週刊READING LIFE vol.53

「今」を取り戻す《 週刊READING LIFE Vol.53「MY MORNING ROUTINE」》


記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
 
小ぶりなろうそくにマッチで火をつけ、オレンジ色の炎を確認する。
そうしたら目をつぶり、パンパンと手を叩き、そんな言葉を心の中でつぶやいている。
「そんな言葉」と濁したのは、本当の言葉を書くのは恥ずかしいので。
 
わが家では、「お地蔵さん」と呼んでいる小さな置物に手を合わせているのだ。
 
それは、フィリピンのマニラに住む親友からプレゼントされたもの。
遠く離れて暮らす、私のことを案じ贈ってくれたのだ。
その親友の気持ちを大切にしたくて、炊き立てのご飯とお茶、季節のお花も供えている。
最後には、ろうそくの光をともしている。
かれこれ、20年ほどの習慣となっている。
 
そんなにも長期間やっていると、何か相当信心深い人のようにしか思えないかもしれない。
そうでないと、20年も手を合わせるような習慣を持つだろうか?
 
私自身、そんな疑問を持たなくもなかった。
当たり前のように毎朝やっていることだが、ある時、何気なく友人に話したことがあった。
すると、その友人はスゴイことだと言うのだ。
よほど、強いお願いごとがあるのか、信心深い人のやることだ、とも言われた。
 
もちろん、対象物は、置物である。
 
それでも、そんな思いがどこにもない私は、ただ続けることが好きな人間なだけだ、という答えに落ち着かせた。
 
それでは、なぜこんなにも長い期間、朝の貴重な時間を要して、手を合わすことを続けているのか。
 
最初は、何気なく始めたことだが、やってみると、確かに気持ちはいいものだ。
でも、それだけではない、何かがあるから続けられているのだと思う。
毎日続けること、特に朝の忙しい時間を割いてまでもやり続けていることには、その人なりのメリットがあるはずだ。
 
そんな思いに向き合ってみると、その答えらしきものが見えてきた。
私は、何かをお願いするためではなくて、朝一番に、今の自分に集中していることが気持ち良いのだ。
 
朝はそれでなくても忙しい。
主婦となると、やることは満載で、バタバタと気ぜわしく始まることが多くなる。
そんな中、何かに向かい、わざわざ手を合わせる時間を取ると、さらに忙しいではないか。
そう思いたくもなるが、真逆なのだ。
忙しく過ごしてしまう時間を、自分のために使うことになっているのだ。
 
自分のために使う時間なら、新聞を読んだり、テレビを見たりすることがまさにそれであろう。
はたまた、丁寧にお化粧をしたり、身支度に使ってもいいじゃないか。
それもわかるのだが、こうして手を合わせることなのだ。
なぜならば、その瞬間だけ、私は「今」にいることが感じられるのだ。
 
家事が一番忙しいのは、朝だ。
主婦の家事は、マルチタスクが要求される。
洗濯機に衣類やタオルを入れ、洗濯を開始。
米を洗い、水を調整してごはんを炊き。
必要ならば、家族のためにお弁当も作る。
もちろん、朝食の用意も同時進行で。
それだけでも大変なのに、今日着ていくブラウスにアイロンがかかっていないと言われれば慌てて対応して。
「忘れものはないか」と、出かける家族の背中に向かって叫ぶことも日課だ。
 
洗い物をしながらも、頭に浮かぶのは今日の予定だ。
仕事のこと、PTAの会合のスピーチ。
予定を考えるだけで、気持ちは先へと走ってゆく。
 
洗顔をし始めると、昨日の自分の発言が気になりだしたりする。
「あの時、なんであんなことを言っちゃったんだろう」
一気に過去へと戻ってしまう。
 
そんなふうに、私たちは「今」を生きることがとても難しいようだ。
だからこそ、数百年も昔から、座禅や瞑想ということを取り入れてきたのだろう。
 
今の時代も、「マインドフルネス」がよく取り上げられる。
 
やることが多い時ほど、「今」を生きるのは難しいのだ。
それだからこそ、朝の貴重な時間、自分のために、私の「今」に集中する時間を作っているのだ。
座禅ほど時間を取らなくていい。
ただ、手を合わせることで、今の自分とつながっているという心地よさを味わうのだ。
忙しい時間だからこそ、この習慣を大切にしているのかもしれない。
 
私の毎朝のルーティンは、大切な置物に手を合わせること。
それは、まさに、「今」の自分に向き合うことでもある。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
2013年1月断捨離提唱者やましたひでこより第1期公認トレーナーと認定される。
整理・収納アドバイザー1級。

 
 
 
 
http://tenro-in.com/zemi/97290

 


2019-10-14 | Posted in 週刊READING LIFE vol.53

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