電子でも本であれば何でも構わない。その一環として、読書を促進するような仕事に対して、ある基準を満たしたら毎月補助金をだすことにした。駄目もとで話してみたら面白がって認めてくれて補助金成立。もともと好きで本を読んでいたものが、補助金までもらえて、ネタをばらせるなんてこんな楽しいことはないではないか。
 
彼が指定してきた本を再度読み返す。内容は頭に入っているが、万が一間違ってしまったら大変だ。お金をとっている仕事だ。友人とのお喋りとはわけが違う。さーっと読み終えた私は、記憶違いが無かったことを確認し本を閉じた。さて、今回の彼は読み終わるかな。
 

 
やばい、終わらない! 明日で3日目だ。まだやっと半分読んだところか。土日を挟んだからいけると思ったのに、今夜徹夜をしなけりゃとても読み切れない。うわあ、ここまで来て内容バラされるの嫌だ。中盤に入って面白くなってきたところなのに。でも明日は月曜日、仕事がある。時計は0時を指していた。僕は仕方なく本を閉じた。
 
翌日仕事から帰ると僕は大急ぎで本を取り出す。あの男が来るまでにあと30分ある。少しでもいいから読み進めたい。あと、20分、あと15分、あと10分……うわあ、時間が気になって集中できない。内容が殆ど入ってこないので何度も同じ個所を読み返す。30分はあっという間に過ぎた。無情にも20時ちょうどにチャイムが鳴った。少しくらい遅れてもいいのに、ぶつくさ言いながら僕はドアを開ける。
 
「いかがですか、読めましたか?」男性は無表情で僕に聞いた。僕はあと4分の1位残っていることを伝えると男性は意外なことを言った。
 
「延長しますか? あと4分の1でしたら、今日は月曜日で平日が続きますし、10日コースに切り替えたほうがいいかもしれません。それならあと7日残ることになりますね。選択肢には5日コースもありますが、それでもだめとなってから10日コースに再度延長となると、割高になります」
 
男性は緩和策を切り出したのだ。国の認定会社だから、四角四面にすぐに結末を言って終わるのかと思っていた。最後まで読みたかったのでこの緩和策はありがたい。5日コースと言いたいところだが、明日は残業もあるし無難な10日コースに切り替えよう。ちょっと延長料は痛いけど、この本は最後まで読みたいし。僕は10日コースへの延長を希望した。
 
男性が帰った後、僕は本の続きを読みだした。今度はスルスル内容が頭に入ってくる。あと20ページほどを残しこの日は寝た。翌日、家に帰るなり僕は残りの20ページに取り掛かる。残業でくたくたにもかかわらず物語の終盤、早く読みたかった。全て読み終えて、作者のあとがきまで読んで本を閉じた。読み終えた達成感と、心地よい疲労感でいっぱいだった。ああ、こういうストーリーだったんだ。読めて良かった。
 
男性が来るまでにまだ5日ある。延長するの5日コースでも良かったか。でもまあいい機会だったと思うことにしよう。
 
僕は時間管理の仕方を思い返した。自分の本を読むスピードをまるでわかっていなかった。最初は3日もあって、このページ数なら余裕で読めると思っていた。学生時代はそうやって読めたこともあったし。でも会社勤めを始めたらそうもいかなくなった。仕事に関する知識を詰め込むのにいっぱいいっぱいで頭はフル稼働。家に帰ったら活字なんて見たくない。そんな日々が続いていた。本を手に取ることもしなかった。
 
それで今度は、まとまった時間がないと、本なんて読めない。そう思ってしまった。だから10日コースに一気に延長した。それがどうだ。くたくたなのに読めてしまった。平日は読めないと思い込んでいた。もしかしたら本はまとまった時間が無くても読めるものなのだろうか。あの積読たちもそうやって少しずつ進めていけばいいのかもしれない。
 

 
10日後、私は約束通り彼のもとを訪ねた。扉を開けた彼に尋ねる。
「いかがですか」
彼は意気揚々と答える。
「結末は○○ですね!」
 
私はにっこり笑って「そうです、よく頑張りましたね」と言った。では、これでと私が帰りかけるのを彼は引き留めて言った。「あなたのおかげで平日も本を読み始めました。今までまとまった時間が無いと読めないと思ってました、ありがとう」
 
この仕事を始めて3年が経つが、1回目でお礼を言われたのは初めてだ。リピーターになったお客さんからは言われたこともあるが。最初からそのことに気づけるのは、彼が本当に本が好きだった時があるからだろう。好きなものに対してのめり込んだ時期があると、ちょっと離れても何かのきっかけがあれば再燃することがある。それが彼の場合は本に対してだった。
 
人は好きなものが同じとわかるとその人に対し、親近感を覚える。本であれば、その人が読んで面白かったものを知りたくなる。だからバラし屋である私を呼んで、結末やどういう考えを持ったか聞きたくて、リピーターになる人もいた。口コミでこの仕事の良さを広げてくれる人もいた。この仕事をしていれば、本が好きな同士に出会える。それもこの仕事をしている醍醐味だ。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
なつき(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)

東京都在住。2018年2月から天狼院のライティング・ゼミに通い始める。更にプロフェッショナル・ゼミを経てライターズ倶楽部に参加。書いた記事への「元気になった」「興味を持った」という声が嬉しくて書き続けている。

 
 
 
 

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2019-07-22 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.42

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