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週刊READING LIFE vol.53

最悪な一日の終わりは、始まり《 週刊READING LIFE Vol.53「MY MORNING ROUTINE」》


記事:射手座右聴き(天狼院公認ライター)
(経験に基づいたフィクションです)
 
 

「おっさんスマホばっか見てんじゃねえよ、バーカ」
自転車が猛スピードで私を追い越していった。
 
天気のいい朝なのに、残念な気持ちになった。
この年で罵声を浴びるのは、楽しいわけがない。
が、前を向かずに歩いていた私が悪い。
歩きスマホを年下に注意されるのは、かなり情けない。
 
いや、でも、悪いのは俺だけだろうか。
歩道をあんな猛スピードで走るのは、おかしくないか。
そんな思いで少々ムカムカとしながら、駅までの道を急ぐ。
 
朝は苦手だ。できることなら何時まででも寝ていたい。
仕方なく起きて、すぐにシャワーを浴びて歯を磨いて、家を出る。
 
朝走るとか、ヨガをするとか、軟水を飲むとか、そんな習慣がある人が
信じられない。起きるだけで精一杯だ。
そんな俺を見て、元カノはこんなことを言った。
「いい年してだらしない。ルーティーンでも持てば?」
ルーティーン?
なんだそれ。
そもそも何者でもない、一般のおっさんである自分に
ルーティーンなど必要がないのだ。
 
駅の前には踏切がある。
カーンカーンカーンカーンカーン
目の前で踏切が閉まる。
踏切のすぐそばのホームに電車が滑り込む。
 
カーンカーンカーンカーンカーン
まだ、踏切はしまっている。
 
「キューコーの待ち合わせをします」
なんということだ。
 
その間に、踏切の矢印が2方向になった。
なんだよ。上りもくるのかよ。
 
痛い!
やっと乗った混み混みの電車では、女性のカバンが脇に食い込む。
つり革につかまっている腕の脇にダイレクトに食い込む。
 
もしかして、今日はダメな日?
いやいや、昨日の企画書、いい感じだったので
落札できそうだし、楽しみな一日のはずだ。
 
スマホを見ると、メールが入っている。
「昨晩送っていただいた企画書、添付ファイルがなかったようです。
至急再送していただけませんか」
 
しまった。
昨晩メールを送るとき、確認すればよかった。しかし、電車を降りるに降りれない。
「いい年してだらしない」
そんな言葉を思い出しながら、反省した。
20分後、ターミナル駅でやっと降りると、電話が鳴った。
 
「すみません、資料いまからおくり」
俺の言葉を遮るように、電話の向こうでは、担当者の申し訳なさそうな声がした。
「すみません、それが、朝の会議で延期になりました。プロジェクトそのものが。
なので、大丈夫です。本当にすみませんでした」
 
「どういうことですか。ちょっとまってくだ」
電話は切れた。なんということだ。
 
やはり今日はダメなのだろうか。
いやいや、この後は、後輩とランチだし、気分転換しよう。
 
「すみません、トラブルあったので、リスケしてもらえませんか」
 
後輩よ。お前まで。
午後の打ち合わせで取り戻そう、と思いながら、一人牛丼を食べる。
 
13時半、アポのあった得意先の担当は、渋い顔をしていた。
「ちょっと社内でも意見が分かれているので、もう1方向の可能性を考えてもらえませんか。納期はもう少し伸ばしてもいいです」
 
「わかりました。がんばります」
と答えながら、思う。
 
あー、これは納品が伸びるな。今月の売り上げが……
しかし、得意先に一言言ってもよかったのかな。
仕事もだらしないのか、俺。
 
会社に帰ると、課長に呼ばれた。
何か言いたそうで、言いにくそうで、これは何かあるな、と思った。
「お前、異動の話があるんだけどさ」
「え、どういうことですか」
「関連会社に行って欲しいんだよ」
「なんで急に」
「実は、この秋から人員整理が始まってさ」
「えー。先月だって俺、ノルマ達成してますよね」
「わかってる。でもなー、お前、ちょっとだらしないとこあるんだよな」
「なんですか、それ。結果出してるのに」
 
