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週刊READING LIFE vol.57

私は寅さん《週刊READING LIFE Vol.57 「孤独」》


記事:侑芽成太郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

心より妹と姪っ子に感謝する。
 
早朝、突然母親から電話がきた。
「あんたの妹の子が生まれたよ」
妙に冷静な声である。
これから出勤だと憂鬱になっていた私は「はあっ?」と聞きなおす。
「だから生まれたんよ、あんたの姪っ子が今朝」
今朝って今も朝なんですがね、などと考えている場合じゃない。私はようやく事を理解した。
「生まれたって、予定日まで一カ月はあるでしょうに」
「そうなんだけど、もう出てきてしまったんよ」
「わかった、また後で電話するよ」
そう言って僕は電話を切った。そろそろ出ないと仕事に遅れる。
とりあえずは仕事に行こう、そう思って私は家を出た。
この日、私は伯父さんになった。
正直に告白すると、予定より遥かに速い突然の誕生を聞いた時の気分は、嬉しいというよりも現実味がなくてどう反応したものかわからなかった。
 
予定よりかなり早く生まれてきた姪っ子は随分身体が小さかったらしい。一か月程、保育器の中にいたらしい。らしいというのは、その間は限られた人間しか面会できず私は会えなかった。だから、その間の様子は写真でしか知らない。
仕方ないとはいえ、一応は血の繋がった人間なので疎外感と孤独感を感じた。
 
仕方ない…… 孤独を感じる度にずっと自分に言い聞かせてきた言葉だ。
決して、人付き合いが得意な人間ではない。
社会人になってからは孤独が遥かに増した。
故郷から離れて暮らしていて、時折不安を感じる。
「仕方ない」
今いる場所は地元じゃないから知り合いもいない。
「仕方ない」
恋人もいないから休みの日も一人ぼっち。
「仕方ない」
 
そう、全ては仕方ない。そのはずだった。
 
「これが、僕の姪っ子?」
初めて対面した時に私は思わず妹に聞いた。
姪の身体はとても小さかった。誕生時よりは成長したとはいえ、抱え上げてもほとんど重さを感じなかった。
綿毛を持っているような気分だ。
だけどこの子は生きている。今私の腕の中で呼吸をしている。小さく、だけど確かな生命の鼓動がそこにあった。
何と言葉をかけようか、私は迷った。その時、昔読んだ本にあった言葉を思い出した。自分では良いと思った言葉だ。
「ようこそ地球へ」
「馬鹿だねぇ」と家族から突っ込みをもらった。「男はつらいよ」で恋愛にのぼせる寅さんに周囲の人が言う台詞のようだ。
 
子どもの成長は早い。一日一日と身体も顔も変わっていく。まるで、猿から人間への進化を早送りでするように。
離れて暮らしているから、会うたび会うたびにその変化に驚かされる。
寝返りがハイハイに変わり、やがて二本足で立ち上がり言葉を話す。
突然の誕生にずっとどこか現実味が無かった私の心も、少しずつ変化していた。
 
この子のためにちゃんとしよう。
 
私はそう思った。このまま孤独のまま無為に日々を送るだけではいけない。何かやらなくてはと。
私が一番に考えたことは、とにかく自分が住んでいる街で友人を作ることだった。
その頃の私には、他の人より少しばかり本や映画を観て人間についてわかったような気になっている部分があった。しかし、それは完全な思い違いだ。
 
いや、本当はわかっていた。自分は人間について何も知らないことを。そんな自分の一面を認めたくなかったから知識を隠れ蓑に自分をごまかしてきた。
しかし、姪が生まれ思った。「この子に何かを語り残せる人間になりたい」と。
そのためには人間について勉強することが必要だと考えた。
 
勿論、今までもそうしたことをしなかったわけではない。しかし、守るものも無ければ目標も無い状態では今一つ人間について学ぶことの意義を感じられなかった。
今ならわかることだが、人の輪の中に入っていくことは人生に必要なことだ。恥もかくし、誤解を招くこともある。
そういうのが嫌だから、自分から人付き合いを避けてきた部分もあった。
トラブルは無い。代わりに日々に何も生まれない。まるで洞窟に隠れるような生き方をしていた。
孤独だ。とても。
 
読書会、コンセプトカフェ、職場の人間への話しかけ、SNSへの登録……
人間関係を作るために思いついたことは何でもやった。
気は重い。初めての場所に行くには必ず考えた。
「別に無理してやらなくてもいいのに」と。
だけど、私は無理をする必要があった。自分のためだけではない大切な存在のために。
 
そうした自分の行いがどの程度、姪のためになるのかはわからない。確かに人間関係は広がった。だけど、私自身は特に仕事で出世したとか名誉なことをしたとか実績があるわけではない。
それまで当たり前以下だった他人との関係をどうにかこうにか平均のラインまで持ってこようとしていたにすぎない。
まだまだ、何かを語ることは出来ない。
 
ただ、一つ確かに言えることがある。昔に比べると今の方が楽しい。
楽しみを知ったから、その楽しさの終わる切なさも知った。
学生時代、時間は無限にあると思っていた。だから何かを噛みしめるように楽しい時間を大切にする過ごし方ができなかった。
今は違う。一瞬一瞬が大切だ。
人との出会いもそうだ。別れの寂しさ、出会いの大切さを考えられるようになった。
以前は嫌なことがあれば人間関係など手放せばいいと考えていた。愚かなことだったと反省している。
人と人との繋がりは大切なものだ。
繋がりがあるからこそ、孤独な時間の大切さも知ることができる。
孤独しかない孤独な時間を生きることはとても難しい。
 
