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週刊READING LIFE vol.91

「AIは良い嘘をつくか」《週刊READING LIFE Vol,91 愛想笑い》


記事:青木文子(天狼院公認ライター)
(こちらの記事はフィクションです)
 
 
雄介は息をのんだ。まるで人間のようだ。
 
しなやかな顔の皮膚。まぶたをわずかにつり上げてみせる表情には驚きが読み取れたし、口角が下がってうつむくそぶりには悲しみが伝わってくる。
 
大学の表情研究のためのAIロボット。上半身のみのロボットに様々な表情をつくる。表情のためにはしなやかな皮膚に似た素材が不可欠だ。素材提供の産学連携で素材会社から派遣された雄介は会社入社してまだ3年目の若手。右も左もわからないまま異動で麻尾教授の研究室の担当になったのだった。ちょうど半年前に同棲していた彼女と別れて気分が落ち込んでいた雄介にとって、異動は気分を変えるいいきっかけになっていた。
 
大学の担当の麻尾教授は黒髭で目がいつもカッと見開いていて、普段は穏やかだが、興奮してくるとびっくりするぐらい早口になる。密かに雄介は「マッドサイエンティストA」とあだ名をつけていた。
麻尾教授は自分の研究するAIロボットに「イブ」という名前をつけていた。
 
なにしろ「イブ」がお気に入りで
 
「どうだいこの美しい表情」
 
とうっとりして言ったりするものだから、そのたびに雄介は自分のつけたあだ名は正しかったと思うのだった。
 
麻尾教授の研究は細かな表情を「イブ」にさせることで、それを見た人間側が何を感じるかというデータの分析だった。
 
雄介は週何日か御用聞きのように研究室に顔を出して教授と話をしたり、助教授に新しい素材の情報提供をするのが仕事だった。
 
正式なデータではないにせよ、雄介はよく声をかけられた。
 
「ちょっと雄介君、そこに座って、イブをみてどんな気持ちになる?」
 
雄介が「イブ」と相対して座る。プログラミングを走らせると「イブ」が様々な表情をする。最初はAIってすごい! 科学技術ってすごい! と感動するばかりだったが、だんだんとその表情のリアルさに考え込むようになっていた。
 
目の前にあるのはAIロボットだ。ロボットに驚きや悲しみはない。あるのは外見だけだ。言うなればフェイクだ。そこには感情はないのに、みているとまるで感情を持っているように感じる。フェイクの外見にどうして人は感情を感じるのだろう。雄介は考えれば考えるほどわからなくなっていた。
 
ある日の帰り道、ふらりと入った書店で『微表情学』という本の背表紙に雄介の目がとまった。思わずその本に手を伸ばした。ペラペラとめくってみると自分でも読み解けそうだ。最近は本を買うのはAmazonばかりだったが、自宅に帰る帰り道雄介の鞄の中には、珍しく書店の名前が入ったブックカバーの掛けられた『微表情学』が入っていた。
 
あまり期待もせずに買った本だったが思いがけずに『微表情学』の本は面白かった。スパイが相手の表情を読みとる技術があるという。そこから生まれたのが微表情学という。人が感情を持ったときに一瞬顔に現わす表情のことを微表情という。微表情では人は嘘をつけない。微表情が現れるのはほんの0.25秒だそうだ。
例えば、人が本当の喜びを感じているときの表情は口と目尻にできる横じわが特徴だ。しかしそれが4秒以上続けばそれば作り笑いといえる。さらに笑ってごまかす愛想笑いの時は。目尻の横じわがないし、上まぶたが下がらないから目も細くならない。
 
読み進めていくうちに雄介は本の中のある言葉が心から離れなくなった。
 
「人は10分の会話で3回の嘘をつく」
 
確かにそうかもしれない。雄介は自分を振り返った。半年前に別れた彼女とデートをしていたときだってそうだった。自分の心そのままを表情に出すなんてとんでもない。もう家に帰りたいな、と思っても、今日はパフェなんて食べたくないな、と思っても、かつての彼女には作り笑い、作り笑顔で接していた自分。別れた原因はそのせいかも。でも、もしこれが嘘というなら自分は10分で3回ばかりではなくて、10分で10回以上嘘をついていたのではないだろうか。
 
それ以来、雄介は研究室で「イブ」の前に座るたびに、意識的に「イブ」の表情を読み取ろうとした。「イブ」には微表情はない。すると以前持っていた「すごい!」という感嘆の気持ちから、今度はどんどんと人間と微妙に違う表情にみていて居心地に悪さが増して来たのだった。
 
「不気味の谷、だね」
 
その話を聞いた助手の上村さんが笑いながら言った。助手の上村さんはセミロングの美人だ。雄介よりも何歳か年上で、姉御肌のところもありながらざっくばらんな性格。まだ研究室に出入りしてまもない雄介に何かと声をかけてくれるありがたい存在だった。
 
「不気味の谷っていうのはね、あまりにも人間に似過ぎていると、今度は人間でない違和感を強く感じて不気味に感じるというものなのだって」
 
「ほら、ロボットだって分かっていたら。すごいなぁで済むでしょ。逆に人間とそっくりになってくると、人間でないわずかな違いに人はおかしいっておもっちゃうのだよね」
 
人はきっと1日に何百という嘘をついている。雄介はそう思った。その嘘も未来にはAIにはプログラミングされていくのだろうか。
 
そのことを上村さんにいうと、彼女はすこし考え込んでからこういった。
 
「表情の嘘ってさ、良い嘘と悪い嘘があるのじゃないかとおもうの」
 
「相手にとってこうしてあげたいという気持ちの方が勝ったら、自分の気持ちとは違う表情をつくるよね。それは良い嘘でもあるのじゃないかなぁ」
 
AIは良い嘘をつくようになるのだろうか。まるでネットのインターフェイスが人に心地よい外見を持つように。そもそもAIにとって本当の気持ちというのはあるのだろうか。
 
雄介は思わずまじまじと上村さんの顔を見た。嘘は良くないと一面的に思っていたから。雄介は考えているうちにだんだん分からなくなってきた。
 
それを見て上村さんは面白そうに笑った。
 
「そんなに興味があるなら、今度一緒に飲みに行って話してみる?」
 
雄介はその言葉で心に急に心が明るくなるのを感じた。上村さんの口と目尻には綺麗な横じわが浮かんでいた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青木文子(あおきあやこ)(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

愛知県生まれ、岐阜県在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学時代は民俗学を専攻。民俗学の学びの中でフィールドワークの基礎を身に付ける。子どもを二人出産してから司法書士試験に挑戦。法学部出身でなく、下の子が0歳の時から4年の受験勉強を経て2008年司法書士試験合格。
人前で話すこと、伝えることが身上。「人が物語を語ること」の可能性を信じている。貫くテーマは「あなたの物語」。
天狼院書店ライティングゼミの受講をきっかけにライターになる。天狼院メディアグランプリ23rd season、28th season及び30th season総合優勝。雑誌『READING LIFE』公認ライター、天狼院公認ライター。

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2020-08-10 | Posted in 週刊READING LIFE vol.91

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