なんということだ。って今日何回目だろうか。
あー、やってられない。朝からついてないけど、午後も全然運気は変わらなかった。
 
よし、これはアルコールで厄落としをしよう。
ふらふらと歩いていると、急に女性が近づいてきた。
「ちょっと飲んでいきませんか」
もういいや、今日は身をまかせよう。なんとなく、ついていく。
「なんだ。席について、一緒に飲んでくれるんじゃないの?」
「うち、普通のバーなんです。カウンター越しに話す感じで。よかったら、一杯ください」
ひろみさんという女性は、20代だけれど、落ち着いた感じの人だった。
若いのに、90年代のJPOPが好きだと言う。
「この店、カラオケもあるんですよ」
「今日は歌っちゃうか」
なんだか楽しくなってきた。そうだよな。悪いことばかりじゃないよな。
ひろみさんの守備範囲は想像以上だった。
みんなが好きなバンドの曲、ビジュアル系の曲、なんでもついてきてくれた。
90年代のR&Bからオーディション番組ででてきたアイドル、
有名なプロデューサーのファミリーまでなんでも歌ってくれた。
よし、今日はとことん歌って、明日から頑張ろう。
朝ちょっと辛いかもしれないけど、楽しもう。
もう何もかも忘れて歌った。
 
「会計120000円です」
 
えー。まさか、俺に限って、ぼったくり店に入るなんて。
もう、抵抗する気持ちすら、なかった。
 
「ありがとうございました」
 
店を出た瞬間、ガクッと力が抜けた。あー、今日はやっぱりダメな日だ。
いいことなんて、ひとつもなかった。しかも飲み過ぎ、使い過ぎ。
終電に乗る気力すらなかった。
 
やっぱり、だらしないな、俺。
これは、生活を立て直さなきゃ、ダメだな。
始発まで過ごそうと入ったネットカフェの受付でふと思った。
元カノの言ってたルーティーンを作るって、案外当たってるのかもしれないな。
 
そのときだ。
スマホのアラートが鳴った。SNSにメッセージが来ていたのだ。
こんな時間に誰だろう。
 
「誕生日祝ってくれてありがとう。ご無沙汰しています。元気ですか」
メッセージは続いていた。
「実はね、昨日、離婚が成立したの。
今日の朝は、夫が出ていった部屋で一人で起きたんだけど。
そしたら、君からのメッセージが入っていて、とても元気が出たよ。
君のことだから、がんばりすぎていると思うけれど、無理しないでね。
また、みんなで集まろう。誕生日以外にも連絡ください。ありがとう」
 
なんだか、泣けた。俺が送ったメッセージでこんなに喜んでもらえたなんて。
毎朝SNSを開くとき、何の気なしに、
誕生日の友だちに、メッセージをしていただけだ。
「誕生日おめでとう。よき一年になりますように」
ほぼ手癖のような感じで送っていただけだ。
でも、そのメッセージが役に立ったのだ。
 
さっきまで、最悪だった一日は、喜びの一日に変わった。
 
なんだか、泣けた。そうだ。これが俺の朝のルーティーンだったのだ。
それも最強に元気をくれるルーティーンだった。
 
「返信ありがとう。いやいやこちらこそ、ありがとう」
そう打ちながら、明日の誕生日リストを開いてみた。
 
「毎朝友だちに、誕生日メッセージをする」
これが俺のルーティーン。今なら胸を張って言える。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
射手座右聴き(天狼院公認ライター)

東京生まれ静岡育ち。新婚。会社経営。40代半ばで、フリーのクリエイティブディレクターに。退職時のキャリア相談をきっかけに、中高年男性の人生転換期に大きな関心を持つ。本業の合間に、1時間1000円で自分を貸し出す「おっさんレンタル」に登録。4年で300人ほどの相談や依頼を受ける。同じ時期に、某有名WEBライターのイベントでのDJをきっかけにWEBライティングに興味を持ち、天狼院書店ライティングゼミの門を叩く。「人生100年時代の折り返し地点をどう生きるか」「普通のおっさんが、世間から疎まれずに生きていくにはどうするか」 をメインテーマに楽しく元気の出るライティングを志す。天狼院公認ライター。
メディア出演:スマステーション(2015年),スーパーJチャンネル, BBCラジオ(2016年)におっさんレンタルメンバーとして出演

 
 
 
 

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2019-10-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol.53

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