「あんたには、よくなついとる。他の人間にはあまりこの子はいかないよ」
ある時姪の面倒を見ていたら、私の母がそう言った。
嬉しかった。
その時、ようやく色々な思いが自分の中で収束していく思いがした。
この時私が感じたのは「血の繋がり」だ。
この世界に自分と繋がっているものがいる。それも自分より下の、未来を生きていく世代の生命が。
例え私が死んでも、私がこの世界に存在したことを確かに覚えていてくれる人間がここにいる。
勇気が湧く、心に希望が灯る。
 
今現在、仕事で嫌なことがたくさんある。少し前までの私は非正規雇用で働いていた。
長い年月働き、会社の居心地は良かった。そのままずっとそこにいてもいいとさえ考えた時もあった。
だけど、年齢を重ね姪が生まれてからの想いから正社員を目指し転職をした。
何度も何度も面接に落ちてようやく受かった会社。
しかし現実はとても厳しい。内容、人間関係、生活スタイルの変化……
心も身体も疲れ果てて何もかも投げ出したくなる時がたくさんある。
社員数も少なく、悩みを相談できる人間も今のところいない。
何度前の会社に戻りたいと考えたかわからない。自分の選択に公開する。心の中にどうしようもない孤独と不安が広がる。
逃げ出したい、今日もそんな思いが頭をかすめる。
「逃げればいいんじゃない?」
頭の中で声がする。
 
今までの人生でもそうだった。転職を何度もした。
それでどうにかやってこれた、「今まで」は。
だけど今は違う。きちんと自分の身を自分で立てたい。その気持ちが前よりも強い。
何故なら、姪っ子に堂々と会いに行きたいからだ。どんな状況で会いに行ったとしてもあの子は私を門前払いすることはないだろう。だけど、私は堂々としていたい。私はこの子の伯父でありこの子の母の兄なのだ。
 
「男はつらいよ」という映画のシリーズがある。寅さんと言う方がわかりやすいだろうか。
私はあの映画が自分のことに思えてならない。
主人公の車寅次郎が故郷の柴又に帰って来る。寅次郎は旅先で出会った女性に恋をするものの、結局その恋が実ることはなく再び旅立っていくというのがシリーズの共通の内容だ。
寅さんには「さくら」という妹がいる。放蕩の旅を続ける寅さんに変わって家族のために頑張るしっかり者の妹だ。
ろくでなしの兄としっかり者の妹。寅さんほど破天荒な人生を歩んでいるとは思わないが、地元で暮らし結婚をして両親の側にいる妹のことを考えると申し訳ない気持ちになる。
本来ならその役目は私が担わなければならないことだ。それを全て妹に押し付けて自分は結婚をすることもなく、そのあてもないまま今を生きている。
親戚を見渡してもそんな生活を送っている人間はほとんどいない。遠くで暮らしている親戚も、みなそれぞれ家庭を持ち、堅実な人生を歩んでいる。
私だけが何者にもなれず何もなしとげられないままだ。誰も何も言わないが、たまに故郷に帰ると故郷であって自分がそこにいてはいけないような孤独を思う時がある。
 
寅さんもおそらくそんな気持ちを感じたことがあるのだろう。だから柴又に定住することなく何度も旅に出てしまうのではないかと私は思った。
そんな寅さんにはさくらの子である「満男」という甥っ子がいる。シリーズも終盤の作品になってくると、満男の恋愛が中心となりそれを寅さんが見守るという作風にチェンジしていった。
満男とその恋人を見守る寅さんの姿には父性を感じる。
そこには旅という孤独な環境に身を置きながらも血の繋がりから決して孤独ではない寅さんの姿を見て取れる。
先のことは分からない。私自身も突然結婚し、家族を持つかもしれない。だけど少なくても今この瞬間は自分と血の繋がった姪っ子のことを世界で一番見守っていてあげたい。この子がいる限り私は孤独ではない。
 
時々考えていることがある。どうして私は妹と二人兄妹に生まれたのだろうかと。
私個人は見えない運命の力とか、そうしたものを信じたい人間なので何かしら理由があるものと思いたかった。
 
今ならわかる。私は故郷には居つけない人間だ。故郷は田舎だが、私はどちらかと言うと都会の方が生活しやすい人間だ。その代償として数々の孤独に向き合うことになったが、そんな私ができないことをやるために妹がいたのではないか、そう思う。
その想いは年々強くなる。
だからこそ、孤独に負けるわけにはいかない。あまり兄らしいことをしてあげられなかった分、いつかそれをしてあげたい。
 
姪っ子よ。生まれてきてくれて本当にありがとう。君のお陰で私は孤独ではなくなったよ。遠く離れているが、心はいつも君と供にある。どうか元気に育っておくれ。
 
妹よ、姪っ子よ。君たちの存在に心より感謝する。
 
上手くいかない恋愛に今日も涙の日が落ちる兄ではあるけれど。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
侑芽成太郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

ゆうがせいたろう。
サラリーマン生活を送る一方、煮え切らない日々の中で天狼院書店に出会う。だけどやっぱり煮え切らずに悩むこと一年。やっとゼミに通いだす。
「男はつらいよシリーズ」は昔、全作を一気に観ました。その頃はただの喜劇としてしか観ていませんでしたが、人生経験を重ねると自分の境遇に当てはまる部分もあることに気付きました。改めて人の世の世知辛さや温かさを描いた名作だと思います。
ライティングゼミを経てライターズクラブを受講中。

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2019-11-11 | Posted in 週刊READING LIFE vol.57

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