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週刊READING LIFE vol.59

生後4ヶ月の息子。期待はしないよ。《週刊READING LIFE Vol.59 「世迷事」》


記事:吉田健介(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「今日は何してたの?」
 
言っても仕方のないことだが、4ヶ月になる息子に話かける。
仕事から帰ってきたら一声かけることにしている。
特に意味があるわけではない。ただ、何となくそうしている。お互い積もりに積もって話をすこともできないわけだし、ましてや生まれて4ヶ月しかこの世界を経験していない息子。当然しゃべることはできない。
急ぎで話すこともないわけだが、すのまま彼の寝蔵をスルーするのも味気ない。なのでとりあえず言葉をかける。今日は何してたの、と。
 
意味を知ってか知らずか、やや間が開く。まるで釣り合う天秤を眺めるように、何かを図っている表情で僕の顔を見る。その後、ニコッと笑顔を向ける。人前に出ても泣かない息子は、やたらと笑顔を振りまく。愛想笑いをする年頃でもないので、その笑顔の全てが、一応本心なのだろう。何の疑いもなく、大きく笑いかけてくれる。これから歯が生える予定の歯茎を確認できるくらい。
 
「おーわしに笑いかけとる~」
知り合いのおじさんに抱っこしてもらった時は、彼の振りまく笑顔が最大限に効力を発揮する。
「誰にでも笑ってるんだけどな……」
そんなことを密かに思いながら、抱っこするおじさんと、抱っこされる息子を見守ったことを思いだす。
 
そんな笑顔をやたらと降るまく息子。
仕事から帰ってきた僕を見て、いつものように笑う。おそらく意味は通じてはいない。知ってる顔が近づいてきたから、笑っているのだ。まあ、きっとそれでもいいのだろう。きっと赤ちゃんに声をかけること自体に価値があるのだろう。側にいる妻も満足そうに見ていることだし、誰も損はしていない。良しとしよう。
 
あまり父親としての自覚はない。正直な所、本当にない。
これから湧いてくるのかもしれないが、今現在の所、気配が自分からは感じられないのだから仕方がない。
 
「もっと自覚持ってよ。しっかりしてよね」
正直に言うと妻に叱責されるかもしれないから、言わないようにしている。
 
僕はあまり多くのことを人に期待しない。むしろほとんど期待しない。
これは僕の性格がネジ曲がっているとか、幼少期に何か不幸な出来事が起こったからとか、そういうことではない。悪い意味ではない。とにかく総じて、相手に期待をしないのだ。
 
今まで生活してきた中で身につけた1つのスキルと言ってもいい。
人付き合いや、仕事での関わりを通して、期待しない方がよりスマートに生活できるな、と実感したからだ。自然と見についてきたものだ。
 
だから、息子が生後2ヶ月という期間で寝返りを打ったときも、驚きはしたが、その光景から何かを期待することはしなかった。
通常5,6ヶ月はかかる寝返りを、2ヶ月でひょいっとやってのけた息子。
どういう仕組で寝返りをしたのかは不思議だが、その様子から何かを彼に展望するのは少し重荷になる気がしたのだ。
 
「おーこの子は器用で、運動神経がすごく良いんだな。きっと何をやらせても良いところまで行くに違いない!」
他の父親ならそう言うのかもしれないが、時期尚早。彼にとっても「いやいや、まだ決めつけないでよオヤジ。話が早いって」とプレッシャーになるだけだ。あくまで想像。
 
妻は大喜びだ。「すごいすごい!」といつも驚いている。外出して、他の母親と話をしていても、驚かれているようだ。やや誇らしげに息子を見つめる。彼女はしっかりと母親なのだ。
 
父親として何をしてやれるかとか、どうあるべきかとか、あまり考えないようにしている。そもそも僕自身、父親としての自覚が皆無に等しいわけだから、考えようとしても、性に合わないことをしているようで、すぐに考えることをやめる。
 
「期待なんてしてないよ」
言葉にすると、あまりにひどい父親のセリフだ。
「ちょっとちょっとお父さん! もっとしっかりしてよ!」
と言われるかもしれない。避難気味に。
 
期待していない、と言うより、彼が色々と選択していけばいいと思っている。
期待することから何かを押し付けたくないのだ。放ったらかしにしているとか、他人任せにするとか、そういう意味ではない。要は、彼がきちんと選べるようにしたいのだ。
もちろん必要なことはするつもりだ。
褒めたり、叱ったり、必要な時に力を貸したり。
息子が成長していく上で必要なことはするつもりだ。そこは誤解のないように。
ただ、僕は僕で相変わらず、油絵を描き、文章を書き、読書をし、音楽を聞き、写真を撮り、仕事をするだけだ。こうしたい、ああしたい、と自分の欲望を叶えていくだけだ。しっかりとやり切って、形にしていきたいだけなのだ。
あえて言うなら、その姿を見せてやることが必要なのだと感じている。
 
「何かよく分からないけど、一生懸命やってるなー」
そんな姿を見て、彼が彼なりに何かを汲み取ってくれたらいい。そう願っている。
 
「甘い甘い。君はさっきから何を言っているのだ。そんなことでは父親としてどうかと思うよ。大丈夫かい!?」
 
そんな意見が飛び交うかもしれない。とにかく僕自身、あまり何かを期待するタイプではない。それが自分にとってベストであり、晴れた日にのどかな風景を見ながら自転車を漕ぐように、僕にとって心地よいスタンスなのだ。良い塩梅で日々をやりくりできるのだ。
 
先日、息子は予防接種のために、妻に連れられて病院へ行った。
腕にアルコールを塗られた瞬間に泣き出したという。
 
「え、何何!? なんか嫌な予感がする。いかんですよ、いかんですよ!!」
そんな感じだったのだろうか。僕の想像。
 
今までは、泣いたこともなかったそうだ。
それが先日は急に泣き出して、何事か、と妻も驚いたそうな。
泣かないだろうと思っていたにも関わらず、注射の前から泣いたという。
 
「今まで泣かなかったのになー」と妻。
「今までは、大して意味も分かっていなかったんだよ」
心の中でつぶやく。
大変だったね、お疲れ様、と労いの言葉を2人にかけた。
 
生後4ヶ月の経験則から、息子も世の中の良し悪しが見分けれるようになっているのだ。成長しているのだ。
 
今自分がやるべきことをしっかりと形にせねば、と自らに言い聞かせる。ちゃんと彼が僕の姿を捕まえられるように、手に取るように存在を確認できるように。そのためにはまだまだ力不足だ。僕にはまだやるべきことが山積みになっている。
身を引き締めて行かねばならぬ。
 
そんなことを考えながら僕は息子と顔を見合わせていた。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
吉田健介(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)

1981 .7.22 生まれ。兵庫県西宮市育ち。現在は京都府亀岡市在住。
関西大学卒業、京都造形芸術大学(通信)卒業、佛教大学(通信)卒業。

現役の中学教師。美術と数学の二刀流。

趣味はパーカッション(ダラブッカ、フレームドラム、カホン)。
最近は、写真にも取り組んでいる。kensukeyoshida89311.myportfolio.com
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2019-11-25 | Posted in 週刊READING LIFE vol.59

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