週刊READING LIFE vol.45

アラフィフ女性と雑誌の悩ましい関係《 週刊READING LIFE Vol.45「MAGAZINE FANATIC」》


記事:ギール里映(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「こちら、お待ちの間にどうぞ」
 
そういって新米スタイリストさんがカウンターの上に雑誌を2、3冊置いてくれる。普段なかなか読む時間がなかったり、そもそも荷物になるからと買うことがない雑誌を読む唯一の場所、それが美容院だ。
 
月に1回かならずカットとカラーにいく。なかなか人気の美容院なのでいつも混んでいる。青山の裏通りにあるこの美容院は、丁寧なカラーリングに定評がある。
 
そんな美容院だから、待ち時間もながい。予約をしているにもかかわらず、カットやシャンプー、カラーの合間にかなり待たされてしまうのだ。急いでいる客ならばクレームものだろうが、ここではどの客も文句を言わない。それぐらい腕がよく、サービスもいきとどいでいる。そのため雑誌の種類も数も豊富だ。
 
自分の目の前に置かれた雑誌はエル・ジャポン、GINZA、そしてVOGUE JAPAN。
どういうわけか、美容院では雑誌の好みをきかれない。おそらくきいていたらきりがないからだろう。お客の好きそうなものを見繕ってもってきてくれる。
 
これが、実に、おもしろい。
 
こないだ友人がこんなことを言っていた。
高校の同級生であるその友人が、とある美容室に初めて訪れたときのことである。
例によって雑誌が目の前に置かれたが、それがクロワッサンと婦人公論だった。
 
いや、雑誌が悪いと言っているのではない、どちらも素晴らしい雑誌であるが、どことなく家のことやナチュラルな暮らしを提案してきそうなそれらの雑誌は、友人にとってはショックな選択だったのだ。
 
バリバリとテレビ局でディレクター職をこなす彼女にとって、ナチュラルライフスタイルを提案してくるクロワッサンは対極のイメージ。なんだかちょっと生活感が漂う本の選択は、いくらマスコミのかっこいい仕事をしていても、人からは普通の疲れたアラフィフに見えているんじゃないかという不安を植え付けてくる。自分は人からそんなふうに見えていることに愕然としたというのである。
 
また、同い年の友人。何気なく置かれた雑誌を手にとって読もうとしたら、文字がよく見えなかった。美容院では入り口で荷物を全部預けてしまう。老眼鏡はカバンのなかだ。それをとってきてもらおうかと思ったが、よくよく考えてみたら美容院ではメガネはカットやシャンプーのじゃまになってできない。しかもその雑誌はVERYだ。とてもじゃないが、老眼鏡を取り出したいなどとは言え出せない雰囲気だ。友人はそれでも読んだ。あまりにも見えないので、ちょっと目から離して読んだ。ちょっと他人よりその距離が遠めなことに、スタイリストさんが気づかないことを友人はひたすら祈っていた。
 
美容院で運ばれてくる雑誌は、自分の鏡みたいなものだ。
 
スタイリストさんのセンスもあるが、だいたいは「自分がどう見えているか」が、運ばれてくる雑誌によってよくわかる。やっぱり女性だから、実年齢より老けて見えるとショックだし、自分がかっこいいと共感できないテイストのものが似合うと言われたら傷つくのである。たかが雑誌、されど雑誌。男性には理解できないかもしれないが、女性にとってどう見えるかは、いくつになっても一大事なのである。
 
昔、ものすごく流行った雑誌があった。
オリーブという少女向けのファッション雑誌だ。当時中学生だった私達は夢中になり、発売の翌日はその話題でもちきりで、友人たちとで大いに盛り上がっていた。
 
オリーブのモデルさんのようになりたくて同じ髪型にし、オリーブで紹介された洋服を探しにデパートへいき、オリーブで特集されているトレンドをいち早く取り入れる。
 
スマホもインターネットもなかった時代、最新の情報を手に入れるためには雑誌しかなかった。オリーブは私たちの神だった。
 
しかし大人になると、本当に時間がなくなって、とんと雑誌を読まなくなる。
 
毎日の仕事で朝から晩まで働き詰めで、往復の通勤電車も雑誌を読むところか、床に足がつかないぐらい混み合った電車で、スマホすらさわれない。
仕事がおわったらダッシュで保育園に子どもを迎えにいき、そのまま買い物、料理、夕食、寝かしつけ……。やっと自分の時間ができるのは10時をすぎてから。しかしその時間も部屋の片付けや翌日の支度で消えていく。雑誌を読む隙間など、どこをどう振ってもわいてはこない。
 
雑誌どころか本も読まなくなった。ゆっくり小説やエッセイをお風呂で読むのが習慣だったのが、お風呂場は子どもたちのおもちゃで溢れ、読書どころではなくなった。
家の本棚からは次第に本がなくなり、代わりに子どもたちの本やおもちゃでいっぱいになった。ゆっくり本や雑誌を読むことは、ワーキングマザーにとっては最大の贅沢なのだ。
 
「じゃあ、シャンプーしますね、こちらにどうぞ」
 
読みかけていた雑誌を閉じてシャンプー台に向かった。
椅子の背もたれが倒され、顔にガーゼをかけてくれる。温かなお湯が心地よい。
普段の怒涛のような生活を忘れて、しばらくその心地よさに身を委ねてみる。
カウンターに戻ったらきっとまた別の雑誌がおいてあるのだろう。
 
次は何が置いてあるだろう?
この際、女性自身だろうとハーパース・バザーだろうとなんでもいい。この際LEONでも週刊ポストでもかまわない。
 
何はともあれ、しばし自分だけの時間を楽しめるのだから。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
ギール里映(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

食べかた研究家。京都の老舗料亭3代目として生まれ、現在は東京でイギリス人の夫、息子と3人ぐらし。食べることが好き、が仕事になり、現職は食べるトレーニングキッズアカデミー協会の代表を勤める。2019年には書籍「1日5分!子どもの能力を引き出す!最強の食事」、「子どもの才能を引き出す!2ステップレシピ」を出版。

 
 
 
 
http://tenro-in.com/zemi/86808

 


2019-08-12 | Posted in 週刊READING LIFE vol.45